39話 公務執行

 団子屋は、店をセルフバージョンにしてお宿に来ていました。ロビーのソファーには、団子屋とカイザーたぬきの向かいに姉御と礼一が座っています。

「今日というか、昨日の夜、夢がはっきり見えるようになってきたので、報告に来ました」

団子屋が話を切り出すと、姉御と礼一が神妙な顔で頷きました。


 少し前から、よく解らない悪夢を繰り返し見ていた団子屋は、お宿の獏からそれが予知夢であると知らされ、夢がはっきりしてきたら対策を立てようと姉御に言われていたのでした。


「それで、予知夢はどのような感じに?」

礼一が柔らかい声で促すと、団子屋はカイザーたぬきと顔を見合わせてから、口を開きました。

「場所は、僕の家というか、店も含めて、あの土地です。太陽はお山のほうにあって……でも、北の青空の一部が真っ黒な雲で覆われていて、すごい風が吹きつけているんです。何か、大きな力が押し寄せて来る感じで、恐怖で立ち竦む僕の前方で、カイザーが風に飛ばされてしまって……そこで目が覚めました」

再びカイザーたぬきを申し訳なさそうに見つめた団子屋に、姉御が腕を組んで考えるような唸り声を上げました。


「真っ黒い雲と風か。まぁ、場所が分かったのは幸いだ。何か起こっても、ここから団子屋の店まで、ケサランパサランですぐに駆けつけられる距離だ。雲やら風やらは、礼一と御タケ様でどうにかなるだろ?」

軽い調子で言う姉御に、礼一もまた大したことでもないように言葉を返します。

「そうですね。局地的な自然現象のほうは、何とでもなるでしょう。しかし、それを起こしているものがあるとなると、姉御さんの力も必要です」

姉御が、オッケーと頷きました。


「しかし、かなり深刻な変事に聞こえるぞ? わしら三兄弟の力も及ばないとなると、今までに無い危機じゃ。いったい、何が起こるというのか……心当たりはあるか?」

カイザーたぬきが、礼一に尋ねます。

 礼一は、上を向いてしばし思案した後、首を横に振りました。

「ちょっと、すぐには思い当たりませんね。昔の文献に、何かあったような気もしますが。御タケ様に報告がてら、本家の蔵書で調べてみましょう。まだ、そのくらいの時間はあるでしょう」

礼一の問いに、団子屋が頷きました。

「夢の中の田んぼは、もっと稲が育っていました。まだ間があると思います」

「おぉ、ちゃんと必要な情報を得ているじゃないか。優秀だな、団子屋」

姉御が褒めると、団子屋は素直に笑顔を見せました。


 団子屋の不安感が和らいだ頃、正面玄関の方から、人がもめる様な声が聞こえてきました。不審に思った面々が全員で外に出てみると、そこには座敷グレイと、見慣れた制服を着ている人物が立っています。

「僕は、ここの従業員で、掃除をしていただけですよ」

座敷グレイが声を荒げている相手は、制服を着た警察官でした。

「あっ、村の駐在さんですよ」

団子屋は見知っていたようで、軽く頭を下げています。

「駐在さん、どういったご用件でしょう」

礼一が声を掛けると、座敷グレイはこちらへ走り寄り、姉御の後ろへ隠れました。

「巡回中、ふざけた格好のあやしい者がいたから、職務質問をしていたら……怪しいはずだ。お山の関係者だとはな」

駐在は礼一の姿を見て、嫌そうな顔をしました。

「タケミは、この宿を手放したと聞いたが。今は、都会の女が持ち主なのだろう?」

横柄な口調の駐在の前に、姉御が進み出ました。


 がっちりした大きな体躯に、強そうな四角い顔、細く鋭い目つきをした警官の前に立った姉御は、態度こそ堂々としていましたが、見た目は完全に少女のようでした。

「今のオーナーは、俺だ。うちの者に何か問題があるのなら、俺が聞こう」

駐在は、目を閉じたまま下から見上げる姉御の言葉を聞いて、くわっと目を見開きました。

「お前、女のくせに、俺とは何だ! 態度も生意気だな。親の顔が見てみたい」

吠えるように言い放った駐在の圧力をものともせず、姉御は静かに口を開きます。

「お前こそ、いきなりそういうこと言うやつは、あれだぞ……嫌いだ。嫌な人間だ。因みに、親はほとんど海外だが、兄ならヘソにいるかもな」

初対面の二人に、火花が散りました。

 お互いに相容れぬものだと直感したのか、駐在と姉御は黙ったまま睨みあっています。


「あ、姉御さん……駐在さんは、すごくしっかりしていて、強くて、男性的というか……村でも頼りにされているんですよ。怒ると怖いので、鬼の駐在さんなんてあだ名をつけられたりして、人気者なんです」

団子屋は、場の空気を和ませようと必死でトライしました。

「……鬼だと? 鬼の駐在? 鬼駐?」

姉御に鬼は禁物でした。更に姉御の顔が険しくなったのを見て、団子屋は口を噤みました。


「しかし、ふざけた格好をしていたとしても、座敷グレイ君は宿の法被を着ているじゃありませんか。宿の従業員なのは、一目瞭然でしょう。怪しむほどでもないでしょうに」

 姉御と駐在の雰囲気を物ともせず、礼一が割って入ります。

「このタケミ関係の宿自体が、怪しいんだよ! その宿の従業員が、こんな宇宙人の格好してりゃ、見過ごせないだろうが!」

駐在が怒鳴りました。そもそも、タケミに良い印象が無さそうな物言いに、礼一はため息を吐いて首を横に振りました。村では、尊敬、畏怖を集めるタケミですが、禁忌、秘密扱いされている一族なので、外から来た駐在に悪い印象を持たれてしまっているようです。

「僕が怪しいんだね……ちゃんと、説明するよ」

気の弱そうな座敷グレイが口を開いたので、皆驚いて、心配そうな目を向けました。そんな視線を払拭するように強く頷いて見せると、話を続けます。


「僕は、病気です。光に当たると、皮膚がでろでろになるんだ。でも、僕は大人だから、自分で働いて稼がないと生きていけない。だから、こんな最新で精密な素材で出来たスーツを着て、仕事をしているんだよ。どうせおかしな姿になってしまうのならば、なるべく人に受け入れられるような可愛い見た目にと思い、こうなったんだ。

 そんな僕を、駐在さんは怪しいと責めるの? もしかして、スーツを脱いで、でろでろになって見せろとか、言うの? そういう権利が、あるの? しかも、今、駐在さんがケンカしている姉御さんは、目が見えないんだよ。目が見えなくても、僕のようなものを雇ってくれて、気丈に宿を切り盛りしている優しい女性を怒鳴りつけて、楽しい? それが、駐在さんのお仕事なの?」

座敷グレイは、じっと駐在を見つめました。


 居たたまれない空気が、その場を支配しました。座敷グレイは、皆が思っていたより、ずっとやり手だったようです。吐いてはいけない感じの嘘を平気でつき、目の見えない姉御まで利用して、完璧に駐在を加害者に仕立て上げています。

「いや、俺は……」

鬼の駐在は、追い込まれました。元々、優しい正義感からお巡りさんを目指したのであろう駐在は、座敷グレイの策略にどっぷりはまってしまいました。

 姉御たちは、罪悪感を伴う居心地の悪さと、折角の計画を邪魔してはいけないという使命感で、ただ黙っていることしか出来ませんでした。


 そんな空気を切り裂くように、オートバイのエンジン音が山に響きました。だんだんと近づいて来る爆音は、ギアを切り替えながら山の坂道を走っているようです。やがて、道から奥まった旅館玄関前にいた面々の目に、離れた場所にある山道を爆走するバイクが映りました。一瞬で通り過ぎた姿に、姉御は心当たりがありました。

「あの野郎――――――!」

姉御が口を開く前に、駐在が叫びました。

「ノーヘルで、何キロ出してんだ! 変な服着やがって!」

続けて怒鳴った駐在は、今が気まずいこの場から逃げるチャンスだとばかりに、パトカーにダッシュして乗り込むと、オートバイが去った方向へ追って行ってしまいました。


 挨拶もせずに去って行った駐在が消えた方向を見つめながら、皆は安堵のため息をもらしました。

「しかし、座敷グレイ君は、思っていたより腹黒なやり手ですね」

礼一が素直な感想を述べると、座敷グレイは、フフフ、と笑いながら、宿の中へと去って行きました。


「鬼駐……あいつとは、いずれ戦うことになるかもしれないな」

「ならないよ。村の平和を守る、駐在さんだからね」

「駐在より、座敷童の方が、悪役みたいじゃったぞ」

姉御の物騒な呟きに、団子屋とカイザーたぬきが突っ込みました。

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