13-4



「よう、西村。なんつーか、顔がサラリーマンって感じになってる気がするぜ」


「そっちはうん、随分と士官が板について来たね」


「今年で正式な少尉に昇進したんでしょ? おめでとう」



 街を往く人々は誰も空を気にしない。生まれて初めて味わう平和な時間で、タクミとナナカは高橋と久々の再開に盛り上がる。戦争が終わって既に2年が過ぎ、3人は皆20を超え、大人未満から、未熟な大人程度には成長していた。


 高橋はネイビーのジャケットに白のシャツ。ナナカはワンピースの上から柔らかいボレロを羽織っており、戦時中よりもずっと華やかな服装を纏っている。最もタクミは緑一辺倒でお洒落とは程遠いのだが、個性と呼べる程度の話である。



「ったく、戦争中はとんとん拍子で出世させておいて。終わったら何だかんだでめんどくさい手続きや指揮官教育を受け直すんだぜ。俺も西村みたいに兵役が終わったら素直に民間に行けば良かった」



 口では嫌々な空気を出しているが、高橋の表情は明るい。間違いなく彼にとって国防軍という場所は居心地が良かったのだろう。そもそもタクミ達と仲は良かったが、彼は根が体育会系な性格なのだ。



「民間は民間で大変だよ。こっちは開発だからノルマみたいなものは無いけれど、営業や生産部との折衝がめんどくさくてね」


「書類とかちゃんと書けてるのか?」


「大丈夫、国防軍時代きっちり高橋に仕込まれたからね」


「……あんまり私の前で仲良くしないで、不安になるから」



 楽しそうに話すタクミと高橋の姿に、嫉妬したのか。ナナカがギュッと体を寄せる。昔と比べるとより愛情が重くなった感はあるけれど。それはそれでタクミとしては心地よいと思える程度には彼女のことを好いている。



「ったく。そんな警戒しなくても。西村を取りゃしないさ」


「昔はここまでじゃなかった気はするけど。何か変わった?」


「普通の女の子は、何だかんだで不安を感じやすいのよ」



 こんな風にナナカが体の事を、冗談半分で語れるようになったのは。いつからだっただろうか? 1年前はまだ、気遣われると寂しそうな顔をする程度には引きずっていた気もする。



「というか俺より、心配するならレナ大尉…… いやもう少佐だったか?」


「ちょっと待って。大尉がタクミを狙ってたってこと!?」


「もう3年前の話だし、淡い恋心程度だから時効だ、時効。あと今は少佐」



 月面帝国もある程度再編が進み、孤高の独裁国家から国際連合加盟国へと姿を変えようとしている。最も国名に関しては今だ主権者たる国民があやふやな部分があり、暫定的に帝国の名を継承しているのであるが。


 そんな中、レナ少佐は実戦経験者として。実働部隊の中核を担っているらしい。


 最も月まで攻め入る事が出来る組織は限られているので、実際のところは月面近衛騎士団ルナティックインペリアルガードの現場隊長といった按配のようだ。



「そういや、細川はどうなんだ? あいつもお前と同じタカクラ重工の開発だろ?」


「露骨に話題を逸らしてもう…… 詳しい話は飲み会で聞かせて貰うから」


「ちょっと待って。流石にちょっと初耳で色々と困るんだけど。あと細川は今は営業に移ってる。普通に弁が立つし、技術の話が出来る人がいると話が通じるから」



 なんやかんやで、タクミがタカクラ重工に就職してから。一番仲良くしている相手が誰か? と問われれば間違いなく細川である。就職後は技術よりもそれこそ、調整業務で才能を発揮し、最近は営業の方に回されているが。それでも週一ペースで飲む程度には縁が続いている。


 どうやら自分が思っていたより、タクミはプログラミング能力が高かったらしく。営業と開発の若手のホープ同士、良い関係を続けているのではないだろうか?



「そういえば田村中尉ってまだ国防軍に残ってるの?」


「半年前は、まだ教導隊にいたはずだけど」


「そろそろ大尉になる為の試験に受からないと不味いって嘆いてたぜ。もうアラフォーなんだし退役して他の仕事しても良いと思うんだけどねぇ。あの人もタクミと同レベルのアームドジャンキーだからなぁ」



 成程と、タクミはごつい顔をした師と仰ぐべき人物の姿を思い描く。そろそろ30代半ばを過ぎ、操縦士としては下り坂という部分もある。けれどもあの人が軍を止め民間にいく姿も考えにくい。まぁ自分がこの通り、社会に馴染めるのだから。それこそ意外とあっさりどうにかなるのかもしれない。


 とりあえず、あの戦いで生き残った人間は。結構しぶとく平和な時代を生きているらしい。高橋曰く他のメンバーも結構元気にやっているらしい。最もタクミとしては名前を言われてようやく思い出せる程度の相手ばかり。


 名前と顔を覚えているのが、メガフロート決戦で命を落した3人組だけというのがどうにも締まらない。ほんの少し、もし彼らが生きていればどんな風になっていたのかと想像して、タクミは頭を振った。



「そういえば、稲葉大尉はまだなの?」


「ふっふっふ、実はさっきから近くに居たりするんだよねぇ」


「ああ、お久しぶりです稲葉大尉。というか髪切ったんですか?」



 噂をすれば影がさす、というよりはどちらかといえば出待ちの類だろう。名前が出た瞬間、ひょこりと後ろから見覚えのある顔が飛びだして来た。ただしトレードマークであった長髪はバッサリと切り揃えられ、さっぱりとした短髪に纏められている。



「つーか、この前昇進したから少佐だぜ? ほんと、出世速度がおかしい。まぁ長髪は流石に少佐ともなると難しいところがあるからなぁ」



 良く良く考えればそもそも、国防軍で尉官といえど男性の長髪が許されていたのがおかしいのだが。何となく稲葉という男はそういう無茶を通せる雰囲気がある。


 まぁそれでも、流石に佐官への昇進では、下に対しての示しからか。長髪を止める羽目になってしまったのだろう。


 ただ結構な時間を共にした相手の髪型が、変わったのを目の当たりにすると。感慨深く昔を思い出してしまい、胸の中に奇妙な懐かしさが満ちていく。



「それじゃ、全員揃ったし。そろそろ予約の店にいこうか?」


「というか西村がそういう店を知ってるってのがビックリだよなぁ」


「一応、大人になったし。色々話する時に知ってると便利だから」



 昔ならこういう時には高橋に頼り切っていたのだが、待ち合わせ場所がタクミの職場の近くだった結果。知っている店で集まろうと、そういう話になったのだ。


 タイミングが合わずにレナ少佐は誘えなかったが、年齢的な都合もある。そもそも自分に惚れていた話をされると、流石に会うのは照れが出る。これはこれで良かったのかもしれない。



「私とはそういう所にいかない癖に」


「いやちゃんとこう、デートの時は結構いいお店に行ってるよね?」



 ギュッと組んだ腕を、強く締めてくるナナカの膨れた顔で。レナ少佐の事を考えていたのがばれたかなと思う。剣は振るえなくなった分、妙にこういった勘の冴は鋭くなっているのだろうか?


 まぁ実情がどうであれ、熱々のカップル以外の何物でもなく。稲葉と高橋の二人はちょっと離れた場所からヒューヒューと冷やかしてくるし。周りの雑踏からも生暖かい視線が注がれている気がして、タクミは左手で頭をかいた。



 ふと空を見る。春先の夕暮れに浮かぶ月は、2年前よりもずっと優しく、自分達を見下ろしていて。そんな事を考えてしまってクスリと笑えば、どうしたのと隣に立つナナカが顔を寄せて来た。


 そんな彼女を可愛らしいと思いながら、何でもないと答えて手を握り。先に進んだ稲葉と高橋に向かって、2人で歩いていく。


 そんな彼らを、いや世界を。月はずっと昔と同じ姿で、恐らくはずっと先も変わらずにただそこにあるだけだけれども。


 今この瞬間、美しいと思ったこの空を。ナナカにも美しいと感じて欲しい。そう思った直後、ただ一言で彼女の内心を知る方法を、思いついて呟く。



「ナナカ」


「なに、急に?」


「愛してる」



 空白、周囲の雑音が遠くなり――



「全く、こんな時に言う事じゃないわ。初めてなのに」



 そして彼女は、最高の笑顔を返したのであった。

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