23話 お宿の仲間たち

 春子たぬきの濃いキャラクターがバレたドタバタのせいで、あまり責められる事無く宿に帰宅した姉御でしたが、事情を聞かされた宿の面々にきっちり叱られてしまいました。


「何やってるのよ。あんただって、簡単に死ぬのよ、お馬鹿ね。これだけ仲間集めといて、死ぬような真似するんじゃないわよ。あたし達はね、あんたのそういうとこに惚れて一緒にいるってのもあるけどね、それでも姉御ちゃんが死ぬぐらいなら、そのヒコナとかいう知らないやつが死んでくれたほうが有り難いのよ。よく考えて反省なさい!」

ロビーの床に正座させられた姉御を、仁王立ちのバーママが口煩い母親のような調子で叱りつけました。


「皆さん、この度、姉御殿にお助けいただいた、ヒコナと申します。姉御殿の目が見えなくなったのは、我の責任だ。申し訳ない。我に出来ることなら何でもする。何卒、何卒、我を姉御殿の側にいさせて頂きたい」

どこかに姿を消していたヒコナが走り込んで来て、姉御の隣にカーリング正座して誠実な様子で頭を下げました。

 宿の面々にとっては、姉御とのプロレス動画で既に見知ったヒコナでしたが、姿を現したのは動画とはかなり異なった姿だったので、微妙な空気が流れました。


「お前……そうだよな……姉御に散々、ロン毛剃れって言われてたもんな~」

大福ねずみが姉御の肩の上から、気の毒そうな目を向けています。ヒコナの頭は、綺麗なスキンヘッドでした。

「何!?」

反応した姉御が、手探りでヒコナの頭を探り当てると、ぺしぺしすりすり、手で感触を確かめています。

「おぉー、さっぱりしたな! いいぞ!」

喜ぶ姉御の姿を見て、りょうちゃんがため息を吐きました。

「これじゃ、姉御さんが責任を取るべきなんじゃないかしら……美形なのにツルツルよ?」

バーママも同意するように、腕を組んで頷きます。

「そうね……誰得かしら。華奢で黒髪ロングでミステリアスな美形だったのに、ツルツルだもの。剃れ、は無いわよ。短髪でいいじゃないの」

「何だよぅ、さっぱりしてていいじゃないかよぅ」

ヒコナの坊主頭が不評なので、姉御は口を尖らせてむくれました。


「ヒコナさんのことは、姉御さんが助けたのだし、身の振り方は姉御さんに任せればいいと思う。姉御さんが受け入れる人ならば、僕は信用出来るよ。今までもそうだったし」

古株の座敷グレイの言葉に、それはそうだ、とみな納得したようでした。

「俺の目のことは置いとくとして。ヒコナは、御タケ様がいいと言うのならば、宿に住まわせてやりたい。良いヤツだし、運動能力も高いから、こいつがいてくれると俺も心強い。反対とか、言っておきたいこととかあるなら、遠慮なく言ってくれ」

姉御がきっぱり言うと、新入りのカエルのお頭がおずおずと手を挙げました。姉御の目が見えないことを思い出したカエルのお頭は、咳払いしてから話し始めました。


「あっしらも新参者で、何を申し上げるのもおこがましいのですが……ぜひ、言わせてくだせぇ。

 あっしらには、実はもう一人仲間がいやした。しかし、長い年月の中、途中で一人はぐれちまった。見つけ出すのに一年。仲間と共に過ごしていたあっしらにとっては、たいした時間じゃありませんでしたが……たった一人はぐれちまったそいつは、寂しくて辛かったんでやしょう……もうすっかりいかれちまってた。怨霊とでも申しましょうか、あっしらの言葉も届かず、近寄ることも出来ず、最後には真っ黒に砕け散って、そこいらの悪い心を持った人間の中に吸収されていったんでさぁ」

そこで言葉を切ったカエルのお頭を、怨霊だったりょうちゃんが悲しい顔で見つめました。


 方々に散らばっていた手下のクマたちも、仲間のことを思い出しているのか、ずずっと鼻をすすって、カエルのお頭の足元へ集まってきます。

「あっしらは、怨霊になるのは嫌だった。十三人、離れることを恐れて過ごして参りやした。幸運にも、新しい体と仲間に恵まれて、毎日、驚くほどの感情を取り戻しておりやす。だから、だからこそ、そちらのヒコナさんも一人にしちゃならねぇよ。何やら事情がある様子だ。頼れる人なんざ、滅多に見つかるもんじゃねぇ。姉御さんと、ここにいなきゃいけねぇよ」

 いつも威勢のいいカエルのお頭が、真面目に情に熱い言葉を紡いだので、他の面々は返す言葉が見つかりませんでした。ヒコナは黙って、もう一度深々と頭を下げました。


 姉御は閉じた瞼で、カエルのお頭を見据えます。

「流石にお頭やるようなカエルは、一味違うな。いいやつだな、お前。クマズもな。クマ……ん?」

「何だよ、お頭やるようなカエルって、カエルがお頭なんじゃなくて、お頭がカエルに入ってんだろ~。むしろ、姉御が押し込んだんだろ~」

感動的な雰囲気の中、大福ねずみが的確に突っ込みました。


「だが、残念ながら……この素晴らしい雰囲気の中、何か覚えのない気配がする。おい、誰だっ! 何か変なのいないか?」

突然、姉御がおかしなことを言い出したので、全員が辺りを見渡しました。

「別に、何もいないけど。ねぇ?」

座敷グレイの答えに、みな頷きながら、怪訝そうに姉御を見つめました。目の見えない姉御の気のせいだと、誰もが思っているようです。


「あっ……何だ? おぃ、茶色クマズ、一人多いぞ。端っこのやつ、何だそれ~」

大福ねずみが、異変に気が付きました。カエルのお頭の側に集まっているクマの中に、形の微妙に違うものが紛れ込んでいます。

「クマは、クリーム色六匹に、茶色六匹だったわよね。あらやだ、茶色いのが七匹いるわ! 一匹だけちょっと大きいし。姉御ちゃん、すごいじゃない!」

間違い探しに気付いたバーママが、はしゃいだ声を出しました。


 今まで黙っていた礼一が、クマズに近づいて傍にしゃがむと、何かに驚いたようにびくっと体を動かしました。

「薬師様じゃないですか! なぜここに!?」

どうやら、礼一の知り合いのようです。礼一の言葉に、よっと片手を挙げて挨拶らしきものを返しています。

「皆さん、この方は、チクビ山の西側に隣接した薬師山に住んでいる、かまいたちの薬師様です。薬草に詳しいのはもちろん、登山客の怪我や病を、気が向くと直してくれるというありがたいお医者様的な感じです。切り傷なんて、薬で一発です。 しかし、滅多に会えない激レアキャラです。さぁ、今のうちにゲットして下さい!」

興奮気味に何かとごっちゃになっている礼一の説明に、クマよりも胴、首、しっぽが長めの、イタチの薬師様が、ぽりぽりと頭を掻きました。どうやら、照れているようです。


 薬師様の横に、しゅっとCリーダーが滑り込んで来ました。

「友達の管狐に連れてこられたーかなー」

薬師様が、隣のCリーダーを指差しながらしゃべりました。気が抜けて間延びしたような、柔らかい声でした。

「友達~? あぁ、Cリーダーはもともとタケミにいたから、ここいらが地元だもんな~。友達がいてもおかしくないか」

納得した大福ねずみを無視して、Cリーダーが姉御の首元にぐるっと巻き付きました。姉御は突然の感触にびくっと体を震わせましたが、すぐに馴染みのCリーダーだと悟ると、そっと首元に巻き付いた毛並みをを撫でます。


「お前……俺の目が見えなくなったから、友達の医者を連れてきてくれたのか?」

Cリーダーは、こくりと頷きました。

「うわぁ~こいつ、何つうか、大事なツボを抑えて来るよね~。姉御に対して、一等賞の働きするよね~」

大福ねずみは、くやしまぎれにCリーダーにしっぽムチをくらわせました。

「ありがとう、Cリーダー。 薬師様、俺の目、見てくれるのか?」

姉御が尋ねると、薬師様はちょこちょこ歩いて来て、正座している姉御の前で止まりました。


「見てみるーかなー。下向いて、顔下げるーかなー」

かなーは無視して、姉御は言われた通りにぐっと頭を下げました。

 薬師様は、姉御の目を開いてみたり嗅いでみたりしてから。続けて小さく三回頷きました。

「今は無理かなー。冬に材料が手に入るから、薬作れるかなー」

薬師様の言葉を聞いて、大福ねずみが目を見開いて前のめりになりました。

「それって、治るってこと!?」

身を乗り出しすぎて、姉御の肩からころころ転がり落ちると、薬師様の前で止まります。

 薬師様が頷きました。

「うわー、やったー、薬師様、ばんざーい!」

みなが歓声を上げました。

 クマズが、薬師様を胴上げします。

 歓声を聞いて、姉御は驚いたように周りを見回すと、少しの間俯いてから、ほっと胸を撫で下ろしました。

「みんなにすげー心配かけちゃってたんだなぁ。治るって解って良かった」

Cリーダーが姉御の頬をちろっと舐めると、すかさず姉御が頬を寄せて、耳元で囁きます。

「薬師様を連れてきてくれて、ありがとな」

 思わぬ朗報に、宿に明るい空気が戻って来たようでした。

 

 ひとしきり薬師様へのお礼攻撃が繰り出された後、和やかな静けさが戻ると、薬師様が咳払いして見せました。

「薬出来たら、治療するーかなー。約束するーかなー。帰るーかなー」

「本当に、ありがとう、薬師様」

姉御が頭を下げると、みなも次々と頭を下げて行きます。


 薬師様が、玄関へ向かって歩き出しました。

 三歩進んで止まり、振り返ります。

「ここは賑やかーかなー」

 再び前に進みます。

 また、三歩進んで振り返ります。

「楽しそうーかなー」

 またまた、三歩進んで、振り返ります。

「山は寂しいーかなー」

そして、また前に進み始めた時、姉御が口を開きました。


「まてまて。薬師様も、ここで暮らせばいいじゃない! 温泉もあるし、面白いやつらばっかりで楽しいぞ。医者がいれば助かるし!」

薬師様は振り返りました。

「……住むーかなー」

再び歓声が上がりました。


 おやど大福に、ヒコナに続き、茶クマに似た紛らわしい仲間が増えました。

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