58話 カイザーたぬき
カイザーたぬきは、勢いよく石から跳び下りました。紙飛行機も一緒に出て来たようで、ばらばらと地面に散らばっています。
突然の出来事に、石の前に座りながら呆然と口を開いている団子屋と礼一と姉御の姿を見つけたカイザーたぬきは姉御に突進しました。
「本当か!? 本当じゃな!? 明日の夜のこと!」
座っている姉御の顔に、自身の鼻先を押し付けて叫びます。姉御の頬に、カイザーたぬきの鼻が刺さりました。
「……本当だ」
冷静に応えた姉御に、驚いたように目を見開くと、やっほーじゃーと言いながらガッツポーズでジャンプしました。
「なんだ……騒いでいるのは冬一か?」
石の横で大の字になって眠りに落ちていたヒロシ君が目を覚ましました。同じように、隣にいた遠藤行者も体を起こします。
「戻ったか」
ほっとしたように顔を見合わせた二人は、はしゃぐカイザーたぬきの姿を目を細めて見つめています。
姉御は、ぴょんぴょんジャンプしているカイザーたぬきのタイミングに合わせて、尻を蹴り上げました。カイザーたぬきが、地面と垂直に五メートル程打ち上がりました。
「ふぬぅ~~~~」
可笑しな声を上げながら重力に負けて落下するたぬきの体を、団子屋が優しくキャッチします。目を開けたカイザーたぬきの目前に、団子屋の顔がありました。それは、団子屋タケシではなく、孫の方の団子屋です。団子屋の満面の笑顔は、戻るべき所へ戻ってきたと、カイザーたぬきに思わせるだけの力がありました。
「すまなかった。わしは間違えた。わしは……親友も皆死んでしまって、自分自身も歳を取って、一人前になった気になっていたんじゃ。親のような気持でお前を守らねばならないと、柄にもないことを思いつめた。だけど、そんなの止めじゃ! お前だって、ヒロシ、キヨシ、タケシと同じで、わしの友達なんじゃ。わしだって、お前と友達になれることを、ずっと楽しみにしていたんじゃ!」
団子屋は何も言葉が出ませんでした。ただただ、カイザーたぬきをしっかりと抱きしめます。いつの間にか、団子屋の左右の足には、春子たぬきと秋太たぬきがしがみついて泣いていました。
「何にせよ、戻って良かったですね」
礼一が、たぬきまみれの団子屋を見て、少し笑いました。
「そうだな。しかし、上手くいったな。やっぱりヒロシ君に任せとけば、間違い無いんだよ。いけると思ったよ!」
「そうだろー、俺はやれる男だぜ!」
姉御とヒロシ君は、肩を組み合って喜んでいます。その姿は、会社帰りに一杯ひっかけた酔っ払いのようでした。
「確かに、ヒロシの力押しは功を奏したけれど、タケシが来てくれたおかげも大きいな。私も久々に会えて、懐かしくて嬉しかった」
遠藤行者の言葉に、団子屋が驚いて顔を向けました。
「タケシ? それって、僕のじいちゃんのことですか? じいちゃんが来たの?」
「あぁ、俺達が眠ってからすぐに呼んでみたら来たぞ。あいつも心配してたんだろ。こっちには顔を出さずに戻ったみたいだな」
ヒロシ君が事もなげに応えると、団子屋は一瞬泣きそうな顔をしましたが、その顔がだんだんと崩れて、くしゃっと笑顔になりました。
「あは、あははははは、じいちゃんも来てくれたんだ!」
「そうじゃった……自慢の孫によろしく言ってくれと、頼まれたな」
「自慢出来ることは何もないけど、じいちゃんの親友と僕も友達になれたことは誇らしいかも」
営業スマイルが板についていた団子屋が見せた笑顔は、泣き笑いでしたが、本当にこれまでで一番楽しそうでした。
「こんなに笑っている団子屋は見たことがなかった。戻って良かった」
カイザーたぬきの呟きは、同じように団子屋を見つめる面々に、優しい笑みを浮かばせました。
「しかし、どうやってわしの世界へ入り込んだり、紙飛行機を送ったり出来たんじゃ?」
帰宅の大騒ぎが終わり、縁側や庭に移動した面々に、カイザーたぬきが問いかけました。説明するのを面倒がった皆が礼一の方へ顔を向けると、注目を集めた礼一は、ため息を吐きながら口を開きました。
「まぁ、カイザーの両親に聞いた話や文献を調べた結果、獏巾着さんの力を借りたのですよ。カイザーも一度、夢の中で一緒に遊ばせてもらったでしょう。まず、お前の夢の世界へ、ヒロシ君達を送ってもらいました。そして、ヒロシ君達には、さらにその世界の中の殻に閉じこもっているお前の所へ、風穴をぶち明けてもらうという計画でした。方法は解らないながら、ヒロシ君が俺ならいけそうな気がすると言うので。
穴が開いたら、その穴を獏巾着さんに石の表面に繋げてもらって、お宿の皆さんから預かって来た紙飛行機を放りこんだんです」
礼一の説明に、皆が最もそうに頷いています。
「そうか……大雑把な計画じゃのぅ。いつもながら、ヒロシの自信には何の根拠も無いじゃないか。まぁ、成功したのは、獏巾着のおかげかのぅ」
カイザーたぬきが顎に手を当てて納得していると、後ろからヒロシ君に拳骨をくらいました。
「いやいや、滅相も無い。カイザーさんとヒロシさんたちの繋がり、そして、カイザーさんがお宿の衆と共有した紙飛行機の思い出を大切になさっていたからこそ、成功した次第でございます」
いつの間にか姉御の頭に乗っていた獏巾着が、早口で謙遜しました。
「いや、今回のことだけじゃないぞ。お前にはすごく助けられてる気がする。ありがとな、巾着」
姉御が自分の頭ごと獏巾着をわしわし撫でると、獏巾着は、ほほほほ、と嬉しそうに笑いました。
「僕からも、お礼を言いたいです。ありがとうございました」
姉御の頭へ向かって団子屋が深く頭を下げると、春子たぬきや秋太たぬきまで、それに倣って次々と頭を下げました。
「いやいや、お恥ずかしい限り」
照れた獏巾着は、姉御のズボンのポケットへ潜り込んでしまいました。そっと頭だけ覗かせた所へ、カイザーたぬきが頭を下げます。
「良かったですな。一見落ちゃーく! お後がよろしいようで」
そう締めて頭を引っ込めた獏巾着が潜ったポケットを、姉御はぽんっと優しく叩きます。
獏巾着が言った通り、どうやら一件落着のようでした。
団子屋を後にする面々を送った後、カイザーたぬきは地面にちらばった紙飛行機を拾い集めました。
「カイザーも、その紙飛行機を宝物にするの?」
「そうじゃ。クソみたいな内容のものもあるがのぅ。それでも、全部暖かくて、楽しかった」
嬉しそうに紙飛行機を見つめるカイザーたぬきに、団子屋が何か思い出したような顔を見せました。
「そういえば、カイザーが戻って来た時、姉御さんを問い詰めてたようだけど、あれは何だったの? その紙飛行機と関係ある?」
「あぁ、ある。でも、明日の夜のお楽しみじゃ。内緒じゃ~ふふふふ」
含み笑いしたカイザーたぬきの手元、姉御の紙飛行機の中にはこう書いてありました。
『明日の夜、皆で宇宙旅行に行くからな。遅れるな』
そして、翌日の夜が来ます。
そしてそして、薄々皆が察する通り、皆で寝ながら宇宙旅行が開催されるのでした。またしても、獏巾着の出番です。
「だと思いましたよ……しかし、本気で宇宙に行かれても困りますけどね。あんたならやりかねない」
礼一が、皆が親切心から言わないで置いたことを、ずけずけと口にしました。
「何だよー、いいだろ。これでも、宇宙の写真集やら買って来て、獏巾着と予習したんだぞ」
「あっそ。いいから、行くよ~」
大福ねずみが、無感動に場を仕切りました。
「何か、最近、大福が冷てぇな」
「あっそ。じゃあ、行くよ~」
姉御の不満は無視されました。
獏巾着の部屋に所狭しと収まった面々が、眠りに着きます。
目を覚ましたのは、柔らかい砂の上……
「まずは、月でございますよー」
良く通る獏巾着の声が響くと、一同は、灰色の地面に立っていました。
見上げれば星空。しかしそれは、地球で見上げる夜空とは全く違っていました。一面に広がる砂の大地には、空がありません。大地と宇宙の間には何も無く、空を見上げるというよりは、宇宙に包まれているという心地がします。
遠くに青く、明るく光る半円は、地球でした。
キョロキョロと首を回した者が、歓声を上げました。
「うわー、青い! 地球だ、地球が見える」
「テレビで見たやつだー」
「でかいー」
クマズが、飛び跳ねながら喜んでいます。
「すげーな! 長生きはするもんだな」
ヒロシ君がしみじみと呟きました。
「死んでいるけどね」
「ずうずうしいのぅ」
遠藤行者が突っ込むと、ついでにカイザーたぬきもヒロシ君の足に蹴りを入れました。
「大ジャンプ――――――!」
はしゃぎすぎたクマズが、次々と黒い空間へ飛び出して行きました。地球の方へ飛んだ者もあります。
「大気圏では、シールドの陰に入れよー」
姉御の呑気で無茶な忠告が聞こえます。遥か彼方で消えたモノ達は、すぐにぽんっと足元に瞬間移動してきました。それが楽しいようで、皆それぞれ、宇宙へ飛び出して行きました。
カイザーたぬきは、楽しそうに笑う皆を見つめました。いつだったか、多荼羅山の山頂で夜空を見たときのことを思い出します。あの時も、大好きな夜空を見上げたはずですが、星空の光景よりも、馬鹿騒ぎしていた友人と呼べるモノたちのおどけた姿ばかり思い出されました。
「わしはなぁ……すごく悩んで、硬く決意を固めたつもりだったんじゃ。考えた末の行動じゃった。誰に何を言われても、説得されない自信があった。しかし、そんなことは無理なんじゃ。実際会って話を聞いてしまえば、決意なんて簡単に揺らいでしまう。自分のちっぽけな世界に閉じこもって決めたことなんて、大した価値などありはしないんじゃなぁ。努力してやり通したならば、それはそれで立派だったのかもしれんが……立派だと思われるよりも、一緒に過ごすほうが素晴らしいと思っってしまった」
「うん……それでいいじゃないか。外の世界には沢山の意志があって、賑やかだよね。思い通りに行かないことのほうが多いけれど、閉じこもっているよりは、きっと楽しいよ。お帰り、カイザー」
団子屋が、カイザーたぬきを腕に抱えます。
「今回、僕や皆を困らせた罰だー! 流れ星になれ――――!」
笑顔で、地球の方向へ放り投げられました。
「なんでじゃ~~~~!」
宇宙旅行は、まだ始まったばかりです。
お宿大福の仲間達と、タケミ一族、団子屋、たぬき三兄弟。ますます賑やかに、毎日は過ぎて行くことでしょう。
もうすぐ冬が来ます。姉御の目を治す薬も完成間近です。
おしまい
たぬき三兄弟とお宿大福 オサメ @osame
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