25話 存在感の無いあれ

 土曜の夜には、たぬき三兄弟を連れた団子屋がおやど大福にやって来ます。皆で夕食を取り、時には泊まっていくことが日課となりつつありました。今日も夕食の後、よく分からないゲームに熱中する面々を眺めながら、礼一と姉御と三人でのんびりお茶をすすっています。

おやどが開業したとは言っても、泊り客はタケミの特別な客を離れに泊めるのみで、一般の宿泊客は受け入れていませんでした。


「泊り客無しって、経営は大丈夫なんですか?」

団子屋がもっともな質問を投げかけました。

「まぁ、日中に毎日いくつかの老人のデイケア施設から、バスで立ち寄り湯デザート付きコースがやって来ますし、結構好評なんですよ」

礼一の説明に、姉御も頷きます。

「じいさんばあさんが、売店で日用品とか菓子とか、惣菜とか買っていくしな。しかも、この温泉は家族経営だから、人件費がほとんどかからん。お小遣いと、欲しい者あるなら大福父さんに聞いてみなシステムで成り立っている」

団子屋は人件費がかからないというより、人間がいないという経営形態を思い出し、微妙な笑顔を返しました。


 ギャギャー騒ぐ面々に目を向けると、飛んでくる声の数の割に、まともな人間がいませんでした。巨大ジェンガの上に乗せられた大福ねずみが、周りの皆に指示を出して騒いでいます。もう一つの巨大ジェンガの上には、カエルのお頭が乗っていました。二組に分かれて競っているようです。

「法的に、この旅館の従業員て、姉御さんと礼一さんだけですね……」

「まぁ、そうですね。人型なら、バーママさんとりょうちゃんとヒコナがいますが」

礼一の返事を聞いて、団子屋が何か思い出したように、はっと背筋をのばしました。


「そうそう、そのヒコナの処遇ですけど……御タケ様とお話は出来ましたか?」

「あぁ、すまん、言ってなかったか。俺が簡単な交換条件を飲んで、円満解決だ。一緒にいられることになった」

軽く応えた姉御に、団子屋が不審そうな顔を向けます。

「交換条件?」

団子屋の質問に、内容を知っているであろう礼一が、ちょっと眉根を寄せました。

「うん。御タケ様が、俺の体を隅々まで調べたいから、その機会をくれって。後、礼一にやっかいな仕事が来た時には、手伝ってやってくれって。簡単で助かった」

やっかいそうな条件を簡単だと言い切った姉御に、団子屋は不安を覚えました。


 服装はともかく、目の見えない姉御は、黙って座っていれば頼りない可憐な少女のように見えます。呪術者集団の頭目に体を調べられたり、超自然的な難事件の解決を手伝わされたりするような人物には見えません。どちらかといえば、男性の庇護欲を掻き立てる部類の外見なのです。

 しかし……知り合ってから今日までの姉御を思い出すと、一瞬で不安が吹き飛んでしまうのでした。この姉御という性別は、恐ろしく強く、でたらめで、そして優しいものでありました。団子屋の心中を察してか、礼一がため息交じりに口を開きます。


「おっさんに体の隅々まで調べたいと言われても、姉御さんが対象となると、全然エロティックな感じがしませんよね。私のタケミの仕事も余裕でこなしそうでしょ? なんせ、鬼なら序の口、毒ガスの中でさえ、ダッシュで生還するぐらいですから」

「……解剖の危険は感じますけど」

笑いながら返した団子屋に、姉御は座布団を投げつけました。


 飛んできた座布団をキャッチすると、団子屋はおおきなあくびをしてから、目を擦りました。まだ、子どもでも寝ない時分ですが、かなり眠そうです。

「何だ、団子屋。もう眠いのか?」

あくびを聞いた姉御が問うと、団子屋は、いえ、とか、まぁ、とか曖昧な返事を返します。歯切れの悪い団子屋の雰囲気を感じ取り、礼一は心配そうに口を開きました。

「単に疲れているだけでは無さそうですが……何かあったのですか?」

礼一にじっと顔を向けられて、団子屋は決まり悪そうに笑って見せると、大したことではないのですが、と前置きしてから話し始めました。


「最近、おかしな夢を見ているみたいなんです。どんな夢だったのかはっきりしないんですけど、すごく大変で怖くて、何とかしなければ、って思って飛び起きることが結構あって。内容がはっきりしないので、断言は出来ませんが……恐らく同じ夢を繰り返し見ているんじゃないかと」

「夢ですか。なるほど、なるほど」

漠然とした話に、礼一は目をつぶりながら眉間に皺を寄せると、考え込むように腕を組みました。姉御も心配しているのか、同じように眉間に皺を寄せて首を傾げていましたが、何か思いついたように顔を上げました。


「おぉ、夢なら、すぐ近くに専門家がいるじゃないか!」

「あぁ、確かに。すごいのがいましたね……」

閃いた姉御に、礼一も同調します。団子屋は、夢の専門家というのが誰のことなのか、心当たりがありませんでした。

「誰か、夢に詳しいんですか?」

「あれ? 紹介してなかったっけ? あいつ小さいし、黙ってれば袋だから、見逃したのかもな」

姉御の言葉に団子屋が首を傾げると、丁度良いから行きましょうよ、と礼一が立ち上がります。


 姉御、礼一、団子屋は、おやど大福のミラクルドリーム娯楽室の前へやって来ました。足で扉を二度ほど蹴ってノックしたつもりの姉御は、扉を開けてずかずかと中へ進んで行きます。それへ続いて、礼一と団子屋が部屋の中央へと侵入しました。

「これまた、お三方。どうもどうも、いらっしゃいませ~」

噺家のような古風な口調が響いてきます。

 団子屋は、明るい室内をきょろきょろ見回して、声の主を探します。

「おや、団子屋さんは、初めてで御座いますね。どうもどうも」

自分の目の前から声が聞こえた団子屋は、空中に何かが浮かんでいることに気が付きました。じっと目を寄せると、黄色い巾着に、小さめの耳とちょっと長い鼻をした動物の顔が生えています。

「しっかりご挨拶するのは初めてで御座います。わたくし、悪夢を食べる獏で御座います。近頃は、それ以上の夢芸も洗練されて参りましたが」

目前の生き物の口から声が発されているのを確認した団子屋は、慌てて頭を下げました。


「こちらこそ、よろしくお願いします。団子屋です。獏さんですか……」

「あー、案外普通なのが出て来たなって思いました? 私も最初は、そう思いました」

頭を下げてから、微妙な笑顔を見せた団子屋の心中を、礼一が代弁しました。

「これまた酷いー。そういう反応、多いですよ。ここのお仲間は、変わった方が多いので、わたくしなんぞは霞んでしまう―まずは、座敷わらしさんが面白い。見た目からしてインパクトが御座います! それに負けていないのが――」

「うるせーうるせーうるせーな! お前は、いつもいつもべらべらべらべら」

姉御が突然、獏に向けて、ぶんっと腕を振り降ろしました。目が見えない姉御の攻撃を、獏はふわりとかわします。


「姉御さんは相変わらず、短気で御座いますねー。思い起こせば、十年前、わたくしが獏になって何年か過ぎた頃。姉御さんが――」

「だからっ! それがうるせーっての! こっちにも、話をさせろ」

怒鳴る姉御を、獏は楽しそうに見つめました。姉御が怒るのを解っていて、からかっていたようです。

 礼一が姉御をなだめながら座らせて、団子屋にもとりあえず座るように促しました。


「獏巾着さん、団子屋さんがおかしな夢に悩まされているとのことです。話を聞いて、何か分かれば教えてもらいたいのですが」

礼一の説明に、獏は頷いてふわふわと団子屋の目の前に移動してきます。

 団子屋は戸惑いながら、間違いなく夢の専門家であろう獏に向かって、先程と同じ話をして聞かせました。それを最後まで黙って聞いた獏は、ちょっと考え込むように黙った後、静かに口を開きました。

「団子屋さん、ちょっと目を閉じて、出来るだけリラックスしていてくれませんか?」

「え? あっ、はい。分かりました」

団子屋は、獏の指示に素直に従いました。


 獏は黙ったまま、目を閉じた団子屋の頭の上にちょこんと載っかると、自身も目を閉じて動かなくなりました。

 様子の見えない姉御を気遣って、礼一が小声で状況を説明すると、姉御は専門家がいると助かるな、と満足そうに頷きました。


 獏が団子屋の頭に鎮座して数分、ぱちりと目が開きます。

「さぁ、もう目を開けてよろしいですよ」

ふわふわと頭から獏が移動すると同時に、団子屋も目を開きました。黙っていただけの団子屋は、何をされたわけでもないので、ただただきょとんとしています。

「何か解ったか?」

せっかちな姉御が、最初に口を開きました。

「はいはい、そうですね。解らないということが解った次第で」

切れの悪い思わせぶりな獏の言葉に、姉御が文句を言おうとするのを遮って、礼一が説明を求めました。


「どういうことです? 詳しい説明をお願いします」

「僕も、些細なことでもいいので、聞きたいです。寝不足になるのは困りますから」

やたら真剣に説明を求められた獏巾着は、ちょっと目を大きくして揺れながら、一度大きな咳払いをしました。

「はいはい、そうで御座いましょうとも。団子屋さんの夢は、まだ映像になっていないので御座います。特別な夢なのですよ。わたくしどもでも、滅多に出会うことは御座いませんが、恐らく、予知夢と呼ばれるものではないかと」

予知夢と聞いて、姉御と礼一が、おぉーと感嘆します。団子屋は、微妙な表情で首を傾げました。


「予知夢? 僕が? 今まで、そんなことは無かったけどなぁ」

団子屋の素直な感想に、慌てたように獏がゆらゆら揺れました。

「疑われるのも当然でしょうが、間違いないと思いますよ。ただ、まだ団子屋さんの能力が安定しないのか、未熟なのか……上手く映像を捉えきれていないようで。予知した時が近くなれば、もっと鮮明に映像が見えてくるとは思われますよ」

獏が一生懸命説明しても、いまいち団子屋にはピンと来ないようで、そうなのかなぁ、と首を傾げて考え込んでしまいます。


「そういえば、土地守の中には、変わった能力を持った者が現れることがあったと聞いたことがあります。土地を守るために、力が授かるんだとか……そうなると、土地に何か起きる可能性がある、と考えるのが妥当でしょうね」

礼一の説明を聞いて、団子屋が不安げに眉を寄せました。寝不足が困るという軽い相談だったつもりが、事は想像を超えて深刻だったようです。

 少し重くなった雰囲気を破るように、姉御が明るい声を出しました。

「まぁ、思い悩んでもしょうがないな。夢が鮮明になったら、対策も立てられるだろ。ちゃんと予知出来なかったとしても、たぬきも俺も礼一もタケミの皆もいるし、大丈夫だろ。団子屋一人で守ってるわけじゃないんだからな」

姉御の言葉に頷きながら、礼一が団子屋の肩をぽんっと叩いて口を開きます。

「そうですよ。我々には、土地だけじゃなくて、あなたも大切なんです。いつでも力になりたいのです。だから、絶対に一人で抱えずに、我々を頼って下さいね。たぬき三兄弟以外にも、あなたを心配する者はいますから」


 礼一の柔らかい声を聞いて、団子屋は不安が和らぐのを感じました。しかし同時に、この人を頼って迷惑を掛けてはいけないというような気持が頭をもたげてきて、どうにも心がざわつきました。


「気分転換に、ちょっと遊んではいかがで御座いましょう~」

獏の明るい声が響き、団子屋の良く分からないもやもやが、心の内へと戻って行きました。

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