騒々しいが良いやつらのようじゃ
26話 団子屋も夢で遊ぼう
団子屋、礼一、姉御は、引き続き獏巾着の元に滞在中です。団子屋を励ますためか、獏巾着が、遊ぶことを提案したのでした。
「おぉ~、遊ぶか!」
獏の提案に、姉御と礼一がいいですね、と盛り上がりました。
きょとんとしている団子屋に、礼一が説明を始めます。
「獏巾着さんの力で、ここにいる者全員が同じ夢の中で遊べるのですよ。夢の中ですから、自分がなりたい服装にも、全く別の生き物にでも変身出来ます。まぁ、説明が難しいし、ぴんとこないでしょうから、実際にやってみましょう」
やたらわくわくして張り切っている様子の礼一に圧迫され、団子屋はよく分からないながらも頷いて見せました。
「まず、部屋にもやが掛かってきたら、自分がなりたいものを思い浮かべて下さい。動物でも、女性でも、エイリアンでも、女性でもいいんです。何でもいいのです。女性でも。後は、夢に入ってからですね」
やたら偏ったごり押し気味の説明を聞いて、礼一の魂胆を察した姉御が顔をしかめました。しかし、礼一のかなり切実で些細な望みが憐れでもあり、口を出すのは止めておきました。
「わ、分かりました。とりあえず、変身したいものを思い浮かべるのですね。女性とか、ですね……」
優しい団子屋は、何となく礼一の思いを汲み取りました。
「では、皆々様~参りますよ~」
獏の声が響きます。
団子屋は、想像力を働かせようと集中しようとしました。
「よっしゃー、姉御発見だぞ――――! 一緒に遊びましょうぜ、姉御~!」
突然部屋に侵入して来た何者かの大声で、団子屋の集中は打ち砕かれました。
まっ白い光に包まれて目を閉じた後、眼前に広がる景色は一変します。
白い砂浜、エメラルドグリーンの海、ヤシの木。
そこは、常夏の海外リゾートのようでした。
波の音、眩しい太陽……遠くでかもめが鳴いています。
黒っぽい小粋なスーツを着こなし、髪をオールバクに決めた礼一が、場違い甚だしく浜辺に佇んでいると、隣に姉御がやってきました。
「おぉ、見えないが、気合いの入ったスーツ婚活男のイメージが浮かんできたぞ」
姉御が口を開くと、礼一は、正解です、と素直に白状しました。
「そういう姉御さんは……微妙に私との統一感がありますね。色合いだけですが」
姉御は、白シャツに黒いズボン、首にだらしなくネクタイを引っかけて、肩にバズーカを担いでいました。
礼一は、バズーカを無視しました。
「なんだー、どうなってんだー」
「海だぞ、テレビで見たことあるぞ」
「すげ――! 外国に来ちゃったのか?」
「姉御~、どうなってるんですかい?」
足元から騒がしい声が聞こえて来て下を向くと、そこにはクマ達がわらわらと群がっていました。
「あぁ……夢に入る瞬間、騒がしい声がしたと思ったら、君達でしたか。姉御さん、クマズも入って来ちゃったみたいですよ」
「おー、賑やかでいいんでないの? でも、めんどいから、質問は礼一にするように」
「へーい」
姉御の指示通り、ご丁寧に十二匹全員そろったクマズが礼一の足元に集まり、常夏リゾートについて質問攻めにしました。姉御に丸投げされた礼一は嫌な顔もせずにしゃがみこんで、獏夢幼稚園児へ根気強く説明を始めます。
姉御はバズーカを砂浜へ降ろすと、自身もその横へ寝そべりました。
「夢の中では、目が見えるかと思ったんだけどなー。南国リゾートが見えなくて残念だ」
姉御の呟きに、どこからともなく獏の声が響いて来ました。
「姉御さんの目は、特殊な障害で御座いますよ。わたくしの力でも、覆すことは無理だったようで」
「おー、そうらしいなー。音と感触で楽しませてもらう。目が治ったら、また遊ぶぞ」
「いつでも、大歓迎で御座いますよ。悪夢ばかり食べるわたくしですが、皆さんが楽しそうに遊ぶ姿を見ていると、腹の辺りが温かくなるので御座いますよ」
姉御が、そうか、と返すと、獏は笑いながら、はいはい、そうです、と嬉しそうな声を響かせました。
「さぁ、クマズも、大体了解してくれたようですよ」
礼一園長の説明が終わったようです。
「あのー……すいません……僕、どうなっていますか?」
一区切り着くのを待っていたように、おずおずとした団子屋の声で質問が飛んで来ました。
かつてないほど、礼一が機敏に首を巡らせました。明らかに、女性を探しています。団子屋の遥か昔の前世、礼一の前世に結婚を申し込んだ女性の面影を求めているようです。はっきりと覚えていない女性の顔が見られるかもしれないと、礼一の期待は膨らんでいました。団子屋の想像した女性の姿に期待して、三百六十度視線を這わせますが、どこにも姿はありません。
「あー、あのー、礼一さんの後ろです。あっ、もっと下です、下」
礼一は、団子屋の声に誘導されて、自身の後ろ足元に視線を投げました。
そして、礼一は……砂浜に倒れ込み、ちょっと砂にめり込みました。
沈黙と、どさっと何かが倒れ込む音を不審に思った姉御が、上体を起こします。
「何だ、どうした。何の音だ」
「すげーや、姉御~~、デカいクワガタがいますぜ~」
「団子屋の声でしゃべったぞ~」
「クワガタかっこいいなー、やるなー団子屋」
クマズの騒ぎを聞いて、事態を把握した姉御は、渋い表情を浮かべます。
団子屋は、でかいクワガタに変身していました。
「そうですか……そうきましたか。またですか……なぜだ」
姉御近くの地面から、呻き声が聞こえて来ます。
「お前の苦しみは、想像を絶しすぎていて、迂闊に何も口に出せん」
姉御は声がした辺りを、ぽんぽんっと手で優しく叩きます。そして、一つため息を吐くと、言葉を続けました。
「だが……だがな……すげー面白い。我慢できないぐらい面白い。最高! 礼一、すまん! わはははは、団子屋どこだ!? ボディに触らせてくれー! うぉ、硬っ! わはははははは、うわぁー見たかったな――」
返事をした団子屋に飛び付いて、クワガタボディをベシベシ叩いて喜ぶ姉御の姿を、礼一は血の涙を流して見つめました。
「私が浅はかだったようですね。まさか再びクワガタと遭遇するとは。こういう時は、馬鹿正直な姉御さんに救われます」
立ち上がった礼一を、大きすぎるクワガタが見上げました。
「良く分からないけれど、礼一さん、大丈夫ですか?」
巨大昆虫に心配された礼一は、気の抜けた声を出しました。
「えぇ、えぇ、平気です。しかし、なぜ団子屋さんはクワガタになったのです?」
しごくもっともな質問に、クワガタは角を持ち上げながら返答します。動くたびに、昆虫の関節が、ギチギチ鳴りました。
「それが……なりたいものを考えるのに集中しようとした所で、クマの声が飛び込んできて。混乱して、頭が真っ白になってしまったんです。特に、クワガタのことを考えていたわけではないと思うんですけど、なぜかこんな有様です」
「なるほど、なるほど、クマどもがね……」
礼一は近場からクマを一匹鷲掴むと、はしゃぐ姉御に向かって剛速球で投げつけました。
「ひょー」
「うぉ、何か飛んできたぞ!」
「ひゃっ」
「むぐっ」
礼一のピッチングは、十二回連続で行われました。浜辺に佇むクマどもを、掴んでは投げ、掴んでは投げ、絶望から青白んだ顔にはうすら笑いが浮かんでいます。もう記憶に埋もれてしまった女性の顔を拝めるかもしれないという期待を潰された怒りは、クマを使って姉御へと放出され、姉御は見事に全てをくらいました。
砂浜には、クマズに埋もれた姉御が横たわり、同時に礼一の顔に生気が戻りました。
「さぁ、気を取り直して、何かして遊びますか?」
無傷の団子屋クワガタに、優しく問いかけます。クワガタと見つめ合う礼一の目は、潤んでいました。
「あ、あの……礼一さん、クワガタ苦手でしたか? 何か、すいません」
「いえいえ、大丈夫ですよ。折角ですから、団子屋さんはクワガタを楽しんで下さい」
「そ、そうですね……まぁ、挟むのは得意だし」
そう言って、角をわきわき開閉しながら忍び笑うクワガタを見つめつつ、礼一は固く拳を握りしめました。
「砂浜で鬼ごっこしましょうぜ~! 姉御が鬼だー、みんな逃げろ――!」
復活したクマズのどれかが、常夏テンションで叫びました。それを聞いたクマズが、次々とダッシュで散らばって行きます。
「テンプル エスケープ ダ――ッシュ!」
「目隠し鬼だー、声出して行くぞー」
「姉御―、こっちだ、こっちだー!」
「ヘイッ、姉御~びびってる~、ヘイッヘイッヘイッ!」
楽しみすぎなクマズを、制止出来る者はいませんでした。
姉御が、ゆっくりと立ち上がります。
姉御は、バズーカを持っています。
肩にしっかりとバズーカを載せると、一瞬でその場から姿を消しました。
「あれっ? どこだ?」
足を止めたクマの正面に、ザッと姉御が現れました。
「つかまーえたー……」
クマの頭を鷲掴んだ姉御は、おもむろにそれをバズーカへ押し込みました。
「ちょ、まっ、発射!? マジ、発射!?」
バズーカから首を生やしたクマが、焦って声を上げます。
「マジだっ!」
姉御は両足を大きく広げて突っ張ると、そのままおかしな姿勢でクマロケットを発射しました。
「ファイヤ――――!」
「ひょわ~~~~~~!」
ぼふっと直線的に打ち出されたクマは、遠くにいた別のクマにぶち当たりました。
「むぐっ!」
遠くから聞こえて来たクマの声から命中を確信した姉御が、ニヤリと悪い笑みをこぼしました。
「みんなーやばいぜ! 本気でエスケープしろー! 姉御がとんでもねぇ攻撃しかけてくるぞ!」
どこかでクマが叫ぶと、今度はそのクマの元に姉御が降り立ち、再びバズーカに装填されてしまいます。発射されると、また他のクマにぶち当たりました。
「何、この罰ゲーム!!」
クマが叫びます。
そして、バズーカクマロケットは繰り返されるのでした。
「うはぁー姉御さん……見えないのにすごいですね」
体をギチギチ言わせながら姉御を目で追っていた団子屋クワガタが、呆れとも感嘆とも取れる声を漏らしました。
「姉御クオリティーですね」
礼一が感心しながら見つめていると、砂に足を取られた姉御のバズーカから発射されたクマが、こちらに向かって飛んで来ました。低い角度で飛び込んで来るクマは、団子屋クワガタ激突コースです。
「危ないっ!」
礼一はとっさに団子屋クワガタの前に足を動かしますが、砂でもつれて、倒れ込んでしまいます。
「うっ」
礼一は、ばふっと腹にクマを食らいました。
さらに礼一は、団子屋クワガタの角で挟まれていました。
「あっ、ごめんなさい! 突然目の前に現れたので、反射的に、つい!」
団子屋クワガタは、目の前に躍り出た恩人を、つい、挟んでしまいました。
「い、いえ。あっ、ちょっと、食い込んでっいますよっ!」
珍しく焦った声を上げた礼一の元に、姉御とクマズが謝りながら集まって来ます。
「あっ、礼一がクワガタに挟まれてますぜー」
「おぉ~~、脇腹、ガッチリだ」
「ぎゃはははははは」
クマズが、容赦なく笑い転げました。
「な、なんだと? そんな面白いものが目前に?」
姉御は、口を開けて絶望の表情を浮かべました。
「しょうがねぇよ、姉御。見れないのはもったいねぇけど――、ぎゃははははは」
「もがくほどに食い込んで行く……ぎゃははははは」
クマズの笑い声を聞いた姉御の頭の中は、見たいという欲求でいっぱいになりました。
「うぉ~~~~、見たい見たい見たい見たい見たい~~~~~~、3Dの4kで見たい~~~~!」
姉御の叫び声が響き、驚いた面々は姉御に目を向けました。
「うぬぬぬぬぬぬぬぬぬ」
姉御は、何とか視力を取り戻そうと、しかめっ面で集中しているようです。
やがて……姉御の額が光り始めました。
「えっ? も、もしかして」
「額に目が生えるのか!?」
クマズが大口を開けて、姉御の額を見つめます。
「こ、これはもしや、第三の目の覚醒でしょうか」
礼一が、クワガタに挟まれる痛みも忘れて姉御の額を見つめました。
固唾をのむ一同。
姉御の額の光はやがて……鼻の下の方まで下がって行き、口の上で止まると、そこでパンッとはじけました。
姉御の鼻の下には、第三の目が形成されていました。
「えっ? そこっ?」
「場所違う感、ハンパねぇ~」
「こわっ」
騒ぐクマズをよそに、姉御の第三の目は、挟まれた礼一の姿を捉えました。
「礼一、角がっつり……あははははははは」
礼一もまた、近距離で姉御の第三の目を直視しました。
「その目、ちょび髭の位置で……あははははははは」
爆笑し合う二人の姿に、馬鹿らしさと脱力を感じた団子屋クワガタが、角を緩めて礼一を解放しました。
「うぉっ、何だよ、この目。 鼻呼吸でめちゃくちゃ乾く! 一瞬でドライアイ!」
姉御の叫びに、クマズが笑い転げました。
「あれ? 何しにここに来たんだったっけ?」
団子屋の息抜きは、姉御の第三のドライアイ開眼で、無駄に盛り上がって行くのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます