06-3
弾倉の40mm徹甲弾が尽きた。
(――ッ!)
思考が言語化される前に操縦桿を振り回す。直前までバンガードの頭部があった空間を、弁髪に見立てられたワイヤークローが通り過ぎた。刹那に満たない間をあけて反射的にペダルを踏み込み機体を傾けるが――
衝撃と共に
コンクリートで固められた港湾施設、タクミが直前まで放っていた40㎜徹甲弾によって生まれた土煙の向こう側から、ゆらりとバグ・ナグルスの青い影が見える。
マスカレイドとは違い頭を持ちより人型に近い体躯。その後頭部から生えたワイヤークローをゆるりと引き戻しながら、その体躯と比べて一回り、いや二回り大きな腕を構えて、敵機が前傾姿勢から加速する。
現在使用可能な武器は右手が握った近接ブレード1本のみ。そもそもそれを振るうことも叶わず、ただ必死の間合いから逃れようと足搔く事しか出来ない。
片腕を失ったバンガードとバグ・ナグルスが超音速ですれ違う。衝撃波が相殺しながら2機の間にある1mに満たない空間で渦巻いた直後、自分の失策に気が付いた。すれ違う瞬間、背後から操縦席に向けユェンの放った裏拳が迫り――
「――ょう、西村伍長?」
「タクミ、もう2時間過ぎているんだから、そろそろ出た方がいい」
外側から聞こえて来る、二人の少女が呼ぶ声によってタクミと相対していたバル・ナグルスの姿が消えてしまう。そもそも彼の想像の中にあるだけで、シミュレータを起動していた訳でもない。
卒業式の日と同じように、一声かけてから操縦席を開放する。体育館よりもずっと広く、メガフロートと比べれば小規模な格納庫の光景が目の前に広がった。
本来横須賀基地とは、横須賀市内に存在する海軍施設の総称であり、その中に間借りする形になっている陸軍の為に用意された施設は小規模である。
だがその事実は陸と海の仲が悪いことを意味しない。むしろわざわざスペースを用意している事実に海軍の善意が見て取れるほどだ。最もその理由が空軍という共通の敵が生まれたからというのは情けない話でもあるのだが。
タクミがふいと視線を下に向けると、メイド仕様の戦闘服を着込んだレナ大尉と軍紀で許される範囲でめかし込んだナナカの姿があった。先日レナ大尉が着込んでいたのと同じ長袖ワイシャツとタイトスカート。
普段のナチュラルメイクよりも、ほんの少し口紅の色が艶やかなのが目に留まる。全体的に大人びた雰囲気を狙っているのだろうが、彼女の身長が低いのと髪型がショートポニーのままであり、子供が背伸びをしているような微笑ましさが強い。
更に彼女が隣のレナ大尉を意識し、ピリピリした雰囲気であるのもより子供っぽさを前面に押し出す結果に繋がっていた。
周囲で動きまわる整備士の目もあり、安全手順に従って降りたタクミに対し、2人が左右から手を差し出してくる。どちらにも1リットルの大容量なスポーツドリンクのペットボトルが握られていた。
「えっと、これは?」
「いつも通り、持って来たら――」
「機体に籠っていると聞いて、私も……」
三人の間に微妙な空気が流れる。牽制し合った結果、発生した硬直状態。確かに喉は乾いているが、どちらを選んでも角が立つこと位はタクミでも理解出来る。そういう意味で次に彼が取った行動は正しく間違っていた。
同時にスポーツドリンクのペットボトルを受け取り、一気に2リットルを飲み干す。大量の水分を取った事で、疲労した体が少しふらつくがどうにか耐える。
「に、西村伍長? その無理ならば止めても――」
「タクミ、大丈夫? 吐き出さない?」
鉄面皮のまま金髪を揺らし、心配そうな声を上げるレナ大尉。そしてナナカは一歩踏み込んで、彼がコホコホと少しむせて唾を飛ばしてしまっていることを気にせずにタクミの背を擦る。
そもそも、コミュニケーションとしてはナナカが階級上位者に譲るか、レナ大尉が親友以上恋人未満な二人を気遣うことでトラブルを避ける場面。だがどちらもタクミに負けず劣らぬコミュ障二人。
そこで上手くタクミがどちらか片方から受け取り、後でフォローを入れるといった形で上手く立ちまわれれば傷は浅かったのだが、結果はご覧の有様である。
「えっとその、何か御用でしょうか大尉」
どうにか落ち着いてから、まずはレナ大尉に対応する。ほんの少しナナカが頬を膨れているのが見えたが、同時に相手出来ない以上。まずは階級上位者から対応するのが基本である。
「その…… 同じ部隊に配属されましたので、より親交を深めたいと」
確かにメガフロート陥落から3日が経過し、恐ろしい勢いで部隊の再編成が進められた結果、タクミ達とレナ大尉は同じ幕僚長直属の特別中隊に配属されている。
ただ特別中隊といっても、その実態はメガフロートにおける戦闘で生き残った兵士の寄せ集め集団に過ぎない。その過程でタクミ達は二等兵から伍長への4階級特進という異例の出世を遂げることとなった。
稲葉少尉は2回戦死してもおかしくないレベルの戦闘だったと笑っていたが、実のところ与えられる報酬が名誉位しかないからだろう。給料や退役後の年金の額は上がるが、そもそも使う前に死ぬ可能性の方がずっと高い。
それは兎も角、レナ大尉の考えは分からなくもない。分からなくもないのだが……
「何故、西村伍長に?」
ナナカがやや慇懃無礼な口調でレナ大尉に問いかける。実のところタクミは交友を温める目的で話しかける人間しては相応しくない。階級面でならば稲葉少尉、人当たりの良さならば高橋伍長。そして性別を考えればナナカの方がまだマシな筈である。
「その、皆様忙しそうで……」
ああ、とタクミとナナカはため息をついた。部隊が新設されとりあえず動けるようになる為に今現在稲葉少尉は八面六臂の大活躍。その上で貧乏くじを押し付けられ、ハンコを押すマシーンと化した少佐は顔面蒼白状態と化した。
更に高橋は稲葉少尉の手足となって、それ以上の速度で駆け回っている。結果として戦うことしかできない二人が浮いてしまい、比較的暇であるのは確かだ。
「それで、同じ女性の御剣伍長と仲良くする方法を、西村伍長から聞ければと」
「えっと、私と?」
思わぬ言葉で急激にナナカの警戒度が下がっていく。振り上げた拳をどこに振り下ろしたら良いのか、分からずにオロオロしているようにも見える。
「その、もしかして私の事を嫌って――」
「嫌ってる訳じゃ、ないです。ただ…… タクミ、西村伍長を取られそうで」
レナ大尉は一瞬、ナナカの意図が分からずに無表情のまま小首を傾げる。彼女の頭に飾られたカチューシャが小さく揺れた。数秒後納得できたらしく彼女は手を叩く。
「ああ、そういう事ですか。お二人は恋人――?」
「ま、まだ、違いますけど」
タクミが口を挟む前に状況がガンガン転がっていく。制御出来ぬまま暴走する2人の前で彼はどうしようもなくオロオロする事しか出来ない。周囲の整備士から厳しい視線が突き刺さる。
「私もまだ、そういう感情はないです」
「で、では大丈夫。たぶん友達に―― どうしようタクミ、女子の友達初めてかも」
何がどう大丈夫なのか、ナナカがちょっとチョロ過ぎないか。地味に自分よりコミュニケーション力が低いのではないか? 様々な思考がタクミの頭をよぎるがIAの操縦と同じノリで反射的にそれを口に出せば不味いということは理解出来た。
出来ることをやらないことはリスクになるが、出来ないことに無理に手を出すこともまたリスクである。しかし何もしないという選択肢はリスクを小さく出来るだけで、根本的な問題の蓄積を避けられないのだが。
それでもタクミは、とりあえず問題を先送りすることを選ぶことにした。
「と、とりあえず。大尉も、ナナカも…… 場所を移しましょう」
少なくともこれ以上、周りにいる人間から向けられる、視線の集中砲火に耐える事は出来そうになかった。その上で未だに糸口すら掴めない、ユェン=ターサンという難題から目を逸らしたい気分でもあったのだから。
◇
月面帝国皇帝派の為に用意された区画といっても、特別なものはない。ただそこにいる人間の種類が違うだけ。人数こそ少ないが上皇派に占領されたメガフロートの司令部と同じ様にクローンのスタッフが作業を行っている。
そんな文字通り機械の様に粛々と作業を続けるクローン達の間で、ソファーに座りゆっくりコーヒーを飲みながら、菓子を摘まむのはタクミですら少々居心地が悪い。
「いいんですかね、自分達だけサボってるみたいで」
「上は再編成で手一杯で末端まで指示だす余裕がないから」
「ええ、私達のような前線要員にとって休むことも仕事の内です」
金髪ロングメイドと、黒髪ショートポニー少女の二人はあまり気にせずパクパクと菓子に手を伸ばしていた。しかし他者が忙しそうに働いている横でメイドが椅子に座って寛いでいる光景は少々シュールでもある。
「ああ、そういえば今日って皇帝陛下が声明を発表するんでしたっけ?」
「はい、なので主だったメンバーは会場に」
「近所の文化会館のホールだっけ。いいの、そんな場所で?」
メガフロートでのテロ発生から既に3日目、本来ならもっと早い段階で、より格の高い場所で行うべきイベントである。しかし日本側が各所との調整を優先したのと、安全確保の観点から、このような時期にこの場所で行われる事になったのだ。
「……やっぱり、この声明発表の前に、どう動くかって決まってるのかな?」
「はい、西村事務次官―― 健一郎様が調整を行われたと聞いています」
レナ大尉の言葉に、タクミは顔が歪むのをこらえようとするが、どうやら失敗していたらしい。ナナカが心配そうに、レナ大尉が瞳だけで少し動揺した様子を見せる。
「もしかして、西村伍長…… タクミさんは健一郎さんと仲が悪いのですか?」
「……嫌いって、素直に言えないくらい、です」
別に来ると予測出来ていたわけではない。もしそうならもう少し返しやすい言葉を選べていただろう。タクミの中にある本音がポロリと口からこぼれただけである。
そう、重蔵とは違い。ただ嫌えるほどにタクミは健一郎という兄に対する感情を纏められていない。嫉妬と疎ましさ、そして憧れが素直な反発を許さず。辛うじてIAの操縦という軸から生まれた自分の強さで抑え込んでいただけだ。
その自分がユェンという答えのない問題とぶつかり揺らいだ結果、再び表に出て来ている。ナナカが抱きしめてくれた時の熱と、操縦士としての矜持で作られた薄皮が破られた感覚に目がくらむ。
「ただ、私はタクミさんが少しだけ羨ましいです」
「それ、どういう意味なんですか?」
レナ大尉が漏らした言葉に、タクミに代わりナナカが問い返す。メイド服の
「私が好きだ嫌いだと結果を出しても、もうロック=アーガインは死んでいます」
そう寂しそうな瞳で呟いた。タクミとナナカは自分達が殺した男の名を知らない。けれどそれが、彼女の知り合いだったことは理解出来る。
「答えを出した時、相手にぶつけられるから?」
「たぶん、そうなのかも、しれません」
勝手に踏み込み、勝手に地雷を踏み、勝手な理屈で、勝手に共感するレナ大尉は、ある意味その仮面のような無表情さと合わせて厚顔無恥と呼べるのかもしれない。
ただタクミは彼女の気持ちを何となくだが理解出来てしまった。10年前、父親が死んだ時の感情が、丁度今の彼女のそれと同じだと思えたからだ。
もしかするとそれは彼の一方的な思い込みなのかもしれない。しかし自分の中にある整理することが出来ない感情に、何か一つ。新しいパーツが組み込まれた実感だけは確かにあった。
「……二人とも、変なことを考えてるなって」
「そうかな?」
「そうでしょうか?」
「好きなら好き、嫌いなら嫌いでいいじゃない」
ナナカのバッサリとした価値観はそれはそれとして正しいもので、特に戦争中ならばある意味最適解に近いのかもしれない。
そういう彼女に支えられたいと願いつつ、レナ大尉ともっと言葉を交わしたいという気持ちが湧き上がるのを同時に感じてタクミは自分が破廉恥だと実感した。
しかし浮かんだ感情を全て飲み込み、消化する時間は、駆け寄って来たクローンが発した言葉によって、消し飛ばされる。
「トゥイーニー大尉、バグ・ナグルスの侵攻が確認された。進路から目標は――」
人類史上最高のエースパイロットという難問が、改めてタクミに対し今度は逃げられない形で突き付けられたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます