2話 本名が明らかに

 団子屋の母屋は、山に囲まれたU字の土地の一番奥にありました。広い庭を挟んで、小さな店が建っています。店の向こうは、一面田んぼが広がっており、店に続く細い道は団子屋専用で、人も車も滅多に入ってきませんでした。

 客がほとんど来ないので、朝から一通り商品を作り終わると暇でした。団子屋は庭の草花に、じょうろで水をやっています。カイザーたぬきは、庭の真ん中で肘枕をして寝そべって、そんな様子を見物していました。

「ねぇ、カイザー。この店、何でこんな外観なの? 何か知ってる?」

水の無くなったじょうろをぶらぶらさせながら、団子屋は店を眺めています。


 店の外観は、レンガ模様の茶色い壁と赤いルーフ屋根、中の壁は薄いピンクで、誰が見てもおしゃれなパン屋さんでした。

「あぁ……改装する時、春子が洋風で可愛いのがいいって言ってな」

「あいつの仕業か……」

団子屋は、母屋の居間で海外ドラマを見ている春子たぬきに、冷たい視線を送りました。春子たぬきは、一瞬ぶるりました。

「わしは、真っ白な宇宙戦艦みたいなのがいいって言ったのに」

「……それよりはマシか」

「失敬な!」

カイザーたぬきと団子屋が睨みあっていると、秋太たぬきが縁側から顔を出しました。


「お腹減ったーお昼ご飯―」

団子屋は凍り付いた笑顔で家に上がると、台所へ消えて行きました。気が付けば、当然のように、たぬき達へ食事を作るようになっています。独身貴族が、一気に三匹の子持ち状態でした。


 昼ご飯は、たぬきうどんでした。

どんぶりを片づけ終わった頃、珍しく、一本道を車が走って来るのが見えました。

「あの車は……タケミの礼一れいいちさんかな」

団子屋とカイザーたぬきが庭に出ると、店の隣に車が止まり、中から男性と猫二匹が降りて来ます。毎月最低一度は顔を出す、タケミ一族の礼一れいいちという男でした。団子屋は小さい頃に祖父から紹介され、それから何度か、こちらでも東京でも顔を合わせていました。面倒見が良く、色々心配して様子を見に来てくれるので、兄のように慕っています。

 団子屋を継いでからは、お山を守るタケミ一族との交流も増えたのですが、知る人ぞ知る呪術者一族らしく、服装や立ち振る舞いには古風で硬い印象があります。


 礼一は、一族で一番偉いおんタケ様という頭首の息子らしいのですが、今風な見た目と柔らかい物腰で、タケミの中でも親しみやすさが感じられます。

「こんにちは、団子屋さん」

「こんにちは、いらっしゃいませ。毎月お仕事のついでに寄ってもらっちゃって、大変ですよね」

団子屋が笑顔で応えると、礼一は少し決まり悪そうな顔をしました。そんな二人の横を通り抜け、猫二匹はカイザーたぬきのもとへやって来ます。


「よう、ブチ白、ブチ黒」

カイザーたぬきが、気安そうに猫二匹の名前を呼びました。アニマルズは友達のようです。

「しゃべって、いいの?」

ブチ黒と呼ばれた、黒が多い白ブチ猫が、団子屋の様子を伺ってからカイザーたぬきを見つめました。

「団子屋は、わしらのことをもう知っておるよ。お前らも、挨拶するといい」

ブチ黒は頷くと、団子屋の足元へ移動しました。

「よろしく、ブチ黒、しゃべる」

クリクリ目玉で、少しぽっちゃりしたブチ黒は、ゆったりと団子屋に話しかけました。


「え? 礼一さんの猫たちもしゃべるんですか?」

団子屋は、カイザーたぬきが見ることが叶わなかった、動物がしゃべったよ的驚いた顔を見せました。その様子を見て、カイザーたぬきが渋い表情をしました。

「はい。タケミの家来をしている猫なので、特別なのですよ。今しゃべったのが、ブチ黒で、そっちの白くて細い方がブチ白です。兄弟猫で、ブチ白が弟です」

「そうなんですか……ブチ白の方もしゃべるんですか?」

団子屋がブチ白に目を向けると、ブチ白は何か企むような笑いを顔に浮かべながら、口を開きました。

「よろしく、ブチ白にゃ。礼一、女連れて、温泉きた」

明らかに、余計なことをしゃべりました。


「へぇー、今回は、彼女さんと旅行で来たんですか? いいですね」

団子屋は笑顔でしたが、口調は興味無さそうです。

「……いえ、友達を二人連れてきただけです。残念ながら、彼女はいません」

礼一は、性格に難がある家来をたしなめる様に睨みましたが、ブチ白は知らん顔でカイザーたぬきの横に移動します。


「そういえば、その友達から、団子屋さんへのプレゼントを預かっているのですよ。持っていると幸せになれるという、ケサランパサランという生き物です」

礼一は、車の中をふわふわ浮遊していた白い毛玉を掴むと、団子屋に渡しました。

「はぁ……え? 何だろ、これ。でも、何で僕に?」

「まぁ、団子屋さんとタケミは、古い付き合いですし。私が、君を子供の頃から知っていて、特別に大切にしている人だと話したからかな。

何か、役に立つかもしれませんし、家の中に放しておけば、特別餌も手間もかかりませんから」

団子屋は腑に落ちないような顔をしましたが、手のひらでふわふわ揺れるケサランパサランの様子を見て、少し笑顔を浮かべました。


「それはいい! もらっとけ、もらっとけ! ケサランパサランは、滅多にお目にかかれない、貴重な生き物だぞ。神聖で、幸福に関係しているとも言われているんじゃ」

カイザーたぬきの言葉を聞いて、ブチ黒白は顔を見合わせました。

「姉御さんとこ、うじゃうじゃ、いる」

「部屋、リュック、いっぱいにゃ」

ブチ黒白の話を聞いて、カイザーたぬきが首を傾げました。

「何を言っておる、一匹でも会えれば奇跡じゃ、馬鹿ものが」

それを聞いたブチ白が、近くにやってきた秋太たぬきの頭を、いきなり叩きました。

「あ痛っ! なんで僕のこと叩くの?」

「カイザー、強い、弱いやつ、攻める」

涙目の秋太たぬきに、ブチ白が誇らしげに答えましたが、内容は最低でした。


「あの……礼一さん」

アニマルズの騒ぎをよそに、団子屋は、礼一の顔を見つめて言葉を詰まらせました。

「なんでしょう」

礼一がうながすと、一度目を伏せてから思い切ったように口を開きます。

「ちょっと言いづらいんですが……その、礼一さん、鼻毛が出てますよ。折角かっこいいのに、もったいないです」

団子屋の言葉に、礼一は眼を見開きました。

 突然、団子屋の手を両手で取ると、大きく上下に振りました。

「そう、そうなんですよ! 気付いたのですね!」

嬉しそうな礼一のおかしなテンションに、団子屋はちょっと引いて、引きつった笑いを浮かべました。嬉しそうに手を握って見つめてくる礼一の様子は、鼻毛を指摘した相手が繰り出す反応とは思えませんでした。


「うぬ、邪念じゃ! しっぽダイレクト!」

カイザーたぬきが、にやけた礼一の顔にしっぽを叩きつけると、ぼふっとしっぽをくらった礼一は、団子屋の手を離して地面に尻もちをつきました。

「ちょっと、何するんだよ、カイザー」

団子屋は慌てて礼一の前にしゃがみこむと、すいません、大丈夫ですか、と声を掛けました。カイザーたぬきのしっぽをくらってもなお、礼一は笑顔のままでした。

そこへ、秋太たぬきが近寄ってきて、邪念があるの? と、礼一の顔を覗き込みます。


「あ、あんちゃ! タケミの鼻毛抜けた」

それを聞いて、ブチ白が吹き出しました。ブチ黒は、不憫なものを見るような顔をして、礼一の膝にそっと手を置きます。

「ご主人……」

礼一は、笑顔のまま、ゆっくり地面へ倒れて行きました。

気絶したようです。


「鼻毛抜けて、気絶した、にゃははははははは」

ブチ白は、爆笑しました。


 団子屋は、気絶した礼一を縁側に運んで寝かせると、そのうち起きるだろうと、放置することに決めました。気絶までの一連の流れが意味不明だったので、関わり合いになることを止めたようです。

 夕方に目を覚ました礼一は、挨拶もそこそこに、友達との約束があるからと、急いで帰って行きました。


「礼一さん……何しに来たんだっけ?」

屋内で放し飼いすることにしたケサランパサランをいじりながら、団子屋は首を傾げました。

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