46話 朔――待ってました
庭の中央でごちゃごちゃ話をしている姉御達の元へ、たぬき三兄弟がやって来ました。
「準備はどうじゃ?」
カイザーたぬきが誰にともなく尋ねると、黒髪くせっけショートカットにイメチェンした遠藤行者が応じます。
「ばっちりだ」
「……何の準備じゃ?」
遠藤行者の、ニューヘアスタイルが整いました。
「ここだけ、誰もきんちょしてない」
秋太たぬきが不思議そうに首を傾げると、春子たぬきが肩にぽんと手を置きました。
「姉御さんの傍は特殊な磁場が発生していて、皆ぶっとんだ感じになるのよ」
呆れたように目をつぶって頭を左右に振った春子たぬきは、姉御の下駄ロケットをくらって後ろに倒れました。
突然姉御の首元で、Cリーダーがうねって首を持ち上げました。驚いた姉御が気配を探ると、空に何か感じたようで、上を向いて止まりました。釣られた面々も、次々と空を見上げています。
「おぉ、黒い点があるぞ!」
ヒロシ君が叫ぶと、黒点を含んだ空と土地いっぱいに、半透明な膜が大きなドーム状に広がりました。タケミの結界が発動したようです。
「来たかっ! 団子屋は、礼一の結界の中へ急ぐんじゃ!」
カイザーたぬきに足を押された団子屋は、心配そうにカイザーたぬきを見つめて、移動するのをためらっているようでした。夢の中で、カイザーたぬきが吹き飛んだ姿を見ていたせいで心配なようです。
「早くしろ! わしなら大丈夫じゃ。ちゃんと準備はしてある」
笑顔で頷いたカイザーたぬきをじっと見つめた団子屋は、観念したようにぐっと頷くと、礼一の元へ走って行きました。
空の黒点は、びゅっと太い一文字に変形すると、袋に開いた切れ目のように、そこから何かを放出し始めました。細かい無数の点は、わらわらと下へ溢れだして来ます。
「ん~? あれは……無数の邪というやつか?」
カイザーたぬきが目を凝らしていると、姉御がものすごいスピードで上空へと飛び上がりました。一同が呆気にとられる前に、再び姉御が戻って来ます。
「一匹捕まえて来たぞっ」
姉御の前面に羽交い絞めにされていたのは、中型犬ほどの大きさの鬼でした。
「うわー、鬼か、これ。しわしわで腹が出てて、グロいな。色もあせてて貧相だ」
ヒロシ君の失礼な物言いが通じているのか、鬼がキーキーと暴れだします。
「うるせー、暴れるな! 遠藤行者、早くうじ弾を、レッツトライ!」
姉御に促された遠藤行者は、慌てて銃を鬼に押し付けると、ゼロ距離で引き金を引きました。
破裂音の後、興味津々で見つめる面々の前で、鬼が急に大人しくなりました。体に力が入っていないようで、手も足もだらんとしています。
「ん? 死んだのか?」
姉御が眉根を寄せながら鬼を地面に下ろすと、死んではいないようで、ストンと地面に力無く座り込み、のろのろと周りを見回し始めました。
「何だ? ダメージはあるようだが」
ヒロシ君がつま先でつんつん小突くと、ぴたりと動くのを止めて、やがて浮き上がりました。
「おっ、浮いた……ん? 穴の方へ戻って行くぞ」
姉御が手を出さずに黙って様子を見ていると、ひゅーんと飛んで点となって、出て来た裂け目へ戻って行ったようでした。
「あれはどうしたんじゃ?」
事情を知らないカイザーたぬきが訝しげに言うと、他の面々も首を傾げながら鬼の去った方向を見つめています。
「そうだなぁ……遠藤行者がうじうじ悩んで、滝に閉じこもっていた結界の力が凝縮されているから、引き籠りたい気分になって、家に帰っていったんじゃないかなぁ」
「そうか、それだ! そういうことだな!」
姉御の適当な意見に、またしてもヒロシ君が同調しました。
「そういう訳で、俺は持ち場へ行くから、遠藤行者は銃で子鬼を帰宅させまくってくれ。ヒロシ君も、たぬき共も、適当にしっかりな!」
皆の頷く姿を認めると、姉御はケサランパサランで空へと飛び立ちました。
上空では、子鬼の軍勢の排出が収まり、黒い裂け目から雲のようなものが吹き出してきています。まっすぐ地面へ向かう子鬼をやり過ごした姉御に、下方から声が掛かりました。
「姉御さん、私も上へお願いします!」
屋根の上で、御タケ様が叫んでいました。それを聞きとめた姉御に指示を出されたのか、ケサランパサランの別働隊が御タケ様を取り囲んで、姉御の元へと飛んできます。
裂け目から吹き込んできた雲は、ぐるぐると渦を巻き、あっという間に裂け目を覆い隠すほどの巨大な黒雲へと変貌を遂げました。ところどころで、ビリビリと稲妻が走っています。それと同時に、強風が吹き下ろしてきました。いよいよ、団子屋の予知夢通りの光景が完成したようです。
「私は、風を止めて雲を払います! 術が発動するまで無防備になりますので、防御をお願いします!」
強風の中で御タケ様の叫びを聞いた姉御が右手を挙げると、すぐにケサランパサランの塊が飛んできて、御タケ様の周囲を取り囲んでぐるぐる回り始めました。妨害を察知した子鬼達が、御タケ様に取りつこうと近づいて来ますが、ケサランパサランの防御に弾き飛ばされて行きます。飛ばされた子鬼は、姉御と白虎とCリーダーが、半ば楽しみながら、強烈なアタックを食らわせているようです。
庭では、次から次へとやって来る子鬼へ、遠藤行者がうじ弾をブチ込んでいました。何かしら出来る男ヒロシ君は、華麗にオートバイを乗りこなしながら、タイヤで子鬼を踏みつぶしています。たぬき三兄弟も、しっぽを上手に使って、子鬼をダウンさせていました。
そこへ、上空から強風が吹きこんで来ました。子鬼達は強風に乗って、次々と礼一の結界へと貼りついています。
何とか風に耐える遠藤行者の足に、秋太たぬきがつかまりました。春子たぬきも、近くにいたヒロシ君の背中に飛び付きます。ふっと、カイザーたぬきの上体が浮き上がって、遠くで団子屋が叫びました。
「カイザー!!!!」
団子屋の夢同様、カイザーたぬきが飛ばされようとしています。
「大丈夫じゃ~~対策済みじゃ~~。柱と体を、ロープでつないで置いたんじゃ~~」
いよいよ踏ん張りがきかなくなったカイザーたぬきの胴には、しっかりとロープが結ばれていました。
「え? ロープ? さっき、邪魔だから切ったな」
ヒロシ君の爆弾発言と共に、カイザーたぬきは吹き飛んで行きました。
「ヒーローシ――――――!」
「悪ぃな、冬一」
ヒロシ君は、爽やかな笑顔でカイザーたぬきに手を振りました。
吹き飛ばされたカイザーたぬきは、にゅっと礼一の結界の高い位置で内側へと入り込み、驚いて受け止めようとする団子屋の顔面にブチ当たりました。結界の中は、邪悪な風は吹き込んでおらず、静かなものでした。
「うわ~……僕が怪我するから、カイザーが吹き飛ぶ所を夢に見たのか・・・心配して損した」
カイザーたぬきを引き離した団子屋の鼻からは、たらりと鼻血が垂れていました。
「うわぁぁぁぁぁぁ、博が悪いんじゃ~~~~~~」
鼻血顔の凍りついた笑顔を向けられたカイザーたぬきは、顔を赤くして、結界の外へ走り去って行きました。しかし、再び風で飛ばされて転がってきて、団子屋が足で踏んで止めました。
「雲と風の除去待ちですね。そろそろいけるでしょう」
礼一は、人差し指と中指を上にぴんと伸ばした手で、葉がついた枝を握っていました。もう片方の手も、同じ形に握り込まれていましたが、伸びた指は、前方を指していました。どうやら、手の状態が結界と関係しているらしく、手の代わりにくいっと顎を使って上空を指しました。
空の黒雲の前では、ケサランパサランの繭が割れて、御タケ様が姿を現していました。群がろうとする子鬼を、姉御が掌底で払っています。
「ナキ オモウモノ チカラカセ コレヨリ ナヲモッテ シュトナス ワガナハ タケミ――」
御タケ様が何事か呟くと、濃緑の木の葉がザッと散って渦を巻き、あっという間に白い雲が立ち上りました。
ぐっと手を前に出した御タケ様の動作に合わせて、白雲が渦巻き、黒雲を押し返し始めます。
風が止みました。
「ん……雲の中に何かいるか」
ぐんぐん割れ目に押し戻されて行く黒雲の中に、御タケ様は何か感じたようで、右手のひらを横に動かした後、礼一のように人差し指と中指を立てた拳を作り、何か呟きました。
一気に白雲の勢いが増し、黒雲がすっかり姿を消すと、そこには大きな手がありました。黒雲で上手く隠れていたようで、割れ目から何者かが、にゅっとこちらへ手を突っ込んでいるようです。空に現れた非常識に大きな手は、母屋など一発で握りつぶされてしまう程の大きさでした。
「うーん……ケサランパサランが、毛むくじゃらで、赤くて、爪が長いごつごつした手だと言っている。あれだね、鬼の手ということで、間違いないよね?」
腕組みした姉御が尋ねると、御タケ様も、そうでしょうね、と頷きます。
姉御は、眉根を寄せて、ため息を吐きました。
「なに? 馬鹿なの? 敵の中に、手だけ突っ込んで……痛い想像しか出来ないよ?」
「まぁ、そういう考え方も出来るかな。豊かな土地を、ごっそり
御タケ様の言葉を聞いた姉御は、ニヤリと笑って見せると、首に巻き付いていたCリーダーをひと撫でしました。
「お手柔らかに。私はこのまま、裂け目に邪を逆流させて入って来られないようにしていますので、鬼の手の撃退はお願いします」
「分かった! それじゃ、本気だすから! よっしゃー」
御タケ様に余裕の笑みを見せた姉御は、集中力をマックスにして叫びました。
姉御の鼻の下が光り、第三の目が現れます。
「ぶはっっっっっ――――!」
御タケ様は、第三の目を見るのは初めてでした。
「御タケ様! 笑ってもいいけど、力弱まってる! 黒雲戻ってるから!」
爆笑発作に襲われた御タケ様は、迂闊にも術を弱めてしまいました。
「ちょっ、分かったから、こっち向かないでっ! 顔見せないでっ!」
怒鳴られた御タケ様は、心配そうに第三の目で見つめる姉御に、失礼なことを言い放ちました。更に大げさに目を背けると、肩の辺りで笑いの痙攣を引きずりながら、何とか術を持ち直したようです。
「おぃ~~~~、何か、子鬼よりでかいのが、一匹出ちゃったぞ!」
御タケ様の隙をついて、人間サイズのものが一匹、地面へと落下して行きます。
「だって、姉御さんが変なところに目を……くっ」
「分かったから、集中してくれよっ!」
姉御は、ケサランパサランを二匹、御タケ様に投げました。吸いつくように双眸にフィットしたケサランパサランで、御タケ様は冷静さを取り戻しました。
「おーい、カイザー、そっちに変なのが行ったぞ! 伝説の兄弟で撃破しろ!」
姉御に怒鳴られたカイザーたぬきが、周囲を見回しました。
「うわぁ……人サイズの鬼じゃ~、赤鬼じゃ~」
間もなく、庭に立っている人間サイズの筋肉の締まった赤鬼を発見します。
「ちっ! くそっ」
鬼を見て引くカイザーたぬきの頭上で、姉御が忌々し気に舌打ちしました。
「やっちまえよ、そんな鬼! 何だよ、その髪型。 俺は許さんぞ!」
赤鬼は、サラサラストレートキューティクルロン毛でした。
「鬼は、ぼさもさでいいでしょーが――――!」
姉御が上空から鬼の頭に拳骨を叩き込むと、衝撃を受けた鬼は、地面に膝をめり込ませました。
「後は頼んだぞ!」
そう言ってかっこよさげな笑顔を見せる姉御でしたが、カイザーたぬきは第三の目を見て吹き出して視線を逸らしました。
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