< ――――――乙十四 >

「お疲れ、宇佐美」

 昼下がり、もしくはおやつ時。

 巽は、一式水戦とともに引き上げられた同僚に声をかけた。

 ようやく落ち着いて、水上機の引き上げが行われていた。

 乗ってきた機体は傷だらけ、穴だらけ。よくぞ生きていたな、と整備兵に驚かれるくらいのものだった。

 もちろん艦内での修理は無理ということで、その場で畳んで格納庫の奥底にしまわれてしまった。

「巽のほうは、どうだ?」

「どうしたもこうしたも、砲身が真っ赤になるくらい撃ちまくったさ。つぅても、二十五ミリじゃいくら撃ってもあたりゃしねえさ。寄って来ねえんだもよ」

「手持ちが豆爆弾じゃ仕方ない」

 やっと二人で一休みしていると、上官の一人が声をかけてきた。

「宇佐美は、九五式水偵乗れたよな」

「はい。相方さえいれば」

「ということだ。巽、貴様がやれ」

 ごとごとごと……

 引っ込められた一式水戦の代わりに、少々くたびれた予備の九七式水上偵察機が、格納庫から出されてきた。

「じ、自分でありますか!? 機銃手でありますが」

「何を言っている。去年まで水偵のケツで機銃撃っていたではないか。艦載機が単座の一式に代わったおかげでそこに」

「あ、いやあ 」

「言っとくが、命令だ」

「えっ……はっ! 了解、明日からでもなんでも!」

「遅ーい! 今夜には出てもらう」

「今夜……夜、でありますか」

「夜だ」


「思ったよりもあれですな」

「ふむ、思ったよりも荒れそうだ」

 航空戦艦『扶桑』の環境では、無防備に近い艦載機収容でピリピリしつつ、中将二人が海図とにらめっこしていた。

 ウラジオストクへロケット攻撃を仕掛けた伊号潜水艦が東へ退避しつつあった中、ソビエトの水上艦がナホトカの南東沖に集結しつつあるいう知らせが入ったのだ。

 実際に発見したのは早朝だったのだが、迂闊に浮上できなかったため報告が遅れたらしい。

 急遽、司令部の山本に指示で偵察機を出したところ、くだんの戦艦四隻と軽巡クラスや駆逐艦クラスが大小十数隻程度集まっていることが判明した。

 西村たちとしては、できれば敵の戦艦四隻とわずかな護衛だけを相手にしたかった。

 だがウラジオストクを急襲されたてめに、ソビエト極東軍が危機感を感じ、状況打開のために動いたのだろう、と参謀たちは言う。

 飛んで来た爆撃隊は、ロケット攻撃の相手に対する反撃だったのだろうが、結果的に終結のための時間稼ぎになってしまったようだ。

「あちらは駆逐艦と称しているが、実質軽巡クラスも混ざっているから、厄介だな」

 西村は、ソビエト極東艦隊の予想編成をチェックしながら言った。

「レーダーくらいは積んでおるだろうからなあ」

 と平賀。技術寄りの視点で見ていく。

「とはいえ、結局やることは変わらんのだろ、西村殿?」

「多少は、違いますがね。ともあれ、夜までには準備しないと」

 少し離れた海面では、収容の順番待ちをする水上戦闘機と、投げ出されたり脱出したりした将兵の救助をするボートがゆっくりと動いている。

 かたや近くの海面では、艦隊の再編成が行われていた。


 日が少し赤くなるころ、一機の小型機が稚内に現れた。

 そして、フラフラと着陸すると、中から江草たちが現れた。

「大丈夫ですか、江草殿」

 降りてきた江草たちを、加藤が出迎えた。

「なに、たくさん飛んでくたびれただけさね」

「帰りは明日と思っていましたが」

「『蒼龍』に大穴が開けられてな、沈んではいないようだが、降りるのは無理と聞いた。それで、やむなく前倒しで引き揚げてきた」

「なんと、『蒼龍』が!?」

「んー……今頃、舞鶴あたりの海防艦に付き添われて、引き揚げてる頃と思う」

 江草は、カチカチにこった肩を回しながら言った。

「しかしまあ、よくここまで飛べましたね」

「さすがに、秋田の東雲で補給はしたさ」

「いや……」

 一体今日だけで何時間飛んだのだろう、ということを加藤は言いたかったのだが、やめておいた。

 着陸がふらつくほど、披露しているに違いない。

「それで、こっちはどうなったかね」

 彼のいない間に、陸戦隊が樺太中部西岸に逆上陸する手はずになっていた。

「順調そのものであります。敵としては空からの支援なし、戦艦の支援もなしですから。艦砲射撃と空襲を仕掛けたら、遁走しちまったと聞いております」

「遁走? 貴様、本気でそう思うか?」

「違和感だらけ、ですな」

 ほぼ間違いなく、逃げたと見せかけて撤退したのだろう、と思うしかなかった。これ以上戦う意味がない。

 撤退して、北部の守りを固めるのが筋だ。

 だが、ソビエト側から見たら、一つ間違えば遁走どころか潰走となり北樺太も日本に乗っ取られてしまうことが想定される。

 とはいえ、それはモスクワが許すわけがない。

 そこもまた、ふたりの違和感の一つだった。

 本当に逃げ出しただけのほうが、よほど話が分かりやすいのだ。

「さすがに、くたびれた。今日は休ませてもらうよ、加藤少佐」

「私も、遠距離護衛で疲れました」

 疲労困憊のふたりは、頭を使うのもおっくうになって、宿舎へと向かった。

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