とんでもないヤツらが来たのぅ

9話 ご対面

 たぬき三兄弟は、バイトの面接に来ていました。

 

 目の前のソファには、作務衣を着て、頭に手拭いを巻いた女性らしき人物が座っています。三匹とも、女性の鋭い凝視を受けながら、緊張した面持ちで行儀よく座っていました。

「たぬきか……猫のブチ白の紹介だな。しゃべれるのか?」

女性が尋ねます。

「しゃべれる。わしらたぬき三兄弟、長男、長女、次男だ。ブチ白から、人間じゃなくても雇ってくれると聞いて来たんじゃが」

カイザーたぬきが慎重に返事をすると、女性は特別驚きもしませんでした。

「名前は?」


カイザーたぬきが、次男の秋太たぬきを指差します。

「あいつが、末っ子次男の、秋太たぬき」


次に、春子たぬきを指差します。

「こいつが、長女の春子たぬき」

女性が頷きます。


「そしてわしが長男、カイザーじゃ」

「採用だ」


女性が、親指を立てました。あまりに自信満々に親指を立てるので、カイザーたぬきは、ダサイという言葉が飛び出しそうになるのを必死で飲み込みました。


「あんちゃ、採用て、お仕事くれるってこと?」

秋太たぬきが、小声でカイザーたぬきに尋ねます。名前しか答えていないカイザーたぬきは、いまいち確信が持てません。隣の春子たぬきに顔を向けましたが、不思議そうな表情を返されてしまいました。

「そうだ。お仕事をしてもらって、お金を払うぞ。俺は、姉御と呼ばれている。お前たちも、そう呼ぶといい」

取りあえずという感じでカイザーたぬきが頷いた時、部屋に男が入ってきました。毎月団子屋で顔を合わせていた、タケミの礼一でした。


 礼一は、カイザーたぬきを見た瞬間、絶望的な表情を浮かべました。

「姉御さん、まだ雇ってないですよね? ね? 面接始めたばかりですもんね」

礼一は、姉御の横に腰かけました。

「採用した」

「えぇー、何でですか? 部屋に入って五分も経ってないでしょ! 何の仕事をしてもらうのです?」

「こいつ、カイザーだぞ? たぬきの皇帝だ。耳の先っちょ金髪だし、高貴な生まれに違いない。不採用にしたら無礼だろ。まぁ、仕事はこれから決める」

「皇帝をバイトで雇う方が無礼でしょうに……それに、この長男たぬきの名前は――」


礼一の言葉を遮って、カイザーたぬきが勢いよく起立して手を挙げました。

「カイザーたぬきだ。改めてよろしく、御タケの息子。お前もここの関係者だったとはな」

「春子たぬき、よろしくね」

「秋太たぬきー、よろしゅくー」

弟妹も続きました。


 御タケの息子と呼ばれた礼一は、再び、絶望を顔に出しました。

「姉御さんが良いと言うのなら、間違いないのでしょう。多少、カイザーに恨みはありますが、いいでしょう……今さら挨拶も必要ないでしょうが、タケミの礼一です。よろしく」

渋々自己紹介をした礼一を見て、姉御が不思議そうに口を開きました。

「東む……礼一が、カイザーに恨み?」

「……去年の温泉旅行で、私の大切な鼻毛を抜いたのは、このたぬきなのですよ。三匹は団子屋さんの土地を守るたぬきで、タケミとも繋がりが深い」

姉御は、団子屋に行った帰りに、礼一の鼻毛が無くなっていた日のことを思い出しました。何があったのか話すのを嫌がった礼一の代わりに、ブチ白がたぬきに抜かれたと暴露していたのでした。


「おぉ~、思い出した。たぬきに抜かれたって言ってたな。カイザーの仕業だったのか。でも、こいつらはブチ白の紹介で来たんだぞ? ブチ白はお前の家来だろ」

それを聞いた瞬間、礼一は立ち上がり、「ブチ白――――」と叫んで走って行ってしまいました。

「まぁ、鼻毛はどうでもいいとして……ここは温泉旅館だが、たぬき三兄弟は、どんな仕事が出来るんだ?」

姉御は、礼一の鼻毛の恨みはスルーすることにしたようです。

「わしらは、十分間人間に化けられる。しかも、その十分間は、人間の十倍の作業をこなせるんじゃ」

カイザーたぬきの言葉に、春子たぬきも秋太たぬきも頷きました。

「最高だな。普通の人間なら一時間四十分かかる仕事を、十分間で終わらせるってことか。すごいじゃないか」

「褒めらりたー」

秋太たぬきが嬉しそうにぴょんっと跳ねるのを見て、姉御は一瞬、優しい笑顔を見せました。

「じゃあ、夜中か早朝で良ければ、毎日の風呂掃除を頼みたい。そんなに広くはないが、男女とも、内風呂露天風呂があって、計四つだな。洗い場と、浴槽のお湯を抜いて洗ってもらう。三人はいらないかもしれないが、それは自分たちで当番を調整してくれ。来て仕事をした者に、毎日五百円払おう。後は、休む時は早めの連絡を。そんな感じでどうだ?」


 秋太たぬきと春子たぬきは、カイザーたぬきを見つめました。カイザーたぬきは、目をつぶって腕組みしています。じれた春子たぬきが突っつくと、かっと目を開きました。

「了解じゃ! 団子屋への借金も、すぐに返せる!」

カイザーたぬきの叫びに、兄弟たちも続きます。

「やったわ、マンガもドラマCDも買えるわ!」

「おやつ買えるー!」

姉御は、よっしゃーとガッツポーズで喜ぶたぬき三兄弟の前にしゃがむと、一人ずつ握手を求めました。


「面白く、なるにゃ」


姉御の座っていたソファの後ろから、ブチ白が出てきて、悪い笑みを浮かべました。


「ずっとそこにいたのか……お前ってやつは……まぁ、いいや。ブチ白は知り合いみたいだからいいとして、早速、他の皆も紹介しとくか。じゃあ、カイザー、春子、秋太、ついてこい」

そう言って歩き出した姉御の後に、たぬき三兄弟が続きました。おまけのブチ白も、野次馬で付いてくるようです。


 始めに立ち止まったのは、ロビー奥にある売店でした。

「準備は進んでるかー?」

姉御が声を掛けると、奥から銀色のものが出て来ました。それは、紺色のはっぴを着こんでいますが、中身はテレビのUFO特集でよく見かける、宇宙人グレイの姿をしていました。

「あぁ、姉御さん。ばっちりだよ。配置換えも終わったし、他にも売りたい物のリストを作ったよ」

たぬき三兄弟は、口を開けたまま止まります。

「こいつは、売店担当の、座敷グレイだ。他の雑用もやってくれる。こっちは、新しく風呂掃除を頼むたぬき三兄弟だ。でかい方から、カイザー、春子、秋太だ」

姉御の紹介を聞いて、座敷グレイがたぬき三兄弟を見ました。表情が無い、黒く大きな瞳に見つめられた秋太たぬきは、びびって少し後ずさりました。

「よろしくね」

座敷グレイがたぬき三兄弟の前にしゃがみ込んで挨拶すると、秋太たぬきはさらに後ずさります。我に返ったカイザーたぬきが、くんくんと鼻を鳴らしてから、首を傾げました。


「ん? この臭い・・・座敷童じゃないか?」

カイザーたぬきの言葉を聞いて、春子たぬきも鼻をくんくんさせました。

「あら、ほんとだわ。座敷童さんだ」

二匹の様子を見て、遠ざかっていた秋太たぬきが戻って来ると、姉御が感心したような声を上げました。

「優秀なたぬきだな。そうだ、座敷童だ。悪い人間に見つからないように、姿を変えているんだ」

「これじゃあ、別な種類の悪い人間に、狙われるじゃろうが」

カイザーたぬきが、最もな突っ込みを入れました。

「大丈夫だよ。僕の背中には、チャックがあるから。着ぐるみにも擬態してるんだ。因みに、チャックは開かないから引っ張らないでね」

座敷グレイは、はっぴをめくって、背中のチャックを見せました。

「わかんない」

秋太たぬきは、混乱しています。

「ややこしい、馬鹿っぽい」

簡潔にまとめたブチ白へ向かって、座敷グレイが温泉まんじゅうを投げつけましたが、華麗に猫キャッチされてしまいました。


 ブチ白は温泉まんじゅうを四つに割ると、たぬき三兄弟に分け与えました。口をもぐもぐさせた獣たちを連れて、姉御は次の場所へ向かいます。先程無人だった受付に、誰か座っているようでした。近づく姉御に気付くと、立ち上がって手を振って来ます。長い黒髪の、清楚な美人です。

「姉御さん、可愛いお供を連れているのね」

ふふふ、と笑った様子は、とても優しそうな人間に見えました。

「受付とか、お客担当のりょうちゃんだ」

姉御は先程と同じように、たぬき三兄弟の紹介もしました。

「優しそうな美人じゃのう」

カイザーたぬきの言葉に、春子たぬきも秋太たぬきも頷きます。

「怒らせると怖いぞ。気を付けろよ」

姉御が、冗談めかして忠告しました。

「四足歩行、血みどろ、怨霊」

ブチ白が、真顔で余計な情報を追加しました。りょうちゃんは、よく解らずに首を傾げるたぬき三兄弟を、うふふっと笑って見つめました。つられて笑うカイザーたぬきの背中を、何か寒い物が駆け抜けました。

「なぜか悪寒がする……」

カイザーたぬきは、やはり優秀なようです。


 その時、フロントの電話が鳴り、近くにいた姉御が受話器を取ります。

「はい、おやど大福。まだ休業中です。は? 配達? 無理だ。おい、聞いているのか」

険しい顔をして受話器を置いた姉御に、りょうちゃんが心配そうに口を開きました。

「どうしたの? 配達って聞こえたけれど」

「温泉まんじゅう届けろって、住所だけ言って切りやがった」

姉御の言葉に、カイザーたぬきは心当たりがありました。前に、団子屋にかかって来た電話に似ています。

「もしかして、タノイケ十二に届けろってやつじゃないじゃろな?」

「そうだ。知ってるのか?」

カイザーたぬきは頷きました。どうやら、市松人形たちが、未だに悪さをしているようです。

「案内しろ!」

説明する前に、姉御にむんずと持ち上げられました。

「ちょ、話を……電話の相手は」

姉御は聞く気が無いようで、さっさと旅館の外に出ると、マウンテンバイクに跨り、カイザーたぬきをかごに押し込みました。


「丁度良かった……山バイク、色々改造したから、試してみたかった。しっかりつかまってろよ!」

カイザーたぬきが返事をする前に、姉御が勢いよくこぎ始めます。


「そ、そ、そ、そっちは斜面じゃけど――――!?」

姉御の山バイクは、ぴゅーんっと、斜面に落ちて行きました。

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