41話 ゲーム大会

 お宿の土曜の夜、食事が終わると、全員が大座敷に集まりました。

「えっと……今日は何か、あるんですか?」

毎度、ちゃっかり夕食をたかっている団子屋が、行儀悪く畳に寝そべっている姉御に声を掛けました。

「あぁ、ちょっと臨時収入があってな。ゲームの勝者上位三人が欲しいものを買うことになった。勿論、アホみたいな要求は却下されるけどな。買ってもらえるかもらえないか、それでも望むか妥協するかの判断も大切だぞ。団子屋も、参加するといい」

そう言われて周囲を見回してみれば、皆いつになく真剣な表情で黙り込んでいます。

「僕も参加していいんですか? みんな真剣だけど、何のゲームで決めるんです?」

「いいよ。ゲームは……今、こいつが考えてる。普段から、下らないけど燃えるゲームを考えるのは、こいつだからな」

尋ねる団子屋に軽く答えた姉御は、畳に寝そべった自分の腹の上を指差しました。そこには、目を閉じた大福ねずみが載っています。


 大福ねずみの目が、開きました。

「よーしっ、各自、紙飛行機を作って飛ばして、遠くに落ちたものが勝ちってことで。欲しいモノと名前を書いた紙で、飛行機を作るんだぞ~。却下されたら、次席繰り上げな~」

かなりローテクで、昭和なゲームが提案されました。

「よっしゃぁぁぁぁぁ、紙はどこじゃ~~~~~~!」

カイザーたぬきが、二足立ち握りこぶしで叫びました。かなり自信満々な気合いの入り具合を見て、団子屋が苦笑いしました。

「紙を持ってきたわよー」

気が利くりょうちゃんが、全員に紙と鉛筆を配りました。

 静まり返った広い座敷で、思い思いに散らばった面々は、こそこそと欲しいものを書き込んで紙飛行機を折っています。


「各自、工夫して飛行機作れよ~。十分やるから、時間内なら作り直し可~」

自身も、全身を使って器用に紙飛行機を作りながら、大福ねずみが仕切りねずみになって皆をまとめています。カリスマはあっても、何事も大雑把な姉御の有能な補佐として、皆に認められているようです。

 寝そべりながら紙飛行機を折る姉御の横で、団子屋は悩んでいました。

「欲しい物か……何だろう……」

 中々思いつかないようで、周りをキョロキョロ見回して、誰かの紙を盗み見て参考にするつもりです。少し離れた場所で、満足げに紙を見つめているクマを発見しました。紙を横目で覗くと、『ラスベガス』と書かれていました。全く参考にはならないので、再び周囲を見回すと、ギリギリ、りょうちゃんの手元が見える角度でした。りょうちゃんの紙には、『コンサートホール』と書かれていました。


「臨時収入、いくらなんだろう」

団子屋の頭は、更に混乱しました。

 どうせ勝つことはないだろうと、ちょっとした願望をしたためた団子屋は、昔祖父に習った紙飛行機を作りました。


「よし、時間だ~。みんな、座敷の端に並べ! 引いてある線から出るなよ!」

仕切りねずみが叫びます。

 各々、手に紙飛行機を持って、嬉しそうに横一列に並びます。団子屋の横にはカイザーたぬきが陣取り、そわそわしながら発射を待ちわびているようです。手に持っている紙飛行機は、団子屋が作ったものと同じ形をしていました。

「よし、行くぞ~、いち、にの、さん、発射~~~~!」

大福ねずみの合図で、一斉に紙飛行機が放たれました。


 カイザーたぬきの紙飛行機は、足元の畳に突き刺さりました。

「紙飛行機って、刺さるんだっけ?」

「力みすぎた――……」

団子屋の呟きに、カイザーたぬきは頭を抱えて畳に沈みました。


 ひとしきり、歓声とため息が飛び交い、勝負は決しました。勝者の紙飛行機は、座敷の向こう端の方まで飛んだようです。

「よし、皆、紙飛行機は全部そのままにしとけよ~。バカな要求で却下が続くと、どれも採用のチャンスがあるからね~」

仕切りねずみの言葉に、残念そうな顔をしていた面々にも笑顔が戻りました。

「一位はこれだ~!」

座敷の端まで走った大福ねずみは、紙飛行機を踏みつけました。

 四つ足と全身を使ってがさがさと紙を開くと、ちょっと意外そうな顔をしてから、口を開きます。


「一位は、カエルのお頭~。欲しいものは、あさがお~」

それを聞いた大多数の者は、黙ったまま首を傾げました。カエルのお頭の子分であるクマ達は、うわぁ~、と嬉し気に歓声を上げています。

「え? あさがおって何だっけ? オイラが知ってるやつと違うかも」

大福ねずみが、眉根を寄せながらカエルのお頭を見やります。

「いや~、これはありがてぇけど、ちっとお恥ずかしい。朝顔ですよ、朝顔。朝に花が咲く、植物です。あっしが人間だった時分に住んでいたお江戸では、珍しい朝顔を育てるのが流行してまして、あっしも少々熱を上げていたんです」

「お頭の花は、立派だった!」

「また見たい!」

照れて頭を掻いているカエルのお頭に、クマが声援を送りました。


「じゃあ、朝顔購入決定な」

姉御が言うと、カエルのお頭が焦ったように手を左右に振りました。

「いやいやいや、あれですよ、ちょっと量が必要なんでさぁ。自然に交配をしたいんで、種類と量が必要なんです。ちっと珍しい種類のもんも買って頂きたく、かなり金がかかりやす」

慌てて畏まるカエルのお頭に、姉御は訝しげに片眉をくいっと上げて見せました。

「いや、朝顔だろ? 種でも苗でもいいけど、珍種でも何十万円もはしないんじゃないか? 俺が知らないだけなの?」

不審気に返す姉御の横にりょうちゃんがやってきて、タブレットを渡しました。

「調べてみたらいいのじゃないかしらー。私、何かで聞いたことがあるのだけれど、江戸時代後半は、庶民の間で、朝顔の交配がブームだったらしいわよ。突然変異の珍しいお花には、すごい値段がついたのですって。ほら、この朝顔専門店のページには、画像が沢山載ってるわー」

りょうちゃんが披露した知識に、皆がへぇ~っと感心し、納得した様子の姉御がタブレットをカエルのお頭へ渡しました。


「ほら、カエルのお頭、どんなのが欲しいんだ? 何本植えたいんだよ」

姉御がタブレットを差し出すと、色とりどりの朝顔の画像が並んでいました。色も大きさも様々で、花弁の形が珍しいものもありました。

「なっ、なんと! こんなにはっきり模様が入ったものが、この値段で買えるんですかい!? やっ、こんなに美しく花びらの切れたものが、たぬきの一か月のバイト代より安いとは」

カエルのお頭は、衝撃を受けているようでしたが、引き合いに出されたたぬき達は、朝顔と比べられたことに対する反応を決めきれず、首を捻るに留まりました。


 夢中で画像を見ているカエルのお頭に、姉御が何か閃いたように声を掛けます。

「おい、朝顔育てるのは構わんが、山は夏でも木陰が多くて涼しいぞ。それで、立派に育つのか? 交配させるには、一か所に並べた方が良さそうだし、お宿にまとまった平地は少ないから、難しくないか?」

それを聞いたカエルのお頭は、口を大きく開けて、あー、と声を出し何か思案する様子を見せてから、口を閉じて首を横に振りました。

「いかにも、いかにも……ちと、難しいようで。望み通りにはいきやせん」

「出来やすよ、お頭!」

「諦めるんですか!」

「作れますよ、出来ますよ!」

諦め気味に頭を垂れたカエルのお頭に、クマズが熱い声援を送ります。


「おい、クマ。お前ら、やたら押すよね~。お前らも朝顔好きなの~?」

一生懸命なクマズの様子を見て、大福ねずみが意外そうに声を掛けると、それを聞いたクマズは顔を見合わせて、カエルのお頭をちらっと見てから口を開きました。

「もともと、朝顔は、お頭の女将さんが好きで育ててたんだい。でも、女将さんは若い頃死んじまって……それから、お頭が朝顔を育てるようになったんでい。お頭には、作りたい朝顔があるんだよ。女将さんみてーな、綺麗な花作って、女将さんの名前をつけるんだ」

「こらっ、てめー、べらべらべらべらしゃべりやがってー!」

しんみりと昔語りをしたクマのどれかを、カエルのお頭が怒鳴りつけました。怒られたー、と走り回るクマズを片っ端から捕まえて、カエルチョップをかましています。


 騒がしくなった盗賊団アマガエルを無視しつつ、顎に手を添えて考え込んでいた姉御が、よしっと頭を持ち上げました。

「団子屋、お前の土地に畑があったよな。少し、スペースを借りられないか? 二十株分くらい。場所代は払うし、カエルのお頭とクマズには、畑の労働も手伝わせるから」

姉御に打診された団子屋は、すぐに頷いて見せました。

「いいですよ。使ってないスペースがあるから、丁度良かった。草刈りして、耕して、土を入れる必要がありそうだけど、皆でやればすぐに何とかなるよ。僕も花は好きだから、嬉しいし、手伝いたいな」

団子屋の返事を聞いて、クマズが歓声を上げました。

「よーし、みんな異議はないな~」

大福ねずみが大声を張り上げると、座敷からは、ありませーん、という合唱が聞こえて来ました。少し涙ぐんで頭を下げるカエルのお頭に、温かい視線が注がれます。欲望むき出しのゲームのはずでしたが、思わぬところで心温まる善行が成立しました。


「よし、次だ、次! 二位は、こいつだ~!」

 新たな紙飛行機を拾った大福ねずみは、また例のごとく、体で紙をのばします。

「おぉ~二位は、秋太だ~。欲しい物は、スマホ~」

大福ねずみが紙を読み上げると、秋太たぬきが走り出て来て、ぽんぽんジャンプしながら、やっほーっとはしゃいでいます。そんな様子を微笑ましく思いながらも、姉御と大福ねずみは難しい顔をしました。

「スマホは、ちょっとなぁ……難しいぞ。人間が契約しないとだし。毎月金も掛かるし、秋太はすげー課金とかしちゃいそうだしな~」

大福ねずみの言葉に、秋太たぬきは首を傾げました。

「え? 解んないけど。僕、知ってんだ。ゲーム出来るて」

胸を張る秋太たぬきの前にしゃがんだ姉御が、同じ目線で口を開きました。

「お前、ゲームするなら、携帯ゲーム機でいいだろ。電話はしないよな?」

「電話しない。ゲームすんだ」

速攻で肯定した秋太たぬきの頭を、姉御が撫でながら諭します。

「じゃあ、携帯ゲーム機にしような。特別に、ソフトを一つ付けてやるから。スマホは、俺と礼一と団子屋くらいしか持ってないからなぁ。まぁ、この先必要性を感じたら、みんなに支給してもいいけど」

姉御の言葉に、嬉しそうに頷いた秋太たぬきですが、はたと、不思議そうな顔をして口を開きます。


「スマホ、春子姉ちゃと、バーママが持ってるよ」

それを聞いた瞬間、団子屋とカイザーたぬきの時間が止まりました。すっかり忘れていましたが、春子たぬきは、姉御の兄から、スパイ2用スマホを支給されていたのでした。さらに、秋太たぬきの発言により、スパイ1が誰だか判明してしまいました。

「あら~、バレちゃったわね」

誰かに問いただされる前に、バーママが気軽に名乗り出ました。

「これは、姉御ちゃんにもらったんじゃなくて、姉御ちゃんのお兄さんにもらったのよ。妹や仲間の様子を知らせて欲しいって」

そう言って笑うバーママを見て、姉御と大福ねずみの顔が渋くなりました。団子屋とカイザーたぬきは、出遅れた春子たぬきを見やり、嫌そうな表情で固まります。

 姉御はバーママの所に行くと、手でひらひらさせていたスマホを取り上げました。


「兄のスパイ1か! やるな! スパイに美女は付き物だ。最近送った極秘情報は何だろなっと」

スマホの細かい操作は流石に出来ないのか、近くにいた団子屋へ放り投げます。受け取った団子屋は、人のスマホをいじるのに抵抗があるのか、一瞬躊躇しましたが、春子たぬきがスパイ2になっているという罪悪感から姉御の指示に従わざるをえませんでした。


「えーと、最近のメールですか……『今日は、りょうちゃんがおじいちゃんにお尻を触られて、姉御ちゃんが「おやつ抜きだぞ、じじい」って怒鳴ってたわよ。そしたらおじいちゃんが、申し訳ありません、上官殿! って言ったのよ。笑っちゃったわ。おじいちゃん達も、楽しくて、色んな意味で若返っちゃうみたいね』だそうです」

「すげ~、下らねぇ情報~。スパイ失格~。で、兄の返信は?」

大福ねずみが、スパイ1本人の前で言い放ちました。

 団子屋は、兄の返信を見つけました。

「お兄さんは……『そうか、楽しそうだな。一応お前も女なんだから、触られないように気を付けろよ。俺は宿ではしゃぎすぎたせいか、風邪気味だ』ですね」

今度は促される前に、団子屋がバーママの返信を読み上げます。

「それで、バーママさんは、『あらぁ、大丈夫? 寝るのが一番よ。あんた、すぐ無理するんだから、ちょっとは自分の体のことも考えなさいよ』で、お兄さんが、『そうかもな、じゃあ、今日は早く寝るか』 です。何か、読んでて恥ずかしいんですけど」

半笑いで顔を赤らめている団子屋の隣で、姉御がむず痒そうに肩を掻きました。

「完全に、恋人同士みたいになってんじゃん。何それ、きもっ、何だよ、お前ら~」

スパイ1と兄の恋人のノリに、大福ねずみは上唇をめくり上げて、不快感を表しました。姉御は、知ってはいけない事を聞いてしまったような感覚になり、スマホの端を二本指でつまんで、ばっちいものを渡すようにバーママへと返しました。


「スパイって言ってもね、お兄さんが仲間外れにならないように、色々教えてあげてるだけよ。悪い人じゃないんだから、ちゃんと連絡くらいしてあげないと、余計に心配して暴走するでしょ。姉御ちゃんには、あのくらい煩い監督者がいて丁度いいのよ。あんたも、無茶ばっかりするんだから」

 言い訳もせず、姉御に対して尤もな説教を繰り出したバーママに、姉御は唇を尖らせながら渋々頷いて見せました。無茶をして目が見えなくなった前例があるので、ぐうの音も出ないようです。


「だめだめよ――――――!」

思わぬところから、音が出ました。いきなり、暴走モードの春子たぬきの叫びです。嫌な予感がしたカイザーたぬきと団子屋が止めようと手を延ばしましたが、勢い良く話し始めた春子たぬきには届きませんでした。

「兄御様のスパイ失格よ! 私の方が、兄御様の為により良い情報を提供しているわ! バーママちゃんは、だめだめよ。いちゃいちゃメール? 遊びじゃないのよ――――――!」

「春子もスパイだったのか……いつの間に……」

姉御は、兄の暗躍を知って身震いしました。

「すいません……お兄さんを見た瞬間、いろんな意味でど真ん中―とか言って、下僕になり下がったみたいです」

申し訳なさそうな団子屋の説明を聞いて、姉御は渋い顔をしてため息を吐きました。


「あら~、怒られちゃったわ。春子は、どんなスパイメールを送ってるの?」

怒鳴られたバーママはダメージが無いようで、怒りで肩が上がっている春子たぬきへ軽い調子で質問しています。

「今日の私の報告はこうよ! 兄御様、この一週間で一番姉御さんにボディータッチをかましたのは、礼一さんでした。先ほど、罰を与えておきましたので、ご心配なく!」

春子たぬきは、その場で超速メールを打ちました。すぐに、スパイ2ホンに着信が帰ってきます。

「兄御様からの返信よ! 『よくやった、お前は優秀だな。じゃあ、寝るわ』……そっけないと思ったでしょ? ねぇ、思ったんでしょ?! お生憎様! 兄御様のお顔の自撮り添付画像付きよ……フフフ」

そう言って画面を食い入るように見つめる春子たぬきに、他の面々は気の毒そうな顔を向けました。兄の毒にやられているであろう春子たぬきも、負けないくらいの毒持ちだったので、たしなめようとするモノはいませんでした。


「ま、まぁ、好きにスパ活すればいいさ。しかし、本家で調べ物をしている礼一は何をされて、どんなになってるもんだか。取り合えず、聞かなかったことにする」

 予期せぬスパイの発覚は、宿の母的良心と、乙女の猛烈な兄御信仰のせいで、放っておかれることになりました。愛らしいたぬきの皮を被った春ぽん子は、色んな意味で、皆に恐れられる存在になりつつあるようです

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る