06-4


 その瞬間、バズ・ナグルスの拳がユェンにとって1356機目となる撃破を積み重ねる。最後まで職務を全うしようと、工場地帯にて必死の迎撃を行おうとしたダークギャロップの上半分は既に吹き飛び、がしゃりと残された4つ足が力を失う。



「まぁ、歯ごたえが無いのは仕方あるまい」



 ユェンはそのまま悠々と歩を進める。先程現れたダークギャロップの小隊は偶然居合わせていただけだったのだろう。追加でIA部隊が現れる気配は今はない。


 メガフロートにおける戦闘で彼等は200機に迫るIAを撃破したのだ。それだけの戦力を失って即行動出来る軍は存在しない。


 米露ならばそれだけの被害を受けてもすぐに反撃することが可能だが、正確には戦力を失った軍の再編中に別の軍による速攻を仕掛けられるだけであり、再編に時間を必要とする事には変わりない。


 その点、国内で戦力化されているIAの数%を失いながらも、組織としての体裁を失っていない日本国防軍は十分に優秀と言える。


 だがその国防軍ですら、ユェンとバグ・ナグルスを止めることは出来ない。



(ほう―― この慣性反応イナーシャルエフェクト…… 囲む気だな?)



 恐らくはこちらが本命。まだ機体は警告を発していないが、ユェンが長年戦場に立ち続けた結果身に付けた、生身の感覚が自機に対する包囲網の存在を感知する。


 実のところタクミがグラ・ヴィルド相手に行った包囲集中砲火戦法は、彼が考え出したのではない。本来はユェンとバグ・ナグルスに抵抗する・・・・為に編み出されたものだ。


 圧倒的な数による包囲、そして連携による反撃を許さぬ一斉射撃。絶対的な質に対する最適解、ある意味人類が誇る最強の戦術――


 だがそれですら、ユェンとバグ・ナグルスを倒すには至らない。


 青い影が風と化す。音速を超えバグ・ナグルスが駆け抜け、港湾施設に敷かれたコンクリートを砕くこと・・・・なく、包囲網で一番の手練れが任される部分―― つまり正面に突撃する。


 プレハブの倉庫の揺れと、海風の流れる初夏の大気にセンサーアイの赤が熔けた跡だけがユェンの駆け抜けた事実を示していた。



 そしてユェンの"観"は数百メートル先にある建物の影に隠れたIAを捉える。その事実を後付けで警報が補強する。まずは一手、速度を落さずにさらに前進、遮蔽の向こう側で辛うじてこちらの接近に気づいた隊長機に弁髪を叩き込む。


 まるで生物の様にしなった弁髪ワイヤークローが、辛うじて近接ブレードを抜刀したバンガードの首を飛ばし、その先端が操縦席をかき乱す。


 オイルと血が混じった、赤黒い液体が濃緑の装甲を染め上げた。本来間接部であってもIAはここまで一方的に遠距離から破壊される事はない。


 最低でも徹甲弾を関節部に直撃させる程度の芸当をこなす必要がある。だがこの事実はバグ・ナグルスの弁髪ワイヤークローに超古代発掘技術が使われていることを意味しない。


 ただバンガードというIAを数百機という単位で撃破してきたユェンの勘。それがこの本来あり得ない一撃必殺の理由である。



 だが隊長機が撃破されてなお、バグ・ナグルスの青を目に捉えた上で、震えながらであっても引き金を引こうとしたこの部隊に所属する操縦士達は称えられるべきだ。


 その行為をもって己の命を代価に、ほんの一瞬ユェンという伝説を足止め出来たのだから。


 彼らが最後に見たのは青の影と、そこからたなびくように揺れる赤の閃光。もしこの場にユェンが操るバグ・ナグルスの動きを捉えられたものがいたなら、2機のダークギャロップの装甲を撫でる様にその手が触れたことを理解出来たかもしれない。


 ただそれだけで上半身が爆ぜ飛んだ。


 静止状態で120mm滑腔砲の直撃に耐える装甲が、歪み、ひび割れ、炸裂する。地球側の主力IAがたやすく砕かれていく光景は出来の悪い夢のようだ。


 この一撃こそがバグ・ナグルスが誇る超古代発掘兵装『跳躍拳』 その実態は物体をたった1mmに満たない距離を空間跳躍させるだけの機構である。


 だが物体の持つ運動エネルギーは質量×速度の式で計算される。もしその速度が限りなく無限大に等しいとすればどうなるのか? 腕部に内蔵された跳躍装置を駆使した超打撃。その結果がバグ・ナグルスの周囲に倒れている。



(5年前ならもう2~3手、攻防が楽しめたのだがな)



 5年前の国防軍なら、このような場面を任される精鋭ならもう数度の攻防を交えられたと懐かしむ。だがそれを劣化というのは少々酷であるとユェンは考えなおした。


 これは休戦中の5年間、己の拳を磨き続けた結果でもあるのだから。


 それに既にそれを試すべき相手の目星はついている。グラ・ヴィルドとの戦闘で前線に立っていた2機のバンガード。そのどちらもユェンの目から見て一流の操縦士。久々に戦いになり得る敵手。


 それを意識した時、彼の胸は恋する乙女のように飛び跳ねる。そして人類最強のパイロットは前進を再開する。ただ欲望の赴くままに――

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