第六幕 北海の嵐 上
壱
一九四○年一○月。
ポーツマスの港を一部間借りしてるのは、八月に地中海を突破して、日本からやって来た第一次遣欧艦隊。大英帝国の本国艦隊と比べたらささやかな物だが、それでもずいぶん賑やかになっていた。
その遣欧艦隊旗艦「金剛」は、損傷が少なかった事もあり真っ先に修理され、既に復帰していた。
同時に予定されていた対水上射撃管制レーダーと、対空監視レーダーを設置が行われた。
これらは、キングジョージVの主砲と同様、日英共同開発の新型。英独開戦直前まで、英国の研究所に日英の技術者が集まって開発が行われていた。ところが、開発は終わっり既に実用品がいくつか英国の艦船に積まれているというのに、戦争が始まってしまい、日本に設計図を送れずにいたのである。
というわけで、ここは一つ英国行きとなった「金剛」に現地でつけてしまおう、という事にあいなったわけである。
無事取り付けは完了し、桑原新艦長のもとで一通りの訓練も既に執り行われた。
「高木少将、ただいま着任しました」
「金剛」の艦橋に現れた男は、左手で敬礼した。
地中海突破作戦で右手の肘から先を無くして、今は義手が着いているだけ。ちょっとまともに敬礼できない。
逆に奇麗な敬礼で答えたのは片目の男、遣欧艦隊のトップ、栗田中将である。
「司令部はあれからずっと人手不足だ。早く現場に慣れてくれ」
「了解。病院ではだいぶ勉強させていただきました」
右手は元に戻せないが、一月半ほどかけてとにかく傷は塞がった。
その間に、左手での読み書きや食事を練習したり、将官としての勉強をしたりしていた。今では普通に箸ももてるし、知識だけなら十分蓄えた。問題はドンブリが持てないのと、将官としての経験不足だ。
配置は、第一戦隊指令。地中海で「金剛」が爆撃を食らった時、他の司令部要員とともに戦死してしまった先任に替わって、である。
高木は、軽巡の艦長から突然抜擢されたしまい初め心配だったが、司令部の大半が代替要員であるのに気付き、すぐに深く考えるのをやめた。
「では、引き継ぎを執り行う」
栗田が声をかけた。
「引き継ぎ、でありますか?」
高木は、先任戦死のため引き継ぎを期待していなかったので驚いた。
「そう、引き継ぎだ。艦隊はとにかく私が一通り掌握してある。貴官は必要な分を引き継いでくれれば良い」
「りょ、了解しました」
聞きしに勝る掌握力。
少将としてはダントツで若い、三十八歳の高木は自分との差を大いに感じた。
一通り引き継ぎを終えた後、「金剛」の会議室に司令部一同と各部署の代表が集められた。
「早速だが、先ほど大本営から重大な知らせが入って来た。神中佐、ちょっと説明してくれたまえ」
栗田は懐から文書を出し、参謀の神に渡した。
「重大な知らせ」というのが、要は第二次遣欧艦隊の到着が大幅に後れる、という事だった。
「通りすがり」の第一次遣欧艦隊に艦隊を潰されてしまった伊海軍が、なにを慌てたのか、地中海のそこかしこに機雷をやたらめったらとバラ撒いた。そのおかげで、大規模な艦隊が通れなくなってしまったらしいのだ。
従って喜望峰周りになり、その準備等にも時間がかかってしまう。
それだけなら、ひと月も余分にとれば来れるのだが、そこにドイツが新鋭感を戦艦だけで二隻も同時に竣工させた、と言う情報が飛び込んだ。そこで、「どうせなら」と、予定より遥かに大規模な艦隊を派遣して、一気にケリをつけようと言う事になったのである。
「で、あとどれだけ待てというのでありますか」
おおよそ説明が終わった所で、水雷戦隊の南雲少将が言った。
「早くて、あと半年」
栗田が渋い顔をして言った。
「連れて来るかどうかはまだ分からんが、戦艦『駿河』と『常陸』の改装が終わるのを待つそうだ」
これを聞いた高木は「大本営は本気だ」と感じた。
この戦艦二隻は、二年前の一九三八年末、立て続けに竣工した新型。
条約通り三万五〇〇〇トンとして作ったのだが、後にドイツが条約を破棄して協力な戦艦を作り始めたと言う情報が入り、竣工後すぐに改装に入っていたのである。出てくる頃には、一万トンは増えているはずだ、とのこと。詳細は栗田もよく知らない。
心強い話ではあるが、逆に言えばあと半年、手持ちの戦力で踏ん張らねばならないという事に他ならない。
「政府間で決めた事だ。我々軍人は、それに従うのみ。すまぬ、苦労をかける」
そう言って栗田は〆た。
弐
翌日、早暁。
『ワレニカマワズ、テッタイセヨ。クリカエス、テッタイセヨ』
駆逐艦「フェイム」のトンプソン艦長は、「分かった分かった、何度も何度も! 要は逃げろってことだろ。そうはいくかい!」と叫びながら、伝令を追い返した。
先ほどから戦艦「ロドネー」から繰り返し無電が打たれていた。
うっすらと立ちこめた霧の中、英護送船団は独艦隊の襲撃を受けていた。
こちらが敵を捕捉する前に、同行していた巡戦「フッド」は、トンプソンの目の前で真っ二つになって海の底に逝ってしまった。
頼みの綱の空母艦載機も、敵の空母から発進した護衛機にたたき落とされてしまった。
頑丈なのが取り柄の「ロドネー」は火だるまになりながらも、どうにか踏みとどまっている。
この間に「その他大勢」の駆逐艦などは逃げてしまいたいのだが、現実はそうもいかなかった。護衛していた船団が、敵側の「その他大勢」に袋だたきにされているのである。
「なんだ、キリがねえ」
トンプソンは「フェイム」を率いて走り回り、そこかしこで敵を追っ払っていた。しかし、時間が経つに連れて敵が増えて来ているのに気がついた。
もう何度目か分からないが、味方のタンカーに迫ろうとした敵小型艦を追っ払った直後、「フェイム」は巨大な水柱に取り囲まれた。
『ざぶぅ~ん』
「フェイム」はその水柱の一本にまともに突っ込んでしまい、滝のような海水を思い切りかぶった。
「ぶゎっ! お~い、みんな生きてるか?」
「あいよー」「ぃえっさー」などと艦橋のあちこちから返事があった。
「みんな、無事――でもないようだな」
艦橋の要員は何かに掴まって無事だったようだが、甲板の方を見ると明らかに人が減っている。
流されたのだろうが、かまっている暇など無い。
このままだと次は直撃を食らいかねないので、トンプソンはとにかく舵輪にかじりつき、取舵を目一杯切った。
が、一瞬遅く、再び水柱にとり囲まれた。今度は、さっきの何倍もフネが揺さぶられている。
『艦尾浸水!』
『スクリュー損傷、航行不能!』
「隔壁を閉鎖しろ!」
揺れが収まるなり、下の方から艦内電話がかかってきた。
直撃は無かったが、艦尾に至近弾を食らったらしい。
「フェイム」はゆっくりと傾き、途中で止まった。ついでに、船足も止まった。
なんか、あさっての方で水柱が六本ばかり上がっている。止まってしまったおかげで、逆に狙いが外れたようだ。今回は、命拾い。
そう思った矢先に、前方を横切るように大型艦が薄暗い霧の中から現れた。
「敵艦です! シャルンホルスト級!」
見張りが叫んだ。
そして、そのフネの前後に発射煙が現れた。
トンプソンは今度こそジ・エンドだと思ったが、その砲弾は「フェイム」の頭上を飛び越えて、たった今まで守ろうとしていた貨物船にブチ当たった。同時に、大きな火災が発生した。多分砲弾は焼夷弾か何かだったのだろう。
「く、くそぉ、俺たちは無視かよ! まだ戦うぞ、戦ってやる。魚雷はどうした!?」
トンプソンは敵艦を睨みつけて叫んだ。
「艦長、傾斜が酷くて雷撃、砲撃とも無理です!」
と、砲術長。しかし、彼も顔に悔しさをあらわにしている。
「チクショウ! なんでもいい、相手はこっちだ!兵隊以外を撃つんじゃねえ!」
しかし、トンプソンの叫びは波間へと消えていくだけだった。
参
『護送船団、アイスランド南方沖で全滅!』
英国中にかつてない衝撃が走った、
北大西洋上で訓練中のホーランド艦隊がSOSを受けて駆けつけたときには、護送船団は無惨な姿に変わり果てていた。
報告によると、残っているのは、どうにか沈没を免れて救助活動をしている「フェイム」と、自分の事で手一杯の数隻の船だけだったとのことだ。
助かった者の数も、決して多くはないらしい。
ホーランドからの報告がまとまった所で、日英の首脳が司令部に集められた。
英国側総司令ラムゼイ大将とドーバー海峡防衛担当のハルフォード中将、日本側栗田中将と、なぜか高木少将が主な参加者だ。参謀として神中佐も来ている。
皆、英語に堪能なので、会話はすべて通訳無し。
「何としてでも探し出して、叩かねば、今後大変な事になる」
英海軍ラムゼイ大将が腕組みして言った。
「叩くと言っても、返り討ちに気をつけんとなぁ」
ドーバー方面指令のハルフォード中将が自慢のハゲ頭をぺたぺた叩きながら言った。
護衛艦隊は、戦艦ロドネー、巡戦フッド、そして空母ハーミスを擁する大部隊にも関わらず壊滅状態なのだ。用心しないと、非常に危険である。
一同、どうしたら良いモノか、と沈黙。
その中、神中佐が片手を上げて「報告をうかがうに」と、口を開いた。
「どうやら独海軍は中核となる戦艦部隊を軸に、小型艦を広い範囲に分散させる配置をとっているようですね。それで、どこかで攻撃対象を見つけると、そこに集まっていくことになっていたのだと思われます」
とくに目新しい戦術ではないが、船団を護衛含めて丸ごとやっつけるつもりなら、潜水艦を使うよりよほど有効な手ではある。もし、護衛が自分より有力なら、そのときこそ「後ハ頼ム」と潜水艦にでも任せて、逃げ出してしまえばいいのだ。
「ふん。高速艦だけで行ったらやられて、みんなで行ったら逃げられる、か。それに、相手の規模も不明だ」
栗田がカツカツと足をならしながら言った。
シャルンホルスト級の目撃情報はあるが、それ一隻で頑丈な「ロドネー」や快速の「フッド」がまとめてやられるとは考えにくい。
「それなんですが」
高木が、なにかもう仕分けなさそうに手を挙げた。
ラムゼイが「どうぞ、話してみてください」と高木を見る。
「直接やっつけなくとも、ある程度無力化することは可能です」
一同の目が高木に集まる。
萎縮しそうな高木に、ラムゼイが「続けてください」と促した。
「やっつけるのが無理なら、釣ってしまおうと。北海辺りまで釣れればベストなんですが、まぁ、ノルウェー辺りでも十分期待できますよ。空軍さんお力添えも必要ですが」
三日後。
高木は巡戦「金剛」、軽巡「最上」「三隈」、陽炎型駆逐艦四隻、そして空母「瑞龍」を率いて、ポーツマスを出た。「比叡」はレーダー設置と修理のためいまだ入渠中である。
旗艦「金剛」の艦橋には、手が足りなかろうという名目で、「お目付役」こと栗田も来ている。
また、この三日のうちに、ラムゼイの名前で英空軍の一部と日本航空隊の一部を、北部スコットランドの基地に移動してもらった。
それから北大西洋に出て、一度ホーランドの艦隊(戦艦「キングジョージV」「クィーンエリザベス」等を含む比較的大規模なもの)と合流し、暫く同行した後に再び分かれた。
「こんなんで、釣れるのかね?」
英艦隊が見えなくなると、栗田の口から思わず言葉が漏れた。
「釣れますよ。でなくても、まぁ、牽制にはなるから、今大西洋を移動中の商船の安全は間接的に確保できるでしょう」
「ふーむ。しかし、独艦隊は、どこに消えたのだろうか。実は中部大西洋だってりすると厄介だぞ」
「それはなさそうですね。ホーランド提督の話ですと、SOSを受けた当初から相当数の水上機や艦上機を飛ばしまくっているが、潜水艦以外見つからないそうです。逃げた先は、まぁ、見当がつくってものです」
「ふん、そうだな。で、どうやって釣るのかね?」
「目立ってやります」
「はぁ~?」
栗田は、一目もはばからずあんぐりと口を開けてその場で固まった。
四
北欧は某仮設基地――
整備のため艦から追い出された士官達が、ほっ建て小屋に等しい「士官食堂」で昼飯を食っていた。へんぴなところなのだが、士官達の顔は一様に明るめである。
その片隅で、戦艦ビスマルク第二砲塔の長が飯を喰っていた。
「ここはあいているかな?」
肩の辺りを雨で濡らした、ビスマルク砲術長のブラウン中佐が現れた、
先に座っていた第二砲塔のベルガーが、口をモゴモゴさせながら、あわてて敬礼しようとする。
「あ、飯時くらい気楽にしてくれ」
「ハクション!は、失礼します。今日もまた雨ですね」
「そうだな。だが、おかげで敵に様子を知られにくい」
ブラウンはトレーを片手に、反対の手で口ひげを触りながら座った。
彼は奇麗にヒゲをのばしている四十代半ば過ぎで、階級にしては年相応かと思いきや、相対的にかなり年を食っている方なのだ。今のドイツ海軍全体に言えることだが、皆比較的若い。なにせ、今頃えらくなってるであろう先人達は、今頃ほとんどがユトラント沖の海の底だ。
「先日の海戦は、大勝利だったようでありますね。我々は、砲塔にこもっていて何も見ていませんが」
ブラウンよりかなり若い、三十そこそこのベルガー大尉が言った。
この二人、年は離れているが、よく話をしたり食事をしたりする仲だった。
「うーん、そうだな。俺も砲術長にすぎんから詳しくはしらんが、かなりの大戦果をあげたようだね。俺が見てる限り、相当数沈めている」
見晴らしがいい所におり、レーダー等からの情報が逐一入って来る砲術長は、少なくとも戦場をよく「見て」はいた。
「(モゴモゴ)ユトラントの雪辱は果たせましたかね?」
ベルガーがパンを飲み込みながら言った。
「まだまだ、だろうな。しかし今回は勝ちすぎた感もある。ヘタに日本海軍を刺激しない方がいいとおもうのだがな。謎が多すぎる」
「ああ、地中海の件ですか。まぁ、あのイタリア海軍のやることですから」
「ドイツ海軍もいたぞ。どのみち、完膚なきまでやられた上、将兵は戦死か行方不明。生き残ってたとしても、敵の捕虜だ」
彼の知る所と言えば、シチリアから襲撃をかけた航空隊が返り討ちにあったこと、伊新戦艦の一隻が空襲であっという間にやられたこと、水雷戦隊が勇戦むなしく壊滅したことくらいだ。あとは、戦艦二隻がキスをして海の底まで無理心中したことくらい。グナイゼナウなど、魚雷でやられたと言うこと以外何も分かっていないほどだった。
「ところで、空軍のオヤカタがクビになったって、本当ですかね」
「ん、ああ」
ブラウンはベルガーに顔を近づけた。そして小声でこう答えた。
「本当だ。八月の空襲で散々返り討ちを食らってな、責任をとって辞めちまった。事実上、クビだ。次期総統なんて言われてたのにな。愛想つかされたようだ」
「へ、へえ……。で、今は?」
「よくは、知らん。シュトンプだかシュトルムだかいったような」
「ああ、我が海軍上層部とも『話せる』とかいう――」
「あ、イカン」
ブラウンは顔を少し上げてふと話を止めた。
「げ、SSにでもきかれましたか?」
「いや、飯の時間が終わっちまう」
二人は顔を見合わせると、あわてて目の前の食い物をかきこんだ。
五
高田の率いる艦隊は、ホーランド艦隊と分かれた後東進し、シェトランド沖に移動した。そして、その辺りを回遊しながら、対潜爆弾を装備した艦載機を派手に飛ばしまくった。
最近では「爆雷落とせばUボートに当たる」と言われるほど、大西洋には沢山のUボートがうろついている。その数、二百とも三百とも――実際にはそんなに居るはずないのだが。
そのUボートは時々ドイツに戻ってくるわけで、そこを狙うのだ。
と、いうのはタテマエ。
高田艦隊がシェトランド沖を中心とする北海とノルウェー海で大規模なUボート狩りを行うことにより、どこかに潜んでいるドイツ水上艦部隊を釣り上げようと言うのだ。同時に、ホーランド艦隊が北大西洋を遊弋しながらUボート狩りを行い、より大きな効果もねらっている。
「こうしてみると、ずいぶんこぢんまりとした艦隊だな。それでいて、作戦名『北海の嵐』か。なんか、ご大層な命名だな」
『隻眼提督』栗田は、艦橋から見渡して言った。
「そうですか?総合的には、かなり大規模な作戦ですよ、まぁ、今回、我々は移動する前線基地みたいなものですが」
返事をしたのは『隻腕提督』こと高木少将。
そう言っている間に、哨戒に出ていた艦爆から一隻撃破の連絡が入った。
「損傷を与え、敵を浮上させることに成功したようです。とどめを刺すため、援軍を送りますか?」
通信文を持って来た若い兵が言った。
「いや、いいよ。艦爆には帰還するように打っておいて」
高木はすまして言った。意外な返答に参謀が驚いている。
「あー、ある程度、帰れるやつには帰ってもらうのさ。作戦のうちだよ」
兵は、よく分からずぽかんとしている。
「いいから、早うせんか!艦爆に『キカンセヨ』と打電!」
横から栗田にいわれ、兵はあわててその場を去った。
「まあ、栗田中将もそう肩肘張らずにのんびり構えましょう。今回は」
「ふん、それだからこそ引き締め役がいるのだ」
小艦隊に二提督。妙な状況だが、この師弟はなにか巧くかみ合っていた。
そのころ、神「中佐」は作戦立案やら、実行の段取りやら、仕事の山に埋もれていた。司令部参謀のうち、中級以上の士官で生き残ったのは彼一人だ。
「神中佐殿、交代の零戦が来ました。どうしますか?」
若い参謀が、やや堅くなって神のもとに聞きに来た。
「ン~? 津田少尉か。どうしますかって、着艦してもらえばいいだろ」
神は書類とにらめっこをしながら答えた。
「格納庫が溢れてしまいますが」
「え?まだ、帰らせる分の零戦が艦内にいるのか!?」
「はぁ……」
「『はぁ』じゃねぇ!ちゃんと予定通りに出発させんかぁ!」
若い参謀は神に怒鳴られ、あわてて立ち去った。
「はぁ、こっちに来て、二ヶ月ちょっとか。軌道に乗っては来たが」
神は正直言って、飛行機のやりくりに頭をいためていた。
最近ようやく、バラして輸送船に積んで来た飛行機が一通り組み上がった。間借りした港を、突貫で仮設工場にし、次から次へと送り出して来たのである。
今回、それら多数の航空機は、大半を英国北部の基地のいくつかに分けて移動させてある。搭乗員と空母艦内の整備要員の疲労、そして艦載分の燃料などの節約のため、その一部だけを交代で空母「瑞竜」に呼んでいた。
「高木少将ったら、言うのは簡単だが、実際収拾を付けるのに一苦労だ。
あ~っと、、海軍機は零戦だけで二百五十機、九七艦攻・九九艦爆あわせて百機。あと偵察機や水上機が数機ずつ。ずいぶん持って来たもんだ。はて、こんなに搭乗員いたっけかな? まあいい。
それで、と。陸軍は、というと、エンジンが足りずに三十機ほどしか完成していないってえか。アホか。鍾馗を百二十機分ほどかき集めて来たってのに。ん?なんだこの、二式改『シャーク』ってのは。陸さんのことはよくわからんね」
神はぼそぼそと呟きながら書類をめくった。
「それで、予定通り、日本海軍機は英北部基地に移動が完了。交代で母艦『瑞竜』へ……」
「神少佐!」
「ゎっ! なな、なんだ、驚かすな。それに、俺は中佐だ」
神が慌てて振り向くと、そこに栗田が立っていた。
「あいすまん、改めて神中佐。今日帰らせる零戦の分、予定表が無いぞ」
「――え? あ~~!」
実はあまりの忙しさに、神本人が出立時刻を設定するのを忘れていたようだ。
「零戦は俺の権限で出しておいた。後で津田少尉に謝っておくように!」
六
高木艦隊がノルウェー海に現れてから一週間が経ったころ、独仮設基地に停泊中の独大西洋艦隊では、大佐クラス以上の上層部が集められていた。
「日本海軍からの被害や、目撃情報について本国と協議した結果ですが」
まだ四十代の若い将官が言った。
彼こそは、ミューラー大将。大西洋艦隊のトップだ。一見控えめで地味な性格だが、やることは大胆。英護送船団殲滅は,彼の指揮によるものだ。
「その結果、少なくとも最低各一隻は空母と戦艦を含む艦隊が、三個以上と存在すると結論づけられた。よって、我が独海軍は、本国艦隊も含めて出来る限り大規模出撃を行います」
室内が一瞬静まり返り、そしてざわつき始めた。
「最後まで聞いてください。作戦は空軍にも協力いただいた大規模なものになります。なにより、連携が大切なので、よく聞いてください。では、詳細をお知らせします。では、マイバッハ少将、お願いします」
目配せをうけ初老の艦隊参謀長、ミューラーの片腕ことマイバッハ少将が図面を広げ、説明を始めた。
「――ということらしい。艦長の話では。詳細は秘密だそうだ」
ブラウンが晩飯を喰いながら言った。今日は食堂もなにか張りつめた空気で一杯である。
「詳しくは終わってからわかる、ですかね」
「それが軍隊だな。ところでベルガー、作戦名だけは聞いておいたぞ」
「聞いてどうにかなるって訳じゃありませんが,興味はあります」
「『北海の嵐』だそうだ」
「また、ゴタイソウな。ものすごい気合いですね」
「どうだか。敵を欺くには、かもしれん」
「いやですなあ、味方に欺かれるのは」
「ん? ナニカ話がずれてないか。それより、飯だメシ。さっさと喰って、明日の出撃に備えよう」
「寝ろと?」
「寝とけ」
その後、二人が寝ている間、岬の向こう側からは駆逐艦が次々と出航していた。
今夜も降りしきる雨。
そのの音が機関音を隠し、外部の誰もそれに気付かない。
大戦劈頭に電撃的に占領された、ここベルゲン近郊のフィヨルドは、仮設ながらもドイツ海軍の拠点となっていた。
そして、ノルウエーそのものが降伏してしまった今、オスロから引かれている鉄道も使用して、物資を次々に運び込んで来ている。そのために、ベルゲン駅から多数の引き込み線まで建設した。
そう遠くない将来、この辺り一帯が本物の海軍拠点となる計画だった。
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