35話 暴露スピーカー

 団子屋は今日も、のんびり通常営業です。しかし、相変わらず予知夢に悩まされているのか、まだ昼食を取ったばかりなのに、縁側で大きな欠伸をしていました。

「春子と秋太は、しょっちゅうお宿の方へ行ってるみたいだね。迷惑掛けてないといいけど……」

半目で眠そうにカイザーたぬきに言うと、団子屋は再び欠伸を噛み殺しました。

「まぁ、掛けてるじゃろうな。でも、誰も気にせんじゃろ」

カイザーたぬきも、初夏の陽気にすっかり日向ぼっこモードで、まったりと返します。平和な縁側の、じいさんばあさん状態でした。


 そんな和んだ雰囲気の中、一本道を車が進んで来ました。億劫ながら、よっこいしょと団子屋が立ち上がって店の前に着いたとき、車も横に駐車しました。ドアが閉まる音を聞いて団子屋が目をやると、見知った女性が駆け寄って来ます。

「こんにちは……久しぶり」

何事かに気付いたカイザーたぬきが、縁側から飛び降りて駆け寄りました。

「……あぁ、どうしたの? 一人?」

「友達と、もっと北の方に遊びに行った帰りなの。冬の旅行で押し掛けちゃって、気まずくなっちゃったでしょ? だから、謝ろうと思って寄ってみたんだ」

 派手な身なりで、茶髪をカールさせた若い女性です。いつぞやに馬鹿な代議士の息子と共に、団子屋へ無理矢理泊まろうとした一行の中の一人でした。


「そう……別に、謝ってもらう必要ないから、二度と僕と関わらないで欲しい。もう、ここにも来ないでくれないかな」

真顔で冷たい声を出した団子屋に、女性は一瞬意外そうな顔を見せてから、きゅっと目を細めて硬い表情を作りました。予想外の反応にいらだっているのか、こめかみの辺りが微かに痙攣しているようです。

「そんな悲しいこと、言わないでよ。私はみんなに、無理矢理押しかけるのはやめようって言ったよ。それに、君にだって悪いとこあったと思うよ。ちょっと友達に冷たかったと思うし。みんなも前から、にこにこしてるくせに、いつも上から目線で付き合い悪くて嫌な奴って言ってたよ」

女性の言葉を聞いて、団子屋もすっと目を細めました。


「そう。じゃあ、もう僕のことは放っておいてよ。嫌でも適当に合わせて付き合うのが友達だと思ってたけど、そういうの疲れたから止めることにしたんだ。お互い、正直でいられる人といればいいんだから、僕と仲良くする必要ないでしょ」

 ピリピリした空気の中、カイザーたぬきは二人の顔を交互に忙しなく見定めています。仲裁に入るには、家の中か物陰かに移動して人間に化けるしかありませんが、団子屋が心配でその場を離れることが出来ずにいました。

「君ともちゃんと本音で話して、仲良くしたいんだよ。だから、そんな言い方悲しいよ。私は、君のこと……特別に好きなんだから! こんな風に告白するつもり無かったのに……好き、だよ」

今までの流れからは予想も出来なかった女性の告白のに、カイザーたぬきは驚愕の表情を浮かべましたが、当人である団子屋は、うんざりしたような顔をしてため息を吐いています。


「そういうの、止めようよ。どこが本音だよ……聞いてるこっちが恥ずかしい。君たちの本音が最悪だから、僕は一緒にいたくないって言ってるんだ」

 優しい団子屋からは発せられたことのない厳しい口調に、カイザーたぬきは気をもんで女性の様子を伺いました。

「……そういうの、言ってもらった方がいいよ。どこが嫌とか。私も言うし、ね?」


 女性が何かしゃべる度、団子屋の機嫌が悪くなって行くのが感じられました。甘えたような口調で話す女性は、尖ったオーラを噴き上げている団子屋の様子に気が付いていないようです。

「どっちが上から目線だよ……噛みあわないな。嫌いなんだよ、君も、あいつらも。しゃべるのも嫌だ。だから、語り合って分かり合おうとか言う次元じゃないんだよ。何だろ、思ってたより馬鹿なのかな」

「君は、馬鹿じゃないよ! 私達にだって、君の嫌いなところはあるよ? お互い様だから大丈夫。ゆっくりでいいから、話してみて」

団子屋は、目を閉じて天を仰ぎました。女性のことを馬鹿呼ばわりしたはずが、なぜか僕は馬鹿ですと自虐したような慰めを返されて、イライラを収めるのに苦労しています。


 カイザーたぬきは、気の毒そうに団子屋を見つめた後、嫌そうに顔を歪めて女性に顔を向けました。

 女性は黙った団子屋の様子を、ゆっくり考えていると好意的に解釈したのか、頷きながら次の言葉が発されるのを待っているようです。

 もはや言葉を発する気を無くした団子屋が、いっそ塩でも撒こうかと考え始めたとき、すごいエンジン音が響いて来ました。驚いた面々が目を向けると、一本道を猛スピードで進んで来る黒いスポーツカーが見えました。田舎とは不似合いな高音を響かせ、あっという間に店の隣に滑り込むと、一度大きくエンジンを唸らせてから駐車します。

女性の援軍が来たのかと、団子屋が身構えました。


 高級外車から降りて来たのは、見覚えのないスーツの男でした。高身長で背筋を伸ばしてつかつか近寄って来た男は、団子屋とカイザーたぬきの前に立つと、遠慮なく交互にガン見しました。洒落たスーツを着こなしたその姿は、頭が良さそうな顔をしたモデルのように見えます。神経質そうに整った顔には銀縁メガネを掛けており、一層賢い感じの美形を引き立てていました。

「お前達、団子屋と、カイザーだな。俺は、馬鹿礼一の友人だ。そして、お前達の知り合いの中で、最も美しく、最も優しい女性の兄だ」

 男性に話しかけられた団子屋とカイザーたぬきは、敵の援軍ではないことを理解しました。礼一の友人だということも理解しました。しかし、誰の兄かは想像出来ませんでした。

「え――っと……? はじめまして……」

団子屋は、とりあえず挨拶しました。


「やだ、この人誰? すごい車ですねー。 っていうか、超かっこいいですね。あっ、私、この人の友達ですぅ~」

カイザーたぬきが、男性の匂いを嗅いで何か確認している間に、無関係の女性が割り込んで来て浮かれた声を出しました。高級外車と男性のルックスに、がっつり食いついているようです。

「……何だよ、団子屋。こんなクズ女とお友達なのか? お前はまともなヤツだって、聞いてたけどな……お前もクズなの? 馬鹿なの? 妹の友達、やめてくれる?」

男性の口から発せられた言葉に、女性が口を半開きにしたまま固まりました。

「お友達じゃありませんよ。こんな馬鹿と、一緒にしないで下さい」

男性に触発されたのか、団子屋はつい本音を滑らせてしまいました。


「だろうな……この女、腰に水子をぶら下げてるぞ。カイザーには、見えるだろ。すげー騒いでるよな、水子。すごいこと暴露しまくってるぞ」

話を振られたカイザーたぬきは、勢いよく首を縦に振りました。

 水子というと、死んでしまった胎児の霊のことです。最近ではすっかり慣れて来た人外のモノの話を振られた団子屋は、謎がすっかり解けました。

「あぁ、姉御さんのお兄さん、ですか?」

「そうだ」

姉御の兄は、にっと団子屋に笑って見せました。


「ちょっと、無視しないでよ! 良く分からない失礼なこと言って、酷くない? 水子って何!」

確かに、失礼なことを言われまくった女性が、きつい声で割って入ってきました。

「お前も水子もうるせぇよ。水子の暴露を復唱されたくなかったら、もう帰れ。邪魔だ、ブス。俺は、団子屋に用があるんだ」

 見た目は知的で美しい兄でしたが、しゃべるとヤクザのようでした。ぶっきらぼうな姉御の物言いに似ていましたが、言葉のチョイスは何倍も極悪でした。あまりに酷い物言いに、団子屋は清々しい尊敬すら覚えました。


「暴露って……水子は何を言ってるんですか? 赤ちゃんの霊でしょ?」

黙った女性に代わって団子屋が尋ねると、兄は嫌そうな顔をしながら、カイザーたぬきへ目を向けました。

 カイザーたぬきは首をくいっと上げて、促すような仕草を見せます。

「言えって? 俺が? マジで?」

困ったような表情を見せる兄へ、カイザーたぬきは何度も頷いて見せています。ずっと言葉を発せずにいたカイザーたぬきは、よほど水子の言葉を団子屋へ伝えて欲しいのか、後ろ足で立ち上がって前足で拝むような仕草を繰り出しました。

 カイザーたぬきの懇願に負けた兄は、ため息を吐きながら女性の腰のあたりを見つめています。何か躊躇いがあるのか、カイザーたぬきへもう一度目を向けてみますが、促すような厳しい目にぶち当たり、覚悟を決めたように息を吸い込みました。


「しょうがねーな……すげー嫌だけど、復唱するぞ…… 


『ママンは年中発情中、今も性病治療中! ママンセイ、政治家息子マジ使えねー、ありえねー、取り柄ねー! そろそろ乗り換え団子屋キープでしょう、マジ金権力ありそう、理想、夢想、アイホープ、そろそろ結婚、妊娠すれば楽勝、魔性、私いけてるでしょう』 


と、ラップのノリで叫んでいる。言っとくけど、作ってねーからな。マジでベイビーがラップだからな。俺が言ってるんじゃねーからな!!!!」


 兄は恥ずかしそうに少し頬を染めて、横を向きました。キャラ違いのラップに羞恥心が隠しきれない様子でしたが、たぬきにごり押しされて言い成りになる程度にお人好しなようです。

 カイザーたぬきは団子屋の方を向いて、どうだ、分かったかと言うように、真面目な顔で何度も頷いて見せました。団子屋は気まずそうな顔をして、横目で女性の様子を伺いました。


「なっ……」

女性は絶句していました。怒りが大きすぎるのか、図星でぐうの音も出ないのか、厳しい顔で口を半開きにしています。流石に気の毒に思った団子屋は、困った顔で兄に視線を流しました。


「まぁ、衝撃的な暴露だが、女が自分で招いてることだから団子屋は気にするな。そもそも、水子なんてそう簡単に取り付くもんじゃねぇよ。心から供養すりゃ、すんなり次の縁に旅立って行くもんだ。これだけ根に持って、女の悪口を宣伝しまくりなのも珍しいぞ。

こんだけ叫んでりゃ、見えないやつにも影響が出て、秘密を知ってるやつが黙っていられないはずだ。女がバレてないと思ってても、確実に悪い噂は広まっているだろう。団子屋も知り合いなら、知ってたんじゃないか?」

兄は、全くフォローにならない駄目押し発言をした挙句、団子屋に話を振りました。


「まぁ、そうですね。そういう噂というか、陰口が盛んでしたよ」

言い辛そうに口を開いた団子屋を、女性が目を見開いて睨みつけました。

「嘘よ、そんなの、私、そんなこと、だってっ」

勢いよく言葉を発しますが、中々文章にはならないようで、場の空気が重くなりました。

 意味の解らない言葉を垂れ流す女性をよそに、兄はカイザーたぬきの目線の高さにしゃがみ込んで、だから嫌だったんだよーと愚痴を言っています。


「君だけじゃないよ。あのグループは、男も女も、みんな影でそんな話ばっかりだった。電話もメールも、誰かを中傷して笑うようなものばかりだったし。それぞれが内緒にしているようなことも、筒抜けだった。だから僕は、もう関わり合いたくないんだ。

 最初に声を掛けてくれた人たちと、無理して仲良くしていくのが当たり前だと思って我慢してきたけど、それはやっぱり違うよね。今は自分から積極的に、好きになれる人たちと友達になりたいって思ってるよ」

女性の言葉を遮って、団子屋が強い口調で一気に語ると、場の面々は黙って団子屋を見つめました。


 女性はまだ怒った顔をしていましたが、声を出すのを止めて、涙を堪えているように見えます。変に静まった空気に埒が明かないと思ったのか、兄が渋々というような感じで立ち上がり、ため息を吐きました。

「女、お前は取りあえず、ちゃんと水子を供養して反省しろ。秘密暴露スピーカー搭載じゃ、良い人間関係なんて築けないぞ。あと、人を手玉に取ろうとするのも止めろ。自分は賢いつもりでも、見透かされてるもんだよ。全部、自分に返ってくるぞ」

言うだけ言って兄はまたしゃがみ込み、うわー説教しちゃったよ、とカイザーたぬきへ小声で語り掛けました。折角いいことを言ったのに、台無しです。


 立ち上がって説教をするだけして、しゃがんで退場した無責任な兄に代わって、団子屋が一つ咳ばらいをしてから口を開きました。

「とにかく、僕は君を好きにはなれない。君の思うようにはならないよ。それに僕には、君が想像している様な権力もお金も無いしね。お互いの為に、もう関わらない方がいいと思う……気を付けて帰ってね、さよなら」

きっぱりと言い切って口を閉じた団子屋を見て、女性は負けじと一睨み返しましたが、反論するつもりは無いようで、くるりと体の向きを変えました。


「何よ、あんたみたいな女顔。誰も本気で好きにならないわよ」

捨て台詞を残して足早に去って行く女性の後姿を、団子屋は笑って見送りました。

 車が去って行きます。

 団子屋のこめかみには、青筋が増えて行きました。

「……女顔? 誰が?」

団子屋の静かな怒りの言葉に、兄とカイザーたぬきは顔を見合わせて沈黙を通しました。

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