40話 親友との再会
皆でロビーに戻ってソファに座った瞬間、人心地つく間もなく、正面玄関からオートバイが侵入して来て、姉御の側に止まりました。
「あぁ、さっきのはやっぱり、ヒロシ君だったのか」
何に突っ込むことも無く、気配を読んだ姉御が、オートバイから降りた人物に声を掛けました。
「あぁ、場所が解りづらいから、一度通り過ぎた。すぐに気付いて、空から回って来た」
ブチ白失踪事件の時にお世話になったヒロシ君が、宿の中にオートバイで乗り付けて来たようです。空を飛んで戻って来たとのことで、上手く鬼駐をかわしたようでした。
ヒロシ君は相変わらず健康的に日に焼けた爽やかなスポーツマン風の容姿で、昔の軍服をしっかりと身に着けています。
「礼一には、話したよな。ブチ白も世話になった、ヒロシ君だ。天使的魂バイク便みたいなことをやっている。遠藤ノ滝にいる、遠藤行者とは、昇天前から親友同士だそうだ」
姉御的ふざけた専門用語が多く、初めてヒロシ君の紹介を聞いた団子屋は、名前以外あまり理解できませんでした。
団子屋同様、初見であろうカイザーたぬきは、姿勢よく立つヒロシ君の姿をじっと見つめています。そして突然、何かが弾けたように、がばっと後ろ足で二足立ちしました。
「お、おま、お前! ヒロシか!? ガキ大将の、ヒロシじゃろ!」
突然立ち上がって叫んだたぬきを、ヒロシ君が見返しました。
「……あぁっ、お前! 冬一か!? 団子屋の、冬一たぬき!」
ヒロシ君も驚いているようで、目を見開いて叫び返しました。
よくよく考えれば、せまい村の住人同士、知り合いでも不思議ではありません。
「お前、死んだのは知っておったが、そんな若い頃の身なりで未だふらふらと、何をしておるんじゃ……」
カイザーたぬきは、呆れたようにヒロシ君にため息を吐いて見せました。
「冬一、お前、しゃべれたのか。早く言えよ、この野郎」
ヒロシ君は、カイザーたぬきの疑問を思い切り無視しました。
「相変わらず、会話が成り立たん」
カイザーたぬきは嫌そうな顔をしながら首を横に振ると、皆に注目されていることに気が付きました。
「あぁ、このヒロシは、先代の団子屋の同級生じゃ。尋常小学校の頃、わしも一緒に遊んでいた。自分勝手でせっかちだが、腕っぷしが強くて運動神経が良かった。面倒見も良かったから、皆に好かれて、ガキ大将だったのぅ。更に、このお宿にも来ていると思うが、美人で優しいカノちゃんの夫じゃよ」
カイザーたぬきの説明を受けて、団子屋は驚いた表情を見せました。
姉御と礼一は、ほほーと感心しています。
「冬一、長生きだな。今の俺になら解るが、お前は特別なたぬきだったのか」
腕を組みながらカイザーたぬきを見つめたヒロシ君は、懐かしそうに目を細めました。
「これは、団子屋の孫じゃよ」
カイザーたぬきが手で指すと、ヒロシ君は団子屋に視線をやりました。
「そうか……顔は似てないが、お前もあいつみたいに、優しいお人好しに見えて、実は強情だったりするのか? 大人になってからは忙しくてあまり会えなかったが、お前のじいさんとは仲が良かったんだ。遠藤と俺と団子屋は、仲良し三人組だったんだが……遠藤のことがあってから、疎遠気味になっちまってな」
寂しそうに目を伏せたヒロシ君を、カイザーたぬきが複雑な表情で見つめました。
老人の人生の哀愁を垣間見たような気分になった団子屋は、祖父の友人の幽霊を、親しみを込めた優しい眼差しで見つめます。
「ヒロシ……遠藤って誰じゃっけ?」
カイザーたぬきが聞きづらそうに口を開くと、ヒロシ君は意外そうな顔をしました。
「仲良し三人組だぞ。遠藤っつったら、寺の息子だろ。滝で死んだやつだよ」
「偉そうに意外そうな顔をするんじゃないわ。あいつの苗字は、遠藤じゃないぞ」
速攻突っ込んだカイザーたぬきに、ヒロシ君は、そうだっけ? と、再び意外そうな顔を返しました。
「で、ヒロシ君は、何か用事があったから来たのか? 別に無くても遊びに来てくれて構わないんだけど」
苗字が遠藤じゃない事件の主犯である姉御が、のうのうと話題を変えました。
問いかけられたヒロシ君は、ちょっと考え込むような仕草をしてから、思い出したように何度か頷きます。
「そうだった。用事というか、遠藤から伝言を預かったんだった。忘れないように紙に書いておいたんだ」
そう言って、胸ポケットから紙を取り出して、姉御に手渡しました。
姉御から更に紙を回された礼一は、声に出して読み上げます。
「ええと、『誰かすごく遠くへ行くかもしれない。だいぶ先だけど』だそうです」
一同は、黙って微妙な表情で固まりました。折しも、団子屋の予知夢から、戦闘が予想されるという話し合いを開いていたタイミングです。不吉なことには敏感になるところですが、微妙に大味でどうでもいい感じのする予言に反応が決めきれません。
「すごく遠くって、死ぬってことか? だいぶ先に誰か死ぬって、よく考えると普通のことだよな」
伝言をもたらした本人であるヒロシ君が、軽く言い放ってから、ははは、と笑いました。
「届人の適当さゆえに、深刻度合いが全くわからんぞ」
カイザーたぬきがため息交じりに呟くと、他の面々も、同じように困惑した表情でため息を吐きました。
「まぁ、折角、遠藤行者が教えてくれた忠告だ。皆、死なないように気を付けるぞ」
姉御の言葉に、皆それなりに頷きました。大抵の生き物が、日々当たり前に気を付けている様なことを改めて言われても、しっくりきませんでした。
「それより、ヒロシ君の奥さんは、カノちゃんだったのか。この温泉にも、週一で来るぞ。上品で美人だな」
遠藤行者の有り難い忠告は、姉御の世間話に打ち切られました。
「そうか。カノはもともと、温泉が好きだったからな。よろしく頼むよ、姉御ちゃん」
姉御とヒロシ君は頷きあい、笑顔を交わしています。
「全くの~、カノちゃんみたいにおしとやかで上品な大和撫子が、何でこんなヒロシなんかと結婚せにゃならんかったのかのぅ」
カイザーたぬきが、珍しくぐちぐちした口調で棘のある言葉を吐くと、それを聞いたヒロシ君は、意地悪気にニヤッと笑って片方の眉毛を上げました。
「お前と団子屋は、カノに惚れてたからな。俺に取られて、まだ根に持っているのか」
それを聞いたカイザーたぬきは、ばばっと顔を赤くして叫びます。
「やめ、やーめーろー! 団子屋はそうじゃろうが、わしは、そんなことないぞっ。カノちゃんは可愛いが、人間じゃろうが。違うぞ! 馬鹿ヒロシがっ!」
動揺している様子を見て現団子屋が吹き出すと、カイザーたぬきは決まり悪そうに口先を尖らせました。
「じゃ、そういうわけだから、またな!」
せっかちなヒロシ君は、用は済んだとばかりに、オートバイにまたがります。
名残惜しそうな顔をした姉御と団子屋を見たヒロシ君は、ガガッとエンジンをかけると、ふっと優しそうな笑みを見せました。
「また来るぞ、姉御ちゃん。団子屋の孫、冬一をよろしくな」
宿の外へ走り去ったヒロシ君に、嬉しげに手を振る姉御と団子屋とカイザーたぬきの横で、礼一だけは不安げに遠藤行者の紙を見つめていたのでした。
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