12-3
12月23日11時30分。軌道上の宇宙ステーションから3隻の"宇宙船"が発進した事に、一番最初に気が付いたのはシュルバン=ステイレットであった。実質この月面遺跡における索敵を担当しているのは彼であるので道理ではある。
慣性制御により時速12万km、大気中ではないので意味が無い数値ではあるがマッハ10。月に到達するまで約3時間といったところか。
「ジャック=マーダン、目を覚ませ」
すぐさまジャックに連絡要員として送りつけたクローンと同調し、重力区画の自室で眠る彼を叩き起こす。予定上では睡眠時間となっていたが、文字通りの決戦開始となれば、現状軍事面においての最高指揮官を眠らせたままにしておける道理はない。
「ん…… ぁあ? なんだ? 慌てん坊のサンタクロースでも来たのか?」
「残念ながら奴らは俺達に碌なプレゼントを用意する気はないらしい」
半分閉じたまぶたを擦るジャックに対し、無理やりタブレットを叩き付ける。だらしなく白の宇宙服を着崩した姿を見ると、万が一空気が抜ければどうするつもりなのかと怒鳴りつけたくなるのだが。けれどもう何度言葉を重ねても無意味だと理解してしまったので喉の奥で飲み込んだ。
最近ようやくヘルメットを近くに置くようになったのは辛うじて成果と呼べるのかもしれない。
「それで、状況は?」
「このままなら3時間以内に月面に到達するな」
「迎撃準備は?」
「既に終わった」
シュルバンは意識を月面遺跡―― 正確には異星系から地球に遺伝子を運ぶために送り込まれた繁種船そのもの。45億年前に、嵐の大洋の中心に沈んだ直径30km、厚さ300mの巨大構造物。その中に散らばった27人のと記憶を同調させる。
本質的に本体と呼べる個体は存在せず、全ての個体が構築する量子通信によるネットワークそのものがシュルバン=ステイレットと呼べるのかもしれない。
ある個体は12機存在する迎撃用レーザーを起動させ、また違う個体は他のクローンを指揮して。全長10mに迫る
「俺のレイジ・レイジは?」
「4時間前に追加戦闘システムにコアユニットに組み込んでいる」
「ったく、んなもん運用するの初めてだってのによ」
「それでも戦力として有効な以上、使わぬ手はない」
今この瞬間、183機のLGマスカレイドと同時に、レイジ・レイジを組み込んだ超巨大IAに火が灯る。
全長60m、総重量500t、月面帝国特有の曲面を多用した樹脂製の装甲。12門の小口径、8門の中口径、4門の大口径レールガン。そして2門のレーザー砲による圧倒的な重火力。そして円錐系の胴体から申し訳程度に伸びる、慣性制御システムを可動させる為の補助脚。
それは大気圏を飛翔する能力も、宇宙を航行する能力も、1G環境下で自立する能力も持たない。ただ月面上で戦闘するためだけに作り上げられた機動兵器である。
「まるで月面の海を這う、深海魚だな」
「なんか気が利いた名前でも付けてやろうか?」
「ふん、適当にオーバー・レイジとでも――」
軽口を叩こうとしたその直後、シュルバンの意識に衝撃が走る。月面に向けて進軍する宇宙船の1隻が加速したのだ。レーダー管制を行っている"自分"を信じるのならばこの加速度ならば遠からず時速40万kmに達することだろう。
現時点で地球が持ち得る技術ではあり得ない超加速。そこまで考えた時点で一つの可能性が思い浮かぶ。
「――地球人め、いや! 反逆者アルテ=ルナティウスめっ!」
「いったいどうした?」
「敵はグラ・ヴィルドを、ルナティック7の特殊機能を組み込んだ機体で!貴様がメガフロートに行った戦術をそのまま、こっちに返すつもりらしい!」
状況を理解したジャック=マーダンは舌打ちをしてヘルメットを被り、通路に飛びだして。十分な与圧がされてい無い通路を、シュルバンと共に駆け抜ける。
己が掲げる正義を打ち壊そうとやってくる、敵を叩き潰す為に。
◇
落ちる、落ちる、落ちる。有史以来人類が達した最高速度を塗り替えて、タクミは
モニターに表示される星屑はほうき星の如く尾を引き始め、自分が今どこにいるのかを示すのはデジタルで刻まれる月面降下へのカウントダウンのみ。
(たったの2時間弱で月に着くと思えば、速いんだろうけれど)
彼が駆る愛機の姿を強引に言葉で表すなら。組み上げかけの宇宙船を強引に人型に作り替えた代物と呼べば伝わるのかもしれない。
右に全長10mを超える
コードネーム『ギガンティックバンガード』、現状世界に1機しか存在しない月面降下強襲機と呼ぶべき存在である。
本来なら超々音速で月面に吶喊するどころか、そもそも稼働する事も怪しいレベルの代物。それを複数の月面超遺物、即ち撃破したルナティック7の特殊機能を組み込むことでまとめ上げたのだ。
(月面到着まであと3分)
到達不可能な速度を重力加速度制御、即ちルナティック7であったグラ・ヴィルドの機構を組み込むことで達成した特記戦力による奇襲攻撃。ジャック=マーダンが東京湾メガフロート襲撃時に選んだ戦術と同じ。
通常ならば一瞬で人間をミンチにして有り余る加速度を、慣性制御により相殺。未だにイナーシャルドライバーのアラームはオレンジのまま。瞬きの度にメインスクリーンに白と灰で構成された、モノトーンの大地が広がっていく。
(地形情報から重要攻撃目標に対してロックオン――)
レーダーで感知できるのは精々300km、ギガンティックの速度であれば3秒弱で通過出来てしまう狭い領域。速度と比べて狭い視界を補うため、事前にある程度行動を先読みして入力する必要がある。
その上で120mm滑腔砲、
亜音速で稼動するIAの操縦を常としていたタクミにとっても、Gバンガードの操縦は未知の部分が多く、けれども成し得なければ上皇派を止められないのだ。
(自分が失敗すれば、世界が滅びる)
もしタクミが失敗すれば彼らは月の持つ運動エネルギーを消費し尽くしてでも他星系を目指すのだろう。レナ大尉から細かい説明を受けたがいまいちそれがどういう事なのか、彼らが何を目指しているのか充分に理解出来ていない。
けれど、それでも――
(当たり前の明日を、勝手に使い潰されたくないっ!)
10年、20年先まで考えてはいなかった。精々兵役を終えて、その後就職する程度の未来予想。ナナカとどう付き合っていくかすら、本気で考えていなかったのだ。
だからこそ顔も知らない相手に、理解すら出来ない理屈で、自分達の未来を消費されている事実に対し。タクミは人生で初めて、害意や嫌悪ではなく、交渉や和解の可能性すらないある意味純粋な感情を胸に視線を敵地に向ける。
月面に光点が見え、サブモニターが事前の偵察で得られた地形データからリアルタイムの動画に切り替わる。タクミはぞわりと殺気を感じて身を震わせた。月面遺跡の外縁で設置された12のレーザー砲塔がこちらを狙っている事実を認識。
相対距離が300kmを割り込む、事前に選定していた重要拠点から3つの最重要目標を改めて選び右手に握った操縦桿のトリガーを押し込んだ。
Gバンガードの右側に据え付けられた
専用の耐熱特殊合金によって形作られた1発1000万円、歴史上最も高価な砲弾が一直線に
既に戦闘用のGバンガードに搭載された計器類では、測定すら不可能な速度をもって、放たれた一撃はレーザー砲塔を1つ貫き。その返礼とばかりに11本の光線がタクミの駆る機体に向けられた。
「その――程度でぇ!」
宇宙船やミサイルならば余裕を持って撃破する事が可能な熱エネルギーの照射。だが総重量750tの25%を装甲に割り振ったギガンティックバンガードならば10秒程度ならば耐えられる。
そしてレーダー防空網の射程圏に入ってから月面に着陸、いや激突するまでに必要な時間は3秒に満たない。
月に衝撃が走った。
総質量750t×時速40万km、即ち100Mトン級のエネルギーを一瞬でゼロに。その余剰を慣性制御で月面に押し付ける。底面に組み込まれたスタビライザーが悲鳴を上げ歪むが、それも予定の範囲内。
「ミサイル、オートロックファイアっ!」
着地の瞬間叩き込まれるであろう集中砲火へのカウンターとして、音声入力で背負ったミサイルコンテナシステムを起動。間髪入れずに発射する。48発のマイクロミサイルが同時に放たれ、着陸で巻き上げられた
(勘になるけれど――っ!)
煙幕の内側から、更に大型レールガンを発射、発射、発射! 限界を超えた酷使に電磁結界の制御システムが悲鳴を上げるが、それを無視してもう一撃。
そしてその着弾を確認する前に、タクミは操縦桿を前に傾ける。
眼前に広がる月面基地の上、そこに展開する200弱の敵に対して、たった1機。
それでもギガンティックバンガードは突き進む。
◇
土煙の向こう側から放たれた砲弾によって、また1つレーザー砲塔が潰された。
「くっ、化物かよ!」
交戦距離に入ってからたった三秒。それだけの時間であのバンガードはレーザー防空システムを文字通り半壊させた。制圧が目的であった自分達とは違い、敵地への被害を考えなくともよい。けれどその差を考慮したとしても性能と、そしてパイロットの腕が圧倒的だ。
(恐らくは重力障壁と電磁結界のデュアルコード……! なら、機動力は!)
ジャック=マーダンはオーバー・レイジの24門のレールガンによる偏差射撃を実施。それと同時に50機近いLGマスカレイドを左右に展開し包囲網を形成しようとする。
けれどその指示が届くよりも早く、土煙の中から大量のミサイルが放たれる。秒速3km、月面遺跡を横断するのに10秒もかかる速度だが。だからといってそれを無視は出来ない。
残った6門のレーザー砲塔と、オーバー・レイジに内蔵されたレーザーが迎撃する為に数秒程火力を集中させざるをえなくなる。
その隙をついて、噴煙の中から緑色の巨体が、オーバー・レイジの今の姿を深海魚とするならば、出来損ないのロケットと表現すべきGバンガードが赤い眼光をたなびかせながら飛びだした。
「こちらの射撃は予測しているか―― だが!」
ジャックが放った大小様々のレールガンは全て、Gバンガードに直撃するコースではなかった、だが構わない。左右に展開したマスカレイドの軍勢が、月面特化仕様として手足を歪に延長された異形の群が、レールガンを構えて斉射する。
50門の中口径レールガンによる、一糸乱れぬ集中砲火。上下左右ギガンティックバンガードが移動しゆる全てのコースに対して行われる空間制圧射撃。並のIAであれば間違いなく撃墜して有り余る飽和火力――
「ああ、だろうなぁ! 重力制御と超電磁結界! その2つを合わせりゃそれ位は!」
弾道が歪む、重力制御と超電磁誘導。2種類の防壁を重ねた結果、ギガンティックバンガードは直撃コースに乗った砲弾を直撃する前に跳ね飛ばし、その場を切り抜ける。恐らくレーザー以外の攻撃は、それこそオーバー・レイジが内蔵する大口径レールガン以外通用しない可能性が高い。
(だが、無意味な訳でもない。発掘遺物ですら限界はある)
IAである以上、その原動力は接地した惑星、もしくは衛星の自転エネルギー。事実上無限の動力を持つに等しいが、それでもシステムそのものが限界を迎えてしまえば機能を停止する。だからこそグラ・ヴィルドは飽和攻撃によって撃破されたのだ。
「お前達に出来た事が―― 俺達に出来ないとは思わねぇ!」
ジャック=マーダンは月の海の奥底で吠えたてる。これまでの敗北を清算し、勝利を得る為に。己の信じる未来を実現する為に。これまで積み上げた屍を無意味にしない為に――
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