07-3
灰色の迷彩を纏ったバンガードの操縦席には肉が詰まっていた。タクミ達と同じ操縦服を身に纏っているが、その内側は鋼の筋肉で埋められている。IAに搭乗可能な限界寸前の肉体を持つ男。それが
(――ったく、西村の野郎は無理しやがって)
スポーツ刈りの頭、太い眉、そして大きな目鼻をヘルメットに詰め込んだ状態で、田村中尉はタクミのバンガードに目を向けた。
先程までの高機動戦闘は文字通り体と命を削りかねない代物である。生体技術で地球の先を行く月面帝国ならば問題はないのかもしれないが、地球側には慣性制御の限界を超えた結果発生する肉体へのダメージを緩和する術はない。
IAによる亜音速戦闘は確実に体を蝕み、10年近く最前線で戦っていた田村中尉の体は既にボロボロでタクミと同じことをすれば死んでしまう可能性すらある。それ故に一刀両断による最小限の負荷による勝利の可能性を目指すのだ。
(決まるのは一瞬、間合いに入った瞬間が勝負だ)
両者とも
灰色の迷彩を纏ったバンガードは得物を上段に構え、青で染められたバグ・ナグルスは腕を緩く前に出した。人に当てはめれば威力ではなくただ当てる牽制狙いの構えになるのだろう。
だが接触した時点で無限の打撃力を打ち込める跳躍拳ならそれで十分。前方2.5mの半円に獲物を捉えた瞬間、必殺の一撃を叩き込む必勝の型である。
対する
当たれば敵機を撃破出来るという意味では跳躍拳と同等。更に特筆すべきはそのリーチ。刃渡り5mという規格外の大きさはそのまま一撃が届く距離になる。
どちらも必殺の威力があるならば得物の長さが勝敗を分ける。その点では田村の方が圧倒的に有利。
しかし
いかにパワーに優れ慣性制御システムに余裕があるバンガードであっても、20tを超える鉄塊を自在に振り回せる道理はない。むしろ出力を超える質量を威力に変換する為の武器なのだ。
間合いでは有利だが、初撃を外せば終わりな
けれど本来この状況は成り立たない、バグ・ナグルスの装備する
本来ならば同じ教導隊に所属する隊員が行う支援を前提としているのだ。
対して、パイロットの反射速度と技量頼みに弾幕を突っ切り、ワイヤークローを振り回しながら、跳躍拳を叩き込むバグ・ナグルスの方が汎用性が高い。圧倒的に間合いの面でも有利。
(西村が倒れりゃ、この状態は終わりだろうよ)
タクミのバンガードが構える突撃機関砲は、このレベルの戦場においては致命傷になり得ないが
(あいつは、どこまで持つか?)
だが5分近く連続で
繰り返し体に叩き込まれた航空機の戦闘機動を超えるGの影響は確実に彼を襲っている。今それが表に出ていないのはタクミが精神力で抑え込んでいるからだ。
その程度には田村は西村巧という操縦士を信用していた。だがそれと同時に限界が近いことも理解している。
ユェンも同条件である筈なのに、そのような素振りを一切見せずに立ち合いを続けている。もし西村の不調がバレてしまえば仮初の拮抗状態は一瞬で崩れるだろう。
それにに田村中尉が先に気が付けたのは、付き合いの長さか、それとも他に理由があったのか。息のつまるような間合いのせめぎ合いの最中、微かに
間髪入れずに灰色迷彩のバンガードは足を踏み込み加速。爆発的な衝撃音と共にそれまでcm単位で間合いを争っていたいた事実を投げだした突撃。警戒していた通りにバグ・ナグルスから飛んで来る
田村は愛機の片腕を犠牲にするつもりだった。両腕で振るわねば
片手で振るえば、文字通りに稼働中のIAを両断するほどの破壊力は得られない。
田村の脳内で走馬灯の様にユェン=ターサンと遭遇した記憶が蘇る。彼が記憶する限りは4回。ユェンの言葉より少ない。1度目ははただ蹂躙されるIA部隊の1機としての遭遇だったのだ。
2度目は自ら志願し迎撃に向かい、急造した大型ブレードで殴りかかり、ボロボロになりながらもどうにか生き延びて、6年前の3度目は専用の
(だが――ッ!)
この4度目の遭遇、決して悪い点だけではない。ユェンとてこれまでの戦闘による疲弊があるだろう、技量の差は終戦前と比べれば縮まっている。そして何より――
「西村ぁ、気張りやがれぇっ!」
西村巧という操縦士は、単純な素質において田村自身を上回っており、そして何より期待に対して十分以上に応えてくれる信頼がある。模擬戦とはいえ田村を撃破した逸材なのだから。
田村の声が届いたのだろう、背後のバンガードを駆るタクミが意思を取り戻し、
「これでぇっ!」
咆哮と共に田村は撃鉄を叩き、バンガードが
バグ・ナグルスが跳躍拳を振るっていたのなら直撃間違いなしの会心の一撃は、直前に後方に飛び距離を取ったユェンの直観によって空振りに終わった。
「へぇ、ここで退くのか。ユェン=ターサン」
『俺が1000機以上の敵を討ち倒し、3度の核から命を拾ったのは逃げるべき時にそれを選んできたからだ。楽しむために命を賭けるが、無為に死ぬ気はないのでな』
バグ・ナグルスはバックステップを繰り返し、止める間もなく岸壁に辿り着き。そしてそのまま海に飛び込んだ。慌てて田村中尉はその後を追うが、既に海の底まで潜ったのか、航跡すら残さずに姿を消していた。
「……見逃された。って訳でも無さそうだな」
戦術データリンクの画面を開けば、こちらに向かってくるIAの小隊が映る。識別コードから自分の部下である教導隊のメンバーが追い付いて来たのだと理解した。
更にもう一機、教導隊ではないバンガードも向かってくるが、これは識別コードを見る限り西村巧が所属している小隊のメンバーなのは間違いない。
『こちらラビット小隊所属、ラビット3! ブレイク1、田村中尉応答願います!』
「おう、その声は御剣か! 西村との仲は――」
『田村中尉! タクミが反応しないんです! バイタルも低下しててっ!』
聞き覚えのあるショートポニーな少女の声に対し。少しからかおうと返事を返した田村中尉に返されたのは、予想外の悲鳴に近い叫びだった。思考を切り替え、改めて西村巧のバンガードとデータをリンク。
タブレット上で操縦士のバイタルデータを開けば―― 体温、血圧、心拍。その全てが素人目にも悪化しているのが見て取れた。
「チィっ! 西村ぁ、しっかりしやがれ!」
しかし、2度目の呼びかけに対しタクミは応える事はなく―― バグ・ナグルスに対して射撃を行った姿勢のまま、彼を抱き抱えたバンガードは微動だにせず。
虚空を見据えたまま、田村がバンガードに乗ったまま駆け寄り操縦席を開放するまでその姿勢を変えることはなかった。
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