42話 わさび
「え~、ちょっと空気が禍々しくなったけれども~、三位の発表いくよ~」
大福ねずみは、三番目の紙飛行機をがさがさ開けると、驚いたような顔をしてから姉御を見やりました。
「三位は姉御~。だけど紙には、ビリの紙飛行機へ権利譲渡、と書いてある~」
大福ねずみの発表に、座敷に歓声が上がりました。姉御の大人な対応に、飛行機が上手く飛ばなかった面々が顔を輝かせています。
「ビリはどれだ~……これだな。畳に突き刺さってるぞ……紙だよな、これ」
座敷の端から猛ダッシュして来た大福ねずみが手を掛けたのは、速攻で畳に刺さったカイザーたぬきの紙飛行機でした。
目を見合わせるカイザーたぬきと団子屋の顔に、笑顔が浮かんで行きます。
「権利譲渡されたのは、カイザー~。欲しい物は、プラネタリウム~」
大福ねずみの発表を聞いた団子屋の顔が、みるみる真顔に戻って行きました。
「それは一般的に、欲しいじゃなくて、行きたいとか言われる系の物だよね」
団子屋は最もな突っ込みを入れながら、ラスベガスやらコンサートホールやら紙に書いていた面々にも横目で視線を送りました。
「デカく出たな……予算オーバーだ。天井に映すおもちゃのプラネタリウムなら、買ってやる」
姉御の言葉に、カイザーたぬきはしゅんとした表情を見せて、肩を落としました。その姿を見た団子屋は、当然だろうと突っ込む気持ちが萎えてしまいました。
「……まぁ、いいんじゃ、おもちゃでも。天井に映せば、宇宙にいるみたいな気分になれるかもしれん」
カイザーたぬきは、大人で前向きでした。
「プラネタリウムなら、今度バッグにカイザーを隠して、僕が連れて行ってやるから」
「おぉ! 約束じゃぞ!」
優しい団子屋の言葉に、しょんぼりと畳にしなだれていたカイザーたぬきのしっぽが、ぴんっと跳ね上がりました。
そんな様子を温かく見つめる姉御の肩に、大福ねずみがよじ登ります。
「何かさ~思ったより、こじんまりとまとまったね~」
「そうだなぁ」
大福ねずみも姉御も、案外常識的だったおねだりに、不完全燃焼感を持ちました。
何かもう一発盛り上がるアイデアは無いものかと思案していた時、ふわふわと一匹のケサランパサランが姉御に降って来ました。
「ん? そうか、お前らは不参加だったな……あぁ、それはいいな……」
独り言を言う姉御の顔を、大福ねずみは不審そうに見つめています。目を閉じたままの姉御の瞳が輝くのが見えたような気がしました。
「よし、ケサランからのリクエストだ。これからみんなで、チクビ山の頂上まで行って、星を見るぞ! 飛べない者も、ケサランでひとっ飛びだ!」
突然の提案に、皆、キョトンとしています。
「あら、ロマンチックね。空中散歩と、誰もいない山頂で、天体観測。お酒持って行こうかしら」
バーママの言葉で、クマズがぴょんぴょんジャンプし始めました。
「夜空散歩!」
「粋だねぇ~」
楽しい気分が盛り上がり、歓声と拍手が上がります。
「よし、じゃあ、寒さを感じるものは、着るものとか準備しろよ。三十分後に、駐車場に集合な!」
「はーい」
寒さを感じないモノが大半でしたが、素直に返事をすると、何を準備するものか、座敷を飛び出して行きました。
静かになった座敷には、姉御と大福ねずみ、団子屋とカイザーたぬきが残っています。姉御と大福ねずみは、畳に落ちた紙飛行機を拾い集めて箱に入れています。
「僕も手伝います」
団子屋とカイザーたぬきも、傍の紙飛行機を拾って、姉御が指定する箱に入れました。
「ゴミ袋、持って来ましょうか?」
紙飛行機に折ってある紙は、全部集まると結構な嵩になりました。
気を利かせた団子屋に、姉御が首を左右に振って応えます。
「いや……これは、俺が欲しかったものだから。もらって宝物にする」
嬉しそうに箱を抱えた姉御を、大福ねずみが笑顔で見つめています。
その様子を見た団子屋は、もしかしたら大福ねずみは、そこまで考えてこのゲームを提案したのかもしれないと思いました。みんなが考えた、それぞれの欲しいモノが書かれた紙、姉御はそういうものを欲しがるだろうと。
「大福さんは、本当に姉御さんが大好きなんですね」
独り言のように呟いた団子屋の言葉を聞いて、大福ねずみが渋い顔を見せました。
「何だよ、いきなり~。何言ってんだ~。何でそうなるんだよ~」
嫌そうに言い返した大福ねずみを、姉御がむんずと掴んで、自分の肩に載せました。
「何だよ、大好きなんだろ? 違うのか?」
姉御が茶化すように言うと、大福ねずみは姉御の耳に近づいて口を開きます。
「ガッデ~ム!」
姉御の耳は、キンキンしました。
「姉御殿―、上着と毛布、用意いたした! 行きましょうぞ!」
浮かれたヒコナが座敷に顔を出し、姉御の肩に半纏を被せると、毛布を団子屋に渡しました。
姉御は、団子屋に大福ねずみを渡しました。
「え? どうしたんです?」
取りあえず受け取りながら聞いた団子屋に、姉御は笑って見せました。
「俺とヒコナは、本家に寄って礼一を回収してから行くから、お前たちは大福を連れて先に行っててくれ。礼一は春子に何をされたか解らんから、ちょっとかかるかもな……大福がいれば、みんな統制が取れるから、頼むよ。くれぐれも、落とすなよ」
「解りました!」
「おぉ~よろしくな~。何だこいつ、にやにやして、気持ち悪いな!」
団子屋は、大福ねずみのふわふわな感触を味わって、ご満悦のようです。
ぎゃぎゃー騒ぎながら駐車場に出ると、既にみんな集まっていました。酒やら菓子やら詰め込んだかごを用意して、準備万端、行く気満々で待っていたようです。
「ケサランパサラーン、行くぞー!」
姉御が声を張ると、ざわっとそこらじゅうからケサランパサランが集まって来ました。
「先に行ってろ。俺は、礼一を連れて来る!」
集まった塊に姉御が声を掛けると、ケサランパサランは宿の面々を囲み、空飛ぶ雲のようにふわっと持ち上げて上へ上がって行きます。はしゃぐクマズの声が、段々と遠ざかって行きます。
姉御は背後のヒコナを見やると、行くぞ、と声を掛けて走り出しました。宿の裏手に回ると、使い慣れた本家へ続く洞窟への隠し通路を抜けて鍾乳洞を走ります。途中で、洞窟にいたケサランパサランが、二人を包んで、本家まで運んでくれました。
「おこんばんは~」
ふざけた挨拶をしながら、姉御が本家の門を抜けました。
「あっ、今晩は。夜に来るなんて、珍しいですね?」
門番の青年が、気さくに話しかけて来ます。一部の者を除けば、本家のタケミ連中と姉御は良好な関係を築いていました。
「うん。礼一を、夜の散歩に誘いに来た。まだ、蔵にいる?」
姉御の言葉に頷くと、門番は心配そうな顔をして見せました。
「いると思いますよ。礼一さんは熱心に調べものをしていますが、食事が疎かになっているようなので心配です」
「そうか……ちゃんと食うように言ってみるよ」
姉御の言葉に、門番が頷きました。
勝手知ったる何とやらで、姉御はヒコナを従えて、敷地の端にあるタケミの蔵へやってきました。三つ並んだ一番端の蔵の前に、御タケ様が立っています。
「ん? 御タケ様だな? おこんばんは、御タケ様―」
姉御は、後ろから気軽に話しかけました。
「あぁ、姉御さん、今晩は。礼一に会いに来たのかな?」
心の広い御タケ様は、姉御の無礼を気にしませんでした。そもそも、御タケ様に無礼を働くものは、姉御と周りの一部のみです。
姉御は、頷くと眉根を寄せました。
「御タケ様……礼一は、春子に何かされて、中でどうにかなっているかもしれない」
「え?」
本人の自白に寄り、春子たぬきが礼一に何らかの罰を与えたことが解っています。しかし、当の本人は、皆と一緒に浮かれて山頂へと去りました。
怪訝な表情の御タケ様は、蔵の戸を開けると、一階の端の床下にある隠し扉を開けて、蔵の地下へと進みました。姉御とヒコナも、後をついて行きます。
「あぁ、礼一!」
地下室の端の机の前で、礼一は仰向けに倒れていました。
驚いた御タケ様が駆け寄ると、苦し気に呻き声を上げています。
「ど、どうしたのだ、礼一! 苦しいのか?」
焦った御タケ様は、礼一の頭の下に手を入れてそっと体を起こしました。
「……は、春子が」
苦し気に口を開く礼一に、御タケ様が耳を寄せました。
「……お茶を、持ってきて……冷めてから一気に飲んだら……ワサビ液だった」
そう言って咳き込む礼一の頭を、御タケ様が、ごんっと床に落としました。
「あははははは――、ワサビ液! 涙と鼻水出てるし!!!!」
下らない春子たぬきの罰は、御タケ様の笑いのツボに入りました。
「ヒコナ、水をもらって来てくれ」
下らない状況に慣れている姉御は、的確な指示を出しました。
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