たぬき三兄弟とお宿大福

オサメ

はじまり、はじまり~

少しずつ仲良くなるんじゃ

1話 孫が来た

 おたま村の多荼羅山たたらやま(通称チクビ山)の麓に住むたぬき三兄弟は、特別なたぬきです。父親狸は、五百年以上生きた大たぬきで、代々、特別な土地を守ってきました。


 その土地は、多荼羅山と、その手前にある、小さくてL字型にしなっている真弓山に挟まれた場所でした。東西と北側を山に囲まれたU字型の土地は、東京ドームより広いのでした。


 大昔から、聖なるお山に挟まれた神聖なこの土地を、人と獣が協力して守ってきました。人間では、多荼羅山に住むタケミ一族と代々の土地の持ち主、獣では、たぬきがその任を担い、現在の守り主がたぬき三兄弟なのでした。


 土地の持ち主はその場所で、広大な田んぼと小さな住居を構え、さらに小さな団子屋を営んでおります。最近、高齢だった団子屋の主人が亡くなりました。主人とたぬき三兄弟は、長いこと仲良く一緒に暮らしていたので、それはそれは悲しみました。


 夜遅く、長男たぬきは、亡くなった団子屋のおじいさんのお墓に来ていました。墓石の後ろにどっかり腰を下ろして、背中で寄りかかっています。

「人間は、寿命が短いのぅ。あっという間にいなくなる。これで、人間の親友はみんな死んだ。それもそのはずじゃ、色々あったもんなぁ……時間は経っていたんじゃ」

ぽつり、ぽつりと墓石に話しかけます。


「そういや、東京から娘夫婦が来ていたな。自慢の孫も来ていたぞ。相変わらず、ひょろくて、白くて、女みたいだった。年に一度は里帰りしていたが、とうとう一緒に暮らすことはなかったのぅ。これからここは、どうなるんじゃろう。わしら兄弟だけで守って行くんじゃろか……」

長男たぬきは、そっと墓石に手を置きました。


 その時、人の気配がしました。じっとして、様子を伺っていると、石の正面側に人がしゃがみ込んだようです。長男たぬきは、臭いや歩き方で、その人物が都会で暮らしている団子屋の孫だと気が付きました。

「じいちゃん……」

孫はそれきり何も言わず、時々、鼻をすする音が響いて来ます。


 長いこと、孫はただ泣いていました。日中、長男たぬきが見かけた孫は、柔らかい笑顔を見せて、葬儀の弔問客に対応していました。気を張っていたのでしょう。ようやく一人きりで泣き崩れた孫の気配を感じ、長男たぬきは身動きできずにいました。

「僕は、都会が好きだったわけじゃないんだ。だから、大好きなじいちゃんの傍にいれば良かったなぁ」

長男たぬきは、盗み聞きに罪悪感を持ちながらも、じっと耳を澄ませずにはいられませんでした。


「もう、友達付き合いにも疲れてしまって。一日中、電話だメールだと、一生懸命頑張って合わせてきたけど、限界なんだ。それに、仕事もお金のためにしているだけで、何もしたいことなんて無いんだ。本当の僕は、面倒くさがりで無気力で、じいちゃんが自慢出来るような孫じゃない。それが恥ずかしくて、最近はあまり会いに来られなかった」


 長男たぬきは、馬鹿だな、と呟きます。じいさんは、お前が生きているだけで、ただそれが誇らしかったろうに、と。小学校の習字で金賞をもらったのも、大学に受かったのも、祖父にしてみれば同じく喜びの対象であり、可愛い自慢の孫ということになるのだ。孫の情報がもたらされる度、たぬき相手に笑顔で自慢して見せたおじいさんの顔が思い出されます。


「でも、じいちゃんの望み通り、僕はここで団子屋を継ぐよ。期待には応えられないだろうけど、ゆっくりここで何か探してみたいんだ」

そう言ったきり静かになったので、長男たぬきは、そっと墓石の向こう側を覗き込みました。


 孫は首を回して、明るくなり始めた東の空を見つめていました。地面に座り込んだズボンは土で汚れて、涙を拭ったであろう手にも土がついていたのか、顔も汚れているようです。しかし、ほの明かりに照らされた白い横顔から、何がしかの希望が浮かんで見えたような気がして、長男たぬきはそっとその場を離れました。


「孫が来るんじゃと……良かったな、じいさん」

長男たぬきの足取りも、軽いものです。四本足で、スキップを繰り出しました。

 おかしな動きをするたぬきの後姿を、孫が発見していました。

「たぬきか……」

遠ざかる後ろ姿を、じっと見つめます。孫は、小さな声で、よろしくね、と言いました。



□■□■□■□■□■□■


 団子屋は、居間でくつろいでいました。日曜定休です。祖父の団子屋を継いで、五ヶ月ほどで、だいぶ仕事にも慣れてきました。祖父の残したノートには、取引先から団子の作り方まで、事細かに記してあり、それを淡々と継いだ孫は律儀な性格も相まって、ようやく様になってきたのでした。

「頼も~う」

庭から声がしました。開け放ってある縁側から、何か小さいものがのそのそ侵入してきます。


 ちゃぶ台を挟んで座り込んだ物体を見ると、いつも家の周囲で見かけていた、大、中、小、の三匹のたぬきでした。

「何でしょうか?」

団子屋が笑顔で応えます。

「……頼も~う」

長男たぬきは、しゃべるたぬきにひるまない団子屋の笑顔に、圧迫されました。たぬきがしゃべったー、と驚くこと前提で口上を考えて来ていたのに、予想外に普通の反応を返されて、全て台無しになりました。

「……たのも」

「だから、何を?」

団子屋は相変わらず、作ったような笑顔を貼りつかせています。


「わしら三兄弟、特別なたぬき。この土地を守っておる」

「はぁ、それで?」


完全に、団子屋のペースです。長男たぬきは、耳をぷるぷる振り、冷めた反応の団子屋を見つめました。隣では、妹たぬきと弟たぬきも首を傾げています。気を取り直して、自己紹介を始めます。


「小さい方から、末っ子次男の秋太たぬき」

「よろしゅく」

小ぶりで、いかにも動物の子供らしい、可愛らしい姿の秋太たぬきが頭を下げます。


「中くらいなのは、妹、長女の春子たぬき」

「よろしくね」

右耳に花の飾りを付けた春子たぬきも、頭を下げました。


「そしてわしが、カイザーだ」

カイザーたぬきは、頭を下げませんでした。


 沈黙が訪れます。

カイザーたぬきへ名前の突っ込みが入る予定でした。何でお前だけ、カイザーだよ、カイザーって何だよ、そんな感じの突っ込みを待ちます。


「そう」

突っ込みは入りませんでした。

「何で、お前は、そんなに冷めておるんじゃ――! 驚かないし、突っ込みもないし!」

ここに来て、何も思い通りに進まないストレスを爆発させたカイザーたぬきが、ちゃぶ台を叩きました。


 団子屋は、黙ってちゃぶ台の上におじいちゃんノートを広げて置くと、最初のページを指差しました。三兄弟は、指の先を追ってノートを読み始めます。


たなの引き出しに入っているノートに、店のことは書いてある。お前が好きだった

ぬか漬けは、温度管理と配合が難しいから、駄目になっても構わない。気負って、

キヨウに何でもこなそうと思うな。出来ることを少しずつやればいい。厄介なのは

ハクビシンだ。干し柿など食われてしまう。田舎だから動物は厄介だ、それでも、

人しか頼れるものがいないわけではない。この土地は特別だから、よい物も多い。

ゴテに回ってもいいんだ。焦って上手くやろうとするな。天国にいても大事な孫の

話くらい聞いてやれる。返事は出来ないが見守っている。だがお前が心を開こうと

すれば、味方になってくれる仲間も、すぐに出来るだろう』


カイザーたぬきは、だから何だとばかりに団子屋を険しい目で睨みました。

「まず、一行目を縦に、次に二行目を縦に読んでみて。文章が変だし、カタカナが混じっているから気付いたんだ」

「たぬきハ人ゴ話す なかヨクしテくれ」

たぬき三兄弟は、何度か繰り返すうちに、文章を理解しました。


「じいちゃん、ばらしゅた」

秋太たぬきが、目をくりくりさせながら、兄と妹に同意を求めます。


「じじい――――――!」


カイザーたぬきは、仏壇に向かって叫びました。

「あんちゃんは、楽しみにしてたのに。きっと驚くだろうって」

春子たぬきは、気の毒そうにカイザーたぬきを見ています。

「あんちゃ、練習してた」

秋太たぬきは、恥ずかしいことをバラしました。


「言うなよ! いいよ、もう。台無しじゃ。名前も突っ込んでこないし」

カイザーたぬきは、畳にうつぶせになってからゴロゴロと体を転がしました。ちゃぶ台の足に当たって動かなくなり、そのまま沈黙しています。


「……何で長男だけ、カイザーって洋風な名前なの?」

団子屋が笑顔で尋ねました。タイミングを外した質問は、同情なのか、拷問なのか微妙なところでした。

「……わしは、耳の先っちょが金髪でハイカラだし。いずれは、かなり大物になるつもりじゃし。だから、西洋風でふさわしい名前に変えたんじゃ」

カイザーたぬきは拗ねたような話し方で、うつ伏せのままモゴモゴ答えました。

「ふ~ん?」

団子屋は全く理解出来ないので、、適当な相槌を繰り出しました。

「あんちゃ、テレビ見ようー」

団子屋とカイザーたぬきのやり取りを無視して、秋太たぬきが、寝そべったカイザーたぬきを揺すります。春子たぬきも、ハッとしたように顔を輝かせて頷きました。

「団子屋さん、私たち、インターネットテレビで海外ドラマの続きを見に来たの。ずっと見ていなかったから、見るものがいっぱい溜まってると思うの」

笑顔の団子屋の眉毛が、片方ぴくりと上がりました。

「……解約したから見られないけど? じいちゃんが海外ドラマなんておかしいと思ってたんだけど、見てたのはお前たちだったのか」

 一瞬、団子屋の言葉を理解するための間があった後、秋太たぬきが、情けない顔で涙を流し始めました。春子たぬきも、悲しそうな顔をしています。


「なんでじゃ――――――!」

勢いよく立ち上がったカイザーたぬきは、団子屋に向かって拳を作って跳びかかりました。


「お座り」

団子屋の冷たい一言で、畳に着地し、お座りします。


「あんちゃん、どうしたの?」

兄の不可解な行動に、弟妹は首を傾げます。

「……いや、何か、団子屋からかなり尖がった気配と、純粋な闘争心を感じて。お前ら、感じないか? 黒くて硬くて荒くれな気配を」

 三匹のたぬきは、寄り添って団子屋を見つめました。笑顔の団子屋の頭に、尖った二本の角の幻が見えてきて、三匹は震えだしました。おびえる三匹を冷たい目で見つめた団子屋は、ため息を吐きました。


「何だかよく解らないけど……インターネットテレビが見たいんだったら、月々千円だからね。もう一つのアニメチャンネルも契約しなおすなら、プラス五百円になります」

「たぬきから金を取るのか!」

カイザーたぬきは叫びました。

「何からでも取るけど?」

団子屋は頷きました。


「バイトが見つかるまで、つけでお願いします!」

三匹のたぬきは、土下座しました。

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