02-2


 ジョージ=カウフマン大佐は現時点において、東京メガフロート米軍基地における最高司令官である。テロ発生直後、会場にて本来の司令官は流れ弾で死亡。規定に沿って基地に待機していたカウフマン大佐がその地位を引き継いだ。


 東京メガフロート在日米軍基地の中央指令室。そこでカウフマン大佐は禿頭に皺と怒筋を浮かべ、口から火を吐く勢いでオペレータに対して状況確認の指示を飛ばす。



「月面帝国と思われる部隊の様子は!?」


「現在、日本国防軍に対して識別名グラ・ヴィルドが攻撃中!」



 カウフマン大佐は歯を食いしばる。予想よりずっと月面帝国が投入してきた戦力が大規模であったからだ。ルナティック7と呼ばれる特記戦力は通常戦力と比較すれば数個大隊を凌駕すると言われている。


 事が起こっても、中隊規模の部隊による式典強襲程度という見積もりは甘かった。



「その他のIAは!? マスカレイドが複数いるだろう?」


「メガフロート全体に広がり攻撃を実施中! 散発的な攻撃を行っています!」



 月面帝国の狙いが見えない。少なくとも終戦協定式典を止める事が目的ならば既に十分な戦果をあげている。わざわざ特記戦力を投入する意義を感じられない。



「犠牲を出さない事に全力を注げ、式典に参加していたゲストの安全を確保しろ!」


「了解です!」



 大まかな指示を一旦伝えた後で、改めて詳細な指示を出す。攻めと守りのバランスを考え所属するIA部隊の振り分け、撤退条件の決定。


 最悪の場合に備え、基地を放棄する為の手順を確認する事も必要だろう。


 状況は米国にとって最悪である。日本が主導してたとはいえ今回の式典には副大統領を含む米国の要人が多数参加しており、その殆どの安否が不明。


 失敗した場合日本に責任を押し付け、成功した場合日本から利益を得る。そのどちらも選べないタイミングで月面帝国のテロは発生した。


 カウフマン大佐が望む通りの展開で。


 この出来事でアメリカに刻まれた傷は深い、しかし傷が深ければ深い程終戦という選択肢は遠くなり、これまでの様に日本を挟んでリスクの低い形で終戦を目指す流れを目指すような道は選べなくなる。


 

(そう、アメリカは月面帝国と戦い撃破しなければならない)



 カウフマン大佐は司令部の中で思考を重ねていく。月面はこの世界で唯一米国に匹敵、または凌駕する可能性がある国家である。

 

 宇宙という広大な可能性フロンティアを持ち、それを超古代月面文明の遺産によって自由に開発する事が出来る。現状彼らは地球に対して強いこだわりを見せているが、それが無くなればアメリカに勝ち目は消滅してしまうだろう。


 これはベトナムや中東諸国との戦争とはまったく別次元の戦いである。


 アメリカという国家が誕生してから初めて、格上である国家に対して挑む戦い。なぁなぁで終わらせてしまえば後はズルズルとその格差を広げられてしまう。


 だからこそここで多くの血を流してでも、対立を続け勝利という形でこの戦争を終えなければならない。そう大佐は沸騰する感情を押さえつけながら理論武装を行ってギリギリの処で平静を保とうと努力した。


 もっともその甲斐なく周囲に殺気じみた感情を振り撒いているのだが、状況が状況なので周囲のオペレータはそれに対して疑問を抱かない。誰も彼もこの状況に怒りを覚え、月面帝国に対する憎しみで動いているのだから。



(その為に、これは必要な犠牲なのだ。何もかもっ!)



 このテロを実現させる為に、彼は多くの罪を犯して来た。日本国防軍の哨戒網に存在する隙間を意図的にリークし、グレーゾーンな物資の搬入を見逃し、自分の部下に存在する帝国のスパイと思わしき人間に対するアリバイ工作すら行ったのだ。


 これらは祖国に対する裏切りである事は確かで、利敵行為と取られても仕方がないと彼は理解していた。しかし、それでも――


 月面帝国と終戦協定を結ぶという最悪の結末を迎える事を回避する。その為にこれは必要な罪なのだ。彼は自分すら騙せない嘘で、自らの犯した無数の罪から目をそらし。テロによる犠牲者を減らす為に指示を飛ばすのであった。


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