12話 歓迎会その2

「おっ、りょうちゃんも立候補か、珍しいな。折角だから、りょうちゃんに一発目をお願いするか」

姉御に指名されたりょうちゃんは、長い黒髪をひるがえして縁側から庭の中央に出ると、ほっそりとした美しい立ち姿を披露しました。

「何だ? 庭で何をするんだ?」

意外そうに口を開いた姉御が何事かと縁側へ寄ると、釣られた面々が庭が見える場所へと集まって来ます。


 皆の注目を集めたりょうちゃんは、お辞儀をしてから、うふふ、と口に手を当てて含み笑いをすると、すぅーっと息を吸い込みました。

「一番、りょうちゃんでーす。スペースシャトルの打ち上げをやりまーす」

そう宣言すると、後ろに隠し持っていたシャンパンの瓶を、ごくごくと飲み始めました。半分ほど飲み干したところで、瓶を下に置きます。

「カウントダウン行きまーす! 十、九、八……」

りょうちゃんの体から、もわもわと煙が吹き出し始めました。みんなも煙の出現にテンションが上がり、一緒にカウントダウンを合唱し始めます。どんどん煙の量が増えていきます。


「ゼロ 発射!!」


 発射の掛け声とともに、りょうちゃんがばびゅーんと真っ直ぐ打ちあがり、夜空の彼方まで飛んで行ってしまいました。りょうちゃんの幽霊性質、炭酸で高くジャンプと、アルコールで煙りのコンボを使った大技です。

「うわー、成功だー! りょうちゃんが打ち上がったぞー!」

広間に、馬鹿な歓声が満ちました。

「え? 飛んだ?! あの美人な人は、人間じゃなかったの?」

団子屋は、状況が飲み込めませんでした。

「あれは、幽霊のりょうちゃんじゃ」

「あぁ、そう……」

団子屋は先が思いやられるので、常識を諦めることにしました。

「うわぁーい、りょうちゃん、すごい、かくいー」

秋太たぬきは、誰よりも喜んで歓声を上げています。そんな様子を見ながら、姉御はこっそりと、礼一と大福ねずみに目配せしてから頷きました。宴会を楽しもうという姉御の思いを察して、二人も頷き返します。


 ゆっくり天井をすり抜けて降りて来たりょうちゃんに、歓声が上がりました。

「どうやったのか教えてー」

秋太たぬきが走り寄って、りょうちゃんの胸にジャンプして跳び付きました。りょうちゃんは嬉しそうに秋太たぬきを抱っこすると、席に戻って、幽霊の化学反応を説明しているようです。


「さぁ、次は、誰だ~」

本当に、盛り上がって参りましたので、姉御は次を促します。

「あっしらにお任せくだせぇ! 何卒、姉御殿!」

まさかの新入り、カエルのお頭が手を挙げています。その後ろには、たくさんのクマたちも、手を挙げて飛び跳ねていました。

「おぉぅ……新入り、威勢がいいな。じゃあ、やってくれ」

カエルのお頭とクマたちは、大喜びで広間中央に集まりました。何やら配置があるようで、確認し合いながら綺麗に整列したようでした。中央に陣取ったカエルのお頭が、咳払いしてからお辞儀をします。


「皆さま、手拍子をお願いいたしやす。ワン、ツー、ワンツー!」

ぬいぐるみたちは、軽快な歌と微妙なボイスパーカッションを口ずさみながら、大人数アイドルの曲を踊り始めました。完璧な振り付けで、愛らしいクマたちが踊ります。

「あら、可愛いわねー」

バーママとりょうちゃんが、黄色い声を上げました。しかし、センターはでかいカエルで、しかも動きは人一倍キレキレでした。みんなつられて手拍子を送る中、座敷グレイが立ち上がり、クマの最後部に乱入しました。

「僕も、振り付け完璧なんだよ!」

カエルとクマと宇宙人は、歌いながら踊りまくり、広間は笑いで満たされました。


 大盛況で踊りが終わると、クマと座敷グレイには、連帯感が生まれたようです。カエルのお頭と座敷グレイが熱い握手を交わす様は、宇宙規模の壮大な物語を感じさせました。

「遅れてすいませーん」

余興が盛り上がる中、静かに広間の襖が開いて、背の低い可愛らしい女性が入って来ました。

「あぁ、かずきですね。こっちですよ」

御タケ様に声をかけられ、かずきはいそいそと近づいて来ると、姉御に頭を下げてから御タケ様の隣に座りました。

「あら、かずきちゃん、やっほー」

春子たぬきが、かずきに手を振りました。

「春子ちゃん、やっほー」

かずきも手を振り返します。完全に女子のノリに挟まれた姉御は、居心地悪そうに頭を掻きました。


「あ、団子屋さんですよね、初めまして。私、しずくの姉で、かずきと言います。御タケ様のところで下働きをしています。おやど大福との連携担当なの」

「あぁ、よろしくお願いします。しずくさんのお姉さんですか……何か、若く見えますね」

団子屋は混乱しました。

 しずくの姉ということは、自分より年上のはずでしたが、どう見ても成人前の顔つきです。本人も自覚しているのか、前髪をぱっつんにしたおかっぱ頭で、服もレースのついた子供っぽい格好でした。


「童顔、巨乳、奇跡のかずきちゃんきた~~~~~~!」

大福ねずみがかずきの元へ走り寄り、一気に肩によじ登ります。その姿を見て、姉御が鼻に皺を寄せました。

「大福さん、こんばんは。ふふふ、くすぐったいですよ」

かずきが、肩の大福ねずみを撫でました。


「……さぁ、エロ馬鹿ねずみはほっといて。ぬいぐるみ軍団、すごかったな」

姉御に褒められたカエルのお頭とクマは、ガッツポーズを繰り出しました。

「暇ゆえに……供養寺で坊さんのDVDを盗み見して、訓練したかいがありやした。まさか、披露の場があろうとは」

人形供養寺の坊主は、思わぬところでアイドル好きをリークされました。


「はいはーい、次は私のとっておきを披露したいんですが」

姉御が次の芸を促す前に、礼一が立候補しました。

「お前も何かやるのか? 活発で珍しいな……ちょっと胡散臭いけど」

若干テンションが下がった姉御が適当に促すと、礼一は広間の隅の大きなテレビに向かい、下のプレーヤーに何かをセットしました。


「さぁ、みなさん……お待ちかねのゴングが鳴ります! 去年、タケミ本家門前で密かに行われた、伝説の試合の動画を入手いたしました!」

礼一が叫ぶと、内容を察した連中から、大きな歓声が上がりました。部屋の中をふよふよ漂っていたケサランパサランが、ぞわっとテレビ側に集まって来ます。

「赤コーナー、我らが姉御~! 青コーナー、しずくの家来鬼~! 解説は、私、タケミ礼一でお送りいたしま~す!」

誰よりもこの試合を見たがっていた礼一は、すでに馬鹿テンションになっていました。それにつられて、りょうちゃんやバーママまで、テンション爆上げで、姉御~と叫んでいます。現場で試合を観戦したCリーダーも、テレビの近くへ飛んできました。

 

 動画が再生されました。

 いつの間にか、礼一がマイクを握っています。

「おぉ~っと、しょっぱなから、しずくの鬼は、余裕の笑みです。それが姉御の癇に障ったようだぞ! 鬼がノープランで突っ込みます。これは、威嚇のつもりか!? おっと、激突の瞬間、姉御が右ひじで鬼のみぞおちを突いた、いや、同時に直角に上空へと弾き飛ばしたぞ――――! 鬼は上空へ吹っ飛びながら、ダメージで呻いている。

 あぁっと、姉御がすかさず飛び上がったー! 追い打ちをかけるつもりだ! しかし、鬼はかなり上空だ、届くのか? やはり! ここで、ケサランパサランのヘルプが入った! 姉御の背中で、見事な羽を形成し、姉御を鬼のもとへ到達させた――――! 

さて、姉御はここからどう出るか? おお? 鬼の首を片手で抱えた? もしや、あの態勢は!? あれほどの上空から、バックブリーカーだ―! 鬼の背骨を砕くつもりだ――――――、決まった――――! 綺麗に決まった!

 鬼はダメージで動けないか? 死んではいないはずだが? やはり、立ち上がった! しかし、こーれーはー? ダメージが大きい。完全にぴよっている! おっと、距離を取っていた姉御が動くぞ、立ち上がるのを待っていたのか? 姉御が吠える! 完全なる勝利への雄叫びか?

 もしやこれは、お待ちかねのあれが出るか? 姉御、鬼へ向かってダッシュ。そうだ、あれだ、でた――――、ウラカン ラナ インベルティダ!! 鬼の肩が、しっかり地面についている! フォール、フォールです!

 さぁ、みなさん、ご一緒に、1、2、3、スリーカウント、試合終~了~! 姉御の圧勝です。我らが姉御、対鬼戦、無敗伝説の始まりだ~~~~!」


礼一が、見事な実況をやり遂げました。


「うぉ――――あねご――――!」

最初に歓声を上げたのは、まさかの座敷グレイでした。


 姉御コールが収まらないので、姉御は広間中央にバク転を二回かましながら躍り出ました。完全に、プロレスラーのノリです。さらに、両手を握って空へ突きあげると、一際、歓声が高まります。

「え? 何テンンション? あの動画は何だったの? 姉御さんはプロレスラーなの? 鬼って、あの鬼?」

団子屋は、当然ながら混乱しました。

「あぁ、あれは正真正銘の鬼じゃな。やるのぅ、姉御殿」

「やっぱり、姉御さんも普通の人間じゃないのか……服装はともかく、外見は小柄で細くて、顔も可愛いのにね」

「まぁ、タダものじゃないのぅ。ケサランパサランが、これほど人に懐いているところなど、見たことがないわ。人どころか、わしらとも交流などないからな」

 カイザーたぬきが不思議そうに首を傾げる姿を見て、団子屋は感心すべきか、恐れるべきか、判断しかねました。

「強さは恐れるに値するが、ケサランパサランは良き神に近い生き物じゃ。それがあれほど懐いているのだから、心の正しいものであることに間違いは無いだろう」

「その通り。姉御ちゃんは、良い子だよ」

始めて聞く声に驚いた団子屋が顔を向けると、姉御が乗っていた白い大虎が近くに来ていました。


「あっ、初めまして」

団子屋が挨拶すると、白虎が頷きました。

「わしは、御タケの家来、白虎だ。そして、姉御ちゃんのファンでな」

「ファン、ですか」

穏やかに笑った白虎を見て、団子屋も釣られて頬が緩むと同時に、姉御がとても素敵な人なのだろうという気がしてきました。


 騒ぎが収まり、席に戻ってきた姉御は、かずきの方へ向って話しかけました。

「大福~、よかったな。お前も、しずくの鬼との戦い、見たがってたろ」

「え? 何~?」

大福ねずみは、奇跡のかずきちゃん(巨乳)に夢中で、動画を見ていませんでした。


「あっ、かずきちゃん、箸から豆が落ちたよ~あははは~」

「私、不器用で、お箸を上手く使えないのです~恥ずかしいです~」

見事に姉御を無視して、かずきといちゃこらする大福ねずみを見て、姉御は静かにフェイドアウトしました。

「いや、別に……いいけど……」

姉御は、近くにいた白虎にしがみつき、やるせない思いをもふもふで癒し始めました。


 すっかり雰囲気になじんでしまった秋太たぬきが、姉御のもとへやってきます。

「姉御しゃん、最後の技、どうやるの? おちえてーかくいかった」

「……そ、そう? そうかな?」

ちびっ子に熱い視線を送られ、姉御は復活しました。秋太たぬきを膝に抱いて、広間を見渡しながら、満足げな笑顔を浮かべています。

 りょうちゃんとバーママのところで、女子トークを楽しむ春子たぬき、おかしな仲間たちに囲まれて、楽しそうに笑うカイザーたぬきと団子屋の姿が見えます。

 かずきの巨乳に挟まる大福ねずみは、見なかったことにしました。 


新人歓迎の宴は、大成功のようです。

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