30話 ブチ白のお友達

 ブチ白の手掛かりを得た面々は、化け物に食われた可能性が無くなったので、すっかり安心して座り込みました。

「まぁ、俺が馬鹿になったのか、もともと馬鹿なのかは置いておくとして……。実はな、目が見えなくなってから、頭の中で線画で周りが見えるってのは知ってると思うけど、ここまで危険を回避して動けるのには理由があってだな……偶に声が聞こえるんだよ」

ブチ白が宿に戻っているかもしれない説を支持してか、姉御が違う話題を口にし出しました。


「声とな? 知らぬものの声ですか? それは初耳です。 何か取りついておるのか?」

 ヒコナは姉御の周囲をキョロキョロ見回し、取りついているモノを探しています。

「何? ゆーれい? いないよー」

秋太たぬきも姉御の周囲を回り、気配を探っっているようです。二人の様子を察した姉御が首を振ってから、落ち着かせるように、まぁまぁ、と手を動かしました。


「幽霊とかじゃなくてな……俺には心当たりがあるんだが、また人間離れしてきたって言われるとあれだから黙ってたんだ。多分、ケサランパサランの声だと思うんだよ。前から、何となく考えてることは伝わってたんだけど、声までは聞こえなかったんだけどなぁ。お前ら、どう思う?」

 ヒコナと秋太たぬきは、難しい顔をして黙り込みました。

 姉御は考える時間を与えているのか、一人と一匹の方を向いて、黙って耳を傾けています。

「どう、と問われても、難しいですな。我は姉御殿と会うまで、ケサランパサランを見たことは無かった。気難しく、他の生き物に姿を見せることは滅多に無いと聞いていた。それなのに、姉御殿の周りにはうじゃうじゃおるので、もはや何が何だか……」

ヒコナの言葉に、秋太たぬきも頷きました。

「そう、見たことなかた。どうやって仲良くなたのか、おしえてほちい。どんな生き物なの?」

質問を質問で返された姉御は、腕を組んで唸りました。


「そう言われても、普通にうじゃうじゃいるしなぁ。こいつらは、結構好奇心旺盛だし、一緒に鬼と戦う時も、ノリノリだぞ。歌の好みは、グランジロックだ! サウンドガーデンで、ぽんぽん弾みまくりだ」

 大昔の鬼とたぬきには、後半の説明は意味不明でした。

 姉御が、そうだよなー、と上を向いて声を掛けると、どこからか白い毛玉が三匹ほど振って来て、姉御の肩や頭で弾んでいます。

「姉御殿……いっそ、ケサランパサランに直接聞けばいいのでは? お前がしゃべっているのかと……出来ない理由があるのですか?」

 姉御は目を瞑ったまま眉根を寄せて、ゆっくり頭を下に向けます。何か深刻な気配を察したヒコナと秋太たぬきは、黙って姉御を見つめました。

 ぱっと顔を上げた姉御は、一度咳払いしてから口を開きました。


「だよなー、聞けばいいんだよな、そうだわ。出来ない理由とか、別にないわ」

「姉御しゃんて、馬鹿なのか賢いのか分かんなかったけど、馬鹿のほうかも」

秋太たぬきは子どもの強みを生かして、辛辣な突っ込みを繰り出しました。

 ケサランパサランが、秋太たぬきに飛んでアタックをかまします。

「いてっ!」

「姉御殿の悪口を言われると、怒るのですな……」

秋太たぬきが、ごめんなしゃいー、とヒコナの後ろに身を隠すと、ケサランパサランは姉御の元に戻ります。

「じゃあ、早速、聞いてみっかな。ケサラン、お前たちが俺に話しかけてたのか?」

 姉御の問いに、返事はありませんでした。

「そうだよ、って言ってるわ。そーかそーか、ありがとな」

姉御には声が聞こえたようです。何も聞こえなかったヒコナと秋太たぬきは、顔を見合わせてから黙ってケサランパサランを見つめました。ふわふわ浮かんでいるだけで、しゃべっている様子は伺えないばかりか、毛の中に口があるとは思えませんでした。


「そうだ! ケサランはどこにでもいるんだから、今、ブチ白がどこにいるか知らないか? 近くにいるやついないか?」

良いとこ無しだった姉御が、機転を利かせました。

「何? 遠藤ノ滝えんどうのたきにいるって? まじか! いやー便利だなー助かった」

一瞬で居場所が分かりました。

 ヒコナと秋太たぬきは、それならここまで来なくても、宿に居たまま居場所が分かったのに、という突っ込みを飲み込みました。言えば、ケサランパサランがぶつかって来そうです。


 姉御は、ありがとなーとお礼を言いながら、ケサランパサランでジャグリングをしています。到底、好かれるような扱いをしているようには見えませんでした。

「で、では……遠藤ノ滝に参りますか?」

「そうすっか」

立ち上がった姉御をじっと見つめる秋太たぬきの頭に、ケサランパサランが一匹ぶち当たります。

「いたっ! まだ何も言て無いのに」

秋太たぬきが文句を言いながらヒコナの足にしがみついたのを合図に、一行は遠藤ノ滝に向かって走り始めました。


 遠藤ノ滝えんどうのたきとは多荼羅山たたらやまで一番大きな滝で、滝つぼの側にある洞窟は、大昔からお坊さんや神主、山岳信仰の行者など、宗教に関係なく修行するものが訪れる場所です。現在は修行する者も減っているのか、年に二人来るか来ないかになりました。偶に観光客も来る場所なので、表舞台を好まないタケミの面々には敬遠されています。


「着きましたぞ!」

「ばばばばばばばばば・・・っ」

着地場所の目測を誤った姉御は、浅い滝つぼに降り立ち、水の圧をもろに受けました。


 静かに岸に上がった姉御は、肩で大きく息を吐いています。ヒコナがびしょ濡れの姉御の背中をさすりました。

「にゃははははははははは」

近くから聞き慣れた笑い声が響いてきて、見ると、ブチ白が地面で笑い転げていました。その傍に、見慣れない子供の姿もあります。

「見っけた!」

秋太たぬきがブチ白に走り寄り、背中から羽交い絞めにしました。ひらりと身を返して、一瞬で戒めから逃れたブチ白が、逆に秋太たぬきを羽交い絞めにし返します。

「くっ、苦ちい!」

「にゃんだ! いきなり、姉御、うける」

ブチ白が秋太たぬきを離し、ずぶ濡れの姉御をもう一度見やり、再びにゃははと笑いました。


 笑われた姉御は、ずんずんブチ白に近づくと、頭に一発拳骨をかましました。

「馬鹿! 礼一が留守なのに、一晩以上も行方くらましやがって。ブチ黒が心配してたぞ! 猫を食う化け物に食われたんじゃないかってな!」

後半の馬鹿な心配は、姉御の想像でした。

 怒られたブチ白は決まり悪そうに頭を撫でながら、自分を見つめる面々の顔を順番に見つめます。事態を察したようで、観念したように座り込みました。

「探しに、来た?」

おずおずと発された言葉に、全員が頷きました。

「ごめん、にゃ」

素直に謝ったブチ白を見て、秋太たぬきが珍しそうに顔を覗き込むと、白い前足でぺしっと叩かれました。

「いてっ!」

秋太たぬきはヒコナの元に逃げ戻り、足にしがみ付いて恨みの視線を送ります。


「あのっ……すいません」

 皆とブチ白のやり取りをぽかんと見ていた子供が、ブチ白の前に走り込んできて、思い切ったように口を開きました。

「あの……ブチ白を怒らないで。僕が頼んだんだ。一緒に、迷子を捜してあげようって。そしたら、すごく時間がかかっちゃって」

突然割り込んできた子供は、半そで半ズボンで、今の季節にはまだ早い服装をしています。しかも、良く見るとうっすらと姿が透けていました。

「お前は……」

口を開いたヒコナを、姉御が手で制します。

「お前、ブチ白の友達か? そこの洞窟の中にも、一人いるな?」

姉御の言葉を聞いて、ヒコナは身構えて洞窟に視線をやりました。


 中からすっと、黒いひらひらが出て来ます。特徴的なひらめく服の裾に目を奪われましたが、それを身に着けていたのは頭を丸めた青年でした。

「僧侶のようですぞ。しかし……この者も、生者ではなさそうだ」

同じつるぴか頭にも気を許さず、ヒコナは警戒を解きません。そんなヒコナをなだめるように、姉御が肩を二回ほど叩きました。

「大丈夫だろ。二人とも、ブチ白の友達っぽいぞ」

「そうにゃ」

肯定しながら子供と僧侶の前に進み出たブチ白は、じっと姉御に強い目線を送ります。それを感じた姉御は、ため息を一つ吐きました。


「ケサラン、取りあえずブチ黒に無事を知らせてくれ。ブチ白、睨むな。お前の友達に何もしねぇよ。俺が、幽霊を食うとでも思ってんのか?」

「食うにゃ?」

「食わねーよ!」

再び姉御に拳骨をくらったブチ白は、頭を押さえて転がりました。

「乱暴は止めて下さい」

洞窟から現れた幽霊僧侶が、姉御の前にずいっと体を割り込ませました。


「うるせーよ、誰だよ、お前! 近いでしょーが!」

姉御は、僧侶の頭にチョップをかましました。

 僧侶もブチ白の隣りで、頭を押さえてしゃがみ込みます。

「幽霊でも殴られるの? 行者ぎょうじゃさん、大丈夫?」

幽霊子供が驚きの表情を浮かべて、座り込んだ僧侶に駆け寄りました。

「何でも殴られるぞ、姉御殿だからな」

ヒコナの良く分からない理屈に、秋太たぬきも姉御も自信満々に頷きました。

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