36話 報告します!

兄とカイザーたぬきは、団子屋の怒りが収まるのを待ちました。

「女顔って何? 意味解んない。顔は顔でしょ? 男についてる顔は男の顔で、全部男顔でしょ?」

ぶつぶつ呟く団子屋の怒りは、未だ燃焼中のようです。


「あ~~~~~~~~~~っ!」

突然上空から声がしたかと思うと、何か塊が降って来て、庭の中央にめり込んで着地しました。

「な、なんじゃ? また、ヒコナじゃないじゃろうな!」

カイザーたぬきが慌てて駆け寄ると、土煙の中に、地面に体が半分めり込んだ春子たぬきが立っていました。

「ちょっとー! ここまで連れて来たなら、地面にそっと降ろしなさいよ!」

春子たぬきが上空に向かって怒鳴っています。それに釣られて上空を見上げた面々は、ほよほよ浮かぶ五つの白い線を発見しました。

「なんじゃ、姉御殿の管狐か。春子が悪さでもして、追っ払われたんじゃな」

カイザーたぬきは、なんとなく事情を察しました。

「やっぱり春子は、迷惑掛けてるんだね……」

突然の出来事に怒りを忘れた団子屋が、ため息交じりに呟きました。


「おぅ、お前ら、マーブル何とかズだな! おい、ちょっと降りて来い! 俺だ! お兄ちゃんだ!」

管狐に気付いた兄が、空に向かって怒鳴りました。

 怒鳴られた管狐達は、一瞬ビクッとしたようですが、何か五匹で相談する様子を見せた後に兄の元へと降りて来ます。

「おい、妹は元気か? 目が見えなくても平気か? 痛がってないか?」

「チャイ チャイ」

心配そうに聞いた兄へ、管狐達が返事をして見せました。言葉は通じませんが、何となく心配ないと言っているようです。

「お兄さん、お宿まですぐなんだから、直接行って確かめたらどうです?」

団子屋がしごく真っ当なことを言いましたが、それを聞いた管狐達が、一斉に首を横に振りました。


「……妹には、落ち着いたら招待するから、それまで来るなと約束させられた。破ると、口を聞いてもらえなくなる」

がっくりと頭を垂れた兄は、悔しそうに握りこぶしを作っています。それに同情したのか、はたまた馬鹿にしているのか、管狐達が兄の頭や肩に腹ばいでぶらんとぶら下がりました。

「そ、そういうもんですか……」

兄のただならぬ絶望感に、団子屋とカイザーたぬきは、何か面倒なことに巻き込まれる予感がして不安を覚えます。


「ど、」

重い空気を無視して、春子たぬきが声を発しました。

「ど、」

春子たぬきの様子にデジャヴを感じた団子屋とカイザーたぬきが、さらに不安を募らせました。再び、下らない発言を垂れ流すのだろうと思うと、怖くて先を促すことが出来ません。


「ど真ん中よ!!!!!!」

「何がじゃ!!!!」

叫んだ春子たぬきに釣られて、カイザーたぬきが突っ込みましたが、即座に口に手を当てて後悔を顔に出しました。


「この人、色んな意味でど真ん中よ! 美形よ! 礼一さんやヒコナとは違うタイプの男前だわ。知的で涼しい顔にメガネにスーツ……きつそうな目元……ぞくぞくするわ! 性格悪い秀才なサドなんだわ。しかも、妹って誰? 誰の兄? 兄なのね! 団子屋さんも好きだけど、こっちのほうが、春子的、ど真ん中よ――――――!」


 一人と一匹は嫌そうな表情を隠しもせず、始まったよ、と呟き合いました。春子たぬきの腐った脳内で格下げになったであろう団子屋は、くやしさよりも大きな安堵感を得ました。


「お前、春子だな? 春ぽん子だな?」

地面にめり込んだままの春子たぬきに近寄った兄が、しゃがみながら悪い笑みを浮かべました。

「春子、この人は姉御さんのお兄さんだよ。失礼なこと言わないで、頼むから、お願い。ただ者じゃないから、お願い」

団子屋は懇願しました。

「姉御さんの、お兄様……兄御様!」

「そうだ、兄だ。因みに、シスコンだ。春ぽん子よ、お前そういうの大好物だろう?」

明らかに何かを企んでいる様子の兄は、春子たぬきに顔を近づけると、嘘くさい笑顔を繰り出しました。

「そ、そのクールな容姿で、シスコン――! ど真ん中です! めり込んでえぐれてます! 春子は、全力で、兄御様を応援しますっ」

春子たぬきは、兄御のスポンサーになりました。


「そうかそうか、じゃあ、これをやろう。こまめに妹のことを連絡するんだぞ?」

「ラジャー!」

兄が春子たぬきに渡したのは、スマートホンでした。有り難く受け取った春子たぬきは、スマホを高々と掲げ持ちながら瞳を煌めかせました。


 おかしな事態に着いていけない団子屋は、茫然とその様子を見つめていましたが、スマホの背面にでかでかと文字が書かれているのを発見しました。

「あれ? スマホに何か書いてあるよ……スパイ2号?」

「な、なんじゃと? い、妹が、スパイになったのか!?」

春子たぬきは、兄のスパイ2号に就任したようです。

「2号ってことは、1号がいるんですね!」

団子屋が閃きました。

 兄は、悪い表情のまま頷いています。

「しかも、シスコンって言っておったぞ。この兄は、妹をスパイしておるのか? お宿の中に、姉御殿を裏切るものがいるとは思えんが」

カイザーたぬきは、難しい顔を作って首を傾げました。

 管狐達も驚いているのか、五匹で顔を見合わせて、何事かチャイチャイ騒いでいます。


「スパイとは言っても、お兄ちゃんだぞ。妹の害になるわけじゃなし、協力する善意の人外もいるさ」

口を滑らせた兄の言葉から、スパイは人外のものであると判明しましたが、ほぼ人外で構成された姉御のお友達を思うとたいしたヒントにはなりませんでした。

「何かさ、姉御さんが、招待するまで来るなって敬遠してる意味が解って来たね……」

団子屋が呆れたように呟くと、カイザーたぬきも疲れたような顔をして頷きました。


「報告します!」

突然、春子たぬきが大声を出しました。

 顔を向けて頷いた兄を見ると、再び口を開き、続けます。

「姉御さんは今日、滝で濡れて、ヒコナに上着を借りました。宿に着くと、上半身裸のヒコナに抱き締められて、見込みある感じになっていました!」

「はーるーこー! やめなよっ」

余計な火種を起こすような春子たぬきの報告を聞いて、慌てて団子屋が咎めました。


 兄の様子を伺ったカイザーたぬきは、そのまま動きを止めました。

 兄の顔は、般若になっています。


「有能だ、春子君! ヒコナって、あれだろ? 殺していい鬼だろ? 殺していい」

「もう鬼じゃないですよ。殺しちゃ、駄目です。姉御さんが悲しむ」

兄の物騒な呟きに、団子屋が慌ててたしなめました。

「へぇー、そうなんだー、そうかもなー。でも、あれだよな、みんな、手軽に妹に触りすぎだよな。ねずみはしょっちゅうくっついてるし、礼一もすげー馴れ馴れしいし。セクハラだぞ。俺だって、全然触ってないのに。妹の体に、電気ショックでも仕込めればな……」

尚もぶつぶつ呟く兄のもとに、少し離れた場所から声が飛んで来ました。


「そんなに触りたければ、兄さんも触ればいい」

「それが出来れば、苦労しないんだよ」

 兄は呆れたように団子屋に顔を向けましたが、左右に激しく首を振る様子を見て、発言者が違うことに気が付きました。カイザーたぬきにも首を振られた兄は、薄々思い当たることがあったのか、徐々に顔の血の気が引いて行きました。


「さぁ、兄さん」

すたっと姉御が上から振って来て、地面に軽く着地しました。空には、ケサランパサランの塊が浮いています。降り立った姉御は、すぐに兄に近寄ると、固まっている兄の体に抱き着きました。

「ふぁっ――――」

兄は、良く分からない声を上げました。


 春子たぬきが、密かにガッツポーズを繰り出します。

 妹との久々の再開と抱擁に感極まった兄は、涙を浮かべながら、自身の手を姉御の背中にそっと回しました。

 ふっと腰を引いた姉御は、兄の後ろに回り込むと、コブラツイストを食らわせました。

「そうなるっと、思ったっ――――――! でもっ、お兄ちゃんは幸せっだっぞっ!」

姉御は苦しみながら喜ぶ兄を見て、気持ち悪っと言いながら離れました。


「姉御さん……お兄さんが来たこと、気付いたんですか?」

目の前の悲惨な出来事は無視して、団子屋が姉御に問いかけました。

「うん。お前んとこのケサランパサランが、教えてくれた」

姉御の指差した先を見ると、縁側でケサランパサランが飛び跳ねています。

「ほう、そういう機能もあるのか。便利じゃの」

感心するカイザーたぬきとは対照的に、恨めし気に兄に睨まれたケサランパサランは、急いで家の中へと逃げ込んで行きます。

「団子屋、兄が迷惑掛けて、すまなかった」

姉御にぺこりと頭を下げられた団子屋は、慌てて首を横に振りました。

「いえ、迷惑だなんて。実は、ちょっと助けてもらったんです。苦手な知り合いに説教してくれて、無事にやり過ごせたというか。むしろ、こっちのほうが、春子が、」

まだ話途中の団子屋の口を、兄が手で塞ぎました。


「とにかく、約束を半分くらい破ったのは、お兄ちゃんが悪かった。でも、目が見えなくなるなんて、お兄ちゃんが死ぬほど心配するに決まってるだろ。本当に、心臓が止まるかと思ったよ」

春子たぬきのスパイ計画をばらされるのを恐れた兄は、強引に会話に割り込み、姉御をじっと見つめました。

 兄の視線を感じた姉御は、反射的にふっと顔を逸らしましたが、思い切ったように顔を戻して兄に近寄りました。兄の真ん前で止まると、閉じたままの目で兄の顔を見上げて、そっと兄の頬に手を添えます。

「……心配させたのは、ごめん。でも大丈夫。この通り、目は見えなくてもたいして不自由はないんだ。兄さんが聞いたら心配するだろうと思って黙ってたんだけど、内緒に出来ないもんだな。冬には薬が出来て治るし、本当に平気だよ」

そう言って笑顔を見せた姉御の手の上に、兄はそっと手を添えました。

「内緒にしようと思うのが間違いだ。そうだろ?」

少し咎めるような声を出した兄に、姉御は素直に頷いて見せました。


 俯いて黙っている姉御を、兄がぎゅっと抱きしめると、姉御は再びコブラツイストをかましました。

「調子に乗るなよ」

「はっいいいいっ」

兄が兄らしく見えたのは、ほんの一瞬でした。


「まぁ、しょうがないから、今回は宿に連れて行くことにする。世話になったな」

技を解いた姉御が、兄を車へと促しました。

 さっさと助手席に乗り込んだ姉御の目を盗んで、兄が春子たぬきに目で合図を送ります。

「春子は、兄御様の味方であります!」

地面にめり込んだまま、春子たぬきが敬礼しました。


 車のエンジンがかかると、うるせぇ車だな、という姉御の怒鳴り声が聞こえてきました。

 走り去る車を見送りながら、団子屋とカイザーたぬきは顔を見合わせてため息を吐きました。

「疲れたのか、すっきりしたのかわからんのぅ」

「そうだね……」

そう言いかわしながら、敬礼したままの春子たぬきの姿に気が付くと、再びため息がこぼれました。


「しかしお前、なぜあんな女達と友達だったんじゃ? 知れば知るほど、不思議でならんぞ。腐った中身も、教えるまでも無く知っておったようじゃし」

人心地付いたカイザーたぬきが、ベイビーラップ女性の話を蒸し返します。

 一瞬、女性の捨て台詞を思い出して青筋を立てた団子屋でしたが、心を鎮めるように深く息を吐き出すと、歯切れ悪く言葉を発しました。


「それは説明が難しいけど……そもそも、僕が自分に自信がないことが原因なのかもしれない。だから、最初に話しかけてくれた人と、我慢してでも、仲良くしてしていくのが当然だと思ってた。こんな自分が誰と仲良くなっても、どうせ我慢して本心を見せないでやっていくしかないと思っていたんだ。だから、相手が誰だってたいして違わないだろうって」

 そこまで話すと、自然と情けないような自身の無い表情になっていた自分の顔にぐっと力を入れて、しっかりと目を開き、カイザーたぬきを見つめて続けます。


「でも、それは違うよね。自分で何もしないで、流されるのが楽だっただけだ。自分が好きになれる人を探す自由はあったんだから。今はちょっと解るよ。カイザー達や、姉御さん達のことは好きだし、なぜか自分の意見もずけずけ言える・・・ちゃんと聞いてもらえるからかな。案外、うるせぇって言われても気にならないし。

 仲良くなりたい人達と出会って、そうなれるのは、すごく幸せなことだね。もっと早く気付けば良かった」

 そう言って笑った団子屋に、カイザーたぬきは笑顔を見せながらも首を傾げました。


「しかし、お前はなぜ、そんなに自分に自信がないんじゃ? 真面目で頭もいいし、顔も悪くないのに……結構、気も強いのにのぅ」

カイザーたぬきの言葉に、団子屋も首を傾げて眉根を寄せます。

 腕を組んで黙って考えているようでしたが、何も思いつかないのか、頭を左右にゆっくり振って見せました。

「自分でも解らない……子供の頃からだと思うよ。小学校でさ、人間は空気を吸って呼吸しないと死んでしまうって聞いたとき、すごく不安になったことを覚えてる。僕は駄目な人間だから、年を取るまでちゃんと忘れずに呼吸してやっていけるのかなって」


 恐ろしく後ろ向きな小学生時代を垣間見せた団子屋を、カイザーたぬきは渋い顔で見つめました。

「そ、そうか……中々、重症なんだな」

「超ネガティブ草食系女顔……心躍る属性だわ」

春子たぬきが、余計な口を挟みます。


 団子屋の拳骨をくらった春子たぬきは、さらに地面にめり込みました。

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