37話 健康診断

 本日はおやど大福にて、薬師様による健康診断が行われます。とは言っても、健康どうのとは無縁の連中ばかりなので、お宿従業員対象のものではありません。

 御タケ様から、タケミに管狐使いが二人いるので、その二人が家来にしている管狐を薬師様に診断して欲しいとの打診があったのでした。本家に獣医はいても、管狐のような特殊な生き物は、診断が難しいようです。

 それならばと、姉御はお宿の管狐達も一緒に健康診断してもらうことにしたのでした。


「タケミの管狐使いか……何匹くらい家来にしてるのかな? 混ざっても一目で解るように、Cマーブルズにはお宿大福の手拭いを首に巻いておこうか。俺の頭とお揃いだぞ」

 一匹だけでかくて色味も違うCリーダーには必要無さそうですが、付けて欲しそうに絡んで来るので、姉御は自分の頭の手拭いを外して巻いてやりました。

「お前は、ちゃんと妹を守っていて役に立つな。偉いぞ、期待している。口ばっかりのしっぽねずみとは大違いだ」

姉御の背後から聞こえて来た声に、Cリーダーは満足そうに頷きました。姉御の左右から腕が伸びて来て、姉御が巻いたCリーダーの曲がった手拭いを整えています。


「兄さん……そんなに近距離に取り付いていなくても、大丈夫だ。結構見えてるって説明しただろ?」

勝手にやってきて、団子屋でひと悶着起こした兄は、まだお宿にいました。

「転んだ先に、釘でも落ちていたらどうするんだ。可愛い顔に、傷が付くじゃないか!」

兄が叫ぶと、遠くのカウンターにいた大福ねずみが、ぺっと唾を吐きました。

 姉御を心配する兄が張り付いているので、大福ねずみはなかなか姉御の近くに行けません。顔を合わせるとケンカばかりして姉御を困らせてしまうので、ねずみが大人になって、兄に譲っていました。


「お邪魔するよ」

 正面玄関から、御タケ様がやって来ました。

「あら、いらっしゃいませ。御タケ様もいらっしゃったんですね」

いち早く気付いたりょうちゃんが、接客がすっかり板についた様子で声を掛けました。

「薬師様とは滅多に会えないからね、私もお邪魔させてもらうよ」

「どうぞどうぞー。姉御さんも喜びますー」

 御タケ様の後ろから、姉御と同じくらいの年頃の地味な男性が二人続いて入って来ました。美人なりょうちゃんの対応に畏まっているのか、硬い表情でギクシャクしながら歩を進めています。着物に袴というタケミの家人の格好をしているので、この二人の青年が管狐使いなのでしょう。

「おぉ、この気配は御タケ様だな! こっちこっち」

姉御がぴょんぴょん跳ねながら、手を振って御タケ様を呼びました。


 姉御の正面にやって来た御タケ様は、間に割り込んだ兄の厳しい視線で歩みを止めました。

「あ、あの……何か?……どちらさまで?」

姉御は、兄の頭を小脇に抱えました。

「御タケ様、これは兄です。ちょっと変わり者のシスコンです。失礼なことを平気でしますし、悪意もありますが、根は良い人だったらいいなと思います。よろしく」

姉御は、簡潔かつ正確な上に願望も込めた自己紹介を繰り出しました。

「兄さん、この人は礼一のお父さんで、タケミで一番偉い御タケ様だ。無理なお願いをしたりして、迷惑をかけている。すごく世話になってるんだぞ。行儀よく、愛想良く出来ないなら、今すぐ帰れよ、この野郎」

兄にも御タケ様を紹介して、手を離してから背中を二度ほどぽんぽん叩いて念を押しました。


 言われた通り行儀よく、背筋を伸ばした兄は、ギャルソンのようにきっちり優雅に頭を下げると、柔らかい物腰で口を開きました。

「御タケ様ですね、お噂は聞いております。妹がお世話になっているようで、心苦しく、また、非常に有り難く感じておりました。因みに、ご子息の礼一君とは、友人であり、良きライバルとして、顔を合わせれば果し合いなどさせて頂いております」

貼りついたような笑顔を見せる兄と、満足げに頷いた姉御を見て、御タケ様は少し笑ってから、よろしくと頭を下げました。


「こちらの二人は、今日、薬師様に見て頂く管狐の主人達だよ。二人とも、一匹ずつ管狐を家来にしています。右がジュウイチで、左がジュウニと言います」

御タケ様に紹介された変な名前の二人は、揃って頭を下げました。

 細身で青白い顔をしたジュウイチは、かのインテリモヤシを彷彿とさせました。もう一人のジュウニは、少しぽっちゃりしていて、丸顔で背が低く、中途半端に長い髪を後ろでくくっています。インテリもやしと黒髪ロン毛にいい印象がない姉御は、思わず渋い顔を作りました。

「あらー、めずらしいお名前ですねー」

お宿の良心りょうちゃんが、無礼な姉御にひじ打ちを入れつつ、大人の対応を返しました。


「まぁ、名前と言うより、本家でのタケミとしての順位です。力のある者から順位がありまして、それが名前代わりになっています。術者は容易に名前を明かしませんからね」

御タケ様の説明に、兄が殊の外食いつきました。

「へぇー、じゃあ、礼一はどうなんです? ヒャクイぐらい?」

「礼一は、ニイですね。イチイは私です。礼一には強力な姉御さんがいますから、ぶっちぎりですよ。私より上かもしれない」

礼一をからかう材料を手に入れようとした兄は、横を向いて密かに舌打ちをしました。


「じゃあ、部屋に行こう。薬師様が待ってる」

姉御に促されて、中庭に面した奥の部屋に連れだって移動すると、部屋の中では薬師様が温泉まんじゅうを食べていました。姉御に与えられた医務室には、どう手に入れたものか、医療道具が揃えられているようです。薬師様の欲しがるものは、必要経費で与えられ、唯一の医者として、かなりの好待遇を受けているようでした。

「おぉ、薬師様、新作の琥珀まんじゅうどうだ? 美味いか?」

姉御が気安く、関係のない話を振りました。待遇は良くても、無礼具合は相変わらずのようですが、薬師様は気にしていないようです。

「芋あん、かぼちゃあん、丁度いい。白あん、もう少し多く……かな」

「おぉ~、やっぱ試食は薬師様に限るな! 的確な意見だ。俺ももうちょっと甘味が欲しいかなって思ってたんだ」

嬉しそうな姉御に鷲掴んで持ち上げられた薬師様は、褒められて頬を赤らめています。


 その後ろで、御タケ様とジュウイチ、ジュウニが、深々と頭を下げていました。

「こら、お前は、もう。薬師様は偉いんだろ? 人前で無礼な掴み方は、自重しなさい。そういうとこも可愛いけれども」

兄は姉御の手から薬師様をむんずと掴んで、机の上に置いてある煌びやかな座布団に載せました。言動は立派でしたが、兄妹共に、ナチュラルに無礼でした。

「御タケと、雑魚……かな?」

体長四十センチ程のいたちは、タケミ相手に、驚愕の上から目線で声を掛けました。

「現御タケで御座います。就任時に、ご挨拶させて頂いた以来です。こちらは、見習いの管狐使い二人です。本日は、ご厚意に甘えさせて頂きます。どうぞ、よろしくお願いいたします」

「うむ……かな」

頭を上げぬまま、慇懃に挨拶をした御タケ様に、薬師様は頷いて見せました。

 ようやく頭を上げたタケミ一行は、兄に促されるまま座布団に腰を下ろしました。


「んじゃあ、管狐の紹介し合いっこする?」

厳かな雰囲気になりかけた場は、姉御の軽い提案で台無しになりました。

「それはいいね。管狐使いでも、他の管狐を見られる機会はあまり無いから、勉強になるでしょう。さぁ、ジュウイチ、ジュウニ、お前達から紹介しなさい」

すっかり姉御に耐性がある御タケ様は、すぐに順応して見せました。

「は、はい」

ジュウイチは辛うじて返事をしましたが、緊張に負けたジュウニは、頷きながら焦ったように肩に下げた竹筒に手をやりました。ジュウイチとジュウニが二人とも持っている三十センチほどの竹筒には、長い紐が付いていて、肩から下げられるようになっているようです。水でも入っていそうですが、ジュウイチがぽんっと音を立てて栓を抜くと、中から管狐らしきモノが出て来て、主人の目線の高さまで浮かび上がりました。


 ガリガリで青白いジュウイチの管狐は、主人によく似ていて、白く細い紐のような見た目でした。姉御のCマーブルズの、半分の細さです。心なしか、体もぷるぷる震えていて病弱そうです。

「おぉぅ、細すぎて細部までは見えないけど、何か、弱弱しい気配がするぞ」

姉御が目を瞑ったまま、細い管狐を見つめました。

「あぁ、白いウナギみたいなのが出て来たぞ。お前の管狐の半分の細さだ」

見えない姉御に代わって、兄が失礼な解説を入れます。

 御タケ様は、険しい顔をして沈黙していました。


 続いてジュウニの竹筒が、ぽんっと開かれました。しかし、何も飛び出して来ません。焦ったジュウニが竹筒を振ると、再びぽんっと音がして、太い管狐が畳に落ちました。ジュウイチの管狐を見てから、容易に想像出来ていた感じの、小太りのジュウニに似た太った管狐です。Cリーダー程の太さがありますが、長さは三分の一でした。しかも、畳に落ちたきり、浮き上がる気配がありません。

「太ったやつが、畳に落ちたぞ。白い巨大なかまぼこのようだ」

兄の無慈悲な解説に、姉御は頷くしかありませんでした。


 さらに険しくなった御タケ様の顔を見て、ジュウイチもジュウニも額から汗を流していました。己の家来の体調管理が出来ていないのは明白で、御タケ様の面目を潰しきった所業に怒りを買って当然の状況です。

「よ、よし、今度はこっちのを出す……と言っても、いつも出っぱなしだけど。さっきからずっと俺の背中に五匹で貼りついている。Cリーダーは、兄の背後に身を隠しているな。タケミの管狐を警戒してるのか? ほらっ、みんな出てこい!」

姉御の掛け声で、CリーダーとCマーブルズが姉御の上空に現れました。首に手拭いを巻いた面々は、毛並みもふわふわ、太さも長さも絶妙で、見習い達の管狐とはヴィジュアルからして違っていました。


「うわぁ、管の大将だ……本当にここにいたのか……」

 Cリーダーを見たジュウイチが、面食らったようにのけ反ると、ジュウニも目を見開いて固まってしまいました。二人に凝視されたCリーダーは気分を害したのか、チッと舌打ちをしてから、姉御の首に巻き付いて目を閉じました。

「Cリーダーは気難しいから、愛想が無くてすまない。根はやさしくて、可愛いヤツなんだ。Cマーブルズ、挨拶だ!」

姉御に促されると、姉御の管狐は順番に頭を下げながら、チャイ、と一声ずつ鳴いて挨拶しているようです。姉御に、偉いぞ、と褒められた管狐達は、嬉しそうに姉御につかまったり、巻き付いたりしています。


 仲の良さそうな様子を見て、ジュウイチとジュウニは驚いた表情を見せました。

「なぜ、それ程懐いているのですか? 種の時から育てているのですか?」

ジュウイチが、おずおずと口を開きました。

「いや、飛んできて、巻き付いて来て、一緒にいるようになった。お互い好きで一緒にいるだけだから、タケミのように家来ではないんだ。だから、懐っこいんだろう。っていうか、種? こいつら種から生まれるの?」

とんでもない事実を知った姉御が、思わず質問し返しました。

「そんな出鱈目な……下らない冗談を」 

姉御の質問は、軽く無視されました。

 心なしか、ジュウイチの口調が厳しくなっています。無視された上に、出鱈目だとプチ切れされた姉御が口を尖らせると、首元からCリーダーがぐぐっと頭をもたげて、ちらっと牙を見せました。姉御への無礼に、腹を立てたようです。


「お前達、姉御さんに無礼はよしなさい。管の大将も、腹を立てているよ。お前たちが敵う相手では無いぞ」

御タケ様の厳しい叱責が飛んで、タケミの見習いズは首を竦めて、深く頭を下げました。


「色々と気まずくなる前に、健康診断を始めませんか? ほら、リーダーも巻き付いてないで、魅惑の首元から離れろ、この野郎」

 兄が、機嫌が悪いであろうCリーダーを、姉御の首から引っ張り出しました。暴言を吐かれて乱暴に扱われた割に、Cリーダーは怒る素振りを見せませんでした。意外にも、兄の地位は高いようです。

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