34話 ありがとにゃ

 あっという間に宿に着いた面々は、喜ぶブチ黒と、ケサランパサランに乗ってふざけていた大福ねずみに迎えられました。


「おっ、おかえり~。うぉっ、ヒコナ、上半身裸じゃん。あぁ、姉御が上着を着てるのか~、どしたの~?」

姉御の肩に飛び乗った大福ねずみは、濡れてる~と、濡れた姉御の髪を掴んで、きゅっと引っ張りました。

「いてっ! ぬ、抜けるから……それがさぁ、超ダッシュして目的地にカッコよく着地するはずが、降りた場所が滝つぼの真下だったんだよ。水に打たれまくった。そしたら、ヒコナが服を貸してくれたんだ」

それを聞いた大福ねずみは、姉御の肩で爆笑しました。

「何だよそれ~、見たかった~、馬鹿すぎる~、想像でも笑える~」

想像でかなり笑いが増幅されたようで、肩から足を滑らせ、髪の房を掴んでぶら下がりながら笑い続けています。姉御は、笑う大福ねずみを突っつきながら、そういう反応だと思ったよ、と呆れたように言いました。


「ありがと、みんにゃ」

ねずみの馬鹿笑いが収まった頃、ブチ黒が改まってお礼を言いました。

「ありがと、にゃ」

ブチ白も素直にお礼を言ったので、皆、ポカンとして意外そうに頷きました。

「また遊びに行こうな、ブチ白」

姉御が軽い調子で言うと、ブチ白は頷いて笑顔を見せました。


「詳しい話は後でいいとして。ヒコナ、服着てこいよ。お前のファンのばーさんが見たら、ぽっくりいっちゃうぞ~」

大福ねずみが促すと、ヒコナは頷いて足を踏み出しましたが、すぐに立ち止まってしまいます。

「ん? どうした?」

大福ねずみが不審に思い問いかけると、ヒコナは黙って前方を指差しました。

「あ、春子姉ちゃ……?」

秋太たぬきが、ヒコナの前方に立ちはだかる春子たぬきに気が付きました。声を掛けようとしましたが、仁王立ちしている春子たぬきからただならぬ気配を感じ、途中で口を閉じました。


「何やってんのよ、アンタ! またアンタよ……無駄に美形つるっぱげ! 水に濡れた女の子に上着を貸した、自分は裸、それはいい。でも、その後! たぬきのガキなんてどうでもいいんだから、姉御さんをお姫様抱っこして戻って来なさいよ! それが、王道じゃないの――! 違うの? 私、間違ってる? 間違ってないわよ――! 姉御さんのことはもう諦めてるけど、アンタはきっと、やれる子よ、ヒコナ。

 ねずみもねずみよ、焼きもち焼きなさいよ! ぶら下がって爆笑って何よ!」

ロビーで一部始終を目撃していたであろう春子たぬきは、恋愛脳を爆発させました。


「も、も、も、申し訳ない……」

血走った眼で思い切り物申されたヒコナは、完全に心が折れていました。泣きそうな顔で姉御の元へやってくると、姉御にぎゅっと抱き付きました。

「我は、抱っこしなければならなかったのは、知らなかったのだ。嫌わないでくれ、姉御殿……」

姉御は、渋い顔をしました。

「それよ――――――――――!」

ヒコナと姉御の姿を見た春子たぬきが叫びました。


「うるっ、さいっ、にゃ」

ブチ白が、春子たぬきにスライディングをかまします。衝撃で床を転げて来た春子たぬきの体を、姉御が足で止めました。

「ブチ白ナイスパース! とりあえず、誰かー、春子を捨てて来てくれー」

姉御が大きな声で叫ぶと、Cマーブルズが飛んできました。五匹は、それぞれ春子たぬきの手や足や体に巻き付くと、空に持ち上げて飛び去って行きます。

「見込みあるわよ、ヒコナ――!」

遠くから、春子たぬきの叫び声が響いてきます。

「たぬきのガキなんてどうでもいいって、姉ちゃに言われた……」

ヒコナと秋太たぬきがグズグズといつまでも泣いているので、慰めるのに飽きた姉御は、二人に拳骨を落としました。


「イカレ春子って、すごい破壊力だよね~、何もかも台無しになるよな~」

大福ねずみの言葉に、皆うんざりした顔で頷きましたが、ブチ黒だけは満更でもなさそうな顔をしています。

「ブチ白戻った、みんな賑やか、楽しい」

ブチ黒の言葉で、宿には和やかな空気が戻って来ました。


「しかし、焼きもちって言われてもなぁ~。おいら、しばらくヒコナと過ごしてみて、ちょっとこいつのことはそういう風に見れなくなったな~」

 大福ねずみが、姉御の肩でため息を吐きました。

「ん? 仲良くなって、情が移ったってことか?」

初対面の時に、ヒコナの膝枕で激怒された姉御が不審そうに聞き返しました。

「いや、だってこいつ、すげー昔から生きてるじゃん。千五百年ぐらい経ってる感じだよね。色々、状況と人柄を総合するに、こいつ、童貞だよ。千年童貞だよ! 不憫~、ただひたすら、ふび~ん」

ねずみに上から目線で同情された千年童貞は、姉御にしがみついたまま肩を震わせました。


「うわ~何かカクイー、みんなに教えてあげようっと、千年童貞だてー!」

秋太たぬきがはしゃぎながら走り出そうとしたので、姉御が慌てて止めました。

「まてまてまて! 確かにすごいよ、すごいことだけれども、皆に言わなくていいから。お願い」

姉御にも、慈悲の心はありました。不満げに口を尖らせた秋太たぬきへ向けて机の上にあったまんじゅうを投げてやると、嬉しそうにお座りして頬張り始めました。上手く気が反れたようで、姉御はほっとしたような呆れたようなため息を漏らします。


「でも、ブチ白が行っちゃったよ。絶対しゃべてるよー」

「……」

ブチ白のスタートダッシュは、皆の目に止まらぬほど見事でした。

「……ほら、ヒコナ、とりあえず部屋へ戻って上着を着ような」

姉御がぽんぽんとヒコナの背中を叩くと、ヒコナは黙って頷いて姉御に従いました。


「怪人千年童貞は、姉御に何を求めてんだろうな~」

大福ねずみが姉御の肩からソファーへジャンプして降り、二人の後ろ姿を見つめながらうんざりしたように呟きました。

「大福は、姉御の、何、欲しいにゃ」

ブチ黒の問いかけに、大福ねずみは意外そうな顔で声の主を見返します。

「そりゃ、お前……なんだろな~」

首を捻る大福ねずみを見て、ブチ黒も一緒に首を捻りました。

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