02-4

 時間は少しだけ巻き戻る。イナーシャルジェネレータが倒壊した直後、タクミとナナカの二人は一瞬だけ惚けたがすぐに行動を再開した。ナナカが周囲の警戒を、タクミが通信の復旧を試みるが……


 

「ダメだね、色々やったけど回復する兆し無し」



 タクミの駆るバンガードの無線機はノイズを吐き出すばかり。戦術データリンクシステムの表示はただ緊急のアラートと地形概要を表示するのみ。ならばと非常用のサブシステムに切り替えるも有意な情報は存在しない。



『緊急時の集合場所って……』


「東京湾メガフロート国防軍基地だね」



 最低限ブリーフィングでその程度の事は通達されている。確率が低いとはいっても警備任務であり、通信の邪魔をされる可能性は考慮されていた。あまり喜ばしい事ではないが万が一に備えて決めていた事が役に立った。



『距離は?』


限界機動オーバードライブなら加減速を考えてもで20秒かからないけど」


『敵機の場所が分からない時にそんな事は出来ないよ』



 彼ら二人の駆るIAバンガードは亜音速、つまり秒速300m/sまで加速する事が出来る。しかしIAにとって速度の増加は防御力とのトレードオフ。ピンポイントで使うならともかく、敵の位置が分からない状態で速度を出すリスクは大きい。



「よし、モードは巡航クルーズ戦闘コンバットで」


『分かった』


「じゃあお先に、バックアップはこっちに任せて」



 自分達が接敵したわけではない。しかし遠くに響く発砲音から現在進行形で戦闘が起こっている事は確実で、初めての実戦が上官無しの奇襲を受けた側というハードモードなのは前世で悪い事でもしたのかなとタクミはくだらない事を考えた。


 だが、どんな理由があるにせよ今は動く時だ。数キロ先の基地へ、メガフロートの

周囲を巡るアスファルトの道路に足を踏み出していく。



『レイブン4、接敵した場合はどうする?』


「それは――」



 ナナカから問いかけに、一瞬だけ言葉が止まる。当たり前だがここは戦場で上官から敵を殺せと言われれば、自分達は殺す必要がある立場なのは理解している。


 ただし今この瞬間、タクミとナナカの二人に殺せと命じてくれる上官は居ない。兵とは上から指示された目標を攻撃するのが仕事だとこれまで教育されてきた。


 新人二等兵の二人には他人の指示無しで引き金を引くのは荷が重い。だが――



「接敵した場合は、可能なら撃破。駄目そうなら離脱。その判断は自分が下す」



 タクミはそう断言した。現状ではどの選択肢を取ったとしても確実な正解はない。だから一番後悔しない選択をする。そして一応、形だけでもタクミとナナカの二人が組んだ分隊の指揮官はタクミの方だ。



『了解、勝手に切り込むようなマネはしない。交戦の判断任せる』



 それを分かった上で、ナナカはタクミに問いかけたのだろう。彼女は悩んで責任を押し付けた訳ではないのは理解出来る。恐らく彼女は自分一人なら戦うつもりで、それでも戦う戦わないの判断をタクミに任せたのだろう。



「方針は無理はしない。その上で出来るだけの事をする」


『初めての実戦で勇ましいね?』


「あーもう、私語はこの辺で終わり! 以後はちゃんとコールサインで!」


『了解、レイブン4』



 通信機の向こう側で彼女がニコリと微笑むのが見えた気がして、改めて気を引き締める。戦術システムには未だに友軍の表示も、敵軍の表示も無い。妨害により死んだデータリンクではなく、レーダーの表示とカメラが捉えた外部の映像を注視。


 しばらくはぁはぁという自分とナナカの息遣い、ザーザーという妨害電波が産み出すノイズ、そして20tの物体が時速200km/h近い速度で動いているにしては小さい足音だけが二人の間に満ちて――


 

 その静寂を敵機確認のアラームが引き裂いた。



 戦術プラットホームの画面を再確認、敵数は9。今から自分達が向かう予定の東京湾メガフロート国防軍基地で、5機のダークギャロップと撃ち合っている。辛うじて基地への侵入は防げているが、数の差から押し込まれているのが理解出来た。


 恐らく敵の行っていた電波障害が止められたのろう。ならば情報は信頼出来る。敵地ならともかく味方の基地内でIAを見落すような事はないし、耳が聞き取るIAの機動音ともズレはない。



『これは隊長達か……レイブン4、どうする?』


「攻めよう、今なら挟み撃ちを仕掛けられるから。モードは限界機動オーバードライブ戦闘コンバットで仕掛けて、その後は数を減らすのを優先でお願い!」


『了解』



 状況は至ってシンプル、運よく悩む必要が全くない。押し込めば勝つ自信あり、逃げるのは確実な軍規違反。さっき決めた覚悟は無駄になったが、用意した事が全部役に立つほど世界は甘くもないし、厳しくもない。


 そして、敵の位置が分かっているなら限界機動オーバードライブは選択肢に入る。


 レールガン程度なら回避出来る自信あるうえ、状況から見て敵は全て標準装備のマスカレイド。そうでなければこの戦力差なら防衛ラインが突破されている。


 タクミとナナカ、2機のバンガードが一気に加速する。ここまで派手に動けば敵も味方もこちらに気が付いて、目まぐるしく状況が変化していくのが見て取れた。

 

 

『こちらレイブン1、レイブン4、レイブン5! 生きていたのか!? 』



 少しだけ残るノイズの向こう側から、小隊長の声が聞こえてくる。画面上の動きを見る限り40mm機関砲で敵の足止めをしているらしい。



「こちらレイブン4、レイブン5と共にメガフロート基地まで撤退中です!」



 急に現れた援軍に一瞬敵の動きが乱れて、それを突き小隊長を含む数名が月面帝国のマスカレイドを1機撃破。これ以上の被害を出すのは不味いと、隊列を整えつつ残った8機のうち2機がこちらに向かって反転して来る。



「このまま敵機を挟げ…… 基地に逃げ込みますから、支援をお願いします」


『くっ……えぇい、死ぬなよ? 絶対に死ぬなよ! フリじゃないからな!』



 一瞬口ごもった隊長が何を考えたのかは、タクミには理解出来ない。もし高橋がこの場にいたなら、いや後から聞けば自分の様に他人に興味が無い人間でも分かるように説明してくれるのかもしれないと考えた。


 それでも高橋の言っていた事を思い出しながら上官のメンツを潰さぬよう、あくまでも建前上は基地に逃げ込む事を目的に戦闘を開始する。


 初めての実戦なのに訓練と同レベルで。むしろ相手を殺さないように手加減する必要がないから気楽だと考える自分に気が付き、軽く息を吐いて頭をリセット。


 出来るという自信はともかく、どうにでもなるという慢心は良くはない。意識を切り替え、ナナカと機体同士のアイコンタクトで目標を決めて一気に襲いかかる。



「敵機確認種別マスカレイドを射程範囲に捕捉、攻撃モードを戦闘コンバットから射撃専用ガンファイトに切り替えターゲットロック確認突撃砲3点バースト、ファイアっ!」



 タクミが口から無意識に吐く言葉より先に、目まぐるしく操縦桿の上を指が踊る。


 アスファルトの道路にゴムのソールを喰いこませながら、バンガードを亜音速で疾駆させつつ攻撃モードを切り替え。敵が迎撃の為に放った小口径レールガンの砲弾をほんの少し機体を傾けて回避。本来もっと低速で使用すべき射撃専用ガンファイトモードで右手に握らせた40mm突撃機関砲による射撃を実施。


 最後の一瞬、完全手動マニュアルモードに切り替えほんの少し狙いをずらし着弾地点を修正。


 タクミの常識外れに細やかな操作によって、40mm突撃機関砲の放った砲弾が立ち塞がるマスカレイドの右肘ヒジに直撃、その手を吹き飛ばした。


 イナーシャルアームドの慣性制御は間接を起点に行われる。ピンポイントで40mm徹甲弾を直撃させれば関節を破壊する事は不可能ではない。ただタクミ自身そこまで細やかな射撃を行える自信はなかった。


 だからこそ三点バーストによる確実な破壊を狙う。


 クルクルと宙を舞うその細腕が地に落ちる前に、タクミはバンガードを踏み込ませモードを射撃専用ガンファイトから近接専用インファイトに切り替え、20tの質量を右膝ひざに込めて叩きつけた。


 白い強化プラスチックの装甲に、膝立時の安定確保のために打ち込まれたびょうを暴力的な勢いでめり込ませる。直立静止状態のIAは戦車砲の直撃すら無効化するが、不意打ち気味に叩き込まれたこの衝撃に敵機は体勢を崩した。


 そのまま左手に装備した打突シールドを振り抜き敵機を突き飛ばす。慣性制御装置イナーシャルドライブで姿勢が崩れるのを防ごうとするが、それを完全手動マニュアルモードでドラム缶と同サイズの左手に注ぎ込んだ余剰ベクトルで打ち消し押し倒す。


 IAは地球の運動エネルギーを攻防走に転用できる。だがそれは地に足で立っている場合に限られる、姿勢を崩した敵機にダメ押しの3点バーストを叩き込む。3発の砲弾は胴体を操縦席ごと貫いて、3対の赤いセンサーアイの光が消えた。



「っ、ナナカは――」

 


 一瞬だけマスカレイドの操縦者に思いを馳せるが、学校で習った知識が正しいのならば、記憶を書き込まれたクローンだと言い聞かせて振り払う。その上でナナカの方に目を向けると、そこには予想以上の、いや半ば予想外の光景が広がっていた。

 

 刃が舞う。タクミがナナカの指示で組み上げた近接専用インファイトモードのモーションで振るわれた一撃は、マスカレイドが振るった細腕の内側を火花を上げながら走り抜け、そのままわきに向かって突き進む。


 ぐるり、と人では出来ない動きで鋼鉄の手先が回る。バンガードの振るう刃が防塵ゴムで覆われた敵機のわきに入り込み、内部に刺さった近接ブレードが手前に引かれて、その刃が強化プラスチックの装甲を内側から切り裂く。


 確認するまでもなく、その刃は操縦席を貫通しており、タクミの時と同じ様にマスカレイドの赤い瞳が光を失った。



『――あっけないな』


「ああ、けどまだ終わりじゃ――」



 足止めに出した2機が一瞬で撃破され、戦術プラットホームで見て分かるレベルで月面帝国側の動きに焦りが生まれる。そこに基地を守るダークギャロップ数機による集中砲火を行ってまた1機マスカレイドが撃破される。


 これで5対5、数の上では互角の勝負に持ち込んだ。



(ここまで追い込めば敵が選ぶのは――)



 撤退。戦術プラットホームを確認すれば電波妨害の効果が薄れたからか一気に情報量が増えていた。敵の勢力下なのは折れたイナーシャルジェネレータの周囲のみ。


 一瞬だけ限界機動オーバードライブで進行方向に割り込み、退路を断つという発想がよぎるが頭を振ってそれを追い出す。初めての実戦で自分が敵を倒せたという事実に思いのほか高揚感を得ている事に気づいたのだ。


 戦果を求めて前に進む事に意味は無い。今必要なのは援護を受けながら基地に到着するという作戦目的を達成する事なのだから。


 そしてその直後、敵はタクミの予想通りに撤退を開始した。一応突撃機関砲で追い打ちをかけるが、牽制レベルで本気で狙ってはいない。3点バーストで関節を狙い撃つ様な精度が出せる距離では無かった。


 基地を守る隊長達にも追撃する余裕はなさそうで、恐らく弾薬が底を尽きかけていたのだろう。



『レイブン4、レイブン5、機体の状況は?』


「40mmを少し使いましたがまだ大丈夫です」


『特に弾薬の消耗はありませんが、出来ればブレードの予備が欲しいです』



 隊長が息を飲む。予想以上にタクミとナナカの損耗が少なかったせいだろう。一般的な兵士は月面帝国のIAと単機で戦闘する場合。それこそ全力で機体の全リソースを使うように教育されている。


 絶対的な数で優位を保っている以上、それが出来れば問題無いという教育思想だ。単機行動時にリソースを意識した機体運用は特殊部隊か、敵陣に切り込むエースパイロット程度しか行わない。



『……5分、いや3分。俺達が補給を終えるまでこの場所を確保だ』


「敵が来た場合の対処は?」


『殲滅は狙わなくていい、あくまでも時間稼ぎに徹してくれ。無理はするな』



 本来なら練度が低いはずの新人から補給を行うのが定石だ。だが現在の状態を見れば明らかに新人である筈のタクミとナナカの方に余裕がある。プライドと実利のせめぎ合いがあって、その上で隊長レイブン1は苦々しさと申し訳なさを感じながら命令を下す。


 もっとも、二人ともそれを当然の事として受け入れて、隊長達が戻るまで襲撃もなく時間は過ぎたのだが―― レイブン小隊が揃ってから数分後。ルナティック7であるグラ・ヴィルドがメガフロートに降下し、事態は更に混迷を深めるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る