6話 穢れたしずく

 今日は大晦日。団子屋は、家の掃除や正月の準備など……する余裕はありません。なぜなら、タケミ本家から、九玉箱入り白団子を、二百箱も注文されているからです。朝起きた瞬間から、団子屋は憂鬱でした。無理だから断ろうとする団子屋に、タケミからも手伝いが来るし、絶対大丈夫だとカイザーたぬきがごり押しした結果です。


 寝ぼけながら、朝食のシリアルをポリポリかじるたぬき三兄弟に、団子屋は不安げな視線を送りました。

「ねぇ、本当に、今日の注文大丈夫なの?」

「だいじょぶー」

一番あてにならなそうな秋太たぬきが、真っ先に能天気に答えました。

「大丈夫よ。取りあえず団子屋さんは、昨日研いで浸水しておいたお米を全部、蒸かしていて、生地にしておいてちょうだい。六回に分けて搗いて、出来たら保温ジャーに小分けにして入れておくのよ。そうすれば硬くならないから。保温ジャーは、昨日私が蔵から六個出しておいたから、作業を始める前にスイッチを先に入れておくのを忘れずにね」

春子たぬきが、的確で具体的な指示を出しました。

「春子……役に立つたぬきだったんだなぁ」

団子屋が、あまりの感動から春子たぬきを抱き締めると、春子たぬきは、頬を染めて、フンッと鼻息を一つ噴射しました。

「誑かすな――――!!」

カイザーたぬきがしっぽダイレクトで攻撃を仕掛けてきましたが、既に団子屋に見切られていたようで、むんずとしっぽを握られて吊るされました。


「朝から、賑やかだわねー」

 ふいに庭から高い声が聞こえてきて、秋太たぬきが縁側のガラス戸を開くと、そこにはタケミ一族の若い娘、しずくが立っていました。長身ですらりと伸びた四肢に、長い黒髪をポニーテールにした美しい娘です。いつも着物に袴を履いており、たすき掛けをした姿でタケミ本家の雑用をこなしています。店に商品の引き取りに来ることも多く、団子屋とも顔見知りになっていました。

「しずくさん、おはようございます」

団子屋が挨拶すると、しずくもにこやかに挨拶を返します。春子たぬきも秋太たぬきも、親し気に挨拶をかわしましたが、カイザーたぬきだけは、ぶっきら棒に、「おぅ」と言ったきりでした。


 タケミからの手伝いは、しずくの他に二人の青年がやって来たようでした。タケミ一族の昔からの上客へ、日本全国に発送する二百箱の大仕事です。白団子九玉×二百箱、計千八百個の団子を手作りするには人数が足りないのではないかと、団子屋は再び不安になりました。


「去年と同じで、団子はたぬき三兄弟が六百個ずつ作るのね?」

しずくが、さらりととんでもないことを言い放ちました。

「あぁ、そうじゃ」

カイザーたぬきが、当然のように答えます。

「え? そうなの?」

「そだよー」

目を丸くする団子屋の足元で、秋太たぬきが二本足で立ち、胸を張りました。

「そっか、団子屋さんは初めてだものね。大丈夫よ、私たちも、たぬきたちも慣れたものだから。団子はたぬきたちに任せて、あなたは出来た団子を箱に詰めてちょうだい。熨斗のしかけ、梱包、住所の伝票貼りは私たちでやるわ」

しずくは、さも簡単な作業のように説明します。団子屋も、そんなものかと心が軽くなりかけましたが、よく考えれば一番大変な部分をたぬき任せにしている事実に思い当たります。

「大丈夫、なのかな……?」

不安げなのは、団子屋だけでした。


「おい、しずく。お前は団子に触るんじゃないぞ」

カイザーたぬきが、しずくへ厳しい顔を向けました。

「分かっているわよ! バカイザー」

なんじゃとー、と一触即発になるカイザーたぬきとしずくを、タケミの青年達が治めました。


「さぁ、それじゃあ、団子屋さんは生地作りを始めてちょうだい。その間に、私たちは作業環境を整えるから」

女性らしい高い声で、てきぱきと指示を飛ばすしずくの姿に励まされた団子屋は、不安を払いのけて作業を開始しました。


 昼前には、春子たぬきに指示された通りに、生地を作り終えました。店の三つの作業台には、それぞれ保温ジャーの生地と出来た団子を並べる天板が用意されています。臨時の作業スペースには、団子を詰める箱と熨斗が積んでありました。さらに、店の外の庭には、長机が四つと、暖を取る石油ストーブが二つ並べられています。しずくと二人の青年は、箱団子を梱包する小さなダンボール箱を組み立てていたようで、こちらも団子屋と同じ頃に作業を終えました。


 後の作業は午後に回し、みんなで昼食のおにぎりを食べているとき、団子屋が何となく気になっていた疑問をカイザーに投げかけました。

「ねぇ、カイザー。何でしずくさんは団子に触っちゃ駄目なの?」

しずくとタケミの青年たちは、庭にシートを広げて、遠足のように昼食を取っています。縁側にいた団子屋とカイザーたぬきは、控えめにしずくを見つめました。

「タケミの力は、持って生まれた才能によって決まるんじゃ。力を持って生まれなければ、どんなに修行しても力は使えん。しずくも、才能が無かったくちじゃ。しかし、それに納得出来なかったしずくは、どこだかで陰陽師の技を習得し、鬼を家来として従えたんじゃ」

「鬼!?」

現実味の無い話を聞き、団子屋は眉間に皺を寄せて首を傾げました。祖父に話を聞かされてはいても、団子屋はタケミが非現実的な技を使うところを見たことがありませんでした。まして、鬼などというものは、昔話の絵本以来話題に上ることすらありません。


「そうじゃ。タケミからすれば、けがれた技と、けがれた家来だ。今の御タケは情け深いからのぉ。しずくの気持ちを汲んだのか、破門にはしなかったようじゃ。

じゃが、年初めに身を清めるために食う神聖な団子を、穢すわけにはいかんからな。しずくには触らせられん」

そう言って、怒ったようにふんっと鼻を鳴らしたカイザーたぬきですが、しずくを見つめる眼差しは、厳しいものではありませんでした。

「タケミは色々と、厳しくて難しそうだね。でも、しずくさんは、ずいぶん努力したんだろうね。習得しても一族に穢れって言われてしまう代物だって分かっているのに、それでも難しい技を覚えて、鬼を家来にするなんて。それはそれですごいよね」

そう言って、優しい目をしずくに向ける団子屋を、カイザーたぬきは目を細めて見つめました。


「そうじゃな。ふた月ほど前じゃったか、何か恐ろしい目にあったようで、それから少し丸くなったからのぅ。正直、わしも最近、そう悪いやつじゃないのかもしれんと思うようになった」

団子屋とカイザーたぬきは、冬の透明な青空のもと、立ち上がって大きく伸びをしたしずくの姿を見て微笑みました。

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