7話 団子を作る

「さぁ、十分間ノンストップじゃ! 位置につけー。粉、よーし。天板よーし。生地よーし。さぁ、人間に化けたら、速攻で団子作りにかかるぞ!」

カイザーたぬきが大きな声で号令をかけると、春子たぬきと秋太たぬきは、それぞれ作業台の前に陣取り、返事をします。

「よーし、開始じゃ――――!」

カイザーたぬきの合図で、三匹は一斉にぼふんっと煙に包まれました。煙が晴れるのも待たず、作業は開始されているようで、何かが高速で動いているのが見えました。


 台の上で、次々と天板に団子が並んで行きます。一玉、一秒かかっていない程の高速です。初めて見る団子屋は、感嘆の声を上げました。しかし、煙がすっかり晴れると、表情が曇ります。

「何、あの姿……」

たぬき三匹は、真っ白い全身タイツ人間でした。顔ものっぺり白一色で、目も鼻も口も無い代わりに、でかい黒文字で、カイザー、春子、秋太、と書いてありました。無駄に達筆です。

 呆れ顔の団子屋を見て、しずくが苦笑しました。

「あれね……食品加工用パーフェクトボディーらしいわよ。毛が無くて、シンプルで、手の皮膚は生地が粘らない仕組みになっているって。前回、自慢げに話していたわ」

「はぁ、そうですか」

手元だけ見れば感激ものですが、全体を見ると、シュールで気持ち悪い感じでした。


「見た目はあれだけど、十分の間、人の十倍動けるっていうのは本当だったんですね。有能なたぬきだなぁ」

見た目はあれですが、秋太たぬきの言葉を思い出し、団子屋は素直に感心しました。

「そうね。ここまで有能な獣は、タケミの家来にも、そうそういないわね。人の言葉を話すだけでも、十分すごいもの。三匹とも、軽く百歳は超えているだろうから、そのせいもあるかしら」

「え……? 三匹とも? 春子と秋太も……?」

しずくの言葉に、団子屋は衝撃を受けました。じじ臭いカイザーはともかく、かわいい秋太まで百歳越えとは、想像を絶しています。

「まぁ、特別な獣の成長具合は、人間の常識では測れないわよ。あるがままに関わっていけばいいのじゃないかしら」

ショックを受けている様子の団子屋に、しずくが優しく笑いかけます。団子屋は少し恥ずかしそうな顔をしてから、静かに一つ頷きました。


 ぼふっと、煙とともに、三匹がたぬきに戻ると、天板には丸く可愛らしい団子がみっちりと並んでいました。

「できたー」

秋太たぬきが嬉しそうに、団子屋に走り寄りました。

「ありがとう! お疲れさま! すごかったね」

団子屋は、秋太たぬきを抱き上げて撫でました。そこに、春子たぬきも跳び付いて来ます。団子屋は、二匹を抱えて、沢山褒めました。

しこたま褒められて満足げな二匹を降ろし、カイザーたぬきに、お疲れさまです、と敬礼して見せると、カイザーたぬきも立ち上がって、うむ、と敬礼を返しました。


 それからは、人間が人間の速度で、団子を詰め、熨斗を貼り、梱包し、伝票を貼る作業を繰り返します。三時過ぎには注文の二百箱が完成し、ホクロ猫宅急便がトラックで集荷にやって来ました。トラックに積む間、店や庭をすっかり片づけると、団子屋が不安で仕方なかった仕事が、すっかり終わってしまいました。

「お前たち、こんなにじいちゃんのことを手伝ってくれていたんだね」

縁側に出して来た石油ストーブの周りで居眠りしている三匹に、そっと団子屋が呟きました。団子屋がしずくに呼ばれて側を離れると、狸寝入りの三匹は、口元に笑みを浮かべました。


 すっかり仕事を終え、タケミの青年二人が車に乗り込むと、しずくは春子たぬきのもとへやってきます。

「春子―、今月号よ!」

何かを、春子たぬきに渡しています。

「やったー、ありがとうー。楽しみにしてたの」

春子たぬきが受け取ったのは、月刊のマンガ雑誌のようでした。

「今月号、最高よ。萌え萌えで、キュン死するわよ!」

「きゃー、あれね? ついに結ばれるのね?」

春子たぬきとしずくは、きゃーきゃーと、かしましく盛り上がっています。百歳越えのたぬきと、二十歳越えの人間でも、少女マンガを介して、女子カテゴリーでの友情が成り立っているようです。深く考えるとうんざりしそうなので、団子屋は思考を停止して、華やかな女子トークの雰囲気だけ感じとることにしました。


「こるぁ~、お前ら! また、ろくでもないマンガの貸し借りをしおって!」

カイザーたぬきが怒鳴りながら、女子二人に突進して行きます。

「うるさいわねー、まったく。帰るわよ、じゃあね!」

車へ逃げ戻るしずくに向けて、団子屋が大声を掛けました。

「しずくさん、みなさん、色々ありがとうございました! 良いお年を!」

しずくが乗り込んで、エンジンがかかった車の窓が開きます。

「団子屋さんも、たぬき三兄弟も、良いお年をー」

そう言って手を振りながら、タケミの面々は去って行きました。

「絶対、良い年になるよ」

笑顔で家へ入って行く団子屋の後を、嬉しそうに頷きながら春子たぬきと秋太たぬきが追いました。カイザーたぬきは少し遅れて、四足スキップをかましながら家へ向かいます。


 しかし、正月早々、居間に放置していた雑誌が、腐った女子系の雑誌だったことがばれた春子たぬきは、団子屋に笑顔で切れられました。

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