29話 ブチ黒の心配

 おやど大福のロビーでは、ミニマムサイズのお宿大福法被を着こんだクマズが、姉御を取り囲んでいました。よく見ると、白衣を着た薬師様も混じっています。


「姉御、あれやって下せぇよ!」

「やって見せてー!」

「やってやってー」

どれかのクマ達が、懇願します。


「全く、しょうがねぇな……悪魔の目!」

姉御は、目を見開きました。瞳の無い、真っ赤な目がむき出しになります。

「うひゃ~怖っ!」

「でました~あきゃきゃきゃきゃ!」

「すげ――ひゃひゃひゃひゃ」

クマズも薬師様も、爆笑しました。


 姉御が目を閉じると、再びクマズが口を開きます。

「ねぇねぇ、あれもやって見せて~」

「見せて下せぇ!」

「見たい見たい!」

再び何かをねだりました。


「あれもかよ~。疲れるから、一回だけだぞ……第三のドライアイ!」

姉御の鼻と口の間に、光とともに目が現れました。

「きた~~最高!」

「ちょび髭ポジション!」

「そこかよ~~~~、あきゃきゃきゃきゃ!」

クマズと薬師様は、腹を抱えて床を転げ回りました。


 獏の夢の世界で開眼した姉御の第三の目は、現実世界でも見事に発動したのでした。しかし、一度出すと十五分ほどで消えてしまい、体力的にも精神的にも相当疲れるようなので、遊びで無駄打ちしていい代物ではありません。


「あの不謹慎さと、第三の目の馬鹿さ加減……流石姉御だよね~」

離れて見ていた大福ねずみが、ため息とともに呟きました。

「すごい、けど、心配」

珍しく、一匹だけでロビーにやって来ていたブチ黒が応じます。

「あそこまで来ると、ホント尊敬するしかないよね~惚れ直すよね~」

「それは、解らにゃい」

結局のところ姉御と似た者同士の大福ねずみの意見は、常識的なブチ黒には理解出来ませんでした。


「姉御さん、目見えない、平気?」

もはや、本人も周囲もネタにしている事実を、ブチ黒は心配しているようです。

「あぁ、周りが目が見えないの忘れるぐらい、普通に生活してるよ~。もはや、人じゃないね。どういう力なのか、白黒の線画みたいに頭の中で見えるんだって」

薬師様のおかげで姉御の目が治ると判明してから、姉御にべったりだった大福ねずみの過保護モードは、徐々に解除されたようでした。

 気軽な調子で答える大福ねずみの顔を見た後、ブチ黒は何か思うところがあるのか、下を向いたまま沈黙してしまいます。その様子に気付いた大福ねずみは、ブチ黒との距離を詰めて、下から顔を覗き込みました。


「そういえば、ブチ黒は何で一人なの? ブチ白も礼一もいないよな。珍しいな~、どうかしたの?」

黒の多い白ブチ猫のブチ黒は、ブチ白と共に、礼一の家来をやっています。普段から、割と自由に行動しているようですが、宿にブチ黒しかいないというのは珍しいことでした。

「ご主人、遠く、仕事、客、猫アレルギー」

「あ、そう……」

大福ねずみは、生きているだけでアレルギーだと敬遠される不憫な猫への、慰めの言葉が見つかりませんでした。

「ブチ白、いない、心配」

「え?」

続けて口を開いたブチ黒の言葉に、大福ねずみは驚きました。

「ブチ白、どこか、分からにゃい、心配」

困ったような顔をしながら、心配、と再び口にするブチ黒を見て、大福ねずみは大声で姉御を呼びました。


「姉御~、ちょっと来て~!」

大福ねずみに呼ばれた姉御は、クマズと薬師様に「ほら、仕事しろっ」と喝を入れてから二匹の前にやって来ました。

 大福ねずみがブチ黒の話を聞くように促すと、姉御はブチ黒を抱っこして椅子に腰掛けました。


「昨日、夜、大好物、ブチ白の、マグロ」

ブチ黒の言葉に、それがどうしたと突っ込みそうになるところを、大福ねずみのしっぽムチに止められました。

「そ、それで?」

「なのに、ブチ白、帰って、こにゃかった」

姉御の顔が、少し険しくなります。

「朝も、帰って、にゃかった、どこいるか、わからにゃい、なかった、心配、ご主人、留守、心配」

一生懸命しゃべって、困った顔をしたブチ黒を、姉御は優しく撫でました。


「ブチ白が、昨日の夜から帰って来ないのか。じゃあ、出掛けたのは、それより前かもな。どこにいるかも解らないってことは、滅多に無いことなんだな? 心配だけど、礼一もいないから、どうしようもなくて困ってるってことか?」

姉御がまとめて翻訳すると、ブチ黒が何度も頷きました。

「まず、皆に聞いてみる~? オイラ、Cリーダーと回って来てみるよ」

「おぅ、よろしく頼む! Cリーダー!!」

姉御が大声で呼ぶと、どこからともなくCリーダーがやって来ます。大福ねずみが駆け上って「みんなのところを回るぞ」と言うと、素直に言うことを聞いて飛び去って行きました。


「大丈夫だぞ、ブチ黒。礼一がいない時は、俺たちを頼ればいいんだ。一緒に探そう」

「でも、姉御さん、目見えない、迷惑、危ない」

ブチ黒が、困ったような顔をして下を向きます。目が見えない姉御に、相談してもいいものなのか悩んでいたようでした。

「何言ってんだ! お前、俺のことよく知ってるだろ。目が見えないぐらいで、俺の性能が下がると思ってるんだったら大間違いだぞ! そんな遠慮されたら、悲しいだろ」

姉御がそう言うと、ブチ黒は姉御の腹に顔を擦りつけながら、何度も頷きました。表情も口調も乏しいので伝わりづらいですが、相当悩んで心配していたようです。


 しばらくすると、ロビーにヒコナと秋太たぬきがやって来ました。大福ねずみに、ロビーの姉御の所へ報告に行くように言われたとのことでした。

「我と秋太は、昨日の午後四時頃、山で薬草を探している時にブチ白を見かけました。誰か一緒だったようですが、良く確認はしておりませぬ」

「姉御しゃん、僕も見たよー。ブチ白、子どもと一緒だたー」

姉御とブチ黒は、顔を見合わせました。

「子どもって、心当たりあるか?」

姉御が尋ねると、ブチ黒は首を横に振ります。

「じゃあ、取り合えず、俺はヒコナ達が見かけた場所を中心に、ぐるっと探して来るかな。ヒコナは案内しろ。ブチ黒は待機な!」

一緒に行く気満々だったブチ黒は、大口を開けて停止しました。悲しそうに見上げられた姉御は、困ったように目じりを下げながら優しい声を出しました。


「だってさ、お前……猫を食う化け物の仕業だったらどうするの? お前も食われるじゃないの」

姉御の優しさは、言葉のチョイスの不器用さで台無しでした。

 更に大口を開けて停止するブチ黒に、ヒコナが穏やかに声を掛けました。

「ブチ黒までどこかに行ってしまうようなことになれば、礼一に申し訳が立たないのだ。だから、ブチ白が戻って来たときのために、お前は待機しているといい。化け物がいても、姉御殿と我なら退治出来るだろう」

「そうだ、そういう感じのことを言いたかった」

姉御も同調して、なっ、と声を掛けると、ブチ黒が頷きました。


「見つけたらすぐ連絡するから。そうだな、携帯の電波が届かないとこもあるから、ケサランパサランで連絡する」

姉御はそう続けると、何もない中空に手を伸ばし、そこから何かを掴み出しました。手にはしっかり、ケサランパサランが握られています。

 不思議そうな顔をしている面々を見て、姉御が説明を始めました。


「ケサランパサランは、皆で一つ、一つが皆なんだ。だから、このケサランに何か言えば、日本中のケサランも同じように聞いているってことだ。上手く説明できないが、そんな感じだ。

 だから、ブチ白が見つかったら、俺は近くのケサランに知らせるから、そうしたら、このケサランにお前に知らせてもらう。しゃべれないから、縦に三回跳ねたら見つかったという合図だ。ケサラン、試しにやってみろ」


 ケサランパサランは、姉御の手の上で三回跳ねました。その感触を手で感じた姉御は、満足げに頷くと、近くのテーブルの上にそっと降ろします。

「じゃあ行くぞ、ヒコナ! ブチ黒は大福に、宿のほうを頼むと言っといてくれ」

ケサランパサランの隣に陣取って頷いたブチ黒を確認してから、姉御はヒコナの後を追って宿を飛び出して行きました。


 跳躍を交えながら山を掛けるヒコナの後ろを、同じように人外の脚力で追う姉御が、顔をしかめて足を止めました。

「まてまてまて」

気付いたヒコナが足を止めて振り返り、どうかしたのかと、首を傾げて姉御の言葉を待っています。

「お前の足から、何か別の気配がするけど?」

「……」

ヒコナが下を向いて確認すると、左足に秋太たぬきがコアラのようにしがみついていました。

「僕も、場所知ってんだ」

「あっ、そう……」

秋太たぬきの気配だと薄々感じていた姉御は、能天気な声を聞いて脱力しました。追い返すのを諦めて、ヒコナに頷いて見せてから手で先を促しました。


 びゅんびゅんと一気に駆けてやって来た場所は、山の南側中腹あたりで、もう少し下へ行けば県営のキャンプ場があります。

「我と秋太は、ここでブチ白を見ましたぞ。キャンプ場の近くです」

「そうそ、ここだたー。あっちのキャンプ場に歩いてったー」

秋太たぬきが指差した方向を見た姉御は、首を傾げました。

「キャンプ場? ……何しにこんなとこに?」

姉御の問いに、今度はヒコナと秋太たぬきが首を傾げます。

 ヒコナが近くの木に登って平らなキャンプ場を見渡すと、何やら人が集まっているようです。

「人が集まっているようですぞ。何かあったのか」

「そうか……行ってみるか……」


 キャンプ場近くまでやって来た二人と一匹は、そろそろと人の輪に近づくと、何食わぬ顔で近くの人に話しかけました。

「どうかしたんですか?」

話しかけられたおっさんは、お揃いの作務衣の二人に一瞬驚きましたが、ヒコナの頭を見て何か納得したように口を開きました。

「あぁ、お坊さんですか。昨日の昼に迷子になった子供が、さっき無事に戻ったそうですよ。それが、白い猫を連れた地元の小さな子供に案内されて戻ったようで。お礼を言う間もなく、助けてくれた子は去ってしまったとか。まだどこかにいないかと、皆で確認していたところです」

 お坊さんと言われたヒコナがムッとして口を噤んでしまったので、姉御が代わりに相槌を打ちました。

「そうですか、見つかって良かった」

「本当に、ほっとしましたよ」

うんうん、うんうん、とおっさんとひとしきり頷きあった後、それじゃ、とそそくさとその場を離れます。


 キャンプ場から離れた面々は、山中でちょっと座って会議の体を成しました。

「白い猫を連れた地元の子供って……猫はブチ白だろうな」

姉御の言葉に、ヒコナも秋太たぬきも頷きました。

「僕、子供も見たよー」

秋太たぬきが付け足すと、そう言えばそう言ってたな、と姉御が頷きます。

「誰だよ、子供って……タケミ本家にいるか?」

 顔を向けられたヒコナが、眉間に皺を寄せて首を傾げます。しずくの家来をやっていたヒコナなら、タケミ本家の者達も知っているはずです。

「いや、いないですな。一番若いのも、小さな子供と言われるような齢ではありませぬ。何より、一晩ふらふらいなくなったら、タケミ本家も大騒ぎになっておりましょう」

「そう言われればそうだな。お前、賢いな」

姉御に褒められて、ヒコナは頬をちょっと染めて口を歪めました。


「迷子を捜して帰したなら、もう戻るんじゃないのー? ブチ白帰ってるかもー」

秋太たぬきが地面に落書きしながら、明るい声で言いました。遊びながらの適当な発言ですが、的を射ていました。

「あ、秋太……お前も賢いな。あれ? 俺って、馬鹿なのか? 気付くの遅い?」

頭を抱えてしゃがみ込んだ姉御の肩を、ヒコナが優しく撫でました。


「姉御殿は、目が見えない分、思考が遅れ気味になっているのではないか?」

ヒコナの優しいフォローでしたが、結局は目が見えなくなって馬鹿になったと言われたのと同じことでした。

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