第02話『望まないもの』

02-1


 メガフロートには日本防衛軍基地と、在日米軍基地に挟まれた空港が存在する。

そこにある現状東京で最大規模の滑走路上で、戦闘が繰り広げられていた。



「敵の足を止めろ! 40mmで弾幕を張るんだ!」


『アルファ2、了解ですっ!』


『くそぉっ! ふざけるなよ月面人ルナリアン共!』


『無駄口を叩くな、アルファ4撃て、撃てっ!』



 ダークギャロップ2門3機、新人の駆るバンガード1門1機による合計7門の40mm機関砲が徹甲弾を毎秒10発前後のペースで吐き出していく。


 月面帝国のIA『マスカレイド』が徹甲弾の雨に撃たれて動きが止まる。反撃とばかりに右腕に仕込まれた小口径のレールガンを放とうとした。だがその前に隊長機アルファ1が放った120mm徹甲弾が直撃。


 頭の無い胴体に仮面の様に張り付くセンサーユニットを砕き、3対の瞳はひしゃげた白色の強化プラスチックの装甲に潰され、勢いで細い手足がへし折れる。その結果中に乗っていた操縦用クローンが、ミンチ以下の肉片に解体されて敵機はその動きを止めた。



「これで8機目…… ダメージを受けた者は?」


『アルファ2、まだ問題ありません』


『アルファ3、敵の攻撃が掠めましたが、影響なし』


『アルファ4、残弾10%を切りました、交換します』


 

 アルファ1は自身が指揮する小隊の現状を確認し、まだ戦えると判断する。状況は混沌としているが、一方的に味方がやられている訳では無い。いち早く立ち直った小隊は本部からの指令を元に孤立した敵IAを確実に撃破している。


 月面帝国のマスカレイドは最大速度こそ音速を超える。しかしその速度を維持出来る時間は短く、強引な機動で単独になった処を、司令部からの情報共有を元に分断すれば容易に各個撃破が可能だ。


 バンガードは正面決戦でマスカレイドと互角以上に戦えるが、火力の低さからこのような包囲殲滅戦には向いていない。

 

 地球側の最大の武器は人口である。月面側はクローンを含めても300万人以下。70億近い人口の2%弱を軍人として戦力化すればそれだけで1億人という圧倒的な兵力差、単純計算で30倍以上。

 

 だからこそ敵と性能勝負で一対一タイマン重視の機体を作る意味は薄い。数で迫って囲んで潰すのが一番正しい戦法になる。 



『た、隊長…… 敵はマスカレイドだけなんですよね?』


「どうしたアルファ4、弾倉の交換は?」


『あっ、はい済みました。けどこう…… 俺噂で聞いたことがあるんですよ』


『噂ぁ? 入隊したばかりの新人がどんなネタ仕入れたんだ?』


『想定外の事態で不安になるのは分かるがな』



 ちらりとアルファ1は戦術データリンクを確認する。通信が切れた気配も、近場に敵影はなく遠くの方で銃声が聞こえるが、援護を必要とする部隊も存在しない。


 警戒しながらではあるが新兵であるアルファ4の緊張をほぐす為に雑談を行っても問題はないだろうと判断した。



「マスカレイド以外って事はルナティック7の事か?」


『そうです! それです! なんか5年前の月面降下作戦で選抜された人間の半数を撃破したとか、10年前EUの機甲戦力を壊滅状態に追い込んだとか、20年前の宣戦布告と同時にアメリカの第7艦隊を壊滅させたとか……』



 ルナティック7、それは戦場に現れたおとぎ話。もしくは地球人類の前に立ちふさがった化物、あるいは古代から現れた神話の怪物、ただ幻想ではなく現実の存在だ。


 アルファ4の言葉程圧倒的な訳ではないが、ルナティック7を自称する7機のイナーシャルアームドは純粋な軍事的力学を吹き飛ばす。単体で軍団に匹敵する文字通りの一機当千の戦果を上げた事もある。



「安心しろ、今現在この戦場にはルナティック7は居ない」


『そ、そうなんですか…… ?』


『おう、ルナティック7に奇襲されてたらもう俺達死んでるぜ?』



 なっ! と絶句するアルファ4、だがそれは紛れもない事実である。一般的な科学では説明の付かない特殊機能を持ったルナティック7はある程度のメタ戦術を立ててようやく抵抗する事が出来る化物である。


 少なくとも、そんな相手に用意無しで奇襲されれば死ぬか逃げるかの2択になる。

そしてふざけてアルファ3が口にした言葉でアルファ小隊の重い空気に包まれた。

実際にこの状況下で月面がルナティック7を投入するデメリットは存在しない。


 やるなら徹底的に、最強のカードを叩きつけるのが盤面をひっくり返した陣営が取るべき手筋なのだから。



『展開中の全部隊に緊急連絡! JAXAからの連絡でメガフロートに向けて降下する月面帝国の増援と思われる部隊を確認! 繰り返します! JAXAからの――』



 沈黙はアラートと司令部のオペレーターが放つ、悲鳴じみた叫びで突き破られた。想像通り、最悪の展開。軌道上に存在するであろう国連宇宙軍の基地からでなく地上に拠点のあるJAXAからの連絡である事実が事の深刻さを裏付ける。



『畜生! マジかよ、って事はこいつらの目的は――』


『恐らく、メガフロートに着陸する為の橋頭堡 確保が目的だったのでしょう』



 部隊の配置を確認すれば、丁度折れたイナーシャルジェネレータ―の周囲数キロに戦力の空白地帯が埋まれていた。この会場に投入出来た少数のマスカレイドを捨て駒にして強引に降下する為の空間を生み出したのだと理解するが既に手遅れ。



「ここは一度退いて、装備を――」


『隊長! あれ、あれはっ!?』



 アルファ4の駆るバンガードがその手で天を指さす。基本モーションに含まれないその動作を無造作に使いこなす様子を見て、ずいぶんと今年は新人の質が良いと場違いな事を考えながら天を仰ぐ。


 流星が落ちてくる。圧縮された大気が赤い光を放ちながらこちらを目指し、隕石とは比べ物にならない速さで、メガフロートの中央に突き立つイナーシャルジェネレータの真横。アルファ1達から見て数キロ先に突き立った。


 その速度と大きさから見れば本当にささやかな、それでも人が居なくなった仮設の終戦協定記念式典会場に破壊をまき散らし。堕ちた流星がその中央に立ちあがる。


 それはたった1機のイナーシャルアームドだった。四肢をもつ人型、ただし根元が膨らみ先の方が細いアンバランスな手足を黒で染め上げた姿は、兵器というより歪んだ芸術作品のような印象をアルファ1に叩き込む。



「ナンバー1…… グラ・ヴィルドっ!」



 アルファ1が呟いた機体名に応えるように、真っ黒な顔面が割れ、3対の赤いアイセンサーのラインと、その中央にギョロリと顔面の1/3を占める巨大なモノアイが開かれた。


 ルナティックナンバー1、グラ・ヴィルド。最も新しいルナティック7。5年前月面に突入したエース部隊を壊滅させており、強力な防御を誇る以外に詳しい情報が存在していないという意味で非常に危険な相手である。



『ケケッ! おうおう、バンガード少ないじゃねーか? 地球人は2足歩行から4足歩行に戻ったってのかぁ!? おいおいおいおいダーウィンに喧嘩売り過ぎだろぉ!』



 オープン回線で無差別に放たれる挑発染みた言動は、こちら側の戦力をを侮っているのか、それとも自信の表れか。



『アルファからイオタまでの小隊は、降下してきたグラ・ヴィルドに対して攻撃準備火器使用制限なし司令部からのタイミングに合わせて攻撃を開始して下さい!』

 

「っ! アルファ小隊、攻撃準備! ありったけの火力をあいつに叩き込む!」


『『『了解っ!』』』



 アルファ1は愛機を攻撃モードを射撃専用ガンファイトに切り替え一斉射撃の準備を行う。120mm速射滑腔砲×1、残弾8発。40mm機関砲×2、残弾合わせて360発。その砲身を全て単機のIAに向けて構える。


 小隊に所属する4機の機体も同じ様に、更に9小隊、即ち1大隊、40機弱の火力がグラ・ヴィルドに向けられて――



『発射っ!』



 オペレータの言葉に合わせ30門の120mm速射滑腔砲と、70門の40mm機関砲による一斉掃射がグラ・ヴィルドを襲う。世界を揺らすような轟音が響き渡り、辛うじて残っていた終戦式典の残骸を砕きつつ通常の機動兵器であれば、いやイナーシャルアームドであっても原型をとどめない程の超火力が叩きつけられる。


 砕かれたコンクリートの破片が土煙になって着弾地点を覆い尽くし、それを合図に射撃が止まる。――そこでアルファ1は気が付いた、通信機から小さくクククと響く嘲笑の声に。



『…… ククケケケハァッ! 効かねぇんだよぉ! このグラ・ヴィルドにはよぉ!』

 


 硝煙と土煙を切り裂き、黒い巨体がリニアモーターカーを超える速度でアルファ小隊に向けて突き進む。慌てて周囲から40mm機関砲が放たれるが、それらは全て直撃する前に地に落ちた。


 攻撃目標地点に目をやれば、原型をとどめた砲弾がミステリーサークルの様に地面に突き刺さっている。



『慣性制御―― じゃない!?』



 イナーシャルアームドは慣性制御によりある程度装甲に直撃した砲撃を無効化出来る。しかしこれはそんな次元を超えていた。砲弾が機体に届くこと無く地に落ちる。

数Kmの距離はあっという間に詰められて8mに迫る巨体がアルファ小隊に迫った。



『ニュートン先生に感謝感謝の大感謝ァ! リンゴみたいに潰れちまいなぁ!』



 牽制用の40mm徹甲弾も、進路予測して放たれた120mm徹甲弾も、直撃させずに地に落としながら、グラ・ヴィルドはアルファチームに向けて突撃する。



『グラビティ――ハンマァァァだぁ!』



 その勢いで突っ切って来たグラ・ヴィルドが叫び声と共に振り下ろした細腕に、ぐしゃり、とアルファ2の駆るダークギャロップが文字通り叩きつぶされる。


 4脚の関節がひしゃげて捻じれ、シリンダーと人工筋肉から溢れた液体が大地を濡らす。次に黒い装甲が莫大な過重に歪んで爆ぜて、飛び散らずに地に落ちる。


 アルファ1は引き伸ばされた一瞬の中で、ぐしゃりと操縦席の真ん中で自分の部下が赤いシミになる光景を幻視した。



『そもそもぉ! 黒いのが気に食わねぇ! 黒は俺の色だぁ!』



 地面を蹴って横に逃げようとしたアルファ3に向き直り、胴体に内蔵された中口径のレールガンを連射。上方から撃ち込まれた10発を超える超音速の弾丸が、ダークギャロップの慣性制御限界イナーシャルリミットを超えて、黒い装甲に穴を開ける。


 角度から見て弾丸は確実に操縦席を貫通していた。



「あ、く――っ!」



 アルファ1は再びトリガーを引き絞りもう一度一斉射撃を実施。残った40mm徹甲弾が、120mm徹甲弾がグラ・ヴァルドに向かって突き進む。


 だが数発の砲弾が装甲に届くが、有効打は与えられず。すぐに張り直された障壁で致命傷になり得る120mm徹甲弾による攻撃は、折れ曲がるように軌道を変え地面に突き刺さる。



『隊長おぉぉっ!』



 グラ・ヴィルドがアルファ1に目を向けるのとほぼ同時に、アルファ4のバンガードがアルファ1の駆るダークギャロップを突き飛ばす。亜音速で迫る20トンの衝撃に吹き飛ばされ、一瞬意識が飛びかけた。


 その行為を咎めようとするが、自分が居た場所に振り下ろされた細腕によって生まれてたクレーターを見れば、新人であるアルファ4が命の恩人である事を理解する程度の理性がアルファ1には残っていた。

 


『ハハハっ! 流石はバンガード! ハメ殺し特化のお馬と違っていい動きだ!』



 アルファ4のバンガードに意識が向いた次の瞬間、上空から砲弾の群がこの場に向けて降り注ぐ。周囲の機体から山なりの軌道で放たれた徹甲弾が、上から叩き下ろす形の砲撃がグラ・ヴィルドとその周囲に襲いかかった。



『だよなぁ! 現象を見りゃ、予想もつくし名前の時点で隠しちゃいねぇ! こいつの能力は重力障壁! 水平方向からの砲弾は地に落として無効化出来る! なら垂直って考えるのが理性的な人間って奴だ、素晴らしいぜぇ!』



 爆音と共に流れ弾の弾の直撃を喰らい、アルファ4の駆るバンガードの左足が吹き飛ばされる。120mm徹甲弾の運動エネルギーは直立状態でないIAの装甲を容易に貫き粉砕する。


 だが幸いな事にそれ以外に直撃弾は無く、アルファ4の慌てる声が通信機を通して聞こえて無事を確認。それと同時に場違いな軽い音が耳に届いて、目を向けると原型をとどめた徹甲弾が地面に転がって来るのが見えた。



『だが、だが、だがぁ! 無駄だ地球人類! このグラ・ヴィルドは重力を増加されるだけではなく、0にする事も可能! 上から攻撃すれば障壁を突破出来るという淡い期待を裏切られた気分はどうだぁ!」



 アルファ1はグラ・ヴィルドから放たれる声で、上から降って来た砲弾の重力加速度を0にする事で無力化したと理解する。しかし、アルファ1はそれよりも今は離脱を優先すると頭を切り替えた。


 アルファ小隊の撤退を援護する為に他の部隊が残された火砲によって弾幕を張る。


 その中で悠然と振る舞うグラ・ヴィルドの姿を見ながらアルファ1は、殺された部下であるアルファ2と3の仇を討つことも、その死体を回収する事すら出来ず。アルファ4のバンガードをサブアームでけん引し、逃げる事しか出来なかった。

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