28話 懐かしの友

 山々では急激に芽吹いた若い葉が盛り上がり、競うように日光を浴びて生を謳歌しています。温かく柔らかい風にそよぐ様からは、喜びの歓声が響いて来るようでした。季節の盛り上がりをよそに、団子屋では花見団子の注文も無くなって久しく、穏やかで暇な日常が流れています。


 一週間ほど前に、タケミの若い衆が大きな機械を積んでやってきて、土地に田植えをして行きました。田に水を入れ、大きなトラクターで代掻しろかきをした二日後、今度は田植え機に十五センチほどに育った苗のマットを載せて、補充しながら植えつけて行きます。事前に田を仕切る土手は土を塗り固めてあり、黒塗くろぬりと言われるその作業から植え付けまで、団子屋はメモを取りながらしっかりとお手伝いしたのでした。

 人出と機械が必要な仕事はタケミで行いますが、夏の間の水の管理やあぜの草刈り、追肥、田の草取りなど、団子屋が行うことになっています。たぬき三兄弟の10分チート作業力もあるので、不安無くこなしていけそうでした。


 たいした用もないのに、田んぼの様子をちょろちょろ見に行っては確認していた団子屋の目に、マイクロバスの姿が飛び込んできました。一本道を入って来るので、団子屋の客のようです。団子屋が急いで店に先回りしようと走り込んで来ると、庭でごろごろしていたカイザーたぬきが驚いて顔を上げました。

「カイザー、バスが来たみたいだよ」

息を切らせた団子屋が報告すると、カイザーたぬきは不思議そうに首を傾げながら、道を進んで来るバスを見つけました。

「お? 小さいバスじゃが、店に来るとは珍しいのぅ。団子の客か、迷子か……」

カイザーたぬきの迷子という言葉を聞いて、その可能性が大きいと考えた団子屋は、店に入らずにバスが停車するのを待つことにします。

 すぐにバスがやってきて、店の横に止まりました。


「こんにちはー」

道を聞かれるなら早い方が良いだろうと考えた団子屋は、小走りでバスの運転席に近づいて声をかけましたが、予想に反して、プシュッとバスの乗降口が開きました。

 バスから次々降りて来たのは、腰の曲がった老人達です。ゆっくりと外に降り立ったおじいちゃんおばあちゃん連中は、庭のカイザーたぬきを見つけると、歓声を上げました。


冬一ふゆいちだ、冬一だ!」

「本当に、そっくりだわ」

事態を把握できない団子屋は、注目されているカイザーたぬきの元へ戻りました。

「あの、いったい……」

店に入る気配もないので、誰ともなく声を掛けると、若い男女がやってきて団子屋に頭を下げました。

「こんにちはー、突然すいません。村の福祉センターの者です。実は、老人デイケアの山の温泉帰りなのですが、利用者の方達が、どうしてもここに寄って欲しいとおっしゃるもので……」

どうやら姉御に聞いた、おやど大福で金を使ってくれている老人達のようでした。


「そうですか。団子を買いに?」

団子屋が笑顔で応じると、男女は決まり悪そうに顔を見合わせています。

「実は、団子を買いに来たというか……。おじいちゃんたちが言うには、この団子屋で、自分達が尋常じんじょう小学校だった頃に一緒に遊んでいた、たぬきの子孫を見かけたことがあるから会いたいと……折角、色々思い出して喜んでいるようだったので、お邪魔かとは思いましたが、寄らせて頂いたんです」

申し訳なさそうに頭を下げる男女に、団子屋は慌てて首を振りました。

「申し訳ないなんて……いいんです、歓迎します。店も村の一部ですから、遊びに来てもらえて嬉しいです」

 目当ては団子では無く、カイザーたぬきのようでした。老人達は、カイザーたぬきを取り囲んで、冬一、冬一と声を掛けています。カイザーたぬきは、右前脚をちょっと上げてから、おじぎして見せていました。


「おぉー、やっぱり間違いないぞ。この耳の先っちょの金毛は、冬一と同じじゃ。孫か? いやいや、孫の孫の孫辺りかの」

「冬一も、いつも団子屋の息子と一緒だったからねぇ。子孫も、店に住み着いてるんだね」

おじいさんおばあさんは、懐かしそうに盛り上がっています。その様子は、まるで小さな子どものように見えました。

「山の温泉に行くようになってから、皆さんやたら元気になっちゃって。楽しそうで何よりなんですけどね」

付き添いの男女も、嬉しそうに様子を見つめています。

「おやど大福ですか? 僕もあそこの人達とは、仲良くさせてもらってます。楽しくて、良い方たちですよね」

「そうですよねー。ぬいぐるみの可愛いカラクリも沢山いて。礼一さんやヒコナさんは、おばあちゃんたちのアイドルだし、りょうちゃんやバーママさんは、おじいちゃんたちに大人気です。姉御さんは……何でしょう。みんなの上官みたいな感じ?」

「上官……何となく解ります」

姉御はともかく、おやど大福は、老人達と上手くいっているようです。人外の者達を、ぬいぐるみのカラクリでごり押ししていることには驚きでした。


「あれ? もしかして、おじいちゃんおばあちゃん達は、僕の亡くなった祖父のことも知っているのかな?」

「知っていますよ。あなたは、お孫さんだったわね。私は、あなたのお爺様と同級生よ」

 団子屋の独り言に、上品そうな白髪のおばあさんが答えました。いつの間にか近くに立っていたおばあさんは、にこにこしながら団子屋をじっと眺めています。

「そうでしたか、じいちゃんの」

大好きな祖父の同級生に出会えた団子屋は、祖父を思い出し、嬉しいような寂しいような気持になりました。


 カイザーを囲む老人達は、尋常小学校の頃に遊んだ「冬一」というたぬきの孫の孫の孫だと思っているようです。しかし団子屋は、カイザーがその冬一であろうということに気が付いていました。

 カイザーたぬきは、二本足で立ったり、跳ねたりしながら、老人達にサービスしているようです。離れた所から見つめていた団子屋と目が合うと、少し照れ臭そうに前足で鼻を掻いています。


「あなたのお爺様は、いつも冬一というたぬきと一緒でね。尋常小学校にも連れて来るものだから、私達とも仲良くなって、よく一緒に遊んだわ。奥さんを早くに亡くしたって聞いてはいたけれど、冬一は代替わりしても、ずっと一緒にいてあげてたのね」

 しみじみと言うおばあさんの言葉に、団子屋は柔らかい笑みを浮かべながら、何度も何度も頷きました。祖父にも当然、子ども時代というものがあったのでしょうが、直接昔話を聞いた記憶は無く、団子屋にとっては奇妙で新鮮なお話です。


「さぁさぁ、皆さん、予定に無い寄り道は終了です! 帰りますよ!」

 付き添いの男女に急かされて、名残惜しげにカイザーたぬきから離れた老人達が、しぶしぶバスに乗り込み始めます。

「何? あれが団子屋の孫? 似てないのー、おなごか。えっ、男?」

バスの中から、聞き捨てならないセリフが響いてきました。先ほどの上品なおばあさんが、他の老人達に団子屋のことを説明したようです。


 バスのエンジンがかかると、老人達が開いた窓から顔を出しました。カイザーたぬきも見送りたいのか、団子屋の横にやってきてバスを見上げています。

「団子屋の孫、また来っからよー」

「孫さん、冬一の孫をよろしく」

楽しそうに手を振る老人達を見て、団子屋は先ほどの無礼な発言は水に流すことにしました。

「また、遊びに来て下さい――!」

笑顔でカイザーたぬきを持ち上げて、前足を無理やり振ってバイバイさせると、老人達は嬉しそうな歓声を上げました。


 バスは、夕暮れの柔らかい光を横から浴びながら、一本道を去って行きます。のどかな田舎のその風景は、何十年も前の思い出を乗せた素敵なバスと共に、団子屋とカイザーたぬきの心に温かいものを灯して行きました。

「何だろう……愛しい、懐かしい。そんな気分だよ、冬一」

カイザーたぬきの、冬一というやぼったい本名が判明してしまいました。

しかし、団子屋の優しい表情と声の響きから、そんなに悪い名前じゃないかもな、とカイザーたぬきには思えるのでした。

「……そうじゃな」


 東の空には、雲と見分けがつかないような、輝く前の白い月が顔を出しています。

「カノちゃん、可愛かったのぅ……お前、何を話していたんじゃ?」

月を見ているのか、視線は遥か遠くに向けたまま、カイザーたぬきがぽつりと問い掛けました。

「え? カノちゃん? 付き添いの女の人?」

団子屋も、空を見上げたまま問い返します。

「いや、白い髪の年上のほうじゃ」

「あぁ……おばあさんか。じいちゃんの同級生だって言ってたよ。尋常小学校に、じいちゃんが冬一を連れて来ていて、一緒に遊んでいたって」

団子屋の話を聞いて、カイザーたぬきは懐かしそうに目を細めると、黙って一つ頷きました。


「カイザーは、おばあちゃんでも、可愛いって言うんだね。昔のカノさんを思い出したの?」

団子屋の疑問に、カイザーたぬきはちらっと横目を寄こすと、少し笑って口を開きます。

「人間は、早く歳をとって皺くちゃになるが、わしからすれば、幾つになっても可愛いよ。わしより後に生まれても、先に死んでしまうからのぅ」


 団子屋は、じっとカイザーたぬきを見つめました。後に生まれて、先に死んだ人間の中には、団子屋の祖父も入っているはずです。そんな別れを繰り返すカイザーたぬきが、老人のことを可愛いと言った姿を見て、団子屋は少し胸が痛くなりました。

「カイザーは、何度も、悲しくて寂しい思いをしているんだね」

自身の祖父との別れを思い出しているのか、団子屋の目は潤んでいました。

「それは、そうじゃが……。しかし、わしは人間が好きじゃ。悲しい別れが来ると解っていても、わしは人間と仲良くしていたいよ」

カイザーたぬきの言葉を聞いて、団子屋はしゃがみ込みました。同じ高さになった一人と一匹は、お互いを横目で捉えています。


「なぜ?」

 団子屋は、カイザーたぬきが自分に話しかけて来た日のことを思い出します。家の周りをうろちょろするくせに、一向に話しかけてこなかったたぬき達。自身から話しかけようかと、何度も口を開きましたが、言葉は上手く出て来なかったのでした。

 カイザーたぬきが仲良くしていたいという人間の中に、その特別なところに自分がいるであろうことを思いながら、団子屋は「なぜ」と問うたのでした。


「人間は、すごくて面白いじゃろ。例えば……あの月を見ろ……わしらにとっては、夜空に光るものでしかないが、人間はあそこに特別な生き物や、特別な何かがあるかもしれないと想像する。そして、乗り物まで作って見に行くんじゃ。面白いなぁ。そういうことを考えるのと同じ頭で、わしのことを友達だ、好きだ、と言う。それが、嬉しいんじゃ。まぁ、嫌いな人間もいるがのぅ」

 カイザーたぬきが人間をどう捉えているか……その独特で優しい目線に、団子屋は心が温かくなるのを感じます。このたぬきに好かれているということが、誇らしく、喜ばしいことだとしみじみと思いました。


「僕にとっては、カイザーこそ、すごくて面白い友達だけどね。会話が出来て、こんな風に感情を伝え合うことが出来るたぬきだもん。物知りで、優しくて、素敵な目を持っている……少し、じじくさいけどね」

「じじくさいは余計じゃ」

一人と一匹は、顔を見合わせて笑いました。

 カイザーたぬきが前足をそっと挙げると、団子屋はその手を取って、人と獣は握手を交わしました。


 そんな素敵な場面の後ろを、春子たぬきが通過して行きます。

「擬人化もいいわね……」

歩きながら、ぼそりと呟きました。


「……まて」

団子屋が低い声を出すと、春子たぬきがぴたっと動きを止めました。

「春子、良く分からんが……お前は今、わしと団子屋の友情を頭の中で穢したな」

カイザーたぬきも、低い声を出しました。

 春子たぬきは、汗をかきながらそっぽを向いて、唇を尖らせて口笛を吹く動作を見せました。完全に、誤魔化す気満々のしらじらしいアクションです。


「この、腐れ春ぽん子が!」

団子屋は、かにばさみを繰り出しました。

「お兄ちゃんの、教育的チョップ!」

カイザーたぬきは、春子たぬきの頭にチョップをめり込ませました。


「妄想は不可侵にして永遠よ~~~~~~!」

温かく、ほのぼのとした一日は、春子の腐った発言で〆られました。

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