楽しいことばかりではないのぅ……

44話 夏の土

 容赦ない日差し、息苦しい湿度、早朝から騒ぐ蝉の声。青空に入道雲、夕立。パーフェクトサマーです。

 紙飛行機大会から、朝顔の苗やガーデニング用品、土、肥料と、着実におねだりしていったカエルのお頭の朝顔畑は、見事な花を咲かせていました。暑さ寒さ疲労も関係なく働けることに、ぬいぐるみ連中は幸せを感じていました。

 今日も朝からお手伝いクマズが三匹、朝顔の手入れがてら、団子屋の畑の草むしりと追肥を行っていました。


「団子屋―、やっとオクラが実ったぞー」

クマズが、木陰に非難していた団子屋に向かって叫びます。

「え、本当!? 寒い地方だから成長が遅くて、駄目になっちゃうかと心配したけど、良かったなぁ」

気分はすっかり、明るい農民でした。

 何やかやと、午前中いっぱい作業をした面々は、縁側で賑やかに昼食を取り始めました。姉御に持たされたおにぎりを頬張る団子屋とカイザーたぬきの横で、カエルのお頭とクマズは、火をつけた線香を手に持ち、満足げに煙を吸っていました。

「この線香、高いやつだよなー」

「ラベンダーの香り~~ハイカラ」

魂インぬいぐるみ共はご満悦でしたが、隣で飯を食うのは線香臭くて微妙でした。


 ごろごろしながら食後の長い昼休みを満喫していると、一本道を見覚えのあるバスが入って来て、それに気付いたカイザーたぬきが飛び起きました。

「おい、団子屋、カノちゃんじゃ、カノちゃんのバスじゃ!」

呼ばれて目をやった団子屋は、以前遊びに来た村の福祉センターのバスだと気付きました。お宿大福にも週一で日帰り入浴に通っている、老人デイケアの人達です。そしてさらに、幼い頃、団子屋の祖父とカイザーたぬきと共に、尋常小学校へ通っていた面々でもあったのでした。

 クマズとカエルのお頭も見慣れたバスなのか、縁側に座ったまま様子を見ています。


 バスが店の横へ駐車すると、予想通りの面々が降り立ちました。

「冬一―、元気だったかー」

「おぉ、お頭とクマちゃんもおるぞ」

じいさんばあさんは、勝手気ままに団子屋の縁側に群がりました。

「すいません。ドライブして川に行くはずが、皆さんが団子屋に行きたいと言うもので、また来てしまいました」

これまた前回と同じ若い男女の職員が、申し訳なさそうに頭を下げています。

「いえ、大丈夫ですよ。僕も嬉しいです。ゆっくりしていって下さい」

団子屋が笑って応えると、職員はほっとしたように表情を和らげました。

「お頭、ここで何してる」

どれかのおじいさんが、カエルのお頭に声を掛けています。どういう認識なのか、お宿大福に慣れた老人たちは、魂インぬいぐるみにも普通に接していました。

「あっちを見てくんねぇ、場所を借りて、朝顔を育てているのよ! 立派なもんだろ」

カエルのお頭が自慢げに指差すと、そちらを向いた老人達から歓声が上がりました。近くで見たいと言う老人達に連れられて、カエルのお頭は嬉しそうに畑へ向かいました。


「クマちゃん達は、何をしてたのかしら? お手伝い?」

おばあさんに話しかけられたクマは、胸を張って畑を指差します。

「畑仕事の手伝いでい!」

「黄色いトマトもあるんだぜ」

何人かの老人は、誇らしげに畑へ歩を進めるクマズに付いて行きました。


「冬一、毎日暑いけど、元気だった?」

冬一もといカイザーたぬきが昔惚れていたという、カノおばあちゃんの優しい声が聞こえてきました。話しかけられたカイザーたぬきは、頷いてからカノさんを見上げています。

 先日明らかになった事実ですが、この上品そうな白髪のカノおばあちゃんは、せっかち軍服バイクメン、ヒロシ君の奥さんです。

「カノさん、こんにちは。また会えて、嬉しいです」

「あら、嬉しい。こんな若い青年に、そんな風に言ってもらえるなんて」

団子屋の挨拶に、柔らかな物腰で応えたカノさんは、若い頃にはおしとやかな美人だったであろう様子が伺えました。

「どうぞ、良かったら座って下さい」

団子屋が縁側を勧めると、カノさんはありがとう、と頷いて腰掛けました。すかさず縁側に跳び乗ったカイザーたぬきは、カノさんの膝に頭を載せました。


 そんな様子を微笑ましく眺めながらも、邪魔者は遠慮しようと、団子屋は老人が群がる畑へ足を伸ばしました。

「おう、団子屋、これ、わき芽だぞ。取っちまえよ」

どれかのおじいさんが、トマトを指差しています。

「え? あっ、本当だ……気付かなかった」

「団子屋―、この坊ちゃんかぼちゃは、きゅうりみてぇにネットで上にはわせた方が楽だぞ」

「団子屋、病気の葉っぱ、むしっちまえよ」

「あぁ、このつるは切って止めちまえ」

おじいさんおばあさんは、引退していても畑の知識が豊富なようで、あれやこれやと指示されてクタクタになった団子屋は、後は疲れ知らずのクマズに任せて縁側へと退散しました。


「みんな、若い人には色々教えたがるのよ。大変だったわねぇ」

カノさんがカイザーたぬきを撫でながら、笑顔で団子屋を迎えました。

「いえ、勉強になりましたよ。それに、じいちゃんが生きていたら、きっとこういう風に色々教えてくれたんだろうなって、少し嬉しかったです」

はにかんで頭を掻いた団子屋を、カノさんは眩しそうに見つめました。

「あなた、お爺様には似ていないって思ったけど、笑った時の優しい目元が似ているわ。あなたのお爺様と私が同級生だって、前に話しましたね。実は、私の夫、それにもう一人、御寺の次男さんがお爺様と同級生で、しかも、三人は親友だったのよ」

カノさんの言葉に驚いた顔を見せたものの、バイクのヒロシ君に会い、遠藤行者の話を知っている団子屋は、上手く言葉が出ずに、頷いて相槌を打つのが精一杯でした。


 そんな団子屋の様子には気付かず、カノさんは話を続けます。

「私の旦那は、せっかちでちょっと乱暴で、ガキ大将だったのよ。あなたのお爺様は、いつも優し気でニコニコしていて、でも頑固でね。お寺の次男さんは、体が弱かったのだけれど、静かで頭が良くて、いつも本を読んでいたわ。ちぐはぐな三人だったけれど、一緒にいると楽しそうだったっけ。そうそう、冬一もいたから、三人と一匹だったわね」

そう言って、冬一に目を落として笑ったカノさんは、少し寂しそうに見えました。

「カノさんは、御しとやかで上品な大和撫子で、うちのじいちゃんも憧れていたって聞きましたよ」

先日のヒロシ君情報を披露した団子屋に、カノさんは、あら嫌だ、と恥ずかしそうに口を手で覆いました。正確には、団子屋のじいさんと、カイザーたぬきが惚れていたという話でした。


「ふふふ、それは知らなかったわねぇ」

恥ずかしそうに、カイザーたぬきの耳をつんつん引っ張るカノさんは、少女のように見えました。

「これは内緒だけれど……私、小さい頃は、御寺の次男さんが好きだったの。頭が良くて、すらっと背が高くて、素敵だったのよ。結局、主人と結婚したのだけれど。それにね、あなたのお爺様は、私よりずっと美人な奥さんをもらったはずよ」

 衝撃の告白でした。カノさんの膝で、カイザーたぬきがニヤリとほくそ笑んでいます。ヒロシ君に会った時に、このネタを投下すること間違いなしです。

「でも、ちょっと聞いたことがあるんですけど……旦那さんは、ヒロシさんでしたっけ。ハツラツとしていて、かっこよくて、面倒見が良くて、女性に人気があったんじゃないんですか?」

先日ヒロシ君が、誰かの死の宣告を配達してきたときに感じた印象でした。


「あら、お爺様がそんな風に? 確かに、憧れている子は多かったかもしれないわね。面倒見が良いっていうのは、そうね、その通りだわ。

あの人、終戦後の村で、一番最初にオートバイを買ったのよ。乗り回すのも好きだったんでしょうけど、誰か病人が出たって聞くと、すぐにオートバイで駆けつけて……背中にくくりつけて、隣町の病院まで運んでいたっけ」

カノさんは、どこか遠い記憶を手繰るように、空に目を向けました。

 団子屋は相槌を打ちながら、死んでも再びオートバイで魂を空に送っているというヒロシ君の姿を思い浮かべます。


「それにね、親友のお寺の次男さんは、戦時中に悲しい亡くなり方をしたんだけれど……それを知った主人とあなたのお爺様は、俺達の命があるのはこいつのおかげだって、泣きながらお寺に怒鳴り込んでね。こいつは、死んで立派な仏様になったに違いない、確かに戦地で声を聞いたんだ、こんな寂しい墓では釣り合わん、って言って、働いて貯めたお金を少しずつお寺に寄付して、立派な石碑を建てたのよ。二人でコツコツ、お寺にお金を持って行っていたっけ。

それ以来、会うと辛くなるのか、二人は疎遠になってしまったけれど……次男さんの命日だけは、二人で石碑の前に座って、静かにお酒を飲んでいたわ」


 団子屋は、鼻の奥がツンとしたのを感じました。ヒロシ君と、遠藤(じゃない)行者の話は、秋太たぬきやカイザーたぬきに聞いて知っていましたが、石碑の話は初耳でした。

「主人のやったことなんて、誰も覚えちゃいないだろう、お人好しの貧乏で苦労させられたって思っていたけれど……。

 あの人のお葬式の日、骨を埋めるために車でお墓に移動する時にね・・・お墓までの道や、遠くの家の前に、葬儀場まで来れなかった九十歳を超えたようなお年寄りが、ぽつりぽつりと立っていて、深く頭を下げていたの。それを見た時、あぁ、この人は、本当に人のために生きたんだなって思ったの。だから今頃は神様が、自由に自分のやりたいことを、自分のためにすることを許して下さっているんじゃないかなって思ってるの。

 あら、嫌だ……年寄りは嫌ね、自分のことばかり長々と話してしまったわ」


カノさんが目を潤ませながらおどけたように言ったので、団子屋は頬の涙を袖でぐいっと拭いてから笑顔を見せました。

「話を聞けて良かった。素敵な旦那さんですね。僕も、もっともっと、じいちゃんから色んな話を聞いておくんだったな」

 そう言った団子屋の手を、カノさんはそっと握りました。

「おじいさんの家に住んで、同じ仕事をしているのだもの。話を聞くよりもずっと、おじいさんのことが理解出来るのじゃないかしら。こんな風に、喜んで昔語りをする年寄りもいることだし」

皺くちゃで、細い、温かい手を、団子屋はそっと力を込めて握り返すと、力強く頷いて見せました。

「いつでも、お話し聞かせて下さい。それ以外でも、団子の配達でも雑用でも何でもします。これ、僕の携帯電話の番号です。こっちに掛けてもらえれば確実ですから」

そう言って、小さな紙に電話番号を書いて渡した団子屋へ、かのさんは頷いて笑顔を見せました。


「皆さーん、みーなーさーん! あぁ、もう帰らなくちゃいけないのに、全然聞いてないわ!」

側で、職員の女性が大きな声を出しています。老人たちは、帰る時間のようでした。

 カノさんは、カイザーたぬきを膝から降ろして立ち上がりましたが、他の老人達は耳が遠いのか、聞く気が無いのか、未だ畑で笑いあっています。


「こら――――――! お前ら! 帰る時間だぞ、整列!」

突然、大声が響き渡りました。

 どのようにいつからいたのか、姉御が庭に仁王立ちしています。

「おぅ、姉御殿だ! いかん、整列だと!」

「おやつ抜きになるぞ!」

条件反射なのか、老人達がきびきびと庭へ戻って来ました。

「順番に、バスに乗れぃ」

姉御が再び命令すると、老人達がバスへ乗車して行きます。

「姉御さん、助かりましたー。でも、いつの間に来たんです?」

「ちょっと前の間に」

女性職員に首を傾げられて、姉御は適当な答えを返しています。

 すっかりバスに乗り込んだ老人達は、窓を開けて手を振り始めました。


「また来るぞー、団子屋」

「そういや、団子食ってねぇな」

陽気で元気な老人達の中で、カノさんも笑顔で手を振っています。

「色々世話になったっぽいから、来週のおやつは期待しとけ! 孫に自慢できる、ハイカラなやつを作ってやる」

姉御の言葉に、バスの中から歓声が上がりました。

「おじいにおばあ、また、畑教えてくれ!」

「まだまだ朝顔は盛りだもんで、見に来ておくんなせぇよ」

クマズとカエルのお頭も、バスを見送りにやって来ました。姉御は、ぴょんぴょん跳ねるクマズを抱え上げ、カエルのお頭を肩車しました。団子屋もそれにならってカイザーたぬきを抱き上げると、前足を持って、バイバイさせています。老人に孫を見せる若夫婦状態です。

「それでは、またまた突然で、ご迷惑お掛けしました! また来ると思いまーす」

女性職員が頭を下げると、バスが発車します。


 バスが見えなくなるまで、団子屋は見送りました。カノさんに聞いた話を思い出しながらの見送りは、夕方の騒がしいヒグラシの声さえ、物悲しく感じさせました。


「……実は、ヒロシ君も一緒だったんだ」

バスが見えなくなると、姉御が口を開きました。

「何じゃと?」

カイザーたぬきが、驚いて辺りを見回します。

「ケサランパサランで、カエルのお頭達を迎えに来たら、家の陰にヒロシ君がいたんだ。一緒にカノさんの話を聞いていたんだよ。カノのやつ、べらべらしゃべりやがってって、恥ずかしそうに笑って、さっさと帰って行ったぞ。因みに、俺は号泣していたから、出るタイミングが遅くなった」

 姉御の話を聞いて、団子屋は少しがっかりしました。ヒロシ君に、自身のことや、祖父のことを聞いてみたいと考えていたからです。

「ヒロシさんにも、色々話を聞いてみたいな。じいちゃんのこととかも……機会があるかなぁ」

団子屋の力ない呟きを聞いて、姉御が首を傾げます。

「あるだろ、いくらでも。せっかちだから、タイミングは難しいかもな。でもさ、カイザーに聞けばいいんじゃないか? じいさんも、ヒロシ君も、遠藤行者もカノさんも、みんな友達なんだろ?」

 団子屋にとっては、盲点でした。すぐそばにいた情報の宝庫、カイザーたぬきを黙って見つめます。すっかり自分の友達として馴染んでしまっていたので、祖父と親友として過ごしたたぬきだということを忘れてしまっていました。

「……少しずつな」

カイザーたぬきは、お宝を小出しにする気満々でした。


 来客から一息ついた団子屋は、取りあえず縁側に座ると、帰り支度をするぬいぐるみ達を見つめました。

「ねぇ、カイザー……今日は、お宿でご飯を食べようか」

人恋しそうな顔をして呟いた団子屋に、姉御は笑って口を開きます。

「おぅ、おいで。店閉めたら、一緒に行こう。車出してくれ」

その言葉を聞いて、嬉しそうに頷いた団子屋は店へ駆け出しました。

「そうじゃな……わしも、賑やかな晩飯が食いたい」

すっかりセンチメンタルになった一人と一匹でしたが、カノちゃんの初恋情報を思い出したカイザーたぬきは、物陰で一人ほくそ笑むのでした。

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