13話 祭りの後

 大騒ぎで酒を飲み、深夜を待たずに疲労に襲われた面々は、心地よい疲れと共に部屋へ引き上げて行きました。

「姉御さん、代行タクシー呼びたいんですが、番号とか分かります?」

団子屋が尋ねると、姉御は顔の前で手をひらひらと振りました。

「ここは旅館だ、泊まってけ。春子と秋太は、もう誰かの部屋についてったぞ。お前も遠慮はいらん」

「……じゃあ、お言葉に甘えます」

広間では、御タケ様と礼一が静かに酒を酌み交わし、その近くに、白虎とブチ黒白が寄り添っていました。

「泊まると思って、布団を用意しておいた……ほら」

姉御が広間の奥の襖を開けると、そこには布団が二つ敷いてありました。

「おぉ、気が利くのぅ。帰らんでいいなら、姉御殿も団子屋も、もうちょっと飲まんか?」

カイザーたぬきが誘うと、姉御はにっと笑顔を見せました。

「向かいの小さい部屋にこたつがあるから、そっちでゆっくり飲むか」

団子屋も頷いて、二人と一匹はこたつの部屋へと移動しました。


 狭い部屋で温かいこたつに入り、日本酒で一息吐くと、すっかりくつろいだ雰囲気になりました。

「宴会、楽しかったのぅ。感謝するぞ、姉御殿」

「僕も、すごく楽しみました。呼んでくれてありがとうございました」

カイザーたぬきも団子屋も、座椅子に深く寄りかかり、まったりとお礼を言いました。

「俺も楽しかった。みんなも新しい友達が出来て、嬉しそうだったなー」

姉御は寝そべって、肘枕で酒を飲みながら、行儀悪く応じています。

 まったりムードで、のらりくらり会話をしながらちびちび飲んでいると、廊下の方から声が聞こえてきたので、何となく全員が黙りました。


『大福さん、大事なお話があるのです』

それは、かずきの声でした。

『どうしたの~かずきちゃん』

大福ねずみもいるようです。宴会の途中から、すっかり姉御から離れていましたが、ずっとかずきのもとにいたようです。

『大福さんがこっちに引っ越してきてから、私たち、たくさんお話ししましたね』

『そうだね~。姉御が細かいことは面倒だって、タケミとの話し合いをオイラに押し付けたからね~』

大福ねずみの言葉に、姉御の片眉がぐっと上がりましたが、本当のことだったので黙って逆切れの言葉を飲み込みました。

『ふふふ。でも、私にとっては良かったかもですぅ。大福さんと一緒にいられたから』

『オイラも、かずきちゃんといられて幸せ~。Aカップといるより幸せ~』

姉御は襖に向かって、中指を立てました。


 予期せぬ盗み聞き状態に居心地悪さを感じた団子屋が、声を出して存在を知らせようとすると、カイザーたぬきが人差し指を口に当て、黙るようにジェスチャーを送ります。

『それで……かずきは……大福さんのことが、好きになってしまいました』

カイザーたぬきと団子屋と姉御は、黙ったまま口を大きく開けて、驚愕の表情を浮かべました。

『オイラだって、かずきちゃんのこと好きだよ~』

大福ねずみが、軽い感じで応えます。

 盗み聞き三人衆の口が、更に大きく開きました。

『そう言われると嬉しいけれど、かずきは、恋愛感情で好きと言っているのですよ?』

大福ねずみの返事は無く、考え込むような沈黙が訪れました。


 盗み聞き三人衆は、無意識に止まっていた呼吸を再会し、口を閉じました。ここでの沈黙からは、大福ねずみの冷静さが感じられ、盗み聞き三人衆にも安心感をもたらしました。

『……オイラ、ねずみだよ?』

大福ねずみの言葉に、盗み聞き三人衆が、だよね、だよね、と顔を見合わせて頷き合いました。

『見た目はねずみでも、大福さんの魂は素敵な人間じゃないですか。いつもふざけているように見えるけれど、しっかり者で真面目だし、優しいし、男らしいところもある。見た目はどうでもいいのです。あっ、もちろん、愛らしいねずみの姿も好きですよ』

 まだ大福ねずみの事情を知らないカイザーたぬきと団子屋が、首を傾げながら姉御を見ました。神妙な顔で、何度も頷いている姉御を見て、何となく事情を察した一人と一匹は、目を見開いて驚きの表情を浮かべます。

『そんなふうに言ってもらえて、オイラ、嬉しいよ~』

そう言ったきり、かずきも大福ねずみも黙ってしまいました。


 盗み聞き三人衆は、罪悪感と好奇心と緊張から、再び呼吸を忘れてしまいました。

『えっと……お返事はゆっくりでいいのです。さぁ、お部屋にお送りしますよ』

沈黙を破り、かずきが優し気に言いました。

『そっか……うん、ありがとう~』

大福ねずみの言葉の後、かずきが立ち去る足音が遠くなって行きました。


 すっかり気配が消えてから、盗み聞き三人衆は、ぶはっと大きく息を吐きました。

「うわー……罪悪感」

団子屋の感情が、口からこぼれ出ました。

「何だったんじゃ……大福は人間なのか? わからん……なぜじゃ、かずき」

姉御は、白目で気絶していました。

「ぬぉっ、姉御殿、しっかりせい!」

カイザーたぬきが顔面にしっぽダイレクトをかますと、姉御が正気を取り戻しました。

「す、すまん。すげー衝撃だった」

姉御が復活したものの、部屋には微妙な空気が立ち込めました。盗み聞きをしてしまった罪悪感と、内容の衝撃度から、どこをどう話題にしていいものか全員思案しているようです。

「うーん、聞いてしまったからには、どうにもこうにも気になって仕方ないことがあるんですけど……」

探り探り話し始めた団子屋へ姉御が頷いて見せると、思い切ったように話を続けます。

「大福くん……さん? の魂が人間って、どういうことですか?」

「そうじゃ、どういうことじゃ?」

カイザーたぬきも、気になったようです。

 姉御は二人の顔をじっと見つめて、何をどこまで話すか考えているようでしたが、それにも疲れたのか、がくっと頭を上に向けると、首を左右に振って肩を鳴らしました。

「まぁ、現実離れした、霊的な神的な話だけど……。大福の前世は大昔の人間の男で、その時に罪を犯したから、罰としてねずみにされて現世に降ろされたんだ。詳しいことはめんどいから省くけど……罪というのは、ルックスの良さと話術を武器にして、旅をしながら巨乳美女とやりまくって、子どもを作りまくったことだ。ベイビーは六十人くらいだったと思う。大福は、子どもが出来たことすら知らなかったみたいだけどな。結局、その罪は許されて、今に至っている」

ぽつりぽつり、つまらないことを話すように語った姉御は、コップの日本酒をぐいっとあおりました。


「え? 許されたんだ。すごいですね」

団子屋は、目を細めて嫌そうな顔をしました。

「五百年以上生きたわしの父でも、子どもは三人だったというのに。最悪じゃが、ちょっと尊敬するのぅ」

団子屋とカイザーたぬきの感想を聞いて、姉御はちょっと慌てました。

「いや、あれだ……なんて言ったらいいかな。悪いヤツじゃないんだ。愛情を求めていたのに、結局一人ぼっちで、不器用で寂しいヤツだったんだ」

フォローしようとしましたが、いまいち上手い言葉が見つかりませんでした。姉御自身、言葉にしてみると、大福ねずみは最悪な感じでろくでなしに感じられます。 自分の不器用さに苛立ちを感じた姉御は、どぼどぼとコップに酒を注ぎたして飲み干しました。ぷはーっと息を吐いた勢いで、再び口を開きます。

「まぁ、ろくでなしだけど、良いヤツなんだよ。俺は仲良しだし、ずっと一緒にいるって決めたんだ」

姉御の言葉を聞いた団子屋とカイザーたぬきは、思うところがあったようで、顔を見合わせて申し訳なさそうな顔をしながら頷きあいました。

「巨乳美女好きの女ったらしなら、これからはかずきと一緒に暮らすんじゃないか?」

カイザーたぬきの言葉に、団子屋も頷きました。

 姉御は再び、気絶しました。二度目の気絶を不憫に思った一人と一匹は、そのままその場を後にして、さっさと眠りにつきました。



 かずきの告白アタック事件の翌朝、さっさと全員の朝食を作った姉御は、起きて来た礼一に「出かけて来る」と告げて、どこかへ行ってしまいました。大福ねずみと顔を合わせづらかった団子屋とカイザーたぬきも、まだ遊んでいくという春子たぬきと秋太たぬきを置いて、早々に家へと帰ることにしました。

「僕は、営業スマイルは得意だけど、隠し事とか苦手なんだよ。顔を合わせないに限る」

団子屋は、大福ねずみと顔を合わせずに済んだことで、ほっとしています。

「わしも、話しかけられても、目を合わせられんぞ」

カイザーたぬきも同意します。後ろめたい気持ちは、盗み聞きをしたという罪悪感から来るものですが、かずきとねずみの面倒な恋愛模様に巻き込まれるのは面倒だという気持ちもありました。


 家に着き、ほっとしながら車を降りると、家の縁側で姉御が寝ていました。

「……」

一人と一匹は、言葉を失いました。

「……しっぽダイレクト!」

カイザーたぬきは、しっぽからやるせない思いを姉御の顔面へ叩きつけました。

「ん? あぁ、お帰り」

しっぽダイレクトは効果が薄かったようで、姉御は目を擦りながらのん気に挨拶を返してきます。

「……ねずみに嫁入り」

必殺技を無効化されたカイザーたぬきは、タイムリーな言葉のムチを繰り出しました。案の定、姉御にはショックが大きかったようで、肘枕から頭を滑らせた姉御は縁側に額を強打しました。


「もういいからー、今日はここでゆっくりしたいんだよー、仲間に入れてくれよー」

姉御は、いじけて駄々をこねる子どものように体を左右に揺らしています。

 団子屋は一つため息を吐くと、家へ上がり、姉御を居間へ呼び込んでお茶を入れて来ました。

「全く……一緒に車で来れば良かったのに、縁側は寒かったでしょ。鼻の頭が赤いですよ……さぁ、お茶でも飲んで、二日酔いもあるんでしょうし」

「オカンかよ」

姉御のつっこみには、力がありませんでした。団子屋に言われるがまま、こたつで背を丸めて熱いお茶をすすっています。


 カイザーたぬきもこたつに当たると、困ったような顔をして姉御を見上げます。

「かずきと大福のこと、相当ショックなようじゃのぅ」

かずきと聞いたとき、姉御の肩がびくっとしました。もはや返事は無用です。

「何がどういうふうにショックなのか、いまいち解らないんだけど……」

団子屋も自身のお茶をすすりながら、姉御を見つめました。

「む、難しい質問だ。そうだな……まず、大福に恋する人間の女が存在するという事実が衝撃だ。かずきは良い子なのだろうが、魂がどうとか、大福のことを知ったような口を聞いたのは、腹立たしく感じた。そう感じた自分にも衝撃だ。嬉しそうだった大福のことも、腹立たしく感じた。そう感じた自分に、またしても衝撃だ」

 告白を思い出しているのか、姉御は徐々に白目に移行していきます。慌てた団子屋が、姉御の背中をばしっと叩きました。

「いいかげん、気絶は我慢して下さいよ」

「す、すまん」

しょげたような姉御に、団子屋が気の毒そうな顔を向けました。

「よほど、大福が好きなんじゃのぅ」

ぽつりと吐き出されたカイザーたぬきの言葉を聞いて、姉御が目を見開きました。

「そ、それは――」

姉御が何か言いかけた時、庭の方で、ドカ――――ン、と大きな音がしました。

 

 驚いた二人と一匹は、慌てて縁側に走り出ます。

 庭は土が舞い上がり煙っていて、真ん中辺りに、穴が開いているようでした。状況から察するに、何かが落下してきた模様です。姉御が静かに穴に近づくと、中で何かがもそもそ動いています。

「おい、生き物か?」

姉御が穴に声を掛けると、塊がずるっと穴から這い出して来ました。

 人間のようです。ホラー映画で見た、井戸から這い出す黒髪ロング女とだぶった情景を見て、団子屋とカイザーたぬきは三歩後ろに下がりましたが、女の幽霊に耐性がある姉御は、態勢を低くして正体不明な生き物の顔を覗き込みました。

「……お? お前、どっかで会ったな」

姉御の言葉を聞いた塊は、がばっと顔を上げました。

「あ、あれ? あれだよね? 昨日動画で見た……」

団子屋にも心当たりがありました。

「あぁ、そうじゃ、しずくの鬼じゃ!」

 穴から出て来たのは、昨夜動画の中で姉御に叩きのめされていた、しずくの家来鬼でした。人間かと思われた頭には、しっかり角が二本生えています。姉御曰く、少女漫画に出て来そうなロン毛鬼です。

「何だよ、リベンジマッチか?」

姉御がこきっと首を鳴らすと、しずくの鬼は、顔に掛かった髪の毛の間から姉御をじっと見つめました。やがてその目から、涙がこぼれ始めます。

「お、お前、な、何で泣くんだよ、やめろ! まだ何もしてねーだろ!」

姉御はうろたえました。

「良かった……飛ばされた先にあなたがいるなんて……運命だ……」

泣き泣き、言葉を絞り出す鬼を見て、二人と一匹は首を傾げるしかありませんでした。


 姉御は、穴から半身を出した状態で泣き続ける鬼の横に立ち、とりあえず後頭部をばしっと叩きました。

「え? 何で叩いたの?」

「何となく、ムカついたんじゃろ」

驚いている団子屋に、カイザーたぬきが淡泊に答えました。

「鬼、いいかげん、泣かずに説明しろよ。もう一発くらわすぞ」

姉御の恫喝を聞いた鬼は、ぐいっと涙を袖で拭ってから穴から庭へと這い出して、すっかり全身を現しました。その姿は、姉御が少女漫画と形容したように、線の細い中性的な風貌をしていて、雰囲気がりょうちゃんに似ていました。服装はしずくの好みなのか、ズルズルと長い派手な着物を羽織っています。


「我は、しずくのところから逃げて来たのです!」

どうやら長くなりそうなので、姉御は団子屋とカイザーたぬきを促して、縁側に座りました。丁度、現実逃避したい難問に直面していた矢先の出来事だったので、良い気分転換になるだろうという計算もありました。

「昨年姉御殿と戦って、無慈悲にぶちのめされてから、我は徐々に人間だった頃の記憶を思い出したのです」

 庭に正座して、真面目な顔で語りだした鬼の表情を観察すると、良からぬことを企んでいるようには見えませんでした。団子屋ととカイザーたぬきは、昨夜の宴会で見た動画を思い出し、少し鬼に同情しました。

「人間だったころって……確か、人間の身で、同じ人間を百人食ったって、しずくが自慢してたよな」

姉御が記憶をたどって口を挟むと、鬼は焦ったように首を振ります。

「違います! 長く陰陽師に使われる中で、そんなでたらめをでっちあげられたのでしょう。我は、神殿に仕える一族のものでした。神に仕えていたのです。人間を食ってなどおりませぬ」

必死で否定する鬼に、団子屋が気を利かせて水を持ってくると、鬼は一気にコップの水を飲み干して一息吐いたようでした。


 厳しい顔で腕組みして黙っている姉御に変わって、カイザーたぬきが口を開きました。

「それでは、思い出した本当の記憶とは、何なのじゃ」


「名のある豪族の四男だった我は、家を継ぐこともなく、また、権力に興味もなく、一族が拝して後押ししていた神を崇め、仕えていました。しかし、ある年、疫病が流行しました。朝廷も豪族も門を固く締め、季節が変わり、疫病が収まるのを待ちました。外では、貧しい者が飢え、次々と病で死んで行きました。道には屍が転がり、我は神に祈りました。

 外に出ると、祈る以外にも、我に出来ることがあることに気が付きました。我は、そこらじゅうに転がる屍を河原まで運び、火葬し始めました。ひたすらにそんなことを繰り返すうちに、我の心には、荒ぶるものが宿ったのです。救えぬ命、ただ祈る日々を送っていた愚かしさ。生き物が背負った苦しみ。

血の涙を流し、屍に火を放ち続け、それが百を迎えた時……我の頭には、角が生えておりました」


 予想を超えて、シリアスな話をぶちまけられた二人と一匹は、難しい顔をして鬼から視線を外しました。


「うわぁー、真面目な話、苦手だなー……」

姉御の心の声は、ダダ漏れていました。

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