45話 朔――襲撃前

 団子屋の予知夢が現実になると当たりをつけた日がやって来ました。数日前からタケミの能力者達が、入れ替わり立ち替わり団子屋へやってきて、襲撃への備えをしているようです。敷地を囲んで葉のついた木の枝を刺したり、ふだを配置したりしています。

 関係者各位では十分に作戦会議を行っていたので、姉御は朝から「ちょっと思いついた」と言って皆の元を走り去りました。


 姉御の思いついた行き先は、遠藤ノ滝でした。

「あぁ、姉御さん、おはようございます」

岩を伝って滝壺横の洞窟に降り立った姉御に、遠藤行者のおだやかな挨拶が聞こえてきました。

「あぁ、おはようさん。今日は、遠藤行者も聞いているだろうが、悪い日だぞ」

仁王立ちで腰に手を当てた姉御がきっぱり返すと、遠藤行者は目を伏せて、どこか苦しいような顔を見せました。

「そうですね……襲撃があるようで。私もただならぬ気配を感じていますよ。お手伝いは出来ませんが、ここで祈らせてもらいます」

遠藤行者の言葉を聞くと、姉御は眉根を寄せて、怒ったようにふんっと鼻息を出しました。ただならぬ姉御の様子に、遠藤行者は不安げに首を傾げました。

「ど、どうかしましたか?」

遠藤行者が恐る恐る尋ねると、姉はがばっとジャンプして、遠藤行者の背後に回りました。

「こうします!」

姉御は遠藤行者の背後からがばっと腰に手を回すと、そのまま勢い良く腰を反らせて手を離しました。地面から引っこ抜かれた遠藤行者は、投げっぱなしジャーマンで、滝から姿を消しました。


 姉御は遠藤行者が飛んで行った方向の気配を探り、足を進めました。たどり着いた場所には、遠藤行者が仰向けで地面に寝そべっています。坊主頭が少し、地面にめり込んでいました。

「い、い、い、いったい何を……」

事態が飲み込めない遠藤行者は、そのままの姿勢で姉御を見上げています。

「やっぱりなー、やっぱりだよ! 未だに場所があんたを縛り付ける意味が分かんねぇって思ってたんだ。滝から出られるじゃないか! きっとあんたは、自分で自分を滝に縛ってただけだよ」

姉御の嬉しそうな声を聞いて、遠藤行者はおずおずと体を起こしました。そして、辺りを見回すと、信じられないと言うように目を見開いて姉御を見つめます。

「出られたんだから、直接加勢してくれ。バリアを張れる味方は貴重だろ」

「……な、なんと……それは、もちろん」

姉御は、未だ混乱気味の遠藤行者を連れて、ケサランパサランで団子屋へ向かいました。


 団子屋の庭に姉御と遠藤行者が降り立つと、縁側にいた御タケ様と礼一が驚いた顔を見せました。

「遠藤行者を滝から引っこ抜いてきたぞ! 加勢してくれるって」

「尊いお方を大根みたいに……」

自慢げに言い放った姉御の顔を見て、礼一が渋い顔をしました。

姉御の紹介を受けて、御タケ様は遠藤行者の前へ進みます。

「これはこれは……行者様のお話は村でも有名で、お寺の方に立派な石碑もありますね。御目に掛かれて光栄です。私はタケミの、現御タケをしておる者です」

頭を下げた御タケ様を、遠藤行者が慌てて手を振って止めました。

「いやいや、タケミの御タケ様ですか。それはたいそうな御方。私は、あなたのような方に頭を下げられる価値の無いモノです。大した力はありませんが、襲われるのは私の親友が守っていた土地だそうで。今日は私も精一杯、出来ることをしたいと思います」


 その後、祖父の親友の登場に感動している団子屋や、再会を懐かしむカイザーたぬきとの和やかな空気が流れましたが、そんなことにはお構いなしに、姉御が大声を張り上げました。

「ヒロシく――――ん!」

「ちょっと、姉御さん! ヒロシ君が、何の役に立つんです? バイクに乗ったただの霊体ですよ? 荷が重いでしょう」

礼一が焦って駆け寄ると、姉御は心外そうな顔をしました。

「何か出来るよ、ヒロシ君だから。ヒロシ君を侮ることなかれ!」

「おぅ、その通りだ。俺は、いつも何かしら出来る男だぞ!」

バイクに跨ったヒロシ君が、屋根の上から叫んでいました。正に、ヒーロー登場のシーンさながらのヒロシ君に、姉御やら秋太たぬきやらの幼稚な組のテンションが上がって、喜んで声援を送っています。


「ふんっ、カノちゃんの初恋は、お前じゃないけどな」

カイザーたぬきが余計なことを言うと、飛び降りたヒロシ君のバイクの前輪は、思い切りしっぽを踏みつけました。

「ふんっ、戦の前に負傷するとは、馬鹿なたぬきだ!」

「そんなヤワなしっぽじゃないわい!」

睨みあう一人と一匹の間に、まぁまぁ、と遠藤行者が割り込んで宥めましたが、ヒロシ君に拳骨で殴られ、カイザーたぬきに足を踏まれました。

「なぜ私を攻撃するんだ……」

ヒロシ君とカイザーたぬきは、そっぽを向いて口を尖らせています。子供の頃の初恋の相手が遠藤行者だったというカノさんの告白は、男同士の友情に影響を与えているようです。


「皆さん、集まって下さい。最終確認しましょう」

 緊張感のない面々を、御タケ様が凛とした声で集めました。縁側に集まると、今いる土地の簡単な地図が用意されています。

「まず、雲が現れるのは、北のあの辺りです。団子屋さん、間違いないですね?」

御タケ様が指さした方向を見た団子屋が、強く頷きました。

「予兆が現れたらすぐに、土地の周囲を等間隔に囲んだタケミの衆が結界を張ります。これは、邪や戦闘が外の者に見えないようにするのと、内側の邪が拡散するのを防ぐためです。ただ、大掛かりな結界なので、タケミの衆はほぼこの作業で手一杯です。現在、サンイやヨンイなど、タケミの手練れの者は仕事先から戻れなかったので、現れたモノと戦闘出来るのは、ここにいるメンバーだけです」

 御タケ様は、ぐるりと一同を見回すと、地図の方々に名前を書き込み、各人におおまかな指示を与えました。


 姉御・御タケ――雲と本体への対処

 白虎    ――御タケの補助

 Cリーダー ――姉御の補助

 礼一    ――田んぼへ結界(タケミ衆の結界の内側)

 たぬき三兄弟――本体以外の雑魚への対処

 遠藤行者  ――場を見てアシスト

 ヒロシ君  ――出来ること

 団子屋   ――隠れていること

 ブチ黒白  ――たぬきの補助的な感じ


 めちゃくちゃな面子のせいで、後半へ行くほど説明はアバウトになりました。

「外側の大きい結界で、敵共々我々も閉じ込められることになります。さらに、土地へのダメージを減らすために、店より向こうには礼一が結界を張りますので、実際に戦闘する場所は、庭と上空くらいになるでしょうか」

御タケ様が、説明しながら地図に結界の場所をぐるっと囲みました。

「まぁ、敵が散らばらない分、戦いやすいかもしれないな。だが文献によると、小さき無数の邪が現れるということだが、無数がどのくらいなのか……」

見回りをしていた白虎がいつの間にか戻っており、ぎゅっと目を険しくさせながら地図を睨みました。


 白虎の声を聞いた姉御は、すかさずもふもふの背中に飛び乗り、べったりと体にしがみ付きました。姉御のスキンシップに慣れている白虎は、何事も無かったように話を続けます。

「基本的に、よほど性根が曲がった者でなければ、内側の礼一が張った結界はすり抜けることが出来る。

怪我をしたり、戦闘が不可能なものは、礼一の結界の中に逃げ込むように。問題は、礼一だな。どの程度耐えられるか」

白虎が礼一に視線を向けると、御タケ様もそれに倣います。

「どうでしょう。何百匹結界に取りつこうと、ここは地元ですからねぇ。お山の力も強いし、ただ結界を張っていればいいだけなので、三十分は余裕でしょう」

礼一の頼もしい言葉に、白虎も御タケ様も頷きました。


 軽めの昼食を取り、タケミの面々は、入念に確認と準備を繰り返しています。姉御と愉快な仲間たちは、待ち時間に飽きてしまい、庭の真ん中で井戸端会議状態でした。

「姉御さん、ヒコナさんは参加しないのですか? 彼も力がありそうですが」

遠藤行者が尋ねると、姉御は欠伸を噛み殺しながら、あぁ、と頷きました。

「ヒコナは強いから、非常時のために宿に残ってもらってる。タケミ本家も手薄だしな。あいつが宿にいてくれれば、俺も安心だ」

姉御の欠伸に釣られながら、ヒロシ君も眠そうに口を開きました。

「それより、遠藤はどうすんだよ。誰かに結界を張るか、自分に張って闘うか、どっちかだろ?」

ヒロシ君の問いに、姉御も遠藤行者も、腕を組んで考え込むしかありませんでした。


「何のお話です?」

そこに、裏の納屋の方に行っていた団子屋が戻ってきて、声を掛けました。

「あぁ、それが……ん? お前、それ、どうすんだ?」

応えようとしたヒロシ君が、団子屋の手に持たれた特大の剪定ばさみに気が付きました。

 ヒロシ君の目線で剪定ばさみのことを言われていると悟った団子屋は、少し照れ臭そうな笑顔を見せました。

「剪定ばさみですか? 一応、念のためです。リーチもあるし、挟めるし、切れるし、いいかなって」

笑顔で答える団子屋以外の面々は、顔を曇らせました。どう考えても、剪定ばさみでの戦いは、グロい想像しか浮かんできませんでした。

「ま、まぁ、血みどろが平気なら、意気込みや良しってとこだな。遠藤も、何か武器を借りるといい」

ヒロシ君の言葉で何かを想像したらしき団子屋は、ちょっと顔を曇らせると、遠藤行者に剪定ばさみをグイグイ押し付けました。


「い、いや、私も剪定ばさみはちょっと。ちょ……断る! 違うのがいい」

遠藤行者は拒絶しました。

「ゾンビだったら、スコップが最高なんだけどなぁ。いや、今回もいいんじゃないの? 叩けるし、刺せるし、払えるし。何にでもいけるんじゃないの?」

「いえ、嫌です」

姉御のスコップ押しにも負けない遠藤行者は、美意識の高い男のようでした。

「しょうがねぇなぁ、じゃあ、これ使えよ」

呆れたようにため息を吐いたヒロシ君が、ポケットから何かを出して渡しました。

「え? 銃みたいだが? おもちゃ?」

遠藤行者が怪訝そうに受け取ると、大きな破裂音がして、姉御の足元に小さな砂埃が立ちました。

「あぁ、弾、入ってたな。いきなり発砲するなよーはははっ」

ヒロシ君が軽く笑って突っ込みました。

「あぶねっ! 戦う前に死ぬとこだぞっ!」

姉御は、ヒロシ君の後頭部を叩きました。

「お前も、発砲すんなよっ!」

ついでに、遠藤行者にも拳骨をくれてやりました。


 暴力にも慣れて来たのか、遠藤行者はリアクションも無く、興味深そうに銃をいじっています。

「かっこいいな。これ、どうしたんだよ? 弾は?」

遠藤行者は、男の子の好奇心に火がついたのか、嬉々としてヒロシ君に詰め寄っています。

「戦争が終わっても、返さなかったんだよ。隠してたんだ。何かあったら、まだやれると思ってな。銃刀法違反がばれないように、死んだ後に取って来た。因みに、弾は無いぞ、無くした。さっきの一発で最後だ」

終戦後の男気を語ったヒロシ君でしたが、迂闊にも、弾はロストしていました。がっかりした表情を見せた遠藤行者が、銃を真ん中からがばっと折って中を確認しましたが、玉が入っているはずの場所はカラッポでした。

「弾無しで、どうやって戦うんだ……」

銃を元に戻して、つまらなそうに引き金をかちゃかちゃ言わせた遠藤行者に、ヒロシ君は厳しい目を向けました。


「馬鹿野郎! 何とかしろ! 行者だろうが!」

無茶なことを怒鳴るヒロシ君を、姉御が、まぁまぁとなだめます。

「何か、玉的なもんを詰めたらどうだろう。ほら、うじうじした結界をぎゅっと凝縮して玉にするとか……あれっ、名案じゃね?」

 遠藤行者は、適当なことを言う姉御に胡散臭い目を向けながらも、銃に集中してみたのでした。

「遠藤、イメージだ! イメトレだ! うじ弾装填だ!」

ヒロシ君も、姉御の戯言に完全に乗っかりました。

「うーん……何か、入った気がする……」

遠藤行者が、首を傾げながら銃を見つめます。

「え? マジで?」

適当なことを言って炊き付けた張本人二人は、意外そうな顔を見合わせています。

「で……この弾が当たったらどうなると思う?」

遠藤行者は、引き金を引きました。


 破裂音とほぼ同時に、姉御とヒロシ君の足元で、小さく土煙が上がります。

「おまっ、あぶっ、馬鹿なの!?」

ヒロシ君は、遠藤行者の頭をぺちりと打ちました。姉御は、弾が撃ち込まれたであろう地面にしゃがんで手で地面を撫でましたが、一発目と違い、何かめり込んでいる様子も穴も見当たりませんでした。

「なんだこりゃ……何かが飛んで出たのは確かだけど、どうもなってないよな? 吸収されたのか? しょぼすぎて弾けたのか?」

それを聞いた他の面々も、地面にしゃがみ込んで様子を伺いました。

「吸収されたのだとしたら、生き物に撃ってみたら、何がしかの効果があるかもしれませんよね」

団子屋の精一杯のフォローを聞いた遠藤行者は、銃口をヒロシ君に向けました。


「おいっ、俺は生き物じゃないぞっ」

もっともな言を聞き入れて、今度は姉御に銃口を向けます。

「てめっ、俺に向けてるな? 俺に何かあったら、あれだぞ、御タケ様の持ち場が手薄になるぞ」

再び説得され、今度は団子屋へ銃口を向けます。

「……別にいいですけど。撃ってみます? 僕を?」

団子屋の冷たい笑顔を見て、遠藤行者は銃を下へ向けました。

「いや、流石に冗談だよ、ハハハ」

穏やかに笑った遠藤行者の眉間に、ヒロシ君のヘッドバットがさく裂しました。衝撃で後ろに倒れた遠藤行者を踏みながら、姉御が口を開きます。


「弾の効果は、速攻で一匹敵を捕まえて試すとして……問題は、見た目だな。坊主に銃だもんな……反則少林寺みたいな感じだぞ?」

 姉御の物言いに、団子屋が吹き出しました。

「いいかげん、スキンヘッドはヒコナと被ってるから、髪生やせば? 霊体だもの、好きにできるんじゃないの?」

姉御のどうでもいい提案は、すぐに採用になりました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る