27話 女子会

 かずきが、大福ねずみに振られてしまいました。

 休日の昼過ぎ、団子屋の蔵の二階では、しずくとかずきと春子たぬきが、月に一度の女子会を開催していました。蔵への抜け穴と一階の入り口には、男子禁制の張り紙が貼られています。


「全く、最近、ろくなことないわよねぇ。お兄様には、異常って言われるし、家来はいなくなるし」

絨毯の上でクッションに寄りかかりながら、しずくがぼやきました。手にはポテトチップスの袋を抱えており、しゃべり終わると、手を突っ込んでバリバリ食べています。

「そうよね。私も、大福さんに振られるし。春子ちゃんだって、創作活動に口出しされちゃって」

かずきも、しずくと同じようにくつろいだ姿勢で、手に持った缶からビールをあおりました。

「姉御よ! あいつが、最悪なのよ。お兄様とは、ベタベタするし。普通の人間のくせに、やたら強いし。言動がイカレてるのに、何でみんなちやほやするのかしら」

しずくはしゃべりながら怒りが再燃したのか、手の中でポテトチップスを握りつぶしました。

「同感です。姉御さんは、いい加減で乱暴で、好きになれません。愛らしい大福さんに、悪影響です。皆、姉御さんの家来みたいに、横暴な我がままを聞いていますけど、弱みでも握られているのでしょうか」

同意したかずきは、一気に缶を空にして、げふっとゲップをかまします。女子会は無礼講につき、どんな女子も、到底女子とは呼べないような姿をさらすものなのでしょう。


 突然、バンッとテーブルを叩いた春子たぬきが、両手を握り込みながら立ち上がりました。

「あんたら、カスよ! 脇役オーラ全開よ! 性格の悪い変態美人と、自己愛童顔巨乳よ! あんたらの正義なんて、ヘアピンカーブよ! ヘアピン正義を捨てるところから始めなさいよ!」

大声で喚き散らすと、春子たぬきはふんっと鼻から息を吐き出しました。

「春子教祖のお叫びが、始まったわね……」

しずくが、渋い顔で春子を見つめました。

「相変わらず、とてつもなく酷いことを言われているような気がしますが、理解が追い付きません」

かずきも慣れたものなのか、無表情で新しい缶ビールを開封しました。


 そんな二人を見た春子たぬきは、悲し気に目を伏せると、大げさなため息を吐きました。

「はぁ……あんたら、分かってないわね。いじめっ子の悪者は、姉御さんじゃなくて、あんたらだって言っているのよ。いーい? 姉御さんがヒロインで、あんたらは脇役のカスだってこと、自覚しなさいよ」

再び春子たぬきにカス呼ばわりされたしずくが、机を叩いて非難の視線を送ります。

「あの姉御がヒロイン? ありえないわよ! 最近なんて、頭に手拭い、服は作務衣で、女らしさのカケラもないし」

「そうですよ。あの人、女のくせに、自分のこと俺って言うのですよ? お友達へも、すぐにうるせーとか、暴言吐いて。面倒だとか言って、すぐに他の人に仕事を押し付けるし」

かずきも、口を尖らせて反論しました。


 脇役カス姉妹の言葉を聞いて、春子たぬきは黙って目を閉じると、ゆっくり首を三度ほど振りました。

「解ってないわね。すごく可愛いのに、見た目に頓着しないって、好感度MAXじゃない。しかも、正直な話、化粧してばっちり着物で決めたしずくより、黙って立ってる普段の姉御さんのほうが可愛いわよ?」

「そんなはずないわよ――――――!」

しずくは、床に両手を付いて叫びました。その姿を見た春子たぬきは、憐れね、とつぶやきます。


「言い過ぎです、春子ちゃん!」

かずきがしずくの肩に手を置いて、怒ったように口を尖らせながら春子たぬきを睨みました。

「かずき……あんたも……、上品で賢くて優しい巨乳童顔キャラで行けてるつもりだろうけど、あんた、思い込み激しくて空気読めない馬鹿野郎だからね。三十路過ぎのくせに、未だにそのキャラで行けると思ったら大間違いよ。

完璧な私ですが少し不器用で、お箸が上手く使えませんなんてアピール、誰も可愛いと思ってないから。馬鹿な割に上から目線で、別に優しくもないし。乳のサイズで勝ってても、姉御さんのほうが優しくて賢くて童顔で可愛いからね? 実際若いし」

「そ、そ、そんな。ありえません……姉御さんのほうが、優しくて賢い……姉御さんのほうが童顔……可愛い……若い?」

かずきもしずくの隣に手をついて、ブツブツ呟き始めました。


 脇役カス姉妹を撃沈させた春子たぬきは、どかっとクッションの上に座り込み、コップになみなみと注がれた山ぶどうジュースを飲み干すと、ぷは~っと息を吐きました。毒を吐いて、満足したようです。

「春子~、随分と姉御の肩を持つじゃない! 裏切者!」

少しダメージが抜けて来たしずくが反撃に出ると、まだ声が出せないかずきも、懸命に頷いて同意しています。

 毒吐きモードが収まった春子たぬきは、クッションを枕にして横向きに寝そべると、面倒そうに口を開きました。

「そりゃそうよ。私たちみたいな特別な生き物は、会っただけで人間の本性が見えるものよ。姉御さんは、特別に上等な人間よ。あんた達とは、比べ物にならないわ」

普通のテンションで酷いことを言われた二人は、返す言葉を失いました。ただ黙って、くやしいような、助けを求めるような目を春子たぬきに向けています。


 そんな二人の表情を黙ってしばらく見つめていた春子たぬきは、大げさにため息を吐いてから、再び口を開きました。

「それでも私は、あんたらが好きなのよ。あんたらが子供だった頃から、遊んできたんだもの。だからこそ、言わずに居られないのよ。

姉御さんが、なぜ素敵なモノ達に信頼されて好かれているのか、本当は解っているんでしょう。ただ、悔しくて、悪口を言ってしまうだけなんでしょ? そういう嫌な考えを広げて、他の人と共有して、姉御さんが一人ぼっちになれば満足なの?」

そう言ってから、二人の視線を避けるように、天井を見上げたまま口を噤みました。


 五分ほど重い沈黙が続きました。蔵の窓辺にスズメがやってきたようで、チュンチュンかさかさ音が響いて来ます。それを合図にしたように、しずくが重い口を開きました。

「そうよ、悔しいのよ……馬鹿みたいに優しくて、正しいヤツなのだとは思う。私の鬼を助けるために、毒ガスの中に飛び込んだって聞いたわ。そんなこと、普通は出来ないわよ。お兄様と御タケ様が、和解するきっかけを作ったのもあの女だって聞いた。私がそういうことが出来る人間だったら良かったのにって、どうしてもそう思ってしまって……すごく悔しいのよ」

 絞り出すように、悔しいと言ったしずくの目には、涙が浮かんでいました。春子たぬきは、素直な心情を語ったしずくに優しい目を向けると、にっこり笑って頷いて見せました。


「姉御さんは、酷いわ! 自分勝手な振る舞いをして、こうやってしずくちゃんを泣かせるなんて。やっぱり好きになれません!」

 机を叩きながらきっぱりと言い切ったかずきに、しずくと春子たぬきは、驚愕の表情を向けました。どこをどう理解しての言い分なのか、さっぱり見当が付きません。

「本当だ……かずき姉さんは、思い込みが激しくて空気読めないのね。春子は正しいわ。薄々感じてたけど……人の話を聞く気が無いわよね」

「かずきちゃんには、ちょっと話が難しかったみたい。春子、反省」

何となく自分が馬鹿にされているであろうことを理解したかずきは、ぷくっと頬を膨らませて、抗議の表情を作りました。

 

春子たぬきの脳内評価・・・しずく(評価↑)= 根は良い子だった脇役

             かずき(評価↓)= 不憫

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