17話 心配会議

 姉御が知恵熱でダウンした翌日、店の準備が終わった団子屋と礼一は、縁側でお茶を飲んでいました。縁側にいれば、店の方にお客がきたのも見えるので、真冬以外はここが定位置になっていました。普段、一緒に休憩しているカイザーたぬきは、姉御の回復を待たず、とりあえず御タケ様にヒコナのことを報告してくると言って出かけて行きました。


 庭では、ニューフェイスのヒコナとすっかり打ち解けた様子の秋太たぬきが、地面に何か描いて遊んでいます。

「ヒコナは、秋太の子守にいいかもしれませんね」

微笑ましい光景に癒されながら団子屋が言うと、礼一は少し微妙そうな顔をしました。

「うーん。まぁ、姉御さんの態度を見ると、ヒコナに害は無さそうですが……なんせ元は鬼ですから、信用していいものか。昨晩聞いた話では、ヒコナの境遇には同情の余地がありますが、団子屋さんはどう思います?」

礼一の言葉に、団子屋は首を傾げて思案する様子を見せながら、ヒコナを見つめました。

「僕には、詳しいことは分かりませんが……ただ、もう鬼ではないし、人間としては穏やかで真面目そうに見えますけど。昨晩姉御さんがヒコナに、お前は悪くないから堂々としてろって言ったでしょ? その時の二人の様子を思い出すと、あぁ、そうだよなって、何だか納得しちゃって」

団子屋の話を、礼一は頷きながら聞いていました。


「うわぁ―――!」

 突然秋太たぬきの悲鳴が聞こえ、二人が驚いて庭に目を向けると、そこにはりょうちゃんが立っていました。

「こんにちはー、団子屋さん。覚えているかしら? りょうちゃんです。姉御さんのお見舞いに来たのよー。あらあら、驚かせちゃったかしら」

みんなに驚いた顔を向けられたりょうちゃんは、ごめんなさいねーとほんわか穏やかに笑って見せました。

「りょうちゃんは幽霊なので、知っている場所には一瞬で移動出来るのでしたね」

礼一の説明に、全員が納得して頷きました。まともな世界で生きて来た団子屋でさえ、日中にはっきり表れる幽霊に対して疑問を抱かない程、おかしな生き物に慣れてきていました。


「姉御さんが、ケンカ酔いで、知恵熱を出したって聞いたのだけれど。簡単な着替えと、防寒に半纏はんてんを持って来たわ。あと、大福ちゃんが、姉御はメロン食えば何でも治るって言うから、メロン買って来たのよ」

「そ、そうなんですか? まぁ、中に上がって下さい。姉御さんはまだ熱が下がらなくて、寝ていますけど」

団子屋が促すと、次の瞬間、りょうちゃんは居間に立っていました。


 赤い顔をして寝ている姉御をそっと見舞ったりょうちゃんは、団子屋に勧められるまま、居間に腰を下ろしました。

「それで、何があったのかしら? さっき旅館で、かずきちゃんが春子ちゃんに怒られていたのだけれど……団子屋さんと姉御さんは悪くないじゃない、大福さんにも嫌われるわよ、とか言っているのを聞いてしまって」

たぬきに怒られるかずきを想像した団子屋は、軽く引きつった笑顔でりょうちゃんと向き合いました。

「春子は案外、しっかりしているんですね。時々、ちょっと変だけど」

「春子は昔から、しずくとかずきの姉みたいな感じですね」

礼一がもたらした情報に、団子屋はいまいちピンとこず、微妙な表情で頷きました。団子屋にとっては、春子たぬきは可愛らしいたぬきそのままで、とても姉のようには見えません。たぬきたちと過ごした年月の差を付きつけられたようで、少し寂しく感じてしまいます。


「まぁ、そんなことはどうでもいいとして。団子屋さん、昨晩、ヒコナの件は詳しく伺いましたが、姉御さんの態度が変なことと、なぜ団子屋さんのところにいたのか、ということについては説明がありませんでしたね。どんな事情があったのでしょう。私も伺いたいのですが」

礼一が真面目な口調で続けると、りょうちゃんも大きく頷きました。


 団子屋は、この質問を恐れていました。事情は知っているものの、かずきと大福の秘められた告白場面を盗み聞きした挙句、それに姉御が動揺しているという、三重のプライバシー侵害を犯さなければ語れない話です。

 団子屋は、難しい顔をして腕を組み、下を向きました。

「あぁ、困らせてしまいましたか……大丈夫、予想はついてはいるのです。かずきの大福君への告白は、私と父と白虎も聞いていましたから。厳密に言えば、耳の良い白虎が、かずきの馬鹿が、大福に愛の告白をしたぞーと実況してくれたものですから」

礼一が優しく説明するのを聞いて、団子屋は一気に肩の力を抜きました。盗み聞きは自分たちだけでは無かったという事実に、不謹慎にも罪悪感が軽くなる思いでした。


「えぇー、かずきちゃんが、大福ちゃんに告白!? あらあら、不憫ねー」

りょうちゃんの驚いた声を聞いた団子屋は、再び罪悪感に襲われました。

「それを、姉御さんと団子屋さんとカイザー君が聞いてしまったのですね。それで動揺した姉御さんは、事情を知っているあなた方の所へ、話を聞いてもらいに来たというところですか」

礼一が簡潔にまとめると、団子屋は黙って頷きました。


「それは、姉御さんもびっくりするわよねぇ。でも、かずきちゃんはよく告白する気になったわねぇ。鈍感なのかしら。

 大福ちゃんは、かずきちゃんみたいな痛いアピールで男を手玉に取ろうとするような女にわざと乗っかって、からかって楽しんでいる感じよね。極悪よ。

 やっぱりかずきちゃんは、気付いてなかったのねぇ」

りょうちゃんの言葉に、団子屋は首を傾げました。大人の女のエグくて容赦ない分析と、女慣れした根性のひん曲がった大福ねずみの思考は、純粋な団子屋には少し難しいようです。


「そこまで深く掘り下げて観察してはいませんが、単純に大福さんは、随分とかずきさんを気に入っているみたいでしたけど。巨乳美女好きという前科もあるようですし」

団子屋の心配に、礼一とりょうちゃんが顔を見合わせて少し笑いました。


「確かに巨乳美女好きだし、かずきにも、童顔巨乳の奇跡のかずき~とか馬鹿なことを言っていますね。それを、特別な好意とかずきが勘違いしたのなら、大福くんも悪いかもしれませんが……かずきも初心な乙女じゃあるまいし、いい年した大人ですからね。

 何にせよ、大福くんと姉御さんには特別な結び付きがありますから、見た目が好みだったとしても、かずきあたりが付け入る隙などありませんよ」

 礼一の話を聞きつつ、団子屋は大福ねずみのことを思い出していました。


 歓迎会で会った時は、可愛らしい姿にメロメロになりました。そして、姉御に対しても、とても口が悪いねずみでした。しかし、姉御の指に、すりすりと愛しそうに頬を寄せていた姿が頭に浮かびます。

「うーん、いまいちピンと来ませんが、お二人が言うのだから、大福さんが姉御さんから離れるようなことは無いんでしょうね。でも、そういう絆があるのだったら、姉御さんも動揺しないんじゃないですか?」

「まぁ、姉御さんの動揺は主に、焼きもちだの不安だの、自分の中に生まれた悪い感情に対する恐れから来るものでしょう」

「それじゃあ、あんまり心配すること無さそうですね。ちゃんと話せば、丸く収まりそうだ」

安心したように肩の力を抜いて見せた団子屋とは逆に、礼一とりょうちゃんは、困ったような難しい顔をしました。


「普段ならそうなのだけれど……姉御さんには言っていないのだけれど、こっちに引っ越してきてから、大福ちゃんの様子が変なのよ。ちょっと姉御さんの姿が見えないと、姉御はどこ行ったのって聞いて探して回っているの。特に用があるわけでも無いみたいなのだけれど」

りょうちゃんの心配そうな口調に、礼一も眉間に皺を寄せて頷きました。

「そうですね。確かに大福君は、ちょっと変だ。かずきの件とは関係無く、何か他のことで悩んでいるのかな」

「結局、大福さんに聞いてみるか、黙って見守るかしか無さそうですね」

 団子屋がまとめると、礼一もりょうちゃんも、そうなんだよね~と悩まし気に天井を見上げました。


「お腹減ったー」

庭から秋太たぬきの大声が飛び込んで来て、姉御と大福ねずみに対する考察は終了しました。

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