16話 怒るねずみ

「……すまなかった。心配させた」

姉御が素直に謝ると、大福ねずみが大きなため息を吐きました。

「すまなかったじゃねーよ! かずきちゃんがしずくに聞いてくれたから、ここにいるってわかったんだぞ。何やってんだよ~、マジで。何、のん気に飯食ってんだよ!」

大福ねずみの怒りは、収まる気配を見せませんでした。しかし、かずきの名前を出された姉御は、むすっと口を噤んでしまいます。それを見た大福ねずみは、更に頭に血が上ったようでした。

「ちゃんと聞いてんのかよ、姉御!」

怒鳴られても、姉御は何も言い返さずに、かずきの肩に乗る大福ねずみをじっと見つめています。


「姉御さん……しずくちゃんから、無理矢理あの子の鬼を奪って、団子屋に駆け落ちしたって聞いて、大福さんはすごく驚いて心配していたんですよ。あんまり心配かけないであげて下さい。大福さんが可哀想です」

かずきの言葉を聞いて、ヒコナとカイザーたぬきと団子屋の目が点になりました。

「ちょっと、待って下さい。駆け落ち? そんなの、出鱈目ですよ!」

団子屋が、慌てて否定します。話の内容もさることながら、大福ねずみの前で姉御がかずきに責められるのは、あまりにも惨めで気の毒でした。

「そうじゃ、そんなもん、しずくの嘘じゃ。真に受けるなよ」

カイザーたぬきも、姉御を弁護します。

「我が悪いのです。姉御殿は、ただ、我を助けてくれただけなのです」

詳しい事情は分からずとも、どうやら自分も姉御が怒られていることに関係していると察したヒコナは、がばっと土下座して見せました。


 それを見た姉御が、ぐいっとヒコナの頭をつかんで持ち上げました。

「お前は、何も悪くないだろ。堂々としてろ」

厳しい声に反して、ヒコナに向けられた姉御の目は優しく揺れていました。

「姉御さん、しずくちゃんに、鬼を返してあげて下さい! お願い!」

かずきが、思い切ったように姉御に大声で訴えました。突然大声を出された姉御は驚いてのけ反りましたが、咳払いして持ち直すと、頭をガリガリ掻きながら口を開きました。

「返すも何も、こいつ、ヒコナは俺のもんじゃないし、もう鬼じゃないぞ。お前が何かの術を使って、無理矢理鬼に戻してしずくに返すってんなら、俺は反対だし、邪魔するけど」

姉御の言葉を聞いて、ヒコナは黙って姉御に頭を下げました。


「おや、本当だ……角が無いですね。これは、興味深い」

これまで黙って様子を見ていた礼一が、楽し気にヒコナの頭を観察しています。

にわかには信じがたい、非常識な現象です。ということは、姉御さんの仕業ですか?」

礼一が、冷静に失礼なことを言い放ちました。

「我が、人間に戻してくれと頼んだのだ。姉御殿が無理にやったことでは無い」

ヒコナが礼一を睨み、毅然とした声を出しました。確かに、姉御が無理矢理やったことではありませんが、目的を果たすために行った行為自体は、無理矢理以外の何物でもありませんでした。

 

 角が抜けた瞬間を思い出したカイザーたぬきは、がばっと下を向いて、吹き出すのを我慢しました。小声で、どうしたのか尋ねて来た団子屋に、無理にめりっと角が抜けた瞬間を思い出したとヒソヒソし返すと、今度は団子屋も下を向いて、口に手を当てました。

「まぁまぁ、そう、熱くならないで。私も、姉御さんの人柄は知っています。しずくの戯言など、信じてはいませんよ」

礼一の言葉を聞いて、今度はかずきが熱くなりました。

「礼一さんはなぜ、しずくちゃんより姉御さんを優先するのです? 姉御さんはちょっと乱暴で、粗野で怠惰なところがあります。そういう人柄を考慮すれば、しずくちゃんのほうが信用出来るじゃないですか!」

かずきの物言いに、カイザーたぬきと団子屋が吹き出しました。


 乱暴、粗野、怠惰、という言葉に、角を引き抜いた場面を連想させられ、限界を迎えました。そんな一人と一匹の頭を、姉御は乱暴にべしっと叩きました。それをかずきに睨まれると、姉御は嫌そうな顔をして、そっぽを向いてしまいます。

「そりゃ、姉御さんを全面的に信用しますよ。当然でしょう。私は、しずくを信用していないし、大嫌いですから。因みに、かずきもあまり好きではありませんね。今、こういう場面で、お前はでしゃばって発言するべきじゃないんですよ。

見なさい、お前のせいで、話がこじれてしまったじゃないですか。団子屋さんもカイザー君もヒコナ君も、お前の発言のせいで、こちらを敵視して姉御さんを守ろうとしている。そういう、押しつけがましくて、可哀想可哀想と連発して人を責める偽善者的な感じが、好きではない。というより、やっぱり嫌いですね」

 礼一は、冷静で辛辣なセリフを吐きました。言った本人は涼しい顔をしていましたが、他の者は流石に言い過ぎだろうと、ビクビクしながらかずきの様子を伺います。


「そういう自己中心的な酷いことばかり言って、周りを傷つけるのは、礼一さんの悪い癖ですよ」

言われた本人は、ダメージを受けていないばかりか、普通に斜め上から目線の説教で対抗していました。

 礼一は嫌そうな顔をして、ため息を吐きました。

「……取りあえず、色々こじれてしまったので、詳しい話は明日にしましょう。かずきと大福君は、戻って下さい。車、乗って行っちゃって構いませんから。私と姉御さんは、ここに泊めてもらいます」


「はぁ~? 何でそうなるんだよ。勝手に決めんなよ~」

大福ねずみが、苛立たし気に口を挟みました。

「勝手に決めますよ。大福君、あなた、少し変ですよ? あなたが一番、姉御さんを理解しているはずでしょう。今回だって、面倒ごとに巻き込まれたのが丸わかりじゃないですか。そもそも、一人でふらふらどこかに行くなんて、何か事情があるのだろうに、ずっと責めるばかりで……かずきが馬鹿なことを言って姉御さんを侮辱しても、何も言い返さないし」

礼一が、少し強い口調でまくし立てました。

 

 大福ねずみと礼一の間に、ピリピリした空気が立ち込めます。

「もういいから。ここは、礼一の言う通りにさせてくれ。ふらふら出かけて帰らずに、心配かけたことは本当にすまなかった。ヒコナのことは、俺がどうこう出来る問題じゃないから、御タケ様に相談しよう。俺が責任持って、ヒコナの望みを踏まえてお伺いを立てに連れて行くことにする。御タケ様には、きちんと事実を話すということを約束する。俺は確かに乱暴だが、約束は守るよ」

そう言って少し悲しそうに笑った姉御を、大福ねずみは黙って見つめました。


「それでは公平性がありません。御タケ様の元には、第三者も同行して――」

ペラペラと口を開いたかずきを遮って、カイザーたぬきが大声を出しました。

「空気を読め! さっさと帰るんじゃ、馬鹿者が! わしの前で、偉そうに講釈を垂れるなよ、ひよっこ。しずくの鬼の一件は、わしが一部始終目撃しておる。鬼に逃げられた上、馬鹿な嘘をついて姉御殿に迷惑を掛けたしずくを、御タケの前で糾弾してもよいのだぞ!」

居間に沈黙が訪れました。見かけによらず年老いているたぬきの正論に、かずきも言葉を失って唇を噛んでいます。


 そんな中で、ばたりと大きな音がしました。


 反射的に目を向けた面々は、大の字で無様に倒れている姉御の姿を見つけました。驚いて駆け寄った団子屋が抱き起すと、姉御は赤い顔をして、目が渦巻きになっています。

「顔が赤いな……熱があるのかも」

団子屋の言葉を聞いて、ヒコナが姉御の額を触って頷きました。


「みんな、ケンカするなよぅ……」

ヘロヘロした声で、姉御が繰り返し呟いています。


「知恵熱か……子どもかよ、馬鹿だな……帰ろう、かずきちゃん」

大福ねずみが、内容のわりに静かな声で言うと、かずきは頷いて居間から出て行きました。


 残された者たちは、急いで姉御を別の部屋に連れて行き、布団に寝かせました。額に熱さましを貼り付けていると、どこからともなく、ケサランパサランがわさわさ集まって来ます。弱った姉御が心配なのか、あっという間に部屋いっぱいになって、わさわさと姉御を守っているようでした。


「こんなにわっさり集まったのは久しぶりです! いいなぁ~、私もここで寝ます!」

病人の存在にはお構いなしに、子どものようにテンションが上がった礼一が叫びました。

「どこで寝てもいいから、まずは詳しい経緯を聞け!!」

カイザーたぬきが、大きな子どもにしっぽダイレクトをぶちかましました。

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