4話 八方美人でした

「ケイトちゃ――――ん、好きじゃ――――――!」

カイザーたぬきが、居間のテレビの前で、仁王立ちの握りこぶしスタイルで叫びました。

 スパーンとふすまが開いて、団子屋がスリッパを投げつけてきます。

「うるさいなっ」

「い、いたのか」

スリッパを避けながら、カイザーたぬきは赤面しました。お気に入りの海外ドラマで、熱くなりすぎたようです。


 団子屋は、ドスンとこたつの向こう側に座ると、笑顔でこめかみに青筋を立てたまま携帯電話を見つめています。

「そんなに怒らんでもいいじゃろ。わしだって、超恥ずかしいぞ」

カイザーたぬきが口を尖らせると、団子屋は黙って携帯電話の画面を向けてきて、小さな画面を指差して見せました。

「カイザーの羞恥心はどうでもいいけど、問題はこっちなんだよ」

携帯電話の画面には、メールの文章が並んでいます。


 『年末年始、多めに会社休んで、大学時代のみんなでスキー旅行したいからさ、お前の家に泊めてくれよ。みんな、三泊はしたいけど、ホテルだと金が厳しいってうるさくて。女の子も参加するから、お前も楽しめて得だろ。頼むわ。詳しい日程は、後で電話する』


メールを読み終えると、カイザーたぬきは首を傾げました。

「これがなんじゃ? 友達が来るんじゃろ?」

団子屋はため息を吐いた後、こたつの天板を指でトントン叩きながら、黙ってメールを見つめています。

 トントンに耐えかねたカイザーたぬきがこたつに跳び乗って、団子屋の手に、ぼふっとしっぽを被せます。団子屋は、一瞬、拳を握りかけましたが、真面目なカイザーの顔を見て、観念したように口を開きました。


「嫌なんだよ。大学で一緒にいた集団だけど、正直あんまり好きじゃないんだ。自分勝手だし、話も合わないし。適当に合わせて一緒にいただけで、本音で語れて信用できる相手なんて一人もいないんだよ」

何か思い出しているのか、珍しく団子屋の顔から笑顔が消えていました。

「なんじゃそりゃ。嫌なら、断ればいい。わしだって、お前が信用出来ないというような人間を、この土地に留まらせるわけにはいかんぞ」

カイザーたぬきの咎めるような口調を聞くと、団子屋はそっぽを向いて、ちゃぶ台に頬杖をつきました。


「しかし、嫌いな連中と一緒にいることはないじゃろうに。そもそも、お前はいつもにこにこして愛想よくしているが、商売以外のところではろくなもんじゃないぞ」

相槌も返事もしないで向こうを向いている団子屋の後頭部を見つめながら、カイザーたぬきは次第に苛立ってきて、続けます。

「そもそも、怒っている時でも笑顔を貼り付けながら、お前が何をどう思っているのかはっきり言わないもんだから、周りはみな、都合良いように解釈するんじゃ。

わしら兄弟のことだって、どう思っているのか分からんぞ。わしらのことも、適当に合わせて一緒にいるだけで、本当は迷惑だと思っているんじゃないのか?」


 そこまで言ってから、カイザーたぬきは、しまった、という顔をして口を閉じました。あまりに、のれんに腕押し状態で反応が無いものだから、ちょっとしたイライラがエキサイトしすぎてしまったと後悔します。

 どう言いつくろったものか思案していると、団子屋がくるっと振り返りました。その顔は笑顔では無く、眉間に皺を寄せた厳しい物でした。


「お前たちは、違うよ。じいちゃんがお前たちのおかげで、楽しく過ごしていたんだって解ったとき、僕がどれだけお前たちに感謝したか。じいちゃんのノートを見てから、お前たちが僕に話しかけてくれるのを、どれだけ待っていたか。カイザーだって知らなかっただろ」

売り言葉に買い言葉で、感情的に大声を出す団子屋を、カイザーたぬきは初めて目撃しました。


 二人は、険しい顔で見つめ合いました。お互い、身動き一つ出来ませんでしたが、冷静になるにしたがって微妙な空気が流れ始めます。


「……わ、分かったから、落ち着こう。何か、わしは今、超恥ずかしい。告白の三秒前みたいな空気で、超恥ずかしい」

カイザーたぬきが、しっぽをゆっくり上下させながら頬を赤らめました。

「嫌なこと言うなよ……」

団子屋も頬を赤らめてそっぽを向くと、視線の先に秋太たぬきの姿が見えました。


 秋太たぬきは、廊下の障子戸を少し開けて、中を覗いています。団子屋と目が合うと、ゆっくり居間に入り込み、目に涙を溜め始めました。

「あんちゃ、団子にいちゃ、ケンカしてるの? 嫌いなの?」

今にも涙が零れ落ちそうで、思わず団子屋は手を伸ばしました。自分の膝に抱き上げると、優しく頭を撫でます。

「嫌いじゃないよ。僕は、秋太とも春子ともカイザーとも、たくさん仲良くなりたいから、ちょっと夢中で大きな声を出しちゃっただけだよ」

「わしらも、団子屋を気に入って、仲良くなりたいと思って、話しかけたんじゃもんな」

カイザーも、頷きながら秋太たぬきをなだめました。


 その時、後ろの襖がパーンッと開いて、春子たぬきが跳び込んで来て、団子屋の首にしがみ付きました。話をするようになってから、初めて、たぬき三兄弟と団子屋の距離が近くなった瞬間でした。


「団子屋さん、春子の超タイプ……カワイイ」

春子たぬきの言葉で、台無しでした。

「何か違う。春子だけ違う!」

団子屋は、呻きました。

「なんじゃと、春子~~~~団子屋は人間だぞ!」

人間のケイトちゃんに、力いっぱい愛を叫んでいたカイザーが臆面もなく突っ込みました。


 その後団子屋は、カイザーたぬきの言葉が効いたのか、偽友達全員に、『年末年始は忙しいし、泊めたくないから嫌だ』と、はっきりと断りのメールを打ったのでした。


□■□■□■□■□■□■


 年末が近づき、団子屋は本当に忙しくなりました。一般のお客さんは、いつも通り滅多に来ませんが、呪術者一族タケミが使用する儀式用の団子や、祭壇用の餅など、先代がこなしていた頃と同じように注文が入りました。団子屋が守るこの土地は、多荼羅たたら山の神気が溜まる場所です。ここで、山の湧き水を使用して作られる米から出来た団子や餅は、山の神と共に生きるタケミ一族にとって、特別なものなのでした。

「今日は、餅二十升搗かないと……」

注文通りに作る目星は付いても、一人で仕事をこなすことを思うと、団子屋は不安で仕方ありませんでした。それでも、店にこもって淡々と仕事をこなし、四時前にはなんとか餅を搗き終えます。

 

 とりあえず、休憩して一息つこうと顔を上げた時、一本道を入って来るワゴン車が見えました。車は店の横に止まったようですが、ドアが閉まる音や数人のはしゃぐ声が聞こえてくるばかりで、店に入ってくる様子がありません。不審に思った団子屋は、店の外に出て様子を伺いました。

「おぉー、久しぶりー。泊まりに来てやったぞ」

「超田舎じゃーん、でも、良い雰囲気」

外にいたのは、スキー旅行のために家に泊まらせろと連絡してきた友人たちでした。驚いて、何が起きているのかと混乱した団子屋は、ただただ口を開けて一同を見回すことしか出来ません。


「お前が忙しくても、俺達気にしないし。自分たちで勝手にやるからさ、お前も気にせず仕事してくれよ」

団子屋は、耳を疑いました。

「……どういうこと?」

男3人女4人の集団に、誰とは無しに問いかけます。

「私たち、ご飯とか自分で作るし~。泊まらせてくれるだけでいいよ。迷惑かけないし、久々にみんなと騒げて楽しいよ~きっと」

 はっきりと断ったはずの団子屋の意志は、まったく伝わっていなかったようです。


「泊めたくないから嫌だって、はっきり断ったはずだけど」

予想外の事態に、流石に笑顔を無くした団子屋は、眉間に皺を寄せて全員の顔を見渡しました。

「も~う、つれないじゃ~ん」

化粧も服装も、香水も、巻髪も、気合いの入りまくった女の子が、可愛らしいしぐさで団子屋の肩を叩こうと手を伸ばしました。

 団子屋は、拒否するように一歩後ろに下がります。

「とにかく、帰ってよ。泊める気はないし。断ったのに押しかけて来るような人たちとは、今後も関り合いたくない」

ひと仕事終えた高揚感もあり、本人も驚くほどはっきりモノ申すことが出来ました。


 一番背が高く、高そうなジャケットを着た男が、馬鹿にしたように鼻を鳴らし、口を開きます。

「じゃあ、みんな、家に入ろうぜー。こいつのことは気にしなくていいからさ」

おどけたような声を出すと、家の方へと歩き出しました。リーダー格の男に先導されて、皆、馬鹿にしたような笑みや、不機嫌そうな表情を浮かべながら、家へと向かって行きます。

 団子屋は、馬鹿にされて軽くあしらわれたことに、猛烈な羞恥心を感じると共に、怒りが込み上げ、固まったように何も言葉が出てきません。このままでは家に上がり込まれてしまうという危機感はありましたが、口も体も動きませんでした。

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