47話 朔――本日のメインイベント

 鬼がダメージを受けてぴよっている間に、秋太たぬきがカイザーたぬきの元へやって来ました。

「秋太! 伝説の兄弟レスラーに変身じゃ!」

 ぼふんっと煙を上げたたぬき二匹は、いつか見たことのある、外国人プロレスラーに変身していました。結界の中で、団子屋が渋い顔をしています。

「カイザー、お前に教えるエルボーは、もう無い。秋太、ジャブを連打で、ストレートだぞっ! 頼んだぞっ!」

姉御が大声で気合を入れると、外人レスラーは頷いて握りこぶしを固めました。

「え? カイザーにはエルボーしか教えて無いってこと? 秋太に関しては、パンチのみなんじゃないの?」

団子屋の突っ込みも虚しく、姉御は飛び去ってしまいました。

「大丈夫でしょう。二人とも、グレートに荒ぶってくれますよ」

フォローを入れたプロレス好きの礼一の目は輝いていましたが、団子屋には何一つ響いていませんでした。



 上空に戻った姉御は、首、肩、と順にグルグル回すと、深呼吸をしてからCリーダーと顔を合わせました。Cリーダーは、通常の十倍はありそうな獰猛な狼に似た戦闘体型に変身済みです。

「んじゃ、御タケ様には引き続き頑張ってもらっといて、俺たちは、手に拷問……攻撃を加えるぞ! Cリーダーは、小指を頼む!」

姉御の指示を聞き、Cリーダーが鬼の手の小指方向へ飛び去ります。姉御はすかさず急降下すると、地面に足がついた瞬間に、勢いを付けて飛び上がりました。そのまま、でかい鬼の手の親指を目指しているようです。

「おらぁ――――!」

姉御がものすごいスピードで掌底を叩きこんだのは、鬼の手の親指の爪の伸びた部分でした。絶妙なコンビネーションで、Cリーダーが小指に同じ攻撃を仕掛けています。


 めりっと音がしました。


 一メートルはありそうな鬼の爪が、何十センチ剥がれ、指の肉との隙間から血がにじんできます。

「ほらー、よく解らない場所に、手なんか入れるからー」

姉御が、気の毒そうに言いました。

 鬼の手は痛みに耐えているのか、微妙に振動しながら、わきわきと指を動かしています。

「まだ引っ込めないのか……馬鹿め」

 姉御は、Cリーダーのいる小指に移動すると、閉じたり開いたりしている鬼の手のタイミングを見計らって、小指の腹に滑り込みました。そのままそこに手を添えると、力の限り、上へと押し上げます。姉御の足の下にいたケサランパサランも、背中に移動して羽になり、押し上げる力を増幅しています。さらにCリーダーも加わり、鬼の小指は、曲がってはいけない方向に曲がって行きます。鬼の手が、ピンと上に垂直に反りましたが、小指だけは九十度以上曲がり、嫌な音を立てています。

「うわぁ~……」

御タケ様が、嫌そうなため息を漏らしました。



 一方、地面では、本日のメインイベントのゴングが鳴っていました。

 カイザーたぬきこと、兄レスラーは、赤鬼に走り寄って顎から抉るようなエルボーをぶち込みました。鬼が後ろによろけます。秋太たぬきこと、弟レスラーも負けじと赤鬼に走り込もうとしましたが、何かを感じたのか、さっと体を止めてしまいます。

「オー ノー! 嫌な予感、するね」

口調も外見に合わせていました。

 よろけた鬼はぐっと足を踏ん張ると、口をかぱっと開けて、ぼぉ~~~っと炎を吹きました。二メートル程、細い炎が噴き出しています。

「デンジャーじゃ~~~~!」

兄レスラーは、ブリッジで避けました。


「嘘っ! 鬼が火を吹いた! あんなの反則だよ!」

結界の中で、団子屋が叫びます。

「まぁ、リングでは、緑の毒霧を吹き出す者もありますしね」

冷静に返した礼一は、団子屋に睨まれてしまいました。

「何を言っているんです! 助けないと!」

たぬき達を心配した団子屋は、結界の外に飛び出して行ってしまいました。


「えっ? 危ないわ!」

庭に走り込んできた団子屋を認めた春子たぬきは、団子屋に寄って行く子鬼をしっぽで殴り飛ばして行きます。それに気付いたヒロシ君と遠藤行者も、団子屋の守りに回りました。

 風が無くなった庭からは、既に、かなりの数の子鬼が排除されていました。春子たぬきとヒロシ君が攻撃して動きを止めた子鬼を、遠藤行者が銃で撃ってお家に返すという、慈悲深い流れ作業の賜物でした。それでも、武器も持たない無防備な団子屋がうろうろするのは危険です。一気に場に緊張が走ります。


「何してるんじゃ!」

驚いた兄レスラーが、走り寄って来る団子屋を怒鳴りつけました。赤鬼はその隙を逃さずに、兄レスラーを体当たりで突き飛ばすと、走り寄って来る団子屋へ向かって口を開きます。


「くそっ!」

いつのまに追いついたのか、走り込んできた礼一が団子屋を突き飛ばすのと同時に、赤鬼が炎を吹き出しました。

 

 土地の結界が消えてしまいました。

 礼一の手は、印を結んではいませんでした。


「鬼は嫌いなんですよ」

地面に倒れて状況が理解出来ない団子屋の耳に、礼一の苦し気な声が届きます。顔を上げた団子屋が見たのは、右手の肩から指先まで、酷い火傷を負った礼一の姿でした。

 左手で団子屋を押しやった結果、右手だけは、赤鬼の炎を回避出来なかったようです。

「そんな……」

恐怖に顔を引きつらせた団子屋に、礼一は笑って見せました。

「死ぬような傷ではありません。あなたは、後ろにいて下さい」

優しく響いた礼一の声に、団子屋は悲しい顔をして、震えながら後ろに下がります。怪我をした礼一よりも、精神的なダメージが大きいようで、言葉も出ない様子です。


 礼一の怪我は、その場にいた面々の闘志を燃え上がらせました。皆いっせいに、近場の敵に攻撃をしかけまくりました。

「この――、びびってないかんね!」

弟レスラーが赤鬼に走り寄り、顔面をジャブで連打します。鬼がふらついたところでストレートをぶち込むと、鬼はぴよって片膝をつきました。

 弟レスラーが作った時間で、礼一が行動を開始します。

「さぁ、結界を解いてしまったので、残った雑魚は一掃しましょうか」

礼一は涼しい顔で地面に落とした枝から葉を何枚かむしると、手のひらの上に乗せて何事かぶつぶつ呟き、ふっと息を掛けました。

 礼一の息で舞った葉は、ぐるぐると風の渦になり、周辺の子鬼を巻き込んで上空へと昇って行きます。

敵がいなくなって手を止めた面々は、まだ庭に残っている赤鬼へと視線を向けました。

「さぁ、もう一仕事……」

枝の葉を一枚むしった礼一が、先程と同じ動作をすると、ひゅんっと飛んだ葉が赤鬼の口へ貼りつきました。驚いた赤鬼は、手で引っかいたり、首を振ったりしますが、葉は剥がれる気配がありません。

「これで、火は吹けませんよ」

礼一の言葉を聞いて、他の面々は、にまっと笑顔を見せました。


「それなら……」

 以外にも、礼一の後ろで震えていた団子屋が口を開きました。礼一が顔を向けると、すまなそうに眉根を寄せながらも、言葉を続けます。

「やっぱり僕は、守られているだけなんて嫌だ! 僕を庇って、礼一さんが怪我をするなんて嫌だ! みんな、危ない目に遭いながら戦ってるんだ。僕だって、自分が何か出来るというところを見せたい! 庇われるだけの人間じゃないって、証明したい!」

まさかの団子屋が、一番に攻撃を仕掛けようと走り出しました。

「ちょっ、」

慌てて手を伸ばした礼一でしたが、団子屋を止めることは出来ませんでした。


 赤鬼へ走り込んだ団子屋は、そのままの勢いでスライディングをかまします。

「カニバサミ!」

赤鬼の足を器用に己の足で挟み込むと、上手いこと赤鬼を地面に転がしました。

「チャンスじゃ~~~~!」

団子屋が赤鬼を転ばせた瞬間、ものすごいジャンプ力で屋根に跳び乗った兄レスラーが、赤鬼の鳩尾みぞおちめがけて、エルボーで落下しました。

 まともにくらった赤鬼は、くの字になって呻いてから、大の字になってぐったりしています。そこに追い打ちをかけるように、弟レスラーもエルボーで倒れ込みました。

「俺も行くぞ!」

ヒロシ君のタイヤが、赤鬼の下腹を直撃します。春子たぬきも、ふんっと鼻息を吐いて、赤鬼の顔面にしっぽを叩きつけました。

「さて、家に帰ってもらいましょう」

遠藤行者は赤鬼を見下ろしながら、至近距離でうじ弾を数発ぶち込みました。


 しこたま攻撃をくらった赤鬼は、体をびくっとさせてのろのろ上体を起こすと、その場に体育座りで丸まりました。皆、しばし赤鬼の様子を伺いましたが、一向に動く気配がありません。

「ほらっ、帰れよ!」

痺れを切らしたヒロシ君がバイクをひと吹かしすると、驚いて顔を上げた赤鬼は、そのまま空へと飛び去って行きました。



 上空では、でかい鬼の手の小指が、完全に折れていました。

「ちょっと――、もう――、俺がいじめてるみたいになってんじゃん」

姉御は、攻撃する気力が無くなっていました。

 その横を、風の渦に巻かれた子鬼たちが通過して、裂け目へ戻って行きます。

「お? 下の状況が変わったのか?」

姉御に言われて、御タケ様が庭に目を落としました。

「ん? 結界が解かれている……みな無事のようだが。今の術は礼一だね。大方片付いたのかな?」

御タケ様の言葉を聞いて、姉御が口を尖らせました。

「何だよ~、下は終わったのか~。こっちもさっさと終わらせたいのに! いいかげんに空気読んで、この手、引っ込めてくんないかなぁ。俺が拷問してるみたいで、御タケ様に引かれちゃうだろーが!」

姉御は、鬼の手を蹴り上げました。


 イラついた姉御は、御タケ様に気の毒そうな表情を向けられて、頭の中で何かがぷつんと弾け飛びました。

「……ちょっと、行ってくる」

「え? 何です?」

聞き返す御タケ様を無視して、上空へと急上昇した姉御は、すっと黒い裂け目の中に飛び込んで行ってしまいました。すぐにCリーダーも後を追い、中へと飛び込んで行きました。

「ちょ、えぇ――――――!?」

御タケ様は、威厳の無い叫びを響かせました。

 突然の事態に、対処に困った御タケ様が、助けを求めるように下に目を向けると、赤鬼がぴゅんっと上昇して来て飛び去って行きます。

「よっしゃー、片付いたぞー!」

下からは、威勢の良い声が響いて来ます。


「えぇ――……ケサランパサラン、取りあえず下に降ろしてくれるかな?」

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