01-5
「ナナカ、あと何時間だっけ?」
『同じことを20分前も聞いてたよ?』
卒業式から約2週間後、2020年4月15日、東京湾メガフロートにてタクミとナナカの2人は、月面帝国と地球の間に結ばれる終戦協定の式典警備を行っていた。
特に重要区画の警備ではなく、危険性も無い。
川崎市に続く道路の上でただ立ち続けるだけの任務で、ある意味で彼らの様な新人にとって丁度良い。だがそれはそれとして、昼食休憩があったが日に4時間近くIAに乗り続ける事は体力を消耗する。
直立不動で立ち続けるよりはずっとマシだが、長時間バイクの搭乗姿勢にも似たライディングフォームを取り続けるのは想像よりもずっと辛い。
操縦服の着心地は決して悪いものではない、しかし全身を覆う野暮ったいスーツを着続けなければならないのも結構なストレスだ。
流石にヘルメットのバイザーを開放は黙認されているが、刺激が少ない状況になるとヘルメットを外して髪に手串を入れたくなるのが人情である。
更にここ数年、終戦に向けて月と地球での対話があった事実が、社会全体の空気を良くも悪くもゆるめている。
それは2人の所属する日本国防軍も例外ではなかった。
彼らの配属された関東第一即応師団はそれなりに練度が高く、終戦式典が行われる東京メガフロートにおける警備を任せられることもあり一定の志気は保っている。
それでも新しく来た新人2人がが友達以上、カップル未満である事に気づけば2マンセルを組ませる程度には浮ついていた。
「ねぇねぇ、ナナカは肩とか凝ったりしない?」
『休憩はあと1時間後、それまでは操縦席で出来る範囲で身体を解しながら頑張って? それからタクミはこの分隊の隊長だから、もう少し真面目にやって欲しい』
その小言に対してため息をつきつつ、タクミは軽くメインカメラの視界をずらす。
横に立つのはナナカが搭乗したバンガード。学校で授業の時に使っていた機体と同じ機種だが、式典に参加する為モスグリーンのボディは塗り直されており新品のようで心なしか誇らしげにも見える。
ただし綺麗なのは外側だけで、初めは跨るサドルはボロボロ、フットペダルのバネは甘くなっており、操縦桿の操作モード切替器の反応が鈍いと散々だった。
上官に確認を取ったところ納入されたら新型に切り替えるからと整備がおざなりになっていたらしい。
どうせ長くとも数か月、任務に参加するとはいってもただの警備任務だから問題はないという上官に対して、なら勤務時間外に他の機体からパーツ取りして修理させて下さいと進言し目を丸くされたのは既に良い思い出だ。
結局、やれ士官学校の卒業試験において敵役として参戦し無双しただの、既に兵役終了後に大手メーカのテストパイロットに内定しているだの、色々と噂になった新人が時間外でバンガードを弄っていると人が集まる事態に発展する。
その過程で暇を持て余していた整備班のメンバーと仲良くなり、基地にあった廃棄予定の機体から必要なパーツを取りだし整備して、自分とナナカのバンガードの中身を問題がないレベルまで修理した。
その時に、学生時代に乗っていた機体と同じ様に
だからといって劇的に乗り心地が良くなる訳ではなく、塗り直した外側とは違い、交換したパーツ自体は問題がなくとも古いものなので内側がボロボロのままなのは変わりない。
「けどさ、ナナカ。この先終戦して月と地球の交流が盛んになればメガフロートのアレみたいなのが増えるのかな?」
『んっ…… あの白い塔、イナーシャルジェネレータだっけ?』
ナナカの乗るバンガードが少し体を動かし、空に突き立つ白亜の塔に目を向ける。
彼らが警護している入り口から10km程離れた丁度メガフロートの中心にそびえた高さ1000m近い
地球が自転する運動エネルギーを直接電力に変換する事実上無尽蔵のエネルギーを生み出す月面超古代文明が誇る超技術の一つ。
終戦協定を纏める為の対話が始まった数年前に月面帝国がこれまでの戦争で失われたものに対する補償として持ちだしたものであり、終戦の流れを確定させた平和の象徴としておおむね歓迎されている。
勿論それを月面側の陰謀であり、地球を完膚なきまでに敗北させる為の布石と叫ぶ者や、地球の持つ運動エネルギーも有限であり、使い続ければいつか尽き果ててしまうと警鐘をならす者も存在する。
ただタクミを含む多くの一般人からは、そこから生み出されるエネルギーとその結果発生する復興と発展の方がずっと重要であった。
今はまだその周囲には、終戦協定の為に建てられた記念会館と日本国防軍及び在日米軍の基地、そして成田と羽田に続く第3の空港以外に目立った施設はない。だからこそ平和になればここはもっと発展するという未来を期待している。
「そうそう、まぁ安全性とか、地球が止まっちゃうとか色々あるからすぐにいっぱい作るって事は無いだろうけどさ。上手くいけばこの先30年位はそれこそ高度経済成長期みたいに発展みたいだしさ」
『けど、なんで月は宣戦布告して、そして止めたのかな?』
「そう、だねぇ…… 最初からこれを公開してくれれば良かったのに」
通信機の向こうから聞こえるナナカの言葉で、ずっと気になっていて上手く形にならなかった疑問が形になる。
小学校では、アポロ計画で発見された月面超古代文明の遺跡を、調査する為に設営された月面基地が、1999年に月面帝国を名乗り地球に宣戦布告を行った事実を学んだ。
遺跡調査の為、月面に向かった人員は2万人。しかし彼らは遺跡内部でクローニングを実施し200万人の軍勢をもって地球に侵攻。
自分達が物心ついた時は完全に戦時で、日本国内でも月から降下して来た部隊との戦闘が毎日の様にどこかで起こっていて、ニュースのキャスターが毎日の戦況を伝える声を子守歌に育った。
だが彼らが何を考えどんな理由で地球に戦いを挑んできたのか聞いたことがない。
中学生となったところで地球側がムーンフォール作戦を実施、月面に攻撃を仕掛ける能力がある事を示し、その上で月面帝国でも政変が発生したらしくそのまま停戦そして終戦への流れが生まれ、皆が戦いが始まった理由より終わらせる道筋を望んだ。
正直な話、選択科目で軍事教練を選んだのは戦争が終わるのが確実なら2年の兵役を過ごすだけで授業料が実質無料になるという不埒な理由でしかなかった。
しかしその結果IAという人生を賭けるにふさわしいものと出会えたのだから彼にとって悪い選択ではなかったのだろう。
そこまで思考を進め、その辺りの事も詳しく、少なくとも表向きの理由位は今日の式典で明らかになるのだろうと考えたところで違和感に気が付いた。
「レイブン5、通信機にノイズが混じっていない?」
『……確かに、レイブン4。上への通信は?』
緊急事態と判断、彼女に対してコードネームで問いかけた。すぐに雑談を止め上に通信を入れ、状況を確認しようとする。しかし次の瞬間ずぅんと鈍い振動が2人が駆るバンガードの足を伝わって来た。
鈍く、重い、何か遠くの方で爆発ししたような衝撃。
タクミは部隊長に通信を送るが、返事はなくチャンネルを合わせないラジオのスピーカーから流れるのと同じノイズがむなしく響く。
「ダメだレイブン5、一旦基地に戻って状況を確認――」
『タクミ、あれっ!』
コードネームではない自分の名前、慌てた声、カメラの視界で確認し彼女の機体のカメラが写したものと同じ物が見えるように機体を操作する。
まず爆発が見えた。そして向かって左側に、半ばからまるで時計の針を逆回しにするように倒れていく白亜の塔。
「なっ!?」
言葉が止まる、ゆっくり海面に500mの鉄塊が突き刺さり波が砕ける衝撃、耳を突くサイレンの音、かすかな銃声とIAの起動音。
その全てが彼の耳にとどいて、終戦という既定路線が崩れ去った事実を無慈悲に付きつけたのだった。
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