56話 結構役に立つアレ
「だから、SとかMとか、そんな分類はどうでもいいんですよ。ただ、色々斬新で貪欲で積極的な変態なだけです」
蔵に戻った姉御の元へ、良く解らないことを力説する礼一の声が響いてきました。
「戻ったぞー、変態なご主人様」
姉御が部屋に入りながら言うと、春子たぬきがはっとしたように顔を上げました。
「……へ、変態なご主人様」
何かが春ぽん子先生の琴線に触れたようで、姉御は渋い顔を見せました。
「やっぱり、礼一と私が似ているのは、外見だけだと思うんだけどね。ね?」
何のことか解らない姉御に、御タケ様が同意を求めています。
「いや、雰囲気もそっくりだけどね。気配とか」
姉御の発言に、御タケ様は手を床につけて頭を垂れました。
「で、どうでした? 何か解りましたか?」
ここにいて、当初の目的を忘れていない団子屋が、正しい問いを投げました。
「解たよ! 父ちゃと母ちゃと話しした! 何か解た!」
秋太たぬきが返事をすると、居残り全員が姉御の顔に目を向けました。
「あぁ、両親たぬきと話せた。カイザーは今、完全に内側の世界にこもっているから、声も届かないらしい。この世とは繋がって無い遠い世界だそうだ。しかし、カイザーが元に戻りたいと望むように説得出来れば、戻ることは可能らしい。因みに、カイザーが外の者と会話出来るようになるには、百年はかかるようだ」
姉御の言葉に、皆黙って首を傾げました。
「え? 不可能ゲームに聞こえるんですけど……僕だけですか?」
おずおずと言葉を発した団子屋に、未だ考え中の面々は、腕組みしたり顎に手を当てたりして返事をしませんでした。
「えっと、じゃあ、僕達が資料を当たって抜き出した情報も話します。大抵が、大たぬきの主岩から声が聞こえて来て、命を救われたという話でした。ガス地帯に迷い込んだタケミや村の者の記録です。でも、声が聞こえずに死人が出た時期もあったようで……今の姉御さんの話を聞いて、それは納得できるな、と。ただ、それなりに事例はあっても、ああいう場所ですから、岩と詳しく会話した人もいないし……都合良くカイザーを石から元に戻す方法などは書いてありませんでした」
「なるほど……遠くへ行ったのは、冬一でしたか」
団子屋の話に聞き慣れない声が返事をしたので、御タケ様は顔を上げました。
「あなたは……遠藤行者でしたか。そういえば、あなたには予言を頂いていましたね。そうですか、このことだったのか」
遠藤行者は、黙って頷きました。
「あんたが連れて来たんですか? なぜ?」
不思議そうに尋ねる礼一へ、姉御はにっと笑顔を見せます。
「遠藤行者とヒロシ君は、カイザー冬一と古いお友達だからな。多分、何かの役に立つはずだ。後は、獏巾着あたりが役に立ってくれそうだと思う。まぁ、勘だけど。理屈は、天才変態ご主人様に任せる」
ふーん、と何か考え込む様子の礼一の横で、春子たぬきが納得したように紙に何か書き留めていました。何となく覗きこんだ団子屋は、『天才?変態?ご主人様!』と書かれた紙を見て、無表情で目を逸らしました。
「悪く無いですね獏巾着さんね……とにかく、会いに行きましょう。地味ですが、何かと役に立ちますね」
礼一に釣られて、全員が立ち上がりました。
一歩踏み出しながら、礼一は足元の春ぽん子の紙を踏みしめてくしゃくしゃにしてから後方に蹴り飛ばしました。
カイザー石調査し隊の面々は、お宿の獏巾着の元へ集まりました。仕事がある御タケ様は、残念ながら不参加です。
「珍しい方々が御集まりで、有難うござーい」
噺家のような口調で皆を歓迎した獏巾着を、姉御ががしっと鷲掴みました。
「ちょっと深刻なんだぞ? お前を頼って来たんだ」
真面目な口調で姉御が言うと、巾着から生えた耳や鼻が、ひくひくと動きます。
「わたくしを頼って? 何で御座いましょう!」
きりっと、頼りがいのありそうな声を出した獏巾着に、姉御は満足そうに頷きました。
頭の良い礼一が簡潔に経緯を説明すると、空中でゆらゆら揺れながら聞いていた獏巾着がぴたりと止まりました。
「はぁ、はぁ。それでは、わたくしに、カイザーと話をする方法は無いか御尋ねになりたいと、こういう訳ですか?」
「そうです」
獏巾着は、正確に話を理解出来たようです。高度な夢RPGを組み立てる頭脳は伊達じゃないようです。
「内の世界にこもっているとなると、わたくしの分野と近い気もいたしますね。それではちょっと失礼して、石の近くで様子を探って参りましょうか。少々お時間いただきます」
それから、姉御がりょうちゃんに頼み、獏巾着はカイザー石の元へひとっ飛びして様子を探りに行き、期待しながらお宿で待っていた皆のもとへ、五分ほどで戻って来ました。
「どうでした?」
もどかしげに口を開いた団子屋の正面に浮かんだ獏巾着は、黙って二度ほど頷いて見せました。
「確かに、カイザーがいる世界は、夢の世界と近いものでありました」
団子屋の顔が、喜ばしげに綻びました。
「しかし、全く同じでも無いのです。結論から言えば、私の力だけでは無理だと言わざるおえませんです、はい」
団子屋の表情は、再び硬いものになりました。
「まてまて、焦るな。色々な力を持ったものが、ここには結構いるだろう。どんな力が必要なのか、詳しく教えてくれ」
「そうですね。一喜一憂していても仕方ありません。知恵を出し合いましょう」
姉御と礼一が、場の雰囲気を正しました。
いつのまにか緊張して二足立ちになっていた春子たぬきと秋太たぬきに、姉御が頷いて笑いかけると、二匹は力を抜いて畳に腰を降ろしました。その姿を見て、皆も釣られて座り込みます。
「まず、カイザーたぬきと共有している事柄が大事です、はい。一緒にした思い出深いことなどがあれば、世界は繋がりやすくなります。そうは言っても、カイザーが設けている壁は頑丈でしょうから、その壁を隔てて、隣の部屋ぐらいには到達できるといったところでしょうか。どうにかして、その壁に穴を開けることが出来れば、声を届けることは可能です。そこらへんで精一杯、というところでございましょうか」
獏巾着の説明に、一行は眉根を寄せるしかありませんでした。第一条件の、カイザーと共有している事柄については、それぞれ記憶を辿るしかありません。一緒に暮らしてきた団子屋やたぬき兄妹には、一緒の思い出は多くありそうでしたが、思い出深いことと言われると、いまいち自信が無いようです。
静寂の中、団子屋の頭の中に浮かんでくるのは、美しい田舎の風景と、金色に光るカイザーたぬきの耳の先っちょばかりです。カイザーたぬきの姿よりも、夕暮れのピンクのグラデーションや、青から緑に変わる山々、道向こうの陽炎や、色を増す影など、カイザーと共に過ごし、心に染みた風景や沸きあがった感情ばかりが思い返されます。しかし、そういったものは自身の頭の中で色眼鏡がかかるもので、カイザーたぬきと共有していたかと問われると、確証はありませんでした。
「よっしゃ、行けるな、これは!」
難しい顔をした面々をよそに、姉御が突然、明るい声を響かせました。通常からだいぶ無責任な姉御の発言は、一同に懐疑的な表情を浮かべさせました。
「そう……ですか?」
一応という感じで返事をした団子屋に、姉御は満面の笑みを返します。
「あぁ。一緒の思い出はバッチリだろ? あと、壁に穴をぶち明けるってのも、心当たりがある」
自信満々の姉御に、一様に胡散臭そうな顔を返す中、遠藤行者と礼一は何か思い当たることがあるらしく、口の端を上げました。
「まぁ、だいたいの予想は付きますが、壁の穴については、そう上手くいきますかね」
礼一が遠藤行者へ目を向けると、そこにはいたずらっ子のような笑顔が浮かんでいます。
「んじゃー、準備するぞー」
困惑しているものにとって、すっくと立ちあがった姉御の姿は、やはり頼りがいがありそうに見えたのでした。
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