31話 遠藤行者の過去
幽霊子供は困惑したように姉御を見つめ、ちょっと後ずさりしています。
「こら、子供が怯えてるでしょーが。ブチ白、優しい姉御のこと、説明してあげなさい」
殴ってビビらせた姉御が、自らの優しさをごり押しして命令します。
ダメージから回復したブチ白は、観念したようにため息を吐くと、渋々と言った感じで語り始めました。
「行者、子供、友達にゃ、幽霊、姉御、その他、友達、危険ない」
ブチ白の言葉に、幽霊二人はほっとしたのか、すっと腰が抜けたようにブチ白の隣の地面に腰を下ろしました。
「しかし、何で連絡しねーんだよ。友達と迷子を捜すからって、連絡すりゃ良かっただろうが。宿のみんなも、タケミも協力すれば、もっと早く見つけられただろ?」
姉御の最もな意見に、ブチ白は首を横に振りました。
「幽霊、タケミ、内緒、友達、だから内緒、探した、祓われる、困る」
「……ちょ、あれだ。ブチ白、複雑な説明に向いてないわ。遠藤ノ滝の坊さんらしき修行者の幽霊……遠藤行者、お前が説明しろ」
姉御は、適当な省略加減で勝手にあだ名を決めると、じっと行者の方へ顔を向けました。指名された行者が自身を指差すと、姉御がうんうんと頷きます。
「いや、はぁ……まぁ。私は、昔ここで死んだのですが、そのままここに留まってしまいまして。この子供も、もとはここいらで迷子になって死んだ者なのですが、ふらふら滝へやって来て一緒にいたがったもので、二人で過ごすようになりました。
ブチ白とは、山を散歩していたこの子が出会って連れて来たのが始まりで、それから友達になりました。時々遊びに来るのですが、私のようなお山の幽霊など、タケミに知られれば祓われてしまうかもしれないと、内緒にしてくれているのです」
遠藤行者の話を黙って聞いていた姉御は、いまいちぴんと来ないようで、首を傾げながらヒコナの方を見ました。
「山の幽霊は、タケミに見つかったら祓われるのか?」
「どうであろうか。御タケ様は、むやみに祓ったりしないだろうが、下の者などは修行の内として祓おうとするかもしれませぬ」
タケミの事情に詳しいヒコナの言葉に納得した姉御は、困ったように口をへの字に曲げて腕を組みました。
皆が沈黙すると、滝の音が急に大きくなったように響き渡ります。木々が風に揺れるさわさわとした葉音に、姉御は急かされるように口を開きました。
「御タケ様には、お願い事をしたばっかりだし、山のことで口を出すのは控えたいな。でも、このままじゃいけない気がするぞ。ブチ白に内緒の友達がいるのは構わないが、そっちのちびっ子が、この山で幽霊を続けるのは良くないんじゃないか?」
突然話題に出された子供は、驚いたように顔を上げて、全員の顔をきょろきょろと見回しました。
「え? 僕? 僕が何?」
不安そうに姉御の顔を見ますが、目をつぶったままの姉御の表情からは何も伺えなかったらしく、困ったようにブチ白に視線をやり助けを求めました。
「良くない、にゃんで?」
子供の不安を察したブチ白が、姉御の近くに進み出て聞き返します。
「にゃんでって、お前……そのちびっこは、この山で死んでしまったって遠藤行者が言ってたけどさ。ここで死んだからって、ここにいる必要はないだろ。ここから動けないのか? 動けるなら、他に行くべきとこがあるんじゃないの? ちびっ子の両親は、我が子がまだ山で幽霊やってるなんて知ったら悲しむだろ。せめて天国で安らかにいて欲しいって思ってるんじゃないの? まぁ、想像だし、天国もあるのか解らんが。
どうなの、そこらへん。ちびっ子よ、何でここにいるんだ?」
首を傾げながら、慎重に言葉を選んで話した様子の姉御を見て、ブチ白も遠藤行者も口を開きませんでした。
「何でって……迷子になって……死んだっていうのは、良く分からないけど。パパもママも、話しかけても聞こえないみたいだったし、知らない間に東京に帰っちゃって……僕は付いて行けなかったんだ。山で会った行者さんとはお話し出来たから、それからずっとここにいるんだ。
夏になると僕みたいにキャンプで迷子になる子もいるから、助けてあげたりしてるんだよ。今日の子は、なかなか見つからなかったから、ブチ白を呼んだけど……いつもはもっと簡単に見つけられるよ」
子どもの答えを聞いて、ブチ白はうつむきました。じっと地面を見る姿は、叱られた子供のようです。
「そうか。じゃあ、これからは子供が迷子にならないように俺たちも何かするし、もし迷子になっても、探してやるから、お前は成仏的な方向性で頼む」
姉御の言葉を聞いて、遠藤行者がバッと顔を上げました。しかし、その気配を察した姉御が顔を向けると、決まり悪そうに目を逸らしてしまいます。
「成仏? どこか別の所に行くの? でも、それじゃあ、行者さんが一人になっちゃうよ?」
子供は困ったように言うと、遠藤行者の元へ駆け寄ります。
遠藤行者は黙って子供の頭を撫でながら、優しい視線を落としています。姉御の気持ちを汲んだのか、黙って聞いていたヒコナが口を開きます。
「子供のことはひとまず置いておくとして、遠藤行者は、なぜここにおるのだ? お主には、ここから離れられない理由があるのか?」
遠藤行者は、しばらく目を瞑った後に、観念したようにため息を吐きました。
「私は、ここから離れられないのです。理由は、長くなりますが……」
そこで一息入れて皆を見回しますが、異を唱える者がいないことを察すると、再び話を続けました。
「私は、麓の寺の住職の次男で、生まれつき喘息を患い、体が弱かったのです。高等学校を出た頃、この国は大きな戦争を始めました。若者が次々出兵する中、私は体のせいで、出兵を免れていたのです。村の者達は、それを快く思わなかった。それも当然です。若い息子たちが出兵し戦死の通知が届く中、僧侶でもない、ごくつぶしの私が村に残っていたのだから。
そんな世間の目に心を痛めていた私の両親のもとに、僧侶として寺を手伝っていた兄への召集令状が届きました。その夜、両親は泣いていました。長生き出来そうもない次男の私が残って、兄が死んでしまうかもしれないのです。
だから……私は……、役立たずの私は、少しでも両親と村の若者、兄のためになるようにと、お山の滝で、お国の勝利と皆の無事を祈願する修行に入ることにしました。
どうせ弱く生まれたこの体、生きて山は降りませぬ。命が尽きようと、そのまま祈り続けましょうと。茶番の気休めですが、両親の面子は保てたと思います。
そして、この滝の洞窟で、座したまま死にました。
二年程経ってから、戦地から無事帰還した兄が、泣きながら私の体を背負って山を降りて行きました。兄が無事でほっとしましたが、勿論、私の祈りの力のおかげなどではないでしょう。兄は生きて立派に寺を継いだのでしょうが、私は何の役にも立たずに、人々を騙して死に場所を定めたような人間です。誰にも、会わせる顔が無い。
それからずっと、ここにおります。どうしてここを、離れられましょう……」
遠藤行者の話は、本当に長くて重い話でした。戦時中の話を出されると、若い姉御では気軽に何かを言い返すようなことは出来ず、ただ頷いて唸りながら考え込んでしまいます。
「まぁ、そういうこともありましょうな。しかし、馬鹿なことを考えるものだ。気休めだの、何の役にも立たぬだのと……」
姉御と違って長い時を生きて来たヒコナは、自分よりずっと若い幽霊の悲劇にビビリませんでした。はっきり物申すヒコナの方を向いて、姉御は頼もしそうに親指を立てて見せました。
姉御に褒められたようだと悟ったヒコナは、頬を染めて親指を立てて返しています。
「僕、知ってんだ、遠藤行者の話。僕、まだ、小さかたけど、麓の寺の息子が滝で村を守る仏になたて、聞いた。みんな知ってるよ? タケミも知ってるよ? そんなに昔じゃないし、有名な話だもん。滝の行者、滝を守る力があるからそのままにしてるんだ」
秋太たぬきが、その場にそぐわない明るい声を出しました。
「そうだった……我が言いたかったのもそれだ。お主には力がある。少しうじうじした感じだが、確かに雑多な物を退けている。村の者に会いたくないという気持ちが、ここに結界を張っているのかもしれぬな」
その内容を聞いた姉御のこめかみに、青筋が立って行きます。悲しい話を聞いて、すっかり暗い気分になっていた姉御ですが、その反動で一気に怒りが吹き出しました。
「てめーら、自分らだけで、深刻になりやがって! 思いっきり、タケミにバレてんじゃねーか。ブチ白が内緒にしてた意味ねーだろ。てめー、遠藤行者も何だよ。役に立たねーだの、うじうじ暗いこと言いやがって……力があるんじゃねーか、馬鹿ども!」
姉御は怒鳴りながら、ブチ白と遠藤行者の頭を順番にスパーンっと叩きましたが、少しは節度があるのか、子供には手を上げませんでした。
「し、しかし私は……信仰心もろくに持っていなかったし、僧侶の修業も受けてはいないのですが……」
遠藤行者は、言い訳をするように情けない表情をして皆の顔を見回します。
「そんなこと知らねーよ。力のあるお山で、命を捨てて一生懸命祈ったんだろ? 何かになったんじゃねーの?」
すっかり気の抜けた姉御は、近くの岩に腰掛けました。それを見た秋太たぬきが走り寄り、姉御の膝に乗ろうとしましたが、一瞬早く膝に掛け乗ったブチ白に得意気な顔で見下ろされました。そんな秋太たぬきを抱き上げたヒコナは、姉御の隣に腰掛けてから、なだめるように子たぬきの頭を撫でました。
膝のブチ白を撫でながら、姉御が静かに口を開きます。
「と、いうことで……力を授かったものは、出来ることはやった方がいいんじゃないか? おそらく御タケ様は、子供のことについては、遠藤行者に一任しているんだよ。お前が何とかするだろうって、そう信用しているのかもな」
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