14話 無茶ぶり

 姉御は、肘枕で縁側に寝そべりました。明らかに面倒になっている様子なので、団子屋が仕方なく鬼に質問します。

「それで、逃げて来たというのは?」

興味を無くしている姉御を悲しそうに見つめていた鬼が、団子屋の優しい声に励まされて話を続けます。


「鬼となり、荒れ狂っていた我は、数百年後に陰陽師と名乗る者達に捕らえられ、長い間家来として使役されました。もともと自失していた我は、長い使役期間の間に、すっかり記憶を失ってしまいました。しかし、記憶が戻った今、我は、人間に戻りたいのです。そして、安らかな眠りにつきたい。だから、我を正気に戻してくれた姉御殿のもとへ行けば、再びお力を借りられるかと思い、逃げる機会を伺っていました。

 先程、タケミ本家で些細なことで怒ったしずくが我を呼び出し、そこに居合わせた御タケ様が怒って我を吹き飛ばしたのです。その時に、かねてからの計画通り、我が封じてある笛をしずくの懐から抜き取り、一緒に持ち出して参りました。

 どうか、姉御殿、お力をお貸し下さい! 我を人に戻して。それが無理ならば、いっそ殺して下さい!」

鬼は、必死の形相で姉御を見つめ、深く頭を下げたのでした。


「何か、ちょっと可哀想かもね。人間に戻してあげられないかな?」

「そうじゃなぁ……随分長い間、こき使われておったようじゃし……」

 団子屋とカイザーたぬきは、すっかり同情してしまったようで、鬼の味方と言わんばかりに、懇願するような視線を姉御に送り始めました。姉御は目を閉じてやり過ごしていましたが、団子屋とカイザーたぬきと鬼が、順番にため息を吐きまくるので、いたたまれなくなって飛び起きました。


「お前ら、俺を何だと思ってるんだよ! 何で俺が、鬼を人間に戻せると思えるわけ?」

姉御は叫びました。

「えっ、出来ないの?」

「できねーよ!!」

意外そうな顔をした団子屋とカイザーたぬきを、姉御が怒鳴りつけました。

「だいたい、勝手に飛んできて、うじうじ泣きごと言いやがって、このロン毛鬼!」

姉御の怒りは、気の毒な鬼に向かいました。


 庭で正座する鬼の後頭部をグーで殴ってうつ伏せに倒すと、背中にまたがります。


「この角、抜いちゃえばいいじゃない――――!!!!」


二本の角を両手で握ると、ぐいっと上へ引っ張りました。

「角、キャメルクラッチ――――!」

「いだだだだだだだだだ、背骨、腰!」

鬼は、背面に反りました。懐から横笛が転げ落ちて、地面へ転がります。

「角が無ければいいんだろ!!」

「あ、姉御さん、落ち着いて! そういう簡単な感じじゃ無いと思いますよ!」

慌てた団子屋が止めに入ろうと立ち上がりました。


 すぽんっっっ……と、角が抜けました。

 

かなり簡単な感じでした。


 引っ張られる力から急に解放された鬼が、地面に顔面を強打しています。

「うぉっ、マジで抜けた、気持ち悪ぃぃぃ――――!」

姉御は手に残った角を、カイザーたぬきに放り投げました。

「うぉー、エンガッチョじゃ――――!」

カイザーたぬきは、飛んできた角をダイレクトで団子屋にレシーブします。

 団子屋は飛んできた角を、地面にアタックで叩き落としました。うまい具合に地面に突き刺さりましたが、数センチずれていれば、鬼の頭に里帰りスパイクでした。


 姉御は静かに鬼の背から降りると、何事も無かったように縁側に座りました。

「……よかったね」

姉御の無感動な声を聞いた鬼が、地面からゆっくり顔を上げると、間近の地面に自分の角が突き刺さっています。怪訝な顔で地面にめり込んだ角を凝視していましたが、その正体に思い当たったらしく、頭に手を持っていき忙しなく動かして、角が抜けたことを確認したようでした。


 カイザーたぬきと団子屋は好奇心に負けて、不躾に角の抜けた個所を凝視すると、そこに円形のハゲを二つ発見してしまい、目をそらして必死に笑いを堪えました。

「やった……やった……人に戻れた!!」

鬼は、大粒の涙を流しました。感動の瞬間です。

あまりに簡単な感じだったので、二人と一匹は感動する気にもなれず、微妙な表情で鬼を見つめるしかありませんでした。


 その時、鬼の懐から転げ落ちた笛が、震え始めました。

「あぁ、しずくが呪文を唱えている! 笛に戻されてしまう! 助けて!」

「えぇー、そういうこと、先に言っときなよ!」

団子屋が、焦った声を出しました。

「笛を壊せばいいんじゃろ!」

カイザーたぬきは、笛を何度も踏みつけました。竹で作られている笛は簡単に壊れそうに見えましたが、ヒビすら入る様子がありません。

「うーむ……特殊な術が掛かっておる。簡単には壊れんぞ」

「カイザー、どいてろ」

 姉御がくわっと目を見開いて笛を凝視すると、笛に書かれていた呪文のような物がオレンジに発光し、たちまちそこから発火しました。バキバキと音を立てて、笛にヒビが広がり、やがて全て灰になってしまいました。


 しばし、ぽかんとする面々をよそに、姉御はすっかり役目は終わったとばかりに居間に上がり込むと、こたつに当たり、冷めた茶をすすり始めました。

「あれ? これって……鬼の望みが叶ったんじゃないの?」

団子屋が我に返って問いかけると、鬼もはっと顔を上げました。

「完全に、めでたしめでたしじゃな」

カイザーたぬきの締めの言葉を聞いた鬼が、居間の姉御に庭から駆け寄り、勢いよく跳び付きました。

「姉御殿~~~~、感謝いたします~~~~~~!」

跳び付かれた勢いを殺せなかった姉御は、鬼と共に飛ばされ、頭で襖を貫通しました。それでもなお、がっちりしがみ付きながら喜んで泣き笑いする鬼の姿を見た姉御は、怒るに怒れず、そのままにさせて渋い顔をしています。


「一件落着だけど、庭の穴と襖の穴は、直してね」

「は、はい」

「お、おぅ」

団子屋に、笑顔プラス青筋の表情で顔を覗き込まれた鬼と姉御は、びびって頷くしかありませんでした。


 良く解らない突然の騒動は、人心地吐きました。

 庭の穴を埋める鬼と、襖を貼りなおす姉御を見ながら、団子屋とカイザーたぬきは縁側でお茶をすすります。

「しかし、これからどうするんじゃ? しずくに内緒には出来まい」

カイザーたぬきの言葉を聞いて、姉御が嫌そうに顔をしかめます。

「えぇー、しずくぅ? あいつうざいし、俺はパス」

「人間に戻ったと知れば、我は用済みでしょう。我も、しずくに特別な思い入れはありませぬ。正直に話して、離れることにします」

明るく語った鬼を見て、団子屋は難しい顔をしました。


「そういうものなの? 家来だったんでしょ? しずくさんには、それなりに思い入れがあるんじゃないのかな。君を、大事に思っているんじゃないの? 君も、本当にそれでいいの?」

姉御も鬼も、きょとんとした顔で団子屋を見つめました。予想外の視線を向けられて、団子屋は何か変なこと言ったかな、と焦りました。

「……いや、お前は良いヤツだな。俺はしずくが苦手だから、全然そんなふうに考えなかった。すごく意外に思えたから、びっくりしただけだ。もしかするとあいつにも、そんな優しい気持ちがあるのかもしれないな」

姉御の素直な感想に、鬼も頷きました。

「そうですね。もし、しずくが人間の我にも価値を見出せるというのなら、傍にいることを選択する余地はありましょうが……それは無いでしょう。そもそも、我を使役してきた数々の術者達が、我と向き合い、心が通じることがあったのならば、こんなことにはなっていなかったでしょうし」

 気が遠くなるほどの長い時間、多くの人間に使役されて来た鬼の言葉は、悲しそうな響きを湛えていました。


「そもそもは、お前が、鬼なんかになったせいだぞ。甘えたことをぬかすな」

姉御が、沈痛な雰囲気をぶち壊して、言い放ちました。

「……そうですね」

鬼が笑って頷いたのを見て、団子屋とカイザーたぬきの心が軽くなりました。

 自分が悪いことをしている訳ではないのですが、鬼に同情する程に、良く解らない罪悪感が頭をもたげて、重苦しい気分になってしまうのでした。

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