19話 阿呆が

 姉御の巾着で、たっぷり食材を買いこんだ団子屋が帰宅しました。音に気付いた姉御が庭に出て来て、荷物を運ぶのを手伝います。

「店番、ありがとうございました。助かりました」

満足げに礼を言う団子屋に、姉御は、すげー暇だったけどな、と返しました。


「何じゃ、静かだと思っていたら、買い物に行っていたのか」

タケミ本家から戻ったらしいカイザーたぬきが、家の中から顔を出しました。

「静かって……ヒコナと秋太はどこで遊んでるんだろう」

団子屋が辺りを見回します。

「そういや、途中から静かだったな」

姉御も、どこだーと声を掛けながら、庭から家の裏の方まで足を延ばします。


 家の中にいたカイザーたぬきが、縁側に置いてある紙に目を止めました。見慣れぬ物があるので何気なく目を向けただけでしたが、文章を目で追った後に、ひゅーっと大きく息を吸い込みました。聞きなれない音に団子屋が目をやると、カイザーたぬきが目を見開いてわなわな震えて立っていました。

「カイザー、どうかしたの? ちょっと、カイザー!?」

呼んでも反応が無いカイザーたぬきの様子に、ただならぬ物を感じた団子屋が近づくと、手にした手紙に目が行きました。

「秋太が、両親の墓参り?」

「た、た、た、大変じゃ~~~~~~!」

カイザーたぬきが叫びました。それを聞きつけた姉御が、庭の端から駆け付けてきます。

「どうした!」

姉御に聞かれても、カイザーたぬきは、大変じゃ、間に合わんか、どうしたら、とおろおろ首を左右に動かすばかりで、話になりません。代わりに団子屋が、カイザーたぬきがおかしくなった原因と思われる手紙を渡しました。

「何だ、これがどうした。墓参りが何だ!?」

らちが明かないので、姉御は取り合えず、カイザーたぬきの頭をゴンッとげんこつで叩きました。


「いでっ!」

「うるせー、ちゃんと説明しろ!」

痛みで我に返ったカイザーたぬきは、姉御の上半身に飛びつき、半纏はんてんの襟元を両手でぐいっと掴みました。

「大変なんじゃ! 我らが父母の墓は、有毒な火山性ガスが吹き出す荒れた場所にある。それゆえ、墓参りをしたいという秋太には、ガスがあるから駄目だと言うておったのに。わしや春子だって行ったことは無いんじゃ。生者も死者も、留まれる場所ではないぞ」

早口でまくしたてたカイザーたぬきは、秋太が、秋太が、と、目に涙を浮かべて近距離から姉御を見つめました。


「……場所は分かるか?」

落ち着いた様子で言う姉御に、カイザーたぬきが力無い様子で頷きます。

「ケサランパサラン――――! 行くぞ!!」

姉御が叫ぶと、どこからともなくケサランパサランがざわっと集まって来て、姉御の足元に渦巻きました。

「僕も行きます!」

切羽詰まった声で必死に伸ばしてきた団子屋の手を、姉御が掴んで引き上げました。


 ケサランパサランが、姉御たちを巻き込んだまま、上空へ浮かび上がります。胸元にはカイザーたぬき、背中には団子屋を従えて、姉御が乗ったケサランパサランは上空を猛スピードで進みます。

「大たぬきの主岩じゃ! ここいらのケサランパサランなら、分かるはずじゃ!」

カイザーたぬきの言う通り、ケサランパサランは、迷いなく真っ直ぐ進んでいるようでした。チクビ山の上方、南西の一点へ、ぐんぐん登って行きます。


 間もなく、えぐれたように灰色に剥げた斜面が姿を現しました。

「煙っている! ガスが出ているんじゃ。ガスにつっこんだら終わりじゃ……」

煙る山肌より上空を進んで行くと、大岩が見えて来ました。

「岩の上、何かいるよ!」

団子屋の叫びを聞いて、カイザーたぬきは目を凝らします。

「あ、あ、秋太――――――!」

徐々に近づいて来る岩の上には、ヒコナと秋太らしき姿が見えました。


「秋太! あっ、もうガスが岩の上に!」

声が届く距離になったというのに、ガスが二人を飲み込んで行きます。

「くそっ!」

姉御が歯を食いしばりました。


 その時、岩の上から、ヒコナが姉御たちに向かってジャンプしました。

「ヒコナ! 届くのか……届けっ!」

 

 それは、一瞬の出来事です。

 わずかに飛距離が足りず、三人の目の前で重力に負けるヒコナ。

 胸に抱えた秋太たぬきを、姉御に向かって放り投げます。

 ヒコナは満足そうに笑顔を見せると、姉御とまっすぐ目を合わせて頭を下げました。

 

 そして、落ちて行きます。


「くそっ……」

姉御の隣で、団子屋とカイザーたぬきが、秋太たぬきをキャッチしました。横目でそれを捉えた姉御は、何かを決意したように、ぐっと眉間に皺を寄せました。

「ケサランたちは、安全な所へ!」

足元に向かって叫びます。


 姉御は半纏はんてんを脱ぎながら勢いをつけて、落下するヒコナの元へ飛び降りました。

「阿呆が、許さねぇぞ!」

ヒコナと姉御は、ガスの中へ落ちて行きました。


 何か叫びながら遠ざかるケサランパサランと団子屋一行は、ガス地帯の外へと飛び去って行きます。


 諦めたように目を閉じたヒコナは、騒がしい上の気配を感じてすぐに目を開けました。その瞬間、落下してきた姉御が目の前に見えました。驚く暇もなく、何かで顔を覆われた直後、腹に痛みを感じて気を失いました。

 ヒコナに追いついた姉御が、脱いだ半纏はんてんでヒコナの顔を覆うと、鳩尾みぞおちに一発グーをくらわせたのでした。

 半纏はんてん鳩尾みぞおち以降、ノープランだった姉御は、気絶したヒコナを両腕で抱えながら息を止めて地面に着地しました。


『真っ直ぐ走りや、風上じゃ』

『そのまま、まっすぐ』

 姉御の耳に、男女らしき声が届きます。それは、秋太たぬきが父と母の声だと言っていたものでした。


 姉御は夢中でその声に従い、本気でダッシュしました。


『きゃ、脚力!』


低い声が、驚いたような声を上げました。姉御は一瞬、どこかで聞いたような声とセリフだな、と考えましたが、雑念を追い払い、自分よりも大きいヒコナを抱えて猛ダッシュし続けます。


 流石に息がやばいと思った瞬間、煙った視界が開けると同時に足元の地面が無くなり、崖のようなところから飛び出してしまいました。

「ま、まじか!?」

惰性で動く足は空を切り、高低差も把握していない場所に落下してしまうと身構えましたが、意外にもすぐにぽすっと何かの上に着地したのでした。


 足元を見ると、ケサランパサランたちが姉御を受け止めていました。そのまま、地面へとゆっくり降下します。

「お前たちは、本当に頼りになるよ。ありがとな……」

ほっとすると同時に、深呼吸しながら、ケサランパサランの上に座り込みました。

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