12-4


 月の海の上で、ギガンティックバンガードは敵陣の中央を縦横無尽に暴れまわる。旋回式120mm滑腔砲が唸り、また1機月面防衛仕様ルナティックガーディアンマスカレイドを打ち砕く。


 60mmガトリング砲ヘルアヴェンジャーで牽制し、120mm滑腔砲を叩き込み、長砲身電磁突撃砲ロングアサルトレールガンを叩き込む。月面に降下してからの30分間で撃墜した敵機は50機を超えていた。



(相対距離―― 届く、ならっ!)



 秒速3km。戦場である月面遺跡を10秒足らずで突っ切る速度で駆け巡る最中、ワイヤードクローの射程範囲に敵機を捉えた。左手の副操縦桿を振り回し、刃渡り2mを超えるブレードを指の代わりに取り付けられたアームユニットを射出。


 すれ違いざま100mほど伸びたワイヤーを振り回し敵機に叩き付ける。


 その細長い足を、超合金製のフィンガーブレードが挟み込む。強引に慣性制御による防御を、暴力的な速度と運動エネルギーによって打ち砕き。細長い足を半ばから切り裂いて、そこを起点に鋭角の軌道修正。



(きつい―― けどっ!)



 敵は決して無能ではない。タクミがほぼ一方的に蹂躙しているのは事実だが。それは火力を湯水の如く投入し続ける結果に過ぎない。最初の斉射でミサイルは使い果たし、滑腔砲も機関砲も残弾は半数を切り、主砲である長砲身電磁突撃砲ロングアサルトレールガンに至っては、残弾が1桁を下回っている。



(まだやれる、まだ飛べる、まだ――っ!)



 最低目標であるレーザー砲塔は全て叩き潰した。故にこれから先はどれだけ自分に戦力を集中させ、そして撃破出来るかが勝負の分かれ目だ。1対200、今制宙権を得て降下してくる味方を含めても1対4の戦力差。


 まともにぶつかれば勝負にすらならない。


 だからこそタクミは、敵戦力を単独で抑えつける作戦とも呼べない暴挙を立案したのだ。真っ当な軍事組織が行う作戦ではない。けれどルナティックコードを組み込まれたIAが、通常の尺度で計算出来ない事実は既に証明されている。



「そこぉっ!」



 視線誘導で旋回式砲塔を振り回しターゲットロック、ファイア。2発の徹甲弾が数百m先からタクミを捕捉した敵機にほぼ同時に着弾する。いくら防御力が高まったとはいえ、脚部と胴体に120mmの砲弾が直撃して耐えられる強度はない。また一つ遺跡の上に敵機が崩れ落ちた。



(残りは、まだ100以上――っ!)



 タクミは自分を追い詰めようと陣形を組みかえて迫る敵軍を、レーダーとモニターで捉え戦い続ける。状況は不利であっても勝機はゼロではない。重力加速度制御、超電磁結界。デュアルコードを内蔵したGバンガードはこの時点で間違いなく最強の機動兵器なのだから。


 けれどそれは、唯一無二の力ではない。事実シュルバン=ステイレットの記憶同調によって一糸乱れぬ動きを見せるLGマスカレイドの軍勢は、確実に機体とタクミに消耗を強いて来る。


 そしてもう一つ、この場にはルナティック7が存在しているのだ。


 それを理解していない訳ではなかった。けれど対策が出来る程の情報も、余裕もタクミには存在していない。だからこれは順当な結末だったのだろう。



 突如として背後から放たれた一撃が、Gバンガードの大型スラスターを直撃。軌道が歪む。超音速で飛翔していた機体がそのままの速度で月面に墜落し、未だに水素燃料が半分以上詰まったタンクが爆発した。


 砲塔が、機関砲が、長砲身電磁突撃砲ロングアサルトレールガンが、クローアームユニットが、内側から弾け飛び、ギガンティックバンガードが真空の底で無音のままに月面に砕けて華が咲く――





「ったく、手間をかけさせやがって……」



 オーバー・レイジのコックピットで、ジャック=マーダンは頭を揺らし、額から汗を振り払った。Gバンガードにトドメを刺した一撃は威力としてはそう大したものではない。精々中口径レールガンと同等か、それ以下といった所だろう。


 だがそれが、完全に意識の外側から撃ち込まれたならば。


 光学的、熱量的、そして慣性的に完全なステルス性能を持った独立攻撃システム。それがルナティック7、レイジ・レイジの誇る発掘遺物『インビジブル・バレット』


 当然ながら完全無敵という訳でもない、まず速度が遅いのでどうしても敵を射程圏内に引きずり込む必要がある。次に完全ステルスを保つ為には質量に制限があり、装弾数が限られる。


 故にャック=マーダンは己の攻撃を狙撃として偽装していた。種が割れてしまえば一気に効果が薄くなる詐術の類でしかないのだから。


 そして今回もその奇襲は見事にGバンガードを撃破した。



『ジャック=マーダン、まだ敵は全滅した訳では無いぞ?』


「ああ、分かってる。だが残りにコイツほどの戦力がいるとは思えないがね」



 レーザー砲塔をGバンガードによって砕かれた結果、残り2隻の宇宙船が月面に降下するのを許してしまったのは事実。だが大きさから考えれば2大隊が限度なのは間違い無いのも確かで。精々50機弱、それも殆どがダークギャロップであろう。


 現状で稼動状態にある味方のIA数は123機。機体性能は圧倒的で、数で上回っているのなら負け様がない。



『敵がバグ・ナグルスとエア・ファネルのデュアルコードを使う可能性もある』


「重力加速度制御や超電磁結界と比べれば、ここまでの無茶も出来ないさ」



 シュルバンからの警告にジャックは肩を竦める。跳躍拳も慣性の熱量変換もパイロットの適性があってこそ。余程規格外の、それこそユェン=ターサンに匹敵する人間でなければ使いこなせないのだから。


 先程のGバンガードの操縦士レベルの人財が複数人いるとは考えにくい。



『だが、我々の勝利条件を忘れるな』


「確かに、この決戦で勝っても、箱舟を旅立たせる事が出来なければ負けも同じか」



 15km先に降下した2隻の宇宙船が月面遺跡に向け突撃を開始するのを、オーバー・レイジのレーダーが捉えた。少しでもこちらに対抗しようと正面に耐熱布を纏い、装甲を掲げたバンガードを砲台として設置している姿は最早涙ぐましい。



「まぁ、後は破れかぶれで突っ込んで来る敵を撃ち落とせば全部終わりってね」


『了解、遺跡から5kmの地点に到達した時点で、十字砲火により殲滅する』



 月の上で、白く細長い手足を持つ異形の群が砲を構える。圧倒的な物量による制圧攻撃。宇宙船1隻に対して60を超えるレールガンを向けた圧殺の布陣。彼らにミスがあったとするならば、それは意識を宇宙船に集中してしまった事だろう。


 実質たった2人の軍勢とはいえ、どちらかが残骸に気を配っていたのなら。また違った結果があったのかもしれない。



『――ジャック=マーダン! 強力なイナーシャルエフェクトを確認!』


「なん、だとぉ!?」



 ジャックは視線をレーダーに、そして自分が先程撃破したGバンガードの残骸に目を向けた。そこにあるのはただの残骸。回転砲塔、ブースターユニット、そしてバンガードを固定していた・・・・・・・・・・・・基幹部分のみ。


 その一撃を回避出来たのは完全に偶然であった。


 次の瞬間、レーダー上から10機単位で味方機が薙ぎ払われる。その軌跡を捉えることすら出来ない。ただ分かるのは規格外の慣性反応イナーシャルエフェクトと、撃破された味方の先、丁度こちらに向かってくる宇宙船を背に、こちらに向き直った緑色の機影。



 荒涼とした月の山脈を背景に、両腕には近接ブレードを握りしめ、炎よりも赤い光をカメラアイから吐き出している。ただのバンガードと違うのは、肥大化した両肩と、そして両足。


 なにより通常より一回り以上大きな脹脛ふくらはぎから突き出すシリンダー状のパーツに、ジャックは見覚えがあった。バグ・ナグルスの跳躍拳、それを殴る為ではなく文字通り跳躍用に組み込んだのだ。



「エクス、バンガードっ!」



 これまで3機のルナティック7を撃破し、月面帝国上皇派の悲願を砕き続けた怪物が叫び吠えたて跳躍しその刃を振るう。その姿を捉えることは不可能、また数機LGマスカレイドが崩れて墜ちた。


 ジャックの口からこぼれたのはため息か、それとも別の何かか。ただまだ終っていない。どんな化物であっても無限のリソースを保有することは出来ない。戦えば戦う程何かを消耗し続けるのだから。


 だからこれは我慢比べだ、あの怪物が最後まで月を喰らい尽くすか。それともジャック達が耐えきるか―― どちらの結末に至るにせよ、やることは変わらない。ただ今は目の前の敵を駆逐するだけでいい。





 全身が悲鳴を上げている。跳躍拳を脚部に搭載することで、ほぼ瞬間移動に等しい機動力をエクスバンガードは手に入れた。だがそれに対して操縦士の保護が追い付いていない。



(あっ…… ぐぅ!)



 敵の狙いが定まる前に、月の上をエクスバンガードが跳ぶ、跳ぶ、跳ぶ。長耳ロングイアーの機体が刃を振るうその姿は伝説の怪物である首狩り兎ボーパルバニーを思わせる。けれど怪物であり続ける為には代価が必要だ。


 才能と時間を捧げた上で、更にそれでもと望むのならば命を削る以外に道は無い。


 月に新たなクレーターを刻みながら、更に跳ぶ。破裂しそうになる心臓をどうにか操縦服の圧力で動かしながら、レーダーとメインモニターに映る光景から次の跳躍ポイントを選定。



(高橋達は――?)



 今だ2隻の後詰め部隊は遺跡まで到達していない。突入のタイミングを計っているのだ。ただ真正面から突っ込めば壊滅するのは目に見えている。



『タクミ、コースは開いた! レイジ・レイジを抑えろ!』


「わか、ったぁ!」



 タクミが敵機を破壊した直後。高橋からの通信が入り、2隻の宇宙船が加速を開始する。目指すは月面遺跡に存在する港と呼べる区画。そもそも米国はシュルバン=ステイレットによるかく乱工作で十分な数のIAを月面に送る事が出来なかった。


 その結果がたった2大隊50機弱の月面降下部隊というお粗末な戦力。


 正面からの決戦で勝利することは、ルナティックコードを内蔵したエクスバンガードを含めても不可能。だからこそ狙いは中枢の直接制圧。



『ちぃ、やらせるかぁ!』



 オーバー・レイジが、ジャック=マーダンがこちらの狙いに気づき、照準をエクスバンガードから港に向かう宇宙船に向ける。深海魚じみた巨体を揺らし、30門近い砲門が蠢いて獲物を狙う。



「お前の、相手は―― こっちだぁ!」



 LGマスカレイドに突き立てた近接ブレードを引き抜いて、タクミはオーバー・レイジに向かい跳躍。



『ったくっ! どうやらお前を先に撃破しなけりゃならんか!』


「こいつを、倒せればぁ!」



 互いに通信が繋がらぬまま、噛み合わぬ言葉をぶつけ合い。エクスバンガードとオーバー・レイジは機動戦に突入する。月の海の底、2匹の怪物が譲れないモノの為に互いの命を奪い合う。


 オーバー・レイジはその圧倒的な火力で空間を埋め尽くす。12門の小口径レールガンが経路を潰し、8門の中口径レールガンが起点を狙い、そして足を止めた瞬間、4門の大口径レールガンが叩き込まれる。


 けれどエクスバンガードは止まらない。埋められた経路の外側に跳躍し、毎回起点をズラし狙いを揺るがせ、大口径レールガンが撃ち込まれる前に先へ、前へ、進む。


 

 オーバー・レイジはその巨体から生えたスタビライザーを月面に突き刺したまま。エクスバンガードは跳び続け、ワルツと呼ぶには荒々しく、ドッグファイトと呼ぶには無様な戦いを積み重ねていく。


 どちらも一歩も譲る事なく、ジャックは砲弾と味方を、タクミは刃をすり減らし。



(まず――っ!)



 気づいた時には、エクスバンガードが構える近接ブレードにヒビが入っていた。直接目視した訳ではないが、あと2回、いや1度振るえば折れる感覚が操縦桿を通じて伝わって来る。


 タクミの体よりも先に、エクスバンガードの機体よりも先に、その武器が無茶について行けず砕けようとしているのだ。


 今だオーバー・レイジに有効打は与えられていない。残敵数はようやく100を下回っただけ。そもそも事前のシミュレーションではここまでの戦力は想定されていなかった。



(素手―― いや、リーチの長さが、せめて援護が無いと)



 あらゆる可能性がタクミの脳内を駆け抜け、その全てが途中で力尽きる最期を指し示す。最強ユェン=ターサンと戦った時と同じ、無力感と絶望が入り混じった感情が、脳裏の端から意識を塗りつぶし。足が止まる。


 ほんの僅かな時間。けれどオーバー・レイジが、それに従う100機のLGマスカレイドが、照準を合わせるには十分な隙。


 

『タクミっ! 下がれぇ!』



 通信機から飛び込んだ声に従い、反射的にペダルを踏み込み後ろに下がる。それと同時にオーバー・レイジに向けて超音速の砲弾が放たれ、大口径レールガンを1本消し飛ばす。



「高橋っ! 突入は!?」



 着地したタクミの前に高橋の駆るバンガードが庇い立つ。


 全身に追加の爆発反応装甲リアクティブアーマーを着込み、両肩に120mm滑腔砲を背負い、左腕には強引に40mm突撃機関砲を据え付けて。そして右腕に超電磁突撃砲アサルトレールガンを握った、格闘戦に特化したエクスバンガードとは対照的な重装甲、重火力に偏ったフルアーマーと呼ぶべき姿で。



『安心しろ、俺以外は無事突入済みだ』


「だからって、そんな装備と腕じゃ……」


『あんまりなめた事、言ってんじゃねぇぞ、タクミぃ!」



 怒号と共にフルアーマーバンガードの火砲が一斉に火を噴いた。滑腔砲が、機関砲が、超電磁突撃砲アサルトレールガンによる弾幕で敵が射撃ポジションに付くのを食い止める。



『ああ、そうだ! 俺じゃお前に届かねぇ! ナナカみたいに命をかけても、隣に並ぶことすら無理だって分かってんだよ! けどなぁ…… せめて背中位は守らせろよ!』



 フルアーマーバンガードによる全力の、けれど圧倒的と呼ぶにはささやかな一斉射撃。見た目は派手だが1機に対する火力は低く、それこそ時間を稼ぐことしか出来ない。けれど――



「――ごめん、高橋」


『言うことが違う!』


「……高橋、頼むっ!」


『任された!』



 タクミエクス高橋フルアーマと背中合わせで立ち上がり。次の瞬間、エクスバンガードが再び月面を跳ぶ。今だ戦力比は10倍を超え勝利は遠く、隣立つ存在はなく、けれどその背を守る友が今ここにいる。


 ただそれだけで、もっと、ずっと、自分の限界を超えていけるのだから。

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