11話 歓迎会その1

 たぬき三兄弟は、団子屋の母屋の居間で、朝食のパンをかじっています。

「わしらは、バイトに受かったぞ。昨晩は、試しに仕事もして来たんじゃ。ちゃんと給料ももらえる」

カイザーたぬきが嬉しそうに報告すると、団子屋は驚いて、持っていたパンを落としました。

「バイト? 給料って……葉っぱのお金?」

「日本円じゃ! 馬鹿にするな」

団子屋の失礼な物言いに、たぬき三兄弟が頬を膨らませてむくれます。

「温泉のお風呂掃除が担当よ。タケミの温泉旅館の持ち主が変わって、新装開店で人間以外でも雇ってくれるって聞いて、行ってみたの」

春子たぬきが説明しました。

「人間、少なかったー」

秋太たぬきが楽し気に言うと、団子屋は微妙に口の端を引きつらせました。


「流石のタケミ関連というか……ちょっと意味不明だし、関わりたくないな」

まっとうな反応でしたが、カイザーたぬきが首を振ります。

「それは無理じゃ。タケミの礼一も旅館に住むようじゃし、新しい持ち主は礼一の親友で、御タケにも一目置かれているそうじゃ。わしらも会ったが、あれはすごい人間じゃ。お前も挨拶せねばならんぞ! 年も同じくらいだろうから、良い友人になれるじゃろう……多分」

えー、と不満げな声を出す団子屋の前に、秋太たぬきが紙を差し出しました。


 『歓迎会

   本日土曜で御日柄も良く、おやど大福で、新しい仲間の歓迎会をする。

  七時開始だ、遅れるな。団子屋も連れて来い。飯も出るから食わずに来いよ。

                            おやど大福 姉御』


「何だか、心躍らない招待状だね」

団子屋の素直な感想に、たぬき三兄弟は返す言葉がありませんでした。

「でも、僕楽しみー。姉御しゃん、面白いよ」

秋太たぬきは、ぶっきら棒な招待状をフォローしました。

「……そうね。優しい美人に、グラマーで色っぽい人もいたわよ。他にも、珍しくて可愛い管狐とか、宇宙人とか」

春子たぬきがよかれと思って話した宇宙人のくだりで、団子屋の眉間に皺が寄りました。

「いつだか、配達のイタズラをしかけてきた市松人形どもも、姉御の子分になったしのぅ……姉御には逆らわないほうがいい。まぁ、行かないという選択肢はないぞ」

カイザーたぬきの追い打ちで、さらに団子屋の顔が曇りました。呪いの市松人形を子分にするような女性と、良い人間関係を築く自信はありませんでした。

「何それ……朝からテンション下がる」



 団子屋は、だだ下がったテンションで夕方まで過ごした後、渋々、たぬき三兄弟を車に乗せて『おやど大福』の歓迎会へやってきました。

「風情のある建物だね。古くて、高級そうだし、綺麗だ。想像していたのと違った」

旅館を前にして感嘆する団子屋の姿を見て、秋太たぬきが嬉しそうに口を開きました。

「そうだよ、特別なお宿だよ。前は、特別な人しか入れなかたて。僕達、ここでお仕事すんだ」

誇らしげに胸を張る姿を見て、団子屋は表情を和らげました。わずかながら、たぬき三兄弟が喜ぶのならば、やって来てみて良かったかもしれないという気持ちが湧いて来ます。


 玄関を入ると、タケミの礼一が待ち構えていたようで、にこやかに団子屋を迎え入れました。

「ようこそ、いらっしゃい。来てくれてありがとうございます」

「僕まで招待していただいて、ありがとうございます。お言葉に甘えて、ついてきてしまいました」

団子屋が頭を下げると、礼一は困ったような顔をして見せました。

「まぁまぁ、堅苦しいのは無しにして、気楽に楽しんでいって下さい。さぁ、中へどうぞ」

 礼一に先導されて通されたのは、畳の大広間でした。お膳と座椅子がぐるっと円形に並んでいて、各お膳には名札が置いてあるようです。一人につき三つも用意されているお膳には、すでに、沢山の御馳走と飲み物が用意してあります。

「団子屋さんとたぬき三兄弟は、こっちですよ」

上座側に連れられて、名札の通りに、団子屋、カイザーたぬき、春子たぬき、秋太たぬきと座ります。団子屋のもう片方の隣は、姉御と書かれていました。

「噂の姉御さんの隣ですか……何か、緊張する」

かしこまった様子の団子屋に、礼一がふっと笑顔を見せました。

「大丈夫ですよ。本人に会えば、一瞬で緊張しているのが馬鹿らしくなりますから。私は、秋太の隣りなので、何かあったら遠慮なく言って下さい」

そう言って礼一が去ると、団子屋は少しそわそわし始めました。よく考えると、大きな宴会など、随分と久しぶりです。そもそも、大人数での馬鹿騒ぎが苦手で、大学時代に飲みに誘われることはあっても、ほとんど足を運んではいませんでした。

何となく、姉御の向こうの席の名札をチェックすると、御タケ様と書いてありました。


「ちょっと、カイザー! あの席、御タケ様って書いてあるけど!? あの御タケ様が来るの?」

驚いた団子屋がカイザーたぬきのしっぽを引っ張りながら問いかけると、カイザーたぬきがおかしな悲鳴を上げた後、不満げに口を開きました。

「いきなり引っ張るな! 抜けるかと思った。御タケに、あのもそのも無いわ。多荼羅山のタケミの御タケに決まっとるじゃろーが」

団子屋は眉間に皺を寄せて目を細めて、げんなりしたような顔をしました。頬には、帰りたい、と文字が浮き出ています。ただでさえ憂鬱な宴会に、やたら偉い人が参加しているという事実を知り、完全に尻込みしています。


「御タケ様って、タケミ一族で一番偉い人だよね。僕がお会いできるような方じゃないでしょ?」

嫌そうな声を出す団子屋を見て、カイザーたぬきが呆れたようにため息を吐きました。

「今日、お会い出来るんじゃろ。お前だって、タケミと対等な土地守なのだから、結構偉い人なのじゃぞ」

「対等? そうかなぁ……僕は何も出来ないし……」

団子屋は首を傾げながら、帰りたい気持ちを押し殺しつつ広間を見回しました。

美しい女性や、見たこともない動物、宇宙人ぽい者、ふわふわ漂う無数のケサランパサランなど、おかしな連中ばかりで不安が加速して行きます。


「ねぇ、変な人? たちが多いけど、馬鹿騒ぎになったりするのかな。自己紹介のスピーチをしろとか、一気飲みしろとか言われるのかな?」

カイザーたぬきに耳打ちすると、気の毒そうな顔を向けられました。

「お前、そんなに先回りして考えて不安になって、気の毒じゃな。ハゲるぞ」

そう言って、さらに同情的なたぬき顔を向けられた団子屋は、その顔にイラッときました。げんこつを作って、カイザーたぬきの頭に当てると、八つ当たりの高速ぐりぐりを繰り出します。

「いだだだだだだ、やめやめやめろ」

カイザーたぬきが痛がっていると、広間の襖が、すぱーんっと開きました。

 白い大きな虎が、のそりと広間に入って来ます。その背中に、人がしがみついているようです。



 姉御は、白虎の背中にしがみついて登場しました。その後ろに、和服の御タケ様が続いて入って来ます。白虎がたぬき三兄弟と団子屋の後ろを通り過ぎ、立ち止まると、背中の姉御がゆっくりと降りて大きく背伸びをしました。相変わらず渋い色の作務衣に頭に手拭いを巻いた姿で、腰に手を当てて仁王立ちすると口を開きました。

「よーし、歓迎会始めるぞー」

姉御の言葉に、広間で歓声が上がります。

「乾杯の前に、歓迎する新しい仲間を紹介するぞー。俺の右側から、団子屋、カイザー、春子、秋太だ。あぁ、クマ達とカエルのお頭も新入りだな。まぁ、こっちはもうすっかり馴染んでるようだけど。

俺達は人数が多いから、各自、団子屋のとこに挨拶に来てもいいし、適当にやってくれ。団子屋は主役だし、挨拶回りとかしなくていいからな」

面倒そうにそう続けると、自分の肩に乗っていた大福ねずみを、お膳の上に降ろしました。

「乾杯は……そうだ、カイザー、やってくれ。得意そうだ」

姉御に指名されたカイザーたぬきは、食前酒の入ったグラスを持って立ち上がりました。

「えぇー、皆さま、グラスを持って、ご起立願おーう。わしは、カイザーじゃ。妹春子、弟秋太、兄弟分の団子屋ともども、これからよろしくお願い申し上げる~~乾杯!」

広間に、かんぱーい、と歓声が上がりました。

堂々と乾杯の音頭を取ったカイザーたぬきを見て、団子屋はちょっと頼もしいと思う反面、立派な姿を羨ましくも感じました。


「団子屋、姉御だ、よろしくな。こっちは、大福だ」

隣から身を乗り出した姉御が、団子屋の肩を叩きました。

「あ、姉御さんですね、よろしくお願いします。大福って、そのねずみですか?」

団子屋が、お膳の上の大福ねずみを指差します。

「そうだよ、そのねずみだよ、よろしくな~」

大福ねずみがしゃべりました。

「そうだよ、しゃべるんだよ、よろしくな~」

再び、大福ねずみがしゃべると、団子屋は素早い動作で大福ねずみに顔を近づけ、近距離で凝視しました。

「な、なんだよ、男は近距離禁止だぞ~」

「可愛い……白くてふわふわでグレーの水玉模様……こんなに可愛い動物と話が出来るなんて」

大福ねずみは、しっぽムチで団子屋のおでこを攻撃しましたが、団子屋は嬉しそうな笑顔を浮かべるだけでした。


「わしらだって、ふわふわで可愛いじゃろうが! 毎日、お話しとるじゃろ!」

団子屋の様子を見たカイザーたぬきが、異議を申し立てました。

「ぺっ! ただのたぬきが、オイラの愛らしさにかなうかよ~」

大福ねずみが言い捨てると、カイザーたぬきが、うぬぅ~といきり立ちます。一触即発の雰囲気を無視して、団子屋は大福ねずみを見つめ続けています。アニマル同士の争いに、姉御が仲裁に入りました。

「あーもう、分かったから。どっちも、似たようなもんだろ。張り合うな、毛玉」

姉御は、二匹に睨まれました。

「全然似てないじゃろうが!」

「ねずみとたぬきが同じに見えるのかよ! 眼医者いけよ~!」

自分の不用意な発言から、責められる立場に回ってしまった姉御は、心底面倒そうな渋い顔をしました。何を言っても突っ込まれそうなので、黙って団子屋に目をやると、未だに楽しそうに大福ねずみを観察しています。


「姉御さんはタケミなんですか? 大福くんは、姉御さんの家来だからしゃべれるんですか? タケミの家来にすれば、可愛い動物としゃべれるようになるんですか?」

 矢継ぎ早に質問を投げかけられた姉御は、ぐらりと体を傾けて逆隣の御タケ様の肩に額を押しあてながら、バトンタッチと言い放ちました。


「えっ? あー、えぇと、新しい団子屋さんだね。私は、タケミの頭首、御タケです、初めまして。会うのが遅くなってしまって、申し訳なかった。それと、何だったかな? あぁ、確かに、タケミが動物と契約して主従関係を結ぶことで、家来になった動物は人語を話す場合もあるね。しかし、姉御さんはタケミでは無いし、大福くんも姉御さんの家来では無いだろうね」

挨拶も交わさぬうちに御タケ様と話すことになった団子屋は、羞恥心から頬を染めて、深々と頭を下げました。

「御タケ様ですね。挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。よろしくお願いします」

慌てて恥ずかしそうに挨拶する様子を見て、御タケ様が笑顔を見せました。優しそうな笑顔に安心した団子屋も、少し緊張を解きました。


「君がよく知っているたぬき三兄弟も、タケミの家来ではないけれど、人語を解し話すことが出来るね。事情は違えど、特別な事情で、人と交流する動物も存在しているのですよ」

団子屋は頷いて、カイザーたぬきに目をやりました。

「そうですか……それは、とても素敵で、幸せなことですね」

団子屋の言葉を聞いたカイザーたぬきは、耳をぷるぷるっと震わせた後、何事も無かったように自分のお膳に向き直ります。横顔からも、口元が嬉しげに歪んでいるのが見えました。


「まぁ、大福は、俺にとって特別なねずみなんだ。それに、大福の言葉は聞こえる奴と聞こえないやつがいる」

姉御の人差し指で優しくなでられた大福ねずみは、自分から姉御の指にすりすりと頬を寄せました。

「そうですか? 大福君と姉御さんは礼一と契約を結んでいるから、大福君の言葉はみんなに聞こえているはずだけどね」

御タケ様が、軽い調子で口を挟みました。


「え?」

「え、何て~?」


 姉御と大福ねずみが首を傾げると、姉御の後ろに、礼一がヘッドスライディングをかまして登場しました。

「ちょっと、あんた、馬鹿ですか? 勝手にショッキングな事情を話さないで下さい!」

礼一は苛立った様子で、御タケ様にまくし立てました。

「ショッキングな事情って何だよ~! 礼一と契約なんか、してねーよ~」

大福ねずみが突っ込むと、礼一は黙って目を逸らしました。

「こら、礼一、どうなっているのです。私の目は誤魔化されませんよ。お前と、姉御さん、大福君には、契約の絆が見える。本人が知らないというのはどういうことです」

御タケ様は、威厳のある声を出しました。いい年をして、父親に叱られた感じになった礼一は、うんざりしたような顔を御タケ様に向けました。


「事故ですよ。去年の温泉旅行の時、姉御さんも大福君も、私の血を口にしたのです。ともに鬼と戦った事実もあったので、契約したようになってしまったのでしょう」

姉御は、へぇーと、適当な返事をしながら、興味無さそうに天ぷらを頬張っています。

「なってしまったって、何だよ。オイラたち、どうなるんだよ~」

大福ねずみは、正座した礼一の頭によじ登って、前足でおでこをばしっと叩きました。


「分かりません。大福君は普通の動物とは違いますし、姉御さんにいたっては人間ですからね」

「なんだよそれ~」

開き直って、淡々と語る礼一に呆れた大福ねずみは、御タケ様に説明を促すように顔を向けました。

「ん? 残念ながら、私も分かりません。普通は、人間と契約はしないし、出来ないはずですけど……大福君のような特殊な生物も、滅多にいないでしょうし。どういう影響があるのか、前例がないからね」

御タケ様からも何の情報も得られなかった大福ねずみは、沈黙したまま、礼一の後頭部にしっぽムチを連続で叩きこみました。

「いだだだだだだ」

痛がりながら、成すがままになっている礼一を見かねて、姉御が頭から大福ねずみを引きはがしました。


「まぁ、いいじゃねーか。特に体に変化も無いしな。お前も、みんなと話せるなら助かるだろう」

姉御に顔の高さまで持ち上げられて、優しく語りかけられた大福ねずみは、静かに頷きかけました。

「なるほどな、それで納得じゃ。あの自転車さばきと脚力は、タケミとの契約が関係しておるのか」

黙って事の成り行きを見ていたカイザーたぬきが、口を挟みました。

「あれは、マウンテンバイクを改造したからだぞ」

姉御が、自信満々に答えます。


「マウンテンバイクを改造~? 無理矢理、前カゴつけてもらっただけだけど? 何だよ、自転車さばきって、変な影響出てんじゃねーのか~?」

大福ねずみが訝しげに姉御の体を凝視しすると、居心地の悪くなった姉御は、鼻息を荒くして立ち上がりました。


「さぁ、盛り上がって参りましただぞー。ここで一発、団子屋に宴会芸を披露したいというツワモノはいるか~?」

無理矢理宴のテンションを上げて、深刻そうな話を切り上げる作戦のようです。


 広間の愉快な仲間たちが上手く載せられて、我先にと手を挙げ始めました。

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