3話 団子の配達

 どんより曇り空から小雨の降る午前中、滅多に鳴らない団子屋の電話が鳴りました。団子屋が面倒そうに手を伸ばして受話器を耳に当てると、子どものような声が響いてきました。

「みたらし団子、13本、住所はタノイケ12番。届けて」

「え? 配達はちょっと。あの、もしもし?」

団子屋が答える前に、電話は切れてしまっていました。


 団子屋は笑顔でこめかみに青筋を立てると、店の軒先で雨宿りしていたカイザーたぬきのもとへやってきました。

「カイザー、タノイケ12番地ってどこ? 配達してくれって電話があったんだけど」

「……何じゃお前、笑いながら怒っとるのか?」

「いいから」

団子屋は、カイザーたぬきの頭を拳でぐりぐりしました。完全に八つ当たりです。


「イデデデデ……タノイケなら、車で五分くらいだ。しかし、家なんかあったかのう」

カイザーたぬきが、自分の頭から団子屋の拳を叩き落とすと、団子屋は何やら考え込むように黙って首を傾げています。

「どうしたんじゃ」

「いや、往復十分とはいえ、店番もあるから配達は出来ないよなぁと思って」

そう言ってため息を吐く団子屋を見て、カイザーたぬきが店に入り手招きします。普段はアニマル禁止区域です。


「これを使えば大丈夫じゃ。先代のじじいも使っておった」

棚の下の方から引っ張り出して来た紙には、文字が書いてあるようです。


 『お出かけ中、自分で詰めて、お代はザルへ』


「えぇ~……こんなんでいいの?」

団子屋が疑わし気に紙を手に取ると、カイザーたぬきは、棚からザルを引っ張り出しながら頷きました。

「余裕じゃ。タケミの関係筋に悪さするヤツは、村にはおらんよ」


 団子のショーケースの上に紙とザルを設置して、団子屋とカイザーたぬきは配達へと出発しました。カイザーたぬきの案内で車を走らせること5分、小さな丘を背負ったじめじめした場所に到着しました。荒れ放題で草が生い茂る中に、どう見ても廃屋にしか見えない建物があるようです。

「……本当にここなの?」

団子屋が笑顔で拳を握り、カイザーたぬきの頭へあてがいました。

「ちょ、本当じゃよ」

拳から抜け出したカイザーたぬきは、廃屋へ走り寄り、玄関のガラス戸を猛烈に叩き始めます。

「団子じゃー、配達を頼んだじゃろ? 頼んだよな? わしは間違ってないよな?」

廃屋からは、人が動く気配も返事もありません。団子屋が、ゆっくり玄関に近づいて来ます。


 焦ったカイザーたぬきは、引き戸に手を掛け、一気にスライドさせました。

「あっ、開いとるぞ」

ガタガタと立て付けが悪い音を立てて、戸が開きました。

 二人は、薄暗い家の中を覗き込みました。廃屋だろうとは思いながらも、万が一家主がいた場合を考えると、滅多なことは出来ません。

「すみませんー、誰かいますか? 団子の配達に来ました」

団子屋が声を掛けると、どこか奥の方で、何かが動いた気配がしました。


 玄関から真っ直ぐ伸びた廊下は、天気のせいもあって暗く湿って見えました。壁は土壁のようで、壁から落下したであろう土が、粉っぽく廊下の隅を覆っています。じめじめと暗く埃っぽい印象の室内は、色々と不快な臭いを発していそうでした。それでも、人がいると思った二人は、戸をくぐって玄関の中へと足を踏み入れます。


 突然、玄関の戸が閉まりました。

「カイザー、閉めないでよ」

「わしじゃないぞ」

顔を見合わせている二人の視界の隅に、もそもそしている何か小さなものが映りました。


 玄関からまっすぐ伸びた、薄暗い廊下の向こう。玄関の擦りガラスから射す弱い光に目を凝らすと、小型犬ぐらいのものが、もそもそしているのが見えました。


「ケケケケケケケケ――――――」


物体が、奇声を上げて近づいて来ます。薄暗闇に慣れた目でとらえたその姿は、古臭い市松人形でした。ホラーの定番、おかっぱ頭の女の子の人形です。

不気味な人形は、着物姿とは思えない豪快な腕振りと足さばきで、二人に突進して来ます。一体だと思われた体が、途中で分裂して天井のほうまで増殖しました。

集団で襲いかかって来ます。

「うわっ、怖っ!」

団子屋が後ずさって、玄関を開けようと試みますが、戸はびくともしません。


 カイザーたぬきが、団子屋の前に躍り出ました。

「このぉ~、たわけものどもめ!」

跳びかかって来る市松人形に、連続アッパーとしっぽ攻撃を繰り出しました。市松人形は攻撃で弾き飛ばされても、壁で上手に跳ね返って、再び突進してきます。

「数が多い! 埒があかん!」

市松人形が一体、カイザーたぬきをすり抜けて、団子屋の顔面へ向けて跳び上がりました。


「ケケケケケケケケ……」


団子屋は自分の顔の前で、市松人形の頭をキャッチしました。

片手でわしづかんだ頭から、みちみちと音が聞こえてきます。


「あ、あ、握力!」


掴まれた市松人形がしゃべりました。


 団子屋は大きく振りかぶって、市松人形を投げ……ようとしました。しかし、放すタイミングを誤り、市松人形は玄関のコンクリートの床に叩きつけられました。見事に、真下に、遠投予定だった渾身の力で叩きつけられました。

バキッともの凄い音がして、人形たちの動きが止まります。


「……うわぁ」

カイザーたぬきは、床に横たわる人形に歩み寄り、うつ伏せの体をひっくり返して覗き込んでから呻きました。人形の白い顔には、額から口にかけて、稲妻で打たれたような大きなヒビが入っていたのでした。


「……整列」

団子屋が、笑顔で呟きました。

「ん? 何か言ったか?」

カイザーたぬきが聞き返すと、団子屋は大きく息を吸い込みました。

「人形ども、整列しろって言ってるんだよ! 一列!」

市松人形たちはクルクルと顔を左右に振り、顔を見合わせています。ストレートの髪の毛と、長い着物の袖が揺れています。

「せ、い、れ、つ」

団子屋は、ぱっくり割れて横たわる人形の顔を、足で踏みつけました。ヒビはミシミシと不吉な悲鳴を上げ、今にも頭がパックンフラワーしてしまいそうです。


 無慈悲な脅迫を見て、市松人形たちが廊下に整列しました。数えると、注文の団子と同じ、十三体いるようでした。

「……電話寄こしたの、誰?」

市松人形たちは、団子屋の足元を見つめました。その視線の意味を悟った団子屋は、足の下から人形を掴んで、自分の顔の前に持ってきました。稲妻のヒビが入った、無残な顔と向かい合うと、にっこりほほ笑んで見せました。


「みたらし団子13本で、2000円です」

「……迷惑料が上乗せされとる。早く、言われた通り持ってくるんじゃ。全員、笑顔でバキバキにされるぞ」

カイザーたぬきは、近くの市松人形に耳打ちしました。


 市松人形は、お金を払いました。

団子屋は、お金と引き換えに、団子と稲妻人形を渡しました。

一件落着です。


「何でこんなことしたんじゃ? お前ら、何者じゃ」

カイザーたぬきは、顔が割れた一体を取り囲んで震えている市松人形たちに、優しく話しかけました。

「うぅ……最近、人形の供養寺からみんなで逃げてきた。タケミ御用達ごようたしの団子は魂を清めるという噂を聞いた。悪霊にならないように、食おうと思った」

「供養寺? 隣の県じゃぞ。ずいぶん遠くから来たもんだ。どうやって来たんじゃ?」

「ダッシュで」

「そ、そうか……」

市松人形十三体がダッシュする姿を想像したカイザーたぬきは、かける言葉を失いました。


 市松人形の話を聞いた団子屋は、多少不憫に感じたのか、ため息を吐いてから穏やかな口調で語りかけました。

「それなら、素直にお金を払えば良かったのに。調子に乗って襲ってくるから、顔面が割れることになるんだよ?」

市松人形たちとカイザーたぬきは、割れたんじゃなくて、お前に割られたんだと思ってはみても、口に出すことは出来ませんでした。

「じゃあ、僕たちは帰るけど、もうこんなことしないでね。お金もあるようだから、団子が食べたいときは、ダッシュで買いにおいで」

笑顔で玄関を出ていく団子屋の背を見ながら、カイザーたぬきは口を開きました。

「お前ら、ここはタケミの地だ。お前ら程度では、怖がらせることすら出来ない人間が沢山おる。悲惨なことになる前に、馬鹿なことはやめておけよ」

そう言って玄関をくぐります。下らない悪さしか出来ない小物に、精一杯の情けを込めた忠告です。温かい捨て台詞は、この土地の特別なたぬきであるという矜持きょうじを感じさせました。


「……バーカ」


家の中から、小さな声が聞こえました。


「何だとごらぁ――――」

カイザーたぬきは家の中に戻って、しっぽダイレクトを連発しました。

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