21話 やべ

 姉御が目を見開きました。

「あ、赤い! あれ? 黒目が無い? 怖っ!!」

団子屋が叫びました。


「開けても、何も見えねぇ」

目を閉じた姉御は投げやりにそう言い捨てると、ごろっと横になりました。お気楽な姉御以外の全員は、深刻な表情で顔を見合わせています。

「ん? 俺の頭が載ってるの座布団じゃねぇな……」

姉御が頭を左右にごろごろさせると、ヒコナが口を開きました。

「我の膝だ……」

それを聞いた姉御が、お、悪いなと言いながらどこうとすると、ヒコナは姉御の頭を両手で挟み込んで固定し、上から顔を覗き込みました。


「姉御殿の目が見えなくなったのは、我のせいだ。これからは我が姉御殿の目になろう。治らないのなら、一生でも構わない」

姉御の顔を、ヒコナの長い髪がハラリと優しく撫でました。

「……何言ってんだ、うるせーうるせー。俺の目は、飯食わないし、うんこもしないぞ。お前は目じゃねーだろ。こんなもん、そのうち治るし、治らんでもいけるわ! それより、ロン毛剃れって言ったろ、この野郎!」

ヒコナは姉御に怒られました。悲し気な表情で他の者に目をやりますが、誰もフォロー出来そうにありませんでした。


「も……」

以外にも、春子たぬきが口を開きました。

「も……」

目を見開いて、姉御とヒコナを見つめています。

「も、」

何か、重大なことを発言しようとしているのか、も、から中々前に進みません。


「やっぱ、一回丸坊主にしたほうがいいよなぁ。円形ハゲもあるし」

顔にかかるヒコナの髪を掴みながら姉御が言った瞬間、後ろ足で立ち上がった春子たぬきが、猛烈な勢いで話し始めました。


「萌えない! 萌えないわよぉ――――! ヒロインの目が、突然見えなくなるって、恋愛物の王道じゃないの! 美形な男に膝枕されて、一生、お前の目になるって言われているのに、うるせーとかうんことかロン毛剃れとか、どうなっているの、この人。

もはや分類上、男性、女性、姉御だわ。姉御という性別だわ! 春子史上、最も萌えないヒロインだわ! BLマンガから飛び出して来たような、魅惑の受け顔をした団子屋さんの目が見えなくなった方が、きっともっと萌えでドラマチックでエロティックだったわよ!」

まくし立てた後、荒い息を繰り返しています。


 みな茫然として、春子たぬきを見つめました。

 

 息が整って来た春子たぬきが、徐々に頭から汗を流し始めます。

「やべ」

小さな声を出した後、自分を見つめる者たちの顔を見回しました。しかし、意図的に、団子屋の方には目を向けませんでした。

「……何でこっち見ないのかな、春子」

団子屋が静かに言いました。

「僕の顔が何だって? 受け顔って何? 魅惑の受け顔? エロティック?」

団子屋の顔には、満面の笑みが浮かんでいます。他の面々は、黙って顔を伏せるしかありませんでした。


 ロックオンされた春子たぬきは、とにかく何か弁解をしなければならないと、必死で口を開きます。

「う、受け……受け……受け口的な? 魅惑の受け口」

盛大に、姉御が吹き出しました。

「や、やめろ。俺は、目が見えないんだぞ! 頭の中で、記憶の中の団子屋が全部、しゃくれ受け口になって行く……ぶはぁっ」

「勝手な想像で笑わないで下さい! 僕より姉御さんのほうが、がっつり酷いこと言われていたじゃないですか。分類上、姉御て……ぶふぁ」

思い出した団子屋も、笑いの爆発を起こしました。


 その隙をついて、腐れ春子たぬきは逃走しました。

 

 ひとしきり腹を抱えていた団子屋は、ため息を吐きつつ復活しました。

「腐女子な春子に、どんな風に見られていたか分かったよ……」

姉御が再び吹き出しました。

「受け口のことじゃないよ! 最も萌えないヒロイン」

「うるせー! 魅惑の受け口って何だよ! ぶはぁっ」

団子屋は反撃しましたが、何を言っても姉御の笑いは収まりません。


 ギャーギャー騒いでいた中で、庭から車のドアが閉まる音が聞こえてきました。呆れて外野に徹していたカイザーたぬきが音に気が付いたようで、少し体をずらして庭を覗くと、客人が玄関の方へ向かって行くのを発見しました。

「ま、まずい。何かまずい気がするぞ……おい、お前たち!」

注意を喚起しようとしますが、未だ春子のネタで盛り上がっています。

「やんのか、魅惑の受け顔団子屋エロティック!」

「何ですか、萌えない姉御という性別!」

お互いに口に出した言葉と、言い返された言葉に受けて、ぶはっと吹き出しては耐えています。ヒコナは、自分の膝の上で爆笑する姉御を、飽きれたような安心したような顔をして見つめています。

「わしは知らんぞ……」

カイザーたぬきが諦めると、居間の襖が開きました。


「すいません、勝手にお邪魔しましたよ。盛り上がっていて聞こえなかったみたいなので」

登場したのは、礼一と、その肩に乗った大福ねずみでした。後ろには、再びかずきが続いています。

「うーん……タイミング……」

礼一は、居間の状況を一目見て、渋い顔をしました。


「何やってんだ、鬼! 馴れ馴れしく姉御に膝枕しやがって~~~~~~!」

大福ねずみは、春子が喜びそうな反応を示しました。

「あぁ、最悪じゃ……。説明すべき重大なことがあるのに、下らない事で場が荒れて行く」

カイザーたぬきがため息を吐きました。


 場を収めようと思った姉御が上半身を起こそうとすると、ヒコナが姉御の体を抱え込んで口を開きます。

「姉御殿はいいのだ、我が説明する。我が、ちゃんと話をするから」

当然、大福ねずみの怒りゲージが上がります。それを感じた姉御は、慌ててヒコナを押し返しました。

「い、いや、お前はいいから。俺が、産毛のようにソフティーな感じでお話しするから、お前はロン毛でも剃ってろ」

「……おら、何か話があるなら、誰でもいいから早くしゃべれよ~」

大福ねずみは、めちゃくちゃ尖っています。


「僕、話すー」

「うっせ~、お前には無理だ」

秋太たぬきは、速攻で却下されました。


「ちょっと待って下さい。私たちは、熱の下がった姉御さんを迎えに来たのです。かずきは、先日しずくの嘘で引っ掻き回したから謝りたいと言って無理やり着いて来たのですが……しかし、何か様子がおかしいですね。また何かあったのですか? そうなのですね?」

冷静に場を収める男、礼一が、唯一まともに状況を説明出来そうなカイザーたぬきに語り掛けました。

「あぁ、うーん」

カイザーたぬきは、仕方なく説明を始めました。


 秋太たぬきがヒコナといなくなった所から、姉御の目が見えなくなって戻って来た所まで話すと、口を閉じて客人三人の反応を待ちます。

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