48話 お土産

 戦闘が終了した庭に、御タケ様が降りて来ました。

「ん? まだ空にはデカい手があるようじゃが、どうしたんじゃ?」

レスラー変化が解けたカイザーたぬきが、御タケ様に気付きました。

 庭に降り立った御タケ様は、礼一の火傷した手に目を止めて眉間に皺を寄せましたが、ぐっと言葉を飲み込んで顔を逸らしました。


「実は、姉御さんが……」

言い辛そうに口を開いた御タケ様に、ヒロシ君がバイクで走り寄ります。

「何だ、姉御ちゃんがどうかしたのか!?」

同じように走り寄って来た面々は、一様に険しい顔をしています。

「いえ、何と言うか、やられてはいないのですけど。いや、どうかな……ちょっと予想出来ないので、生きている? とは思うのですが、どうなのでしょう?」

御タケ様の要領を得ない説明に、皆の顔は曇りました。

「何を言っているんです。ちょっと落ち着いて下さい。ちゃんと、何があったのか話してみてくれませんか?」

怪我人の礼一が冷静に助け舟を出すと、その声を聞いた御タケ様は深呼吸して落ち着きを取り戻し、観念したように話し始めました。


「黒雲が無くなると、中から、ここからも見える大きな鬼の手が現れました。私の術で、あれ以上手を伸ばすことも、雲で身を守ることも出来なくなった鬼の手は、姉御さんに痛い攻撃を加えられました。

しかし、爪を剥がしても、小指の骨を折っても手を引っ込めないので、姉御さんは自分の悪役ぶりに我慢出来なくなったようで……。あの、黒い裂け目に飛び込んで行ってしまったのです」

話し終わった御タケ様は、厳しい表情で黙り込みました。

 押し黙る面々の中、ヒロシ君が首を傾げます。

「え? あの先ってどこに繋がってるんだよ? 姉御ちゃんは、どこに行ったことになるんだ?」

ヒロシ君の質問に、今度は皆が首を傾げます。

「鬼がいるのは、地獄っぽい所だと思うけど……地獄ってどこだ? 生きてる人間が入れるのか?」

遠藤行者が質問に答えてみたものの、皆の疑問が増えただけでした。

「僕、知ってんだ。姉御しゃんなら、どこでも行けるて」

毎度お馴染み、秋太たぬきの知ったかぶり発言は、なぜか説得力がありました。


「……そうですね、行ったもんはしょうがないですよ。様子を伺いましょう。ケサランパサランも落ち着いているようだし、大丈夫なんじゃないですか?」

礼一の言葉に、ほっとしたような笑顔を見せた面々でしたが、やはり心配なのか、目線は黒い裂け目から離れることはありませんでした。


「こるぁ――――――!」

突然、辺りに姉御の大声が響き、一同は体をびくっとさせました。


 黒い裂け目から拡張機を使って怒鳴っているように、姉御の声が爆音で響き渡っています。

「見つけたぞ、でか鬼! 馬鹿なのか、お前。手、引っ込めろよ。いつまで拷問させんだこの野郎。おぃ、何、無視してんだ、おらぁ――――――!」

裂け目から、ガゴッという、不気味な音が響いて来ました。

「おっ、重いな……あ? あぁ、そうだよ。最初から素直に話を聞けば良かったんだよ。俺もね、こんな暗いとこまで、わざわざ話し合いに来たわけだから。あ? 殺さねーよ、何でだよ。手、引っ込めろって言ってんの! ほらっ、早くしろ!」

 

 裂け目を見つめる面々は、大きな鬼の手が引っ込むのを目撃しました。


「よーし、んじゃ、帰るけど。もうすんなよ。何百年後でも、また同じことしたら、そん時は許さねぇからな! 次は、こんなもんじゃすまねぇぞ! 

じゃあ、その証と、今回の落とし前として、これはもらって行くから」

そう言った後、姉御の声は聞こえなくなりました。


 上空の黒い裂け目が、少しずつ小さくなって行き、いよいよ黒い点になった時、そこから何かが飛び出して来ました。

「姉御さん……かな?」

すーっと近づいて来るそれは、姉御には見えませんでした。ケサランパサランに乗っているものの、姉御の身長より大きな白い尖った円錐状の物が、光を反射して光っています。それはどんどん近づいて来て、庭にどんっとそびえ立ちました。

 二メートルは超えるであろうほどの白い円錐の陰から、姉御がひょっこり顔を出しました。御タケ様爆笑必須の第三の目は既に消えていて、Cリーダーも通常モードでしっかり首に巻き付いています。

「あっ、姉御さんだった! 良かった……心配しましたよ」

泣きそうな顔をして迎えた御タケ様を見て、姉御はしまった、というように困った顔を見せました。

「暴走して心配かけたんだな、ごめんね」

ぺこりと頭を下げた姉御に、皆は大げさなため息を吐いて聞かせました。


「しかし、それは一体、何なのじゃ?」

カイザーたぬきが白い円錐を指差すと、皆の共通の疑問だったのか、興味深げに円錐に視線が注がれました。

「これは、土産だ! 鬼の牙だよ。調子こいて無視してたから、一本折ってやったら素直になったんだ」

皆は、渋い表情を見せました。

「うわー、すごいなー姉御しゃん」

秋太たぬきだけは例外で、面白そうに鬼の牙に跳び付いて、滑り落ちて遊び始めます。


「さぁ、これにて戦いは終わりです。邪の襲撃は、完全に退けられました」

凛とした御タケ様の声が響くと、方々からタケミの衆が集まって来て、歓声が上がります。


 勝利の喧騒が広がる中、姉御はケサランパサランに何事か言うと、さっと礼一の所へ足を向けました。

「礼一、こっち来い。薬師様呼んだから」

礼一の手を取った姉御は、皆の勝利のムードを壊さぬように、静かに母屋の陰へと連れて行きました。御タケ様はそんな二人に気付いたようでしたが、何も声を掛けずに黙って姉御へ頭を下げたのでした。


 建物の陰に入ると、礼一が口を開きました。

「怪我が解るんですか? そこまではっきりは、見えないでしょうに」

礼一の平常と変わらぬ口調を聞いて、姉御はふんっと鼻息を出しました。

「ケサランパサランが教えてくれるし……それに、お前の声が聞こえたんだよ。これは結構痛い、ってな」

それを聞いた礼一は、情けない顔をしたまま黙り込むしかありませんでした。

「すげー我慢して、踏ん張ってたのか」

姉御が礼一の怪我をしていない方の肩へ手を載せると、頷いた礼一は、黙ってがくりと地面に座り込んでしまいました。

「……結構、痛いです」

「だろうな」

「痛いですよ」

「うん」

姉御は、礼一の隣に座って、何度も背中を撫でました。


 やがて、ケサランパサランに乗った薬師様が到着しました。手には壺を抱えて、肩からバッグを下げています。ケサランパサランと意思疎通出来たようで、準備万端整えての到着です。

「火傷には良い薬がある……かな」

薬師様は、ケサランパサランに乗ったまま、礼一の腕を診察し始めます。一通り見終わると、両手で抱えた壺の蓋を開けて、ざばっと中身を火傷にかけました。

 しばらくすると、燃え残った服の破片がポロポロ落ちて、火傷のぐずぐずも少し落ち着いたように見えました。

「ケサランパサラン、そっちの壺……かな」

薬師様の指示で、ケサランパサランが別の壺を運んで来ました。その壺の中には、どろどろした薬が入っており、薬師様が丁寧に火傷に塗って行きます。すっかり薬に包まれた礼一の左腕は、てらてら光って見えました。

「包帯……かな」

薬師様がバッグから包帯を出してぽんっと放ると、自然と礼一の手に巻き付いて行きます。

「おぉ、すごいな、薬師様」

姉御が感嘆の声を出すと、薬師様は照れたように頭を掻きました。


 包帯が肩から指先まで綺麗に巻き付くと、礼一はふうっと息を吐きました。

「痛みはどうだ? マシになったか?」

心配そうに尋ねる姉御に、礼一が頷いて見せました。

「はい、かなり痛みが治まりました。痛み止めも入っているのかな? 薬師様、ありがとうございました」

礼一に頭を下げられた薬師様は、二度程頷いてから、じっと礼一を見つめました。

「薬を毎日付ければ、一週間で治るし、後遺症も無い……かな。でも、痕は残る……かな」

気の毒そうに眉尻を下げた薬師様に、礼一は笑って見せました。

「痕なんて、残っても問題ありませんよ。痛みも抑えられて、後遺症も無いなんて、それだけで十分過ぎるほどです」

もう一度お礼を言おうとした礼一の目の前から、薬師様が消えました。


「ありがとう、薬師様。礼一の痛いの取ってくれて、ありがとう。また、普通に動くの、ありがとう、ありがどぶ~~~~~~」

薬師様を両手で抱いた姉御は、泣きながら小さな薬師様に頬ずりしていました。頬を赤らめた薬師様は、照れ臭そうに頭を掻いています。

「私より喜んでいますね……」

そんな姉御の様子を見て、礼一も照れ臭そうに頭を掻きました。


「あの……」

やたら平和な空気を醸し出していた中、おずおずと団子屋が近づいて来ました。どうやら、礼一がここにいることに気が付いていたようで、礼一の包帯で巻かれた右腕を見てショックを受けたのか、立ち止まって口を噤んでしまいます。

「大丈夫ですよ。薬師様が治療してくれたので、痛みもありませんし、一週間ほどで後遺症も無く治るそうです」

助け舟を出すように優しく声を掛けた礼一に、団子屋が深々と頭を下げました。

「すいませんでした。僕のせいで、大怪我をさせてしまって。償いようがありません」

目を固く閉じて、頭を下げ続ける団子屋に、礼一は一つため息を吐いてから硬い口調で話し出しました。


「あなたのせいでは、ありませんよ。危険だったのが誰だったとしても、私は同じように助けたでしょうから。いや、助けたというのも御幣がありますね。自分が怪我をしてしまっては、人を助けたとは言えません。

結果として、あなたには、重荷を背負わせてしまったようです。気にしないでいてくれるのが、僕への償いだと思ってもらいたい。だから、もう謝らないで下さい、私が心苦しい」

 そう言って決まり悪そうな笑顔を見せた礼一に、団子屋は返す言葉が無く、黙って頷いて見せるしかありませんでした。


 重い沈黙の中、未だ、苦しそうな顔をして俯く団子屋に、礼一は優しく話しかけます。

「最後は随分、思い切った攻撃を仕掛けたましたね、すごかったですよ。団子屋さんは、守られて、庇われているのがそんなに苦痛でしたか?」

礼一の質問に、団子屋は考え込む素振りを見せました。

 黙って話を聞いていた姉御が、慌てたように何か口に出そうとしたようですが、思い直したように口を噤みました。そんな姉御の様子を横目で見つつも、礼一はじっと団子屋の表情を見つめ、答えを待ちます。


 やがて団子屋が、ぽつりと語りだしました。

「僕は……物心ついた頃から、自分に自信がありませんでした。不自由の無い、普通の家庭で育ったのに、なぜこんなにも自信が無いのかは解りません。そのせいもあって、消極的というか、流されて生きているというか……何かあっても、自分で対処しないうちに、誰かが助けてくれることが多かったような気がします」

俯いたまま、そこで言葉を切り顔を上げた団子屋は、やけに真剣な表情をした礼一と視線が交差しました。口を閉じそうになる団子屋を促すように、礼一が頷きます。


「……今回のことで、良く解ったんです。自分がどうしたいかも考えずに、流されて守られていて、結局、考えなしに飛び出すことになってしまった。それで、礼一さんにまで怪我をさせてしまった。だから、最初から自分がどうしたいか考えて、その為の準備や段取りをしておくべきだったんだって思います。

予知夢を見られたんだから、積極的に出来ることを考えて、行動する時間は沢山あったんだ。そして、そういうことから、自信と言うものは形成されていくのかもしれないって考えたら、自分の意思と関係なく、守られているばかりなのは嫌だって思いました」

 一気に語り終わって息を吐く団子屋に、礼一は黙って何度も頷きました。


「……そうですね、その通りだと思います。あなたには、自分の意思で出来ることが沢山あると思います。まわりがそれを制限するのは、あなたの為になりませんね」

そう言って礼一が笑顔を見せると、団子屋は力強く頷きました。

「さぁ、休養やら後始末やら、必要だろう。そろそろ、向こうに戻ろう。団子屋は、先に行っていてくれないか」

 区切りをつけるように姉御が言うと、団子屋は素直に頷いて、再び礼一に深々と頭を下げてから走り去って行きました。


「……今の団子屋とのやり取りで、お前が何をどう感じたのかは解らんが、心中穏やかでないことだけは解る。だけど、怪我が治るまでは大人しくしていてくれ。頼む」

そう言って、礼一の肩をぽんっと叩いてからその場を離れた姉御の後ろで、俯いた礼一の目からは涙が溢れていました。



 襲撃の騒動が収まった一週間後、礼一は黙って姿を消しました。

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